【第七十四話】 急増タッグ、大地を駆ける
姫様達と別れて二、三十分が経った頃。
ようやく元いた両国王が対談していた屋敷へと戻って来た。
まだ遠くに見える程度ではあるが、はっきり分かる。
聞いていた通り屋敷もその周辺もボロボロで、建物に至っては半壊していると言っても過言ではないぐらいに壊れ、崩れ、穴が開いたり屋根が無くなっていたりしており遠目からの景色だけでただならぬ事態が起きたことは明らかだった。
「な、何なのよこれ……」
目の前のアンも唖然とし、無意識であろう声を漏らしている。
しかしながら今この瞬間に争いが起きているかというとそうでもなく、建物の周囲に負傷した兵士達が集まっているようだが敵と思しき人間の姿はどこにもない。
それは果たして勝って追い払ったのか、はたまた既に負けた後なのか。
兎にも角にも大砲で集中砲火でも浴びたのかというレベルにどこもかしこも戦場であった証がはっきりと広がっていることを否定する材料はなかった。
「なんじゃこりゃ……話では襲ってきたのは人間の軍隊じゃなかったのかよ。いきなり現れたってぐらいなんだから大砲なんて持ち込めるわけないはずだろ?」
「ええ……仮に魔法を駆使する者がいたとしたってこれだけ見境なくっていうのは不自然だわ」
「だけど、もう敵はいないみたいだ」
「負けたのならあんな風に出入り口に人を集めたりはしない。つまり無事に追い払ったってことよ、私達もあそこに向かうわよ」
「お、おう」
最初に散歩していた森林に沿って走っていた馬はそこで木々の群れを離れ、人だかりの方へと突っ走っていく。
まずアンが向かったのは半分ぶっ壊れている外周の塀の一角で警備をしている一団の所だった。
ようやく馬の速度が落ちていくと、まず声を掛けたのはその中の一人である中年の兵士だ。
いきなり単騎で現れた俺達を警戒していたっぽいその連中も見知った顔であることを把握したからか構えていた槍を下げている。
「マイルズ下士官」
「アイギス殿! 王女殿下と共に王都に戻られたのでは!」
「今の私はシルヴィア様の護衛兼侍女です、ご訂正を」
「失礼、ウィンスレット殿。なにゆえこちらに?」
「その王女の御下命と、状況把握のためです。襲撃してきたのは帝国の連中?」
「ええ、間違いないでしょう。ルーカス・キッドの姿はありませんでしたが、腹心である帝冠の三傑の一人が兵を率いていました」
「国境警備からは何も知らせはなかったのでしょう、一体どこから侵入されたのです」
「それが、どうやら報告によると南西の砦を突破してきたとのことで」
「南西というと……シーグレン砦? ムーラン大臣が今日に合わせて視察にいっていたんじゃないの!?」
「いつどのようにして国内に侵入したのかは不明なれど、そこを突破してきたことは間違いないようです。その際に数十名の死傷者が出たとの知らせを受けてはいますが、大臣の安否についてはまだ報告が届いておりません」
「陛下はご無事なの?」
「は、無事であります。敵勢は地下通路の存在を知らず、囮で馬車を逃がしたため分散に成功したことに加え両隊長の奮闘により討ち漏らした敵も撤退済みにて今現在はカルカロス隊長殿が迎えの軍勢到着まで地下で両陛下の護衛にあたっております」
「そう、それならよかった……それともう一つ、ジャックテール隊長は?」
「それが……ジャックテール隊長殿は敵に奪われた囮の馬車を追って少し前にここを離れておりまして」
「馬車を? それは、敵の追尾という意味ですか? であれば何故隊長自ら?」
「いえ、囮役を買って出たロックシーラ副隊長殿が馬車ごと連れ去られてしまったと知らせが届き、隊長殿は十名の部下と共に救出に向かった次第で」
「ロックシーラ副隊長が……」
辛うじて横顔だけが見えるアンは、下唇を噛み悔しさ歯痒さが滲む表情を浮かべる。
アンだけではない。レオナの名前が聞こえた瞬間、俺だって心臓が跳ねたのかというぐらいに鼓動が早まっていた。
「ちょ、連れ去られたって……無事なんすかあいつ」
「そればかりは伝令が戻らぬ限りは如何とも……残る兵は全てこの場に残り陛下をお守りするようにと厳命されておりますゆえ援軍を送るわけにもいかぬのです」
「だからって……」
「悠希」
思わず声を荒げそうになった俺の声は、アンの声に遮られる。
レオナがどこぞの、それもこの国の王だの王女だのを殺傷する目的で襲ってきた武装組織に連れ去られたんだぞ?
分かりません、今追い掛けていますって悠長過ぎやしないか?
とか思ってしまうと、的外れで理不尽な怒りだと分かっていながらも感情的になるのを抑えきれなかった。
「落ち着きなさい、あんたの気持ちも分かるけどそれは他の皆だって同じ。今あんたが腹を立てたって何も変わらないし、それはこの場にいる誰のせいでもない。それぞれがやるべきことをやらなくちゃいけない時なの」
「それは……そう、だけど」
「ひとまず陛下に拝謁します。その際にお許しを得た上で私もジャックテール隊長の後を追う、それでいいでしょ?」
「お、おう。俺も連れてってくれんのか?」
「はっきり言って邪魔だから留守番していてくれた方が助かるけど、さっきの様子じゃ駄目だって言っても引き下がらないでしょどうせ」
「たりめーだ、レオナが危ないってのに暢気に帰りを待ってられっか! 間違いなく邪魔になるのは分かってっけど!!」
「だったらあんたは先に忘れ物を取りに行って。姫様のも忘れずに、ベッドの脇にある宝石の付いたブレスレット! それが終わったらここに戻ってきなさい」
「分かった!」
意外と話の出来る女、その名もアンを真似て恐る恐るながら馬から飛び降り、二人で屋敷の方へと走った。
そして扉を潜ってすぐに王様の所に行くというアンと別れ、まずは自分が寝泊まりしていた部屋へと向かう。
壁とか窓とかはあちこち割れたり崩れたりしているものの内部にまで攻撃の手は届いていないようでドタバタした痕跡は残ってはいるが奥の方は比較的まともな状態を維持していた。
枕元に置いてあったフィーナさん製のスマホ充電器をポケットに詰め込み、続けて姫様の部屋へと急ぐ。
昨日一緒に風呂から出た後で通ったおかげで場所は把握している、それがなかったら多分迷ってたな。
「っと、ここだ」
それがあってもうっかり通り過ぎそうになったが、ギリギリ直行出来た。
部屋多過ぎんだよこの屋敷。
「えーと、ブレスレットブレスレット……あ」
俺の泊まった部屋の倍は広い上に天蓋付きのベッドまである理不尽格差全開の部屋に戸惑いつつ、ベッドの脇にあるサイドテーブルの上にいくつかの装飾品を発見。
件のブレスレットと思しき物も含まれていることを確認し、反対のポケットに突っ込んでまたダッシュで外へと走った。
単純に肉体的疲労だけではなく、ずっと心拍数が上がりっぱなしなせいで余計に息が切れる。
それでも、とにかく急がなければ。
レオナに何かあったらと思うと他の考えなど消えて無くなっていくばかりだ。
そりゃ怖いさ、ずっと震えが止まらないよ。
建物の中も外も怪我人だらけだ、包帯グルグル巻きの人だっていた。
きっと死人だってゼロではないだろう。
今まで遭遇した化け物みたく危なくなったら逃げればいいって問題じゃないことだって理解しているつもりだ。
だけどそれでも、放っておいたらヤバいと知ってしまった以上誰かに任せてお留守番なんてことは出来ない。
それだけはしたくない。
レオナも、リリやソフィーも、マリアだってそうだ……あいつ等が受け入れてくれたから、俺はこんな見知らぬ世界でもなんとか生きてこれたんだから。
「アン!」
ひたすら自分に言い聞かせ、隙あらば日和そうになる心を誤魔化し続けていると少し遅れて向こうからアンが走って来るのが見えた。
つーかあいつメイド服なのにクソ足早いんだけど。
あのベテラン風兵士の対応といい、絶対ただのツンデレメイドじゃないだろ。一体ナニモンなの?
「悠希」
「おお、どうだった?」
「取り敢えず陛下達は無事よ。カルカロス隊長は多少負傷しているけど命に関わる程じゃないって」
「そ、そうか……よかった」
「姫様が無事なことと、入れ替わりで迎えに軍隊が向かってることは伝えて私とあんたがジャックテール様を追うことも認めてくださったわ。まあ……悠希君は巻き込まない方がいいのでは、とか言われたけど」
「ちゃんと説得してくれたのか?」
「ええ、本人が行くと聞かないからって言っておいたわよ。あんた陛下に随分評価されてんのね」
「は? 何で?」
「ああ見えて骨のある男だ、無理に止めることは出来まい。ってさ」
「一回お遣い頼まれただけなんだけどな……まあ何でもいいけど、とにかく行こうぜ」
分かってるわよ、とアンだけに暗に『何を偉そうに』みたいなニュアンスで言うとアンはすぐに馬に飛び乗った。
俺も急いで後ろに跨ろうとしたが、やっぱり一人じゃ勝手が分からない。
「さっきやったでしょうが! 一回で覚えなさいよ!」
「ごめん!」
そんな簡単に身に付かねえよ馬の乗り方とか!
思いつつもアンに引っ張られてどうにか後ろに座ると、馬の鳴き声と共にレオナとアメリアさんを追うべく再び二人で駆けだすのだった。