表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/111

【第七十六話】 痕跡



 アメリアさんの制止を無視して走り出した馬はまたまたまたまた大地を駆けていく。

 レオナを取り返すべく、取り戻すべく、操縦するアンの横顔には一片の迷いもない。

 追っているのは軍隊と事を構え、殺傷目的で襲撃してきた賊なのだ。

 そんな連中に連れ去られたレオナを奪還しようとするならば、確実にまた事を構えることになるだろう。

 そうなるとメイドとザ・ノーマル高校生の俺ではどう考えたって危険過ぎる。少し待ってでもアメリアさんと一緒に向かうべきだと考えるのは誰にだって分かる当然の理屈だ。

 だけどそれでも、俺にしたって気持ちは同じ。

 悠長なことを言ってる間にレオナに万が一のことがあったらと思うと、もう危ないとかそんなもんは後回しにしかならない。

 幸いと言っていいのかアンは謎の魔法みたいなものを使えるので戦力値としては俺の二千倍ぐらいはありそうだし、こうなってはそこに頼るしかない……というのも情けない話だけど、最悪俺が代わりに連れ去られる役ぐらいにはならないと格好付けた意味もないってもんだ。

 正直ずっと心臓はバクバクしたままだし、怖くて震えているのを隠すのに必死なのだが、役立たずなりにこっちの世界で出来た家族みたいな奴を助けるためなら自分のことなんてどうだっていい。それぐらいの覚悟ぐらいはここ最近の波乱万丈で身に付いたつもりだ。

「見えたわよ!」

「お、おう!」

 アンが前方を指差している。

 そこには来た時に通った道で遠くの方に見えていた林が何百メートル先で姿を現し始めていた。

「つーか、まだあそこに居るって決まったわけじゃないんじゃねえの!?」

「ジャックーテル様が居た方向に行ってないならここしかないでしょ!」

 飛ばし過ぎだろってぐらいに馬を飛ばし、俺達は林に突進していく。

 このまま木々の合間を走破していくのかと思いきや、意外にもそういうわけではなかった。

 当初はそこまで意識して見ていたわけではなかったが、木々の群れは遥か彼方まで続いていて横幅は広く、奥行きも外からでは把握出来ない程度には深さを感じさせるだけの広く大きな林であるらしい。

 そこに到達し足を踏み入れるなり馬は速度を落とし、しずかにゆっくりと奥へ奥へと進んでいく。

 なるほど、この中に襲撃犯かつ誘拐犯達がいるとして、足音その他で追跡に気付かれないように慎重になっているわけか。

 こちとらそこに思い至るのにで精一杯だというのに、見通しが悪いせいで不意に襲い掛かってこられたらどうしようという不安と恐怖が増長していく俺のことなどお構いなしにアンはキョロキョロと左右を見渡し何かを探している風だし。

「なあおい、何探してんだ?」

「決まってるでしょ、人が通った痕跡よ」

「いい加減言わせてもらうけどだな、お前さっきからやってることが熟練者過ぎるだろ」

「メイドってのはどんな時にも臨機応変に必要な能力を引き出してこれるもんなのよ」

「……メイドを自称すれば何でも許されると思うなよ」

 言っている間にもアンは何かを見つけたらしく、九十度ほど馬の向きを変えて左側に向かわせた。

 その際に、どこから取り出したのか小さなガラスの小瓶から青い液体を数滴垂らしているのだが、その行動の意味は言わずもがなサッパリ分からん。

 というか林に入ってからちょいちょいやってたけど、何かの薬品だろうか?

「あった」

「……どこに? 何が?」

「ほら、そこに二頭分の蹄の跡があるでしょ」

「分かるか、こんな草だらけの地面で」

「外から繋がってる以上どこかにある前提で探してんだからそんな苦労することじゃないでしょ」

「そうなんだ……」

 ごめん、全然分からん。

 ていうか外にも足跡があったから一直線にこの場所に向かってたわけね。

 と、一人納得している間にもアンはまた小瓶から青い液体を垂らしている。

「あのさ、さっきから何やってんの?」

「目印よ、後から追って来るジャックテール様がすぐに合流できるようにしてんの。これ自体はすぐに土の吸収されるけど、魔法力を扱える人には見える印としてしばらくは残るってアイテムよ」

「何度も言いたくないけどさ俺も」

「何よ」

「お前なんなの? さっきからやってることが軍人じゃん」

「メイドってのはね……」

「もういいからそれは」

「しっ、大きな声出さないで」

「んむ!?」

 唐突に、アンの表情が険しくなる。

 そんなに大きな声を出していたつもりはないが、手で口を塞がれているため反論も声にはならない。

「話し声がする。ようやく追いついたみたいね、下りるわよ」

「…………」

 口に手を当てられたまま、二度頷き了承の意思表示を返す。

 そこでようやく鼻呼吸から解放され、目の前でスカートを舞わせて馬から飛び降りるアンに続いて俺も地面に降り立った。

 そのまま馬を近くの木に繋ぐと、アンは付いてこいという意味だと思われるハンドシグナルを俺に向け林の奥へと進んでいく。

 声なんて一切聞こえませんけど? というツッコミをすることも許されず死に物狂いで足音に気を遣いつつ歩くこと一分か二分か。

 延々と続いた木々生い茂る風景の途切れ目が見え始めると、そこで初めて俺にも何者かが会話をする声が聞こえた。

 林の奥にあるのはそこそこ大きな川だ。

 少し前から水が流れる音が聞こえていたし、それに関しては想定の範囲内であったが問題はそこにある一つの異物。

 クルーザーぐらいの大きさがある木製の船。

 そしてその船を出す準備をしている三人の男の姿だ。

 揃って俺や王女を襲撃してきた連中と同じ格好をしており、一人は順に馬を船内に運んでいて残りの二人は船を繋いでいるロープを解いているあたり出発の、言い換えればこの場を去る準備が今にも完了しそうな様相だった。

「おい、レオナがいねえぞ」

 アンと同じ様に木の陰に隠れ賊の様子を窺いつつ、声を潜めるスネーク状態の高校生こと俺である。

 アンはまさにプロの顔付きで船や男達を観察し、やがて苦い表情を浮かべた。

「もう中に運び込まれてると考えるべきでしょうね。そもそもあのロックシーラ様が黙ってこれだけの距離を運んでこられるとは考え辛いわ、意識がないか戦闘不能状態なのかも……」

「だったら早く助けねえと」

「分かってるわよ、でも相手は三人でこっちは丸腰二人じゃ無理があるわ。ジャックテール様の合流を待たないと」

「それもそう……か」

 んな暇あるかよ。

 と言いたいのは山々だけど、何も出来ない俺に待っていられるか今すぐ行くぞという意見を口にする権利はない。

 感情に身を任せれば死人が出る、そういう局面であることは疑い様もないのだ。

 アンだってギリギリまで待ってそれでも間に合わなければ飛び出していくつもりでいるだろう。

 素人の俺が我が儘を言って台無しにするわけにはいかない。人の、レオナの命が懸かっているこの状況で取り返しの付かない愚を晒すわけにはいかないのだ。

「…………」

「…………」

 息を潜め、緊張と肉体的、精神的疲労のせいで口の中がカラッカラの状態で奴等の動向を見守ること数分。

 男達が全ての準備を済ませ、今にも船に乗り込もうとしている時だった。

 背後から薄っすら聞こえた草を踏みしだく音が俺達の意識をそちらに向ける。

 木々の隙間から姿を現したのは、待ち人であるアメリさんだ。

「遅くなってすまない二人共。道標、助かったよウィンスレット」

「お待ちしていましたジャックテール様。独断専行に関しては後程謝罪します、今は本懐を遂げることに注力させてください」

「緊急時だ、責めるつもりはないよ。あそこにレオナが?」

「姿は確認していませんが恐らくは。武器を所持していない我々では複数人を相手にするのは困難だと判断し待機していました」

「賢明な判断だ。これを渡しておこう」

 潜めた声で交わされる会話の最中、アメリアさんは腰の辺りから取り出したナイフ……というか短剣を差し出した。

 受け取ったアンは何度か手を閉じたり開いたりして柄の握り心地を確かめ、スカートをたくし上げかと思うと太もものホルダーに収納する。

 そう言えば馬車で別れる時に姫様に似た様なもんを手渡していたっけか。

「君なら身を守ることへの心配は不要だろうが、万が一の時には躊躇わなくていい」

「承知しています。ですが、正面から乗り込むんですか?」

「襲撃から今に至るまでに何人も相手にしたけど、決して個々の熟練度は手練れと呼べるレベルにはない。これで錯乱させられたなら私一人でもどうにか出来るはずだ」

「煙玉……」

 今度は懐からピンポン玉ぐらいのサイズの球体を取りだすアメリアさんと『その手があったか』みたいな顔を浮かべるアン。

 完全に蚊帳の外な俺は話の内容から察することしか許されていない感じである。

 煙玉というからには煙幕みたいな意味の物であろうことはさすがに理解したけど……改めてあの連中に特攻していくつもりかと考えるとやっぱり末恐ろしい。

「悠希君はここにいた方がいい、どうやったって少なからず危険は伴う」

 そんな俺の心情は表情に出てしまっていたのか、アメリアさんは俺の肩に手を置き待機を勧める。

 その選択をした際に罪悪感や後悔を伴わせまいと、敢えて緊迫感を拭い去った優しい表情をしてくれているところがもう格好良すぎて泣きそうになるってばよ。

 それだけではなく同じぐらいに、自分を情けなく思う気持ちも沸いてくる。

 何度も言い聞かせたろ……見ているだけでいるつもりなら最初から留守番してるっつーの!

「あいつ等に襲ってこられたらどうしようもないのでそっちは二人に任せますけど、中にいるレオナを連れ出す役ぐらいは俺にだって出来ます。最悪俺は置いていってもらってもいいのでレオナだけででも連れ帰ってください」

「困った子だ、存外男前だね君は。だけどそれじゃレオナにも王女殿下にも合わせる顔がない、無茶はしてくれるなよ」

「ほんっと、役立たずのくせに馬鹿なんだから」

 二人は呆れたような顔を浮かべ、揃って船の方へと視線を戻し改めて表情を引き締める。

 一呼吸の間を置いて、行くよと短く告げるとアメリアさんは持っていた煙玉をその方向へと放った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ