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【第七十七話】 決死の思い



 アメリアさんが煙玉とかいう球体の何かを連中のいる方向へ投げ付けると、目の前一帯は急激に白い煙に覆われていく。

 すぐさま戸惑いや警戒の声が聞こえてきてくるあたり目論見は上手くいったのだろう。

 同じくそう判断してのことか、すかさずアメリアさんが立ち上がり武器に手を掛けた。

「よし、タイミングを合わせて行くよウィンスレット。悠希君、君は少し間を開けてから回り込んで船を目指してくれ。危なくなったら迷わず逃げるか私達を呼ぶこと、これは徹底してもらうよ」

「う、うす……」

「悠希、一個しか持ち歩いてないけど渡しておくわ。もし敵に襲われるようなことになったら敵の顔面に投げ付けてその隙に逃げなさい」

 今更ながら心臓のバクバクが三倍増しになり微かに足も震えてくる中、アンは胸元に手を突っ込んだかと思うと先程の煙玉よりも一回り小さいビー玉サイズの何かを差し出した。

 用途が分からず困惑しながら受け取る俺に気付いていないのか気に掛ける余裕もないのか、二人は立ち上がり突撃の態勢に入っている。

 質感からしてほとんど固さはなく、布に近い物に何かを包んでいるように見えるのでぶつけて痛みを与えるためのものではあるまい。

 顔面に、と指定しているということは今やったみたいな煙幕的な意味なのだろうか。

「行くぞ」

「はいっ」

 未だ緊張も恐怖心も晴れず。

 それでいて二人は短いやり取りを合図に俺一人を残して煙が充満している川辺の方へと駆け出して行った。

 いや、待って?

 俺はどのタイミングで船に向かえばいいんですか!?

 と白煙の中に消えていく後ろ姿に叫びそうになったが、そのせいで二人の存在に気付かれては何の意味もないとギリギリ自重する。

 やがて完全にアメリアさんやアンの姿が煙に飲み込まれて消えてしまうと、すぐに複数の男の声が響き渡った。

「ぐあっ!」

 とか、

「クソがぁぁぁ!!!」

 みたいな、はっきりと計画通りに視界を奪った上で男達を制圧していっているのが分かる断末魔みたいな叫び声ばかりだ。

 ならば今この時こそが連中も俺の存在など気にしていられないベストなタイミングなはず。

 半ば願望混じりではあったもののそう決心し、躊躇って台無しにすることだけはしたくないと意を決して俺も木陰から飛び出していた。

 もう脳内シミュレーションなんか何度やったって無駄だ。

 行き当たりばったり以外に方法がない。

 それでもやらなければと、ほとんど思考を放棄して突っ走ることだけを考え無理矢理足を動かし砂利の広がる水辺の方へと突っ走っていく。

 無論、小難しい理屈を頭から一掃したのは考えたくないことまで思い浮かべてしまうと一歩目を踏み出すことが出来なくなりそうだと自覚していたからだ。

 巻き込まれたり避難してきた奴とばったり、なんてことになったら死亡確定なので煙を避けるように大きく回り込み船の元へと急ぐ。

 近くまで来ても白煙の奥はほとんど見えておらず、人影っぽい何かが右往左往しているのが何となく分かる程度だ。

 それでも中からは『んごっ』とか『がはっ』という生々しい声や殴打によるものであろう鈍い音だけは聞こえてきている。

 聴覚からしか情報を得ることが出来ない状況がより恐怖心を増長させていく中、出来る限り煙の外を走って無事に船の先端にまで辿り着くと足場も何もない状態で身長程の高さがある船首付近に飛び付き腕の力を人生最大級にまで発揮し、加えて無理矢理に片足を引っ掛けることでどうにか乗り込むことに成功した。

 ほとんど腕の力だけで体を持ち上げたため筋肉がズキズキと痛むし、異常なまでに息が切れているせいで体力の消耗もハンパない。

 それでも立ち止まり、俺がもたつくヘマだけはしてはいけないと必死に足を動かすことだけに集中し船内を見渡してみる。

 しかしながら当然のこと目に見える場所で待っているなんてあるはずもないわけで、それはつまり船内を探索する必要があるという絶望的なミッションが課されるというわけだ。

 この状況で密室に足を踏み入れるという末恐ろしい試みをしなければならない事実を自覚することで一層体の震えは増していくが、悠長に躊躇ったりあるかどうかも分からん安全な方法を模索している暇などない。

 そう大きくはない船のため内部といっても中心付近にある操舵室みたいなものぐらいしか見当たらないのが不幸中の幸いといったところか。

「……っと」

 だから、ビビってる場合じゃねえって言ってんだろ。

 とにかくそこしか候補がないなら行くっきゃねえんだ。

「レオナっ!!」

 こうなったら出たとこ勝負だと、操舵室の扉を勢いよく蹴破った。

 それにしては無駄に面積があるなと頭に過ぎってはいたのだが、中にはソファーやテーブル、簡易ベッドなども置いてあって、どうやら休憩や仮眠に使う休憩室も兼ねているようだ。

 そして他ならぬレオナが、その小さなベッドに横たわっている。

「レオナ!!」

 腰の辺りで両手を縛られ、目を閉じたまま動く気配のないその姿にまた一段と心臓が跳ねる。

 慌てて駆け寄るも反応はないが、口元に耳を使付けてみると微かに呼吸の音が聞こえた。

 よかった……最悪の事態だけは避けられたようだ。

 とはいえ意識が無いのか眠らされているのか、これだけ大声を上げても何ら反応はない。

「いや、今は無事ならそれでいい。とにかくここから運び出さないと……」

 と、レオナの体を持ち上げようとした時。

 背後でガチャリと出入口の扉が開く音がした。

 アメリアさんか、アンか、はたまた……と、恐る恐る振り返る。

 飛び込んできたのはいくつかの想定、可能性の中でも最悪のパターンだ。

 この目に映るのは息を切らした壮年の男。

 黒い鎧を身に纏い、手には短剣を持っている。その風貌はすなわち、奴等の一味であるということだ。

 レオナを発見し無事を確認したことで緩んだ気持ちが一気に張り詰め、怒りと興奮の混じった表情が過去最大級に危機感だけを脳裏に植え付けていく。

「ちくしょう、一体何なんだてめぇら!!」

 男の大きな声に体が竦む。

 外で何が起きているかを考えれば連中にしてみりゃ襲撃を受けていることは明白。

 被害者面なんてされる筋合いもないのだろうが、破れかぶれになって襲ってこられると不味いのは完全に俺の方である。

 やべえ、やべえと脳内で連呼する以外に為す術のない俺の前で、案の定男は短剣を構えた。

 刺されたら死ぬ。斬られてもたぶん死ぬ。

 逃げようにも出口に居られるせいでどう考えても無理。

 後ろには意識の無いレオナ。

 あれ? これ詰んでね?

「………………そうだ」

 俺に残された唯一の策。

 それポケットに入っている突撃前にアンに貰った何かの珠。

 確か敵の顔面に投げ付けろって言ってたっけか……こうなりゃやるっきゃねえ。こんなわけの分からん世界で人攫いに殺されるとか冗談じゃねえ。

 幽霊に襲われた経験に比べりゃ百倍……とまではいかなくとも二、三倍ぐらいはマシだ。死ぬぐらいなら何でもやってやらあ!

「死ねぇぇぇぇ!」

 いや死なれても困るけど!

 なんてノリツッコミみたいな言葉が無意識に脳裏に浮かんだが、それでいて冷静な判断をする余裕などあるはずもなく。

 ポケットから取り出した飴玉ぐらいのサイズの球体を力の限り男の顔面目掛けて投げ付けた。

 だが、無駄に叫んだのと物騒な台詞のせいで警戒心を抱かせてしまったのか手を離れる寸前には男も腕でガードするような体勢を取っている。

 それでも顔を庇った左腕に直撃すると破裂でもしたのか薄白い煙を飛散させた。

 顔面を丸々覆った微量の粉末のような何かは俺の予想を超えて簡単に男の動きを封じる。

「く、くそ……目が……何をしやがった!」

 言葉の通り、男は何度も首を振りながら目元を抑えている。

 なるほど……あれ目潰しのための道具だったのか。煙幕どころじゃねえじゃん。

 痛いのか沁みるのかは分からないが、何はともあれ男は完全に視界を奪われているようだ。

「…………」

 それはいいけど、こっからどうすんの?

 予定というか、用途としてはその隙に逃げるための物なんだろうけど、野郎が扉の真ん前にいるせいで出口塞がったままなんですけど。

 目は開かないみたいだけど、片手に短剣持ったまんまなんですけど。

 脇をすり抜けていこうにもレオナを背負った状態じゃ機敏性皆無だし、そもそも当然の行動なのかもしれないけど男とて目が見えないながらに短剣振り回してこっちの攻撃に対する抵抗を見せているし、近付いたらズタズタにされんじゃねえかこれ。

 くそ……完全に使いどころミスったぞ、どうする。どうする。どうする。

 チンタラしてたら復活するんじゃねえのかあいつ。

 やべえ、何も思い付かねえ!

 しかも喚き散らすわ刃物を振り回すわでこっちがビビっている間にちょっとずつこっちに寄ってきてね?

 あぁぁぁぁぁぁ!

 どうすんだこれぇぇぇぇぇぇ!

「とりゃあ!!」

 え!?

 と、思わず声が漏れる。

 別の方向から聞こえた何か男が俺の目に外の景色を移す限られた範囲である扉の枠の外へと吹っ飛んで行った。

 何事だなどと確認するまでもない。

 続けて片足の先から飛び込んできたのはメイド服姿のアンである。

 それすなわち、アンの飛び蹴りによって男はぶっ飛ばされたということだ。

「アン!」

「悠希、ロックシーラ様は!?」

「あ、ああ……無事だ。意識はないけど怪我とかもない」

「よくやったわ。外はもう終わってるからアンタはロックシーラ様を運び出しなさい、私はこいつを縛り上げたら行くから」

「お、おう。助かったぜ」

 返事をする間にも男が飛んで行った方に歩いていくアンの反応はない。

 運び出せと言われても腰が抜けそうで全然力が入らないけど、とにかく今はこの場から去るのが先だと無理矢理足に力を込め、改めてレオナを背に負うと俺もそそくさと船から降りることに。

 この短い間に一生分心臓を動かした気分にすらなる疲労感と安堵からくる脱力感が体に広がっていくが、こうして無事にレオナの身柄を確保出来たのならもうなんでもいいや。

 そう思うと余計に体の力が抜けていく。

 まだ気を抜いている場合じゃないんだろうけど、どうにか元居た場所へ帰る権利を勝ち取ったのだ。これぐらいは許してくれ。


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