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【第七十五話】 追走



 半壊した屋敷を離れた俺とアンはまたまた二人で一頭の馬に跨り、広大な荒野を駆けていく。

 目的は一つ。

 王様達を守るべく囮になって敵を引き付け逃げた結果、拉致されたレオナを助けるためだ。

 不慣れな馬上の揺れは中々に辛いものがあるが、どうにか自分なりにバランスを取りながらも頭の中は未だ混乱と動揺で埋め尽くされている。

 この世界で様々な魔法と接し、その利便性を己の身で体験してきたのに、殺傷目的で使うとあんなことになるのかと末恐ろしくて仕方がない。

 血を流して倒れている多くの兵士の姿。

 壊れているとかではなく爆撃でも受けたのかと言いたくなるような一部が吹き飛んだ建物や屋根。

 穴だらけの地面。

 人と人が殺し合いをするというのはこういう意味なのかと、吐き気すら沸いてくる。

「おえ……」

 駄目だ、あの光景を思い浮かべるだけで胃が逆流しそうになってしまう。

「ちょっと、大丈夫なのあんた」

「大丈夫なわけないだろ……俺は庶民の中の庶民だぞ。どんな事情や背景があるのかなんてさっぱり分からんけどな、あんなマジもんの戦争みたいな光景とか初めて目にしてんだよ。気を抜いたら泣くぞ多分」

「だったら無理してついてこないで留守番してりゃいいじゃない。ていうかそもそも何でついてきたわけ? 真剣さに押し切られてオッケーしちゃったけど、よく考えたらすっごい足手纏いなんだけど」

「レオナが危ないって知ってのんびりと無事を祈ってられるかよ、聞いちゃったんだからしょーがないだろ」

「しょうがないってねぇ……そりゃ気持ちは分からなくもないけど、また戦闘になったらどうすんのよ。あんた自分の身を守ることすらできそうにないんだけど」

「アンが守ってくれるから大丈夫さきっと」

「お黙り、私が守るのは姫様とロックシーラ様だけよ」

「そんな殺生な……つーか何でお前レオナのことそんな崇拝してる感じなの? いくらメイドさんだからってレオナにだけ様付けっておかしくない?」

「あんたには関係ないでしょ。大体あんたこそ馴れ馴れしいのよ、ロックシーラ様を呼び捨てにして」

「俺とレオナの仲なら許されるんだよ」

「どんな仲よ……ムカつく」

 どんな仲だろうね。

 ただの友達? 同居人? 

「……いやいや、レオナは俺の嫁だから」

「何か言った?」

「いや、なんでもない。っていうか、お前さっきから迷いなく走らせてるけどレオナやアメリアさんがどこに向かってるか分かってんの?」

「地面に車輪の跡が薄っすら残ってるでしょ。サイズや幅からして王家の馬車で間違いないわ」

「そんなんまで分かんのか、見ただけで。お前やっぱすげえな」

「あ!」

「どうした!?」

「あれ見て」

「……あれ?」

 と言われても何のことやら。

 一瞬そう思ったものの、アンが前方やや上空に目を向けていることに気付き同じ方向に視線を向けるとすぐに言っていることを理解した。

 二、三百メートル先に何やら青い煙が上がっている。

 理解したとは言っても把握したのはそれだけで何を意味しているのかは勿論分からないのだけど。

「煙? 何だあれ?」

「狼煙よ、そんなことも分からないわけ!?」

「分かんないから聞いてんだよ! いちいちマウント取ってねえで教えてくれりゃいいだろ」

「何でこんな無知で変態で馬鹿な奴がロックシーラ様と……」

「おい今なんか小さい声で悪口言ったろ」

「さあ、どうだかね」

「何でもいいけど、結局あれは何なんだよ。狼煙って言ったら煙で合図送るやつだろ?」

「あれは一般的に軍隊が使う物で、分かりやすく言えば魔法で色付けた煙玉よ。青い煙は『直ちに合流せよ』緑は『緊急事態の発生』や『要警戒態勢』の合図、赤は『敵襲』で黒は『作戦中断』。で、紫は『直ちに撤退』って意味。あんたも今回みたいに兵馬と同行するなら覚えておくか陛下や隊長達に迷惑を掛ける前に消え失せなさい」

「消え失せてたまるか。ていうか、だったらあれは……合流してくれって合図なのか?」

「みたいね、行くわよ」

 アンは俺の返事を待つことなく、また一段階馬の速度を上げた。

 正直言って座っているだけでもケツとかモモの筋肉に力を入れっぱなしで辛いってのに、こうもスピードがあると捕まっていないと気を抜いた瞬間落ちるんじゃないかという恐怖まで付き纏って困る。

 アンのほっそい腰に捕まってはいるが、華奢であるがゆえにあまり力を入れるのもどうかとほとんど添えているだけなので余計に怖い。

「見えたわよ!」

「今度は何!?」

「怖がってないで前を見なさいっての!」

「んなこと言ったって……」

 早いんだもん。高いんだもん。不安定なんだもん!

 そう言いたいのは山々だが、あまり弱音ばかり吐いているといい加減降ろされそうなのでギリギリで口を閉じていた。

 恐る恐る前方に目を遣ると、向こうの方に何やら箱状の物体が地面に転がっているのが見える。

「あれって……あ、馬車が!」

「そう、正に私達が追っていた馬車……なんだけど」

「いや待ておい、完全に倒れてるよな?」

「ええ……でもあそこから狼煙が上がったのならこっちの誰かが居るはず」

「じゃあ急がないと!」

「急いでるっての! 敵が残ってる可能性もあるんだから気ぃ抜くんじゃないわよ!」

「……え?」

 じゃあやっぱやめとこ?

 と思わず漏れたそんな言葉はアンには届いておらず、馬は一直線に横転したままの馬車へと向かっていく。

 しかし距離が近付いていくにつれて徐々に周辺の状況が把握出来てきたおかげで危険がなさそうであることを感じ取ることが出来た。

 脇には倒れている人影が二つと見覚えのある一人の女性の姿。

 長いストレートヘアを風に靡かせる白い軍服風のすらりとした体格のその人物は、間違いなくレオナの上司であるアメリアさんだ。

「ジャックテール隊長!」

 ものの十数秒で馬車の元へ到達すると、馬を止めるなりアンが飛び降りアメリアさんに駆け寄った。

 どうでもいいけど、前に座ってるお前が急に飛び降りるな。バランス崩して落ちるだろが。

「ウィンスレット、どうして君が……それに悠希君も」

「シルヴィア様の遣いで一度戻ったのですが、ロックシーラ様が連れ去られたと聞いて居ても立ってもいられず」

「そうだったのか。いや、それにしても悠希君を連れて来てはいけないだろう」

「待っていろと言ったんですけど、こいつも一応ロックシーラ様の件を知って留守番は嫌だと聞かないもので」

「一応ってお前……それはともかく、俺が無理言ってついてきたんです。アンは悪くないっす。それよりアメリアさんはここで何を?」

「ああ、馬車を追い掛け追い付いたまではいいのだけど、どうにも図られたようでね」

 視線を向ける先を目で追うと、馬車の横で気を失っている俺達を襲ってきたのと同じ格好の黒い兵士が腕を腰の辺りで縛られた状態で二人倒れている。

 遠目から誰かが転がっていることは分かっていたが、まさか襲撃犯だったとは驚きだ。

「返り討ちにしたはいいが、どこにもレオナの姿がない。どこかで二手に分かれたのだろう、まさか同じ手にやられるとは」

「そうだとして、行方に心当たりは?」

「これだけ見晴らしの良い荒野地帯だ、単に別方向へ向かったのならさすがに目につくはず。となると考えられるのは一つ……」

「……北東にあるグルワード川?」

「だろうね。あの川は周辺が林になっていて見通しが悪い。姿を隠すにはそこしかないはずだ。連中は王族ではないと把握した上でレオナを連れ去った、どういう目的で襲撃してきたのかはまだ不明だけど何らかの成果(、、)を持ち帰る必要があるのだろう」

「人質……ですか」

「当て推量ではあるけど、そう考える他ない。いずれにしてもレオナを取り戻さねば不味いことになる、どうにか彼女が無事でいられるうちに助け出なければ」

「私もお手伝いします」

「助かるよ。追尾に出たのが私でよかった、ジャンバロックだったらと思うと背筋が凍るよ」

「あの人だったら……きっと」

「ああ、奪われるぐらいなら諸共……と迷わずに決断するだろうね」

「では私はグルワード川に向かいます」

「今し方の狼煙で距離を置いて待機させている部下がすぐにここにやってくる。この者達を連行させたら私もここを離れられるから追い掛けるなら共に行くべきだ」

「待っていられません!」

「あ、おいアン」

「ウィンスレット!」

 俺の呼び掛けにも、アメリアさんの制止すらも届いておらず。

アンは素早く馬に飛び乗り反転させると、すぐさまその場を離れるべく横腹を踵で蹴り、これまた猛スピードで俺を乗せたまま大地を突き進んでいった。


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