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【第七十三話】 現実と直面した日



 謎の武装集団に襲撃されるという、この物騒な世界においても異常過ぎる事態をどうにか無事なまま乗り越えた王女様一行は急いで来た道とは別のルートで森を出た。

 矢に撃たれた人も消毒して包帯ぐるぐる巻きにしたおかげで大事には至っていないようで、先導して馬や馬車を向かわせているという地点へと向かっている。

 出来る限り急がなければならないのは誰もが理解しているのだが、いかんせん姫様の足が遅いわ体力はないわで一番守られなければならない人物がお荷物状態となってしまったためものの数分後には俺がおんぶしている状態になっていた。

 俺である理由は兵士やグリムホークさん、アンは更なる敵襲に備える必要があったのと、そのアンの御指名あってのことである。

 背中に伝わるふくよかな感覚はプライスレスだと言えるが、人一人を背負っての全力疾走はマジでキツイ。マジで死ぬ。

 転ばないようにするのと酸素を取り込むのに必死過ぎて背中とか気にしている余裕とかマジでない。

 でも格好悪いとこ見せられないから強がる俺ってばとっても男の子。

 ……言ってる場合か。

「見えてきました、あそこです!」

 どこを目指しているのかも分からないまま息も絶え絶えでとにかく突っ走る中、矢で撃たれた伝令係の人が前方を指差した。

 前を走る人の背中と足元ばかりを気にしていた目を正面に向けると、なるほど確かに大勢の人や馬が見えている。

 伝令係の人が知らせてくれた情報通り二十人ぐらいの兵士が馬に跨り、その上で同数の馬を引き連れて集まっていた。

 それだけではなく一台大きな馬車があるあたり、姫様用の物なのだろう。

「姫様っ、こちらに」

「え、ええ」

 すぐにアンが馬車の扉を開く。

 慌てて姫様を背中から下ろすと、ちょこちょことした動きながら駆け足で中へと転がり込み、その間に他の兵士はそれぞれが今しがた合流した人達が連れて来た馬に跨り出発の準備を済ませていた。

 最初の報告を聞いてから特に段取りを説明されるでもなく、ここで指示があったわけでもないのにテキパキと動く様はさすが軍隊といった感じではあるが……そこから外れている俺はどうすればいいんだぜ?

「何してんのよ! 早くあんたも乗りなさいよ!」

「え、え? 俺も乗っていいの?」

「こんな時なんだから仕方ないでしょ。あんた馬乗れんの!?」

「無理!」

「ならサッサとしなさい」

 アンに怒られながらも頑張って馬で帰れと言われなくてホッとしつつ馬車に飛び乗り姫様の正面にに座る。

 すぐにグリムホークさんが先導し倍以上の数になった兵の一団はすぐに馬を走らせこの場を発った。

 窓から外を見てみると最短のルートというよりは見通しの良い道を通っているのがあきらかで、馬車の四方は全てが大勢の兵で囲まれすべてにおいて姫様の安全最優先みたいなフォーメーションで荒野みたいな周囲に何もない広大な大地を駆けていく。

 あまりに王都を出てから今日に至るまでの平穏とは真逆の出来事に空気は張り詰め、思考回路が上手く働かず俺も姫様も自発的に言葉を発する余裕はない。

 アンがどうにか動揺を抑えようと必死に元気づけてはいるが、返るのは短い返事ばかりだし強張った顔が緩むことはなかった。

 本当なら俺も一緒になって励まさないといけないのだろうが、むしろメンタルケアが必要なのは俺の方ですと言わないようにするのが精一杯である。

 そんな状態で五分か十分が経った頃、不意に物凄い地鳴りが現実逃避を求めるあまりボーっとしていた頭を現実に引き戻した。

 慌てて窓の外を見ると、数百にも及ぶ数の騎馬がこっちに向かってきている。

 襲って来る賊かと一瞬心臓が飛び跳ねそうになったが、よく見ると周りの人達と同じ装備をしていた。

 つまり……味方?

「お、おいアン。あれは?」 

「有事に備えて山の中で潜みつつ待機していた遊軍よ。ここ以外にも数か所置いてあって、半分はとっくに陛下や隊長達の元へ向かってるはず」

「なるほど……」

 王様が用事で出掛けるだけで千人以上が人知れず待機しているのか。

 日本でも警察が要人警護のために大勢動員されたりするのをニュースでたまに見るけど、それと同じ感じなのかもしれない。いや、詳しいことは分からんけど。

「ア、アンリ……」

 これまた俺にしてみれば非現実的な光景に見入っていると、ふと正面に座る姫様が声を上げた。

 視線を戻すとなぜか泣きそうな顔でアンに左腕を差し出している。

「どうなさいました?」

「お母様のブレスレットが……」

「え? もしかしてど、どこかに落としてしまわれたのですか?」

「いいえ、今朝から部屋に置いたままに……」

「ほっ、ならよかった。それならば後で取りに戻ればよろしいではありませんか」

「ですがお屋敷は……」

「あ……」

 口を開けて固まるアンに姫様の目に涙が滲む。

 二人のやりとりがどういう意味を持つのかは分からないが、言葉から察するにお母さんの形見か何かなのだろう。

 報告では俺達が泊まった屋敷は半壊状態とのことだ。

 その後で取りに行くという選択が実現するかどうかは、はっきり言って微妙なところだと言っていいはず。

 余程大切な物なのか、それを理解したのであろうアンも難しい顔で悩む素振りを見せ、やがて決意じみた目で頷いた。

「わかりました、私が取りに戻ります。今ならまだ間に合う可能性がある」

「アンリ……」

 姫様が呟くと同時にアンは窓を開け御者と前を走る兵士に停止を訴えた。

 すぐに馬車が止まり、周囲を埋める兵士達も足を止める。

 引き返してきたグリムホークさんが馬車に寄って来ると、アンは早口で手短に事情を説明し馬を一頭借りる段取りを取り付けた。いやほんとナニモンなのこいつ。

「姫様はこのまま王都に向かってください、護衛はグリムホーク副隊長と代わります」

「え、ええ。アンリ、無茶はしないで」

「大丈夫ですよ。心配は要りません」

「アン!」

 爽やかな笑みと共に今にも馬車を出ようとするアンの背に、思わず声を掛けてしまった。

 お前に構ってる暇じゃねえんだよとでも言いたげな面倒臭そうな顔がこちらを振り返る。

「……何よ」

「俺も行く。いや、連れてってくれ」

「はあ? 駄目に決まってんでしょ、邪魔」

「邪魔なのは百も承知だ。だけど頼む」

 足手纏いなのは分かっているからこそ、頭を下げることしか俺には出来ない。

 だけど真剣な眼差しに感じ入るものがあったのか、或いは押し問答の時間すら惜しいと判断したのかアンは渋々ながら折れてくれた。

「わかった、来なさい」

「助かる」

 行くわよ、と外に出るアンに続き扉に向かう。

 最後に俺も振り返り不安そうな姫様を少しでも元気づけようと無理してサムズアップをしてみせた。

「そんな顔しないでください姫様。きっと皆無事に帰りますから」

「悠希様……」

 せっかく格好付けてみたものの、姫様はむしろまた泣きそうな顔をしていた。

 なぜなんだぜ? 

 あれ、もしかして俺死亡フラグ立てた?

 とか戸惑う俺を他所に、どういうわけか次の瞬間には姫様が抱き付いてきていた。

 しかも、今度は完全に涙を流している。

「悠希様……必ず無事にお戻りくださいませ」

「はい、約束です」

 それはきっと、恐怖心からくる不安の表れなのだろう。

 森で襲撃に遭って以来ずっと俺かアンが傍に付いていた。

 俺達二人が同時に居なくなる、というのは姫様からしてみれば辛うじて紛らわせていたそれらの感情が孤独によりまた増長してしまうのではないかと恐れるのも無理はない。 

 たまたま無意味にその場に居合わせただけの俺と違って姫様は明確にターゲットであると宣言されたも同じなのだ。

 想像してみてもそんな経験のない日本人の俺にとってはいまひとつリアリティーに欠けるが、命を狙われるというのはどれほどの恐怖だろうか。

 分からないなら分からないなりに傍に居てあげるとか元気づけてあげるとか、そういう役割ぐらいは無理にでも担うべきなんだろうし、それ以外にも良い匂いとか柔らかな感触とか色々と離れがたい理由はあるが……それでも行かなければならない。

 姫様のため、なんて格好いい都合は持ち合わせているわけではない。

「では姫様、またのちほど。俺達が戻った時には笑って出迎えてください」

 もう一度、こっちは格好付けてサムズアップを送り反応を待たずにアンが待つ外へと飛び出した。

 問題なく一頭の馬を借りることが出来たらしいアンは既に馬上で『何ちんたらしてんのよ!』みたいな顔をしていたが、止まった理由が姫様との会話だっただけに口にはしない。

「行くわよ!」

「あ、ああ……ってこれ、どうやって」

 後ろに乗れと言う意味だと受け取りその通りにしようとするも、乗り方が分からん。

 この足引っ掛けるところに左足を乗せて……ん? 右足か? 普通にチャリの要領でいいのか?

「もうっ、それぐらい一人でやりなさいよ! ほら」

「おう、サンキュ」

 足を引っかけもたついていると、アンが手を差し出してくれた。

 取り敢えずその手を掴むと思いっきり上へと引き上げられ無事にちょっと怖かったけど二人乗りの格好で俺も馬上に到達する。

 つーかちっこいくせに男一人片腕で引き上げるってこいつすげぇ腕力だな。

「飛ばすわよ、しっかり捕まってなさい」

「りょ、了解」

 言われるまま、振り落とされないようにアンの腰にしがみつく。

 最初は女の子相手にあまりくっつくのもどうかと遠慮がちだったが、走り出した瞬間そんな気持ちは消えて無くなった。

 まじでちゃんと捕まってないと落ちる、あと思ってたより速い! 怖い! 

 馬ってこんな早いの!? 馬車の中と全然違うんですけど!

「く……」

 安全装置がない分ジェットコースターより恐怖が上なんじゃないかとビビりまくりだったけど、さすがに乗せて貰ってそんなんではダサすぎるので声には出さないように必死である。

 密着するメイド服姿の体はやっぱり華奢で小柄で、がっちり掴んでいる腰も細くて、とても賊に向かっていったり勇猛に馬を走らせたりするなんて想像も付かない。

 やっぱ……この世界の女の子ってのは凄いもんだんだなぁ。

「で?」

 来た道を戻るべく森を目指す道中。

 しばらくは無言だったが、ふとアンが半分だけ振り返り目で疑問を訴えて来た。

「で? って?」

「何で一緒に来たがったのかを聞いてんのよ。本来なら足手纏いになるのが分かってて連れてこないし、食い下がるなら問いただすところだけどあそこで言いたくなさそうだったから待ってあげたんだからね」

「あ、ああ……言いたくないって程のことでもないんだが、あれ以上姫様の前で物騒な話とか縁起の悪い話は避けた方がいいと思ってな」

「それならそれでいいけど、結局なんだったのよ」

「俺も似たような理由だよ、部屋に大事な物を置いたまま忘れてたんだ。なくなれば困るし、俺にとってはある人の形見なんだよ」

「ある人って?」

「……フィーナ・エンティー」

「あの、少し前に殺されたって魔術師、か。なるほどね……まあ今日ばかりは納得しておいてあげるわ」

「すまんな」

「何しおらしくなってんのよ気持ち悪い」

「気持ち悪いとか言うな。あとお前はもうちょっとしおらしくなれ、俺にも」

「無理」

「ああ、そう……」

 さっきは見直したとか言ってたくせに。

 いや、そんなことをは今はよくて。

「……なあ、何でいきなり武装勢力が襲撃してきたんだよ」

「それが分かんないからあっちもこっちも苦労してんでしょ」

「いやそれはそうかもしれんけどさ……可能性ってもんがあるじゃん。恐らくは、とか。可能性があるなら、とか。そういう話をしてるわけ」

 聞いてどうなるわけでもないが、とは口にしなかった。

 何も知らないせいで戸惑うことが多すぎる。

 何も分からないせいで動揺するだけで終わることが多すぎる。

 俺はこの世界のことをもっと知らなければいけないのだと痛感させられたからこそ、取り返しの付かない出来事に直面してからでは遅いと心底感じた。

 今までみたく何となくではいつか後悔するぞと思い知らされたからだ。

 アンは少し考える素振りを見せ、独り言のような声で答えを口にした。

「ただの盗賊があんな統一された鎧を身に着けるとは思えない……だとすると考えられるのはメスチア帝国か革命の灯火(マディス・ソティラス)、或いはそのどちらかの息が掛かった連中しかない」

「メスチアって……何?」

「はあ? なんでそんなことも知らないわけ? それっておかしくない?」

「おかしくない? って言われても……」

「馬鹿なりにでもこの国で生きてきておいて知らないとかあり得ないわよ普通に考えて。何なのあんた、実はどこか他の世界から迷い込んだ残念な子なんじゃないの」

「馬鹿なりにとかいうんじゃねえよ!」

 あと大体あってるよそれで!

「こっちに来るまでは田舎で育ったから世情に疎いだけだよちくしょう」

 ということにしておこう。

 説明出来るはずもないし、そうでなくとも今はそういう場合でもない。

「メスチア帝国っていうのは明確に大陸の統一を掲げる国で、毎年領土の割譲を迫って各国と小競り合いをしている厄介な連中なの。魔王軍の残党と手を組んだのでは? なんて噂もあって周辺各国は断固として譲歩しない姿勢を決めてるんだけど毎年対策のために会合が開かれているぐらいには危険な奴等よ。人口はそう多くないけど、皇帝であるルーカス・キッド自らが率いている屈強な軍隊は常に魔王軍と等しく問題視され続けていたってわけ。魔王が滅んでからはより挑発的な動きが目立ってきてるってのが現状ってところかしらね」

「な、なるほど……ねえ?」

「何で疑問形なのよ……」

「いやぁ……」

 もう展開が滅茶苦茶過ぎてついていけねえっていうか、やっぱ魔王とかいたのね。

 ご健在の時にここに呼ばれなくてよかったわ~。

 いや、だからって同じ人間と戦争するとかはほんとやめてほしいけど

「でも……そうだとしたらちょっと腑に落ちないのよね」

「何が」

「両陛下が今日あの場所で会談することを他国が知っているはずがないのよ。でも報告を聞いた限りでは連中の目的がそこにあるのは明らかなわけでしょ」

「それって、最悪な想定をするならスパイがいるってことじゃねえか」

「すぱい? 何それ?」

「えーっと、何だろうな。いわゆる間諜みたいなもんだよ」

「まあ、そういうことになるでしょうね。問題はどっちの国に? って話だけど」

「なるほど……」

「それに、例えそうだとしてもやっぱりおかしいのよ。二か国の国王を直接狙ってくるなんて、失敗すればただちに周辺国家から総攻撃を受けてもおかしくない愚行を侵すとは思えない。そもそも国境を突破されたなら先にその連絡がくるし」

「ならその革命の灯って方じゃないのか? そいつ等なんだろ……フィーナさんを殺したってのも」

「所謂魔女狩り、って呼ばれてるやつね。何の目的かは知らないけど……どちらかといえばとそっちの方が可能性は高い気もするけどさ、にしたってあの連中が兵を従えるなんてことがあるのかしら……」

「あー、もう考えても仕方がねえ! とにかく行けば分かるってことだろ!」

「そういうことね。そのためにももうちょっと速度を上げるわよ、しっかり捕まってなさい!」

「さっきから思ってけど何でお前そんなイケメンなんだ。ほんとにメイドさんか!?」 

「メイド服ってのは万能で偉大なのよ!」

「間違いねえ!!」

 あまりの速さに体がグンっとなっちゃったので更に強くアンの腰にしがみつくと、馬はそのまま速度を上げ最初に居た広い森の中を全力で駆けて行った。


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