【第七十話】 国賓のお出まし
扉を叩く物音に、ふと意識が呼び戻される。
薄目を開くと窓からはすっかり朝日が差し込んできていた。
ひょっとしたら夜中にレオナが帰って来るんじゃないかと思って一応ソファーで寝ていた俺だったが、そんな配慮も虚しく室内には俺一人しかいない。
夜通し働いているのか、どこか別の場所で休息を取っているのか、いずれにせよ相当忙しくしているみたいだ。
「は~い、起きてまーす」
あくびを一つ挟んで扉の向こうにいる侍女さんに返事をすると、朝食の用意が出来ていることを告げられる。
昨日までならこちらが返答すれば『それでは失礼します』とそのまま去っていったメイドさんだったが、どういうわけか今日は入室の許可を求める言葉を続けた。
「どうぞ~」
「失礼します」
「どうしたんスか?」
「御召し物をお持ち致しました」
ペコリと一礼し、三十前後のメイドさんは手に持っていた衣服を俺へと差し出した。
着替えは昨日洗濯してもらったやつがあるんだけど、何だって今日に限ってそっちで用意してんだ?
「えーっと、これを着ればいいの?」
「はい。お手伝い致しますのでこちらをご着用くださいませ」
「ああいや、お手伝いは大丈夫です。自分で出来ますんで」
「左様でございますか。それではここでお待ちしております」
「え!? 部屋ん中で!?」
「そうですが……何かご都合が悪うございますか?」
「いや、都合が悪いというか単に恥ずかしいと言いますか」
「はあ……では外でお待ちしていましょうか」
「すいません、それでお願いします」
何が恥ずかしいのですか?
みたいな顔をされてはこっちだけ意識しているみたいで余計に恥ずかしいんですけど。
侍女さん的には慣れっこなので特別おかしなことでもないのだろう。
例えそうであったとしても俺は慣れっこじゃないから女の人に見られながら着替えるとか普通に無理っス。
「つーか……」
何だこの服?
白いシャツに黒い上着と黒いズボン……何かタキシードみたいな、この世界でいう貴族の格好そのまんまなんだけど。
何で俺がこんなん着せられるわけ?
「あの~」
というわけで疑問を解決すべく着替えを終えた俺は廊下に出て外にいる侍女さんに尋ねてみることにした。
関係無い話だけど、直立不動っぷりが徹底されていてすげぇなこの人。
「どうなさいました?」
「何で俺こんな格好をするんスか?」
「陛下及び両隊長からのお達しだと伺っております。何でもミルフォード王にご挨拶をされる王女様に同行するならば相応の格好を、と」
「……え、俺そんな場に同席していいの?」
「そう聞いております。とはいえ、王女様は拝謁のみで会合の場にはご同席なされないとのことですが」
「ふーん、よく分からんけど。何だって俺なんかを……ま、いっか」
お偉いさんの考えることなんざ俺にはさっぱりだ。
悩むだけ無駄無駄。
「ではお食事に致しましょう」
「うっす。お願いしまっす」
なんかそんな感じで、生まれて初めて正装っぽい格好をした俺は朝食の場に向かった。
道すがらに追加で聞けた情報を整理するに姫様の従者としてなら同行していいって話になったらしい。
それは別に俺がどうとかではなく、その後は自由時間なのでそのまま姫様のお相手をする流れになるであろうことから社会勉強も兼ねてそうしてもいいのではとアメリアさんやあのオッサンの進言もあってこういう話になったのだとか。
「いっただきます」
やっほい、とうとう王女とデートだぜ!!
なんて浮かれながら用意されていた朝食に手を伸ばす有頂天な俺。
なぜそんなテンションかというと一人ぼっちなので無理しているだけだ。昨夜の賑やかな食卓とは違い飯は皆揃ってというわけではなくでかいテーブルに座っているのは俺一人。
ついでに侍女さんに聞いてみると、どうやら隊長達は朝早くに食べて今日の会合の周辺警護の指揮や王様の護衛にあたっているのだとか。
ぼっち飯というのも久しぶりな気がして、たまには静かな食事というのも悪くないなぁとか悟っちゃいつつ一人で飯を食っているとふとシーンとした室内に足音が響いた。
どうでもいいけど、メニューはパンと野菜スープという普段と変わりはないものなのに、上質さがダンチなのが羨ましい限りである。
「よう、今帰りか?」
誰だろうかと視線を向ける先から現れたのがレオナであることを把握すると、その疲れた顔に軽く手を挙げてみる。
レオナは口元に手を当て、軽くあくびを漏らしながら同じく手を挙げてくれた。
「ええ、もうヘトヘトよ。疲れた~」
「今から寝るのか?」
「そんなわけないでしょ、陛下が居られるのに。汗を流したらすぐに戻るわ」
「へぇ……大変だなぁ、エリートってのも」
俺にはぜってー無理だわ、そんな仕事。
国に仕える公務員みたいなもんだからしゃーないのかもしれないけど、それならそれで良い給料貰ってんだろうに。
何でこいつまで一緒に貧乏暮らししてんだか。
「風呂なら一緒に入ってやろうか? 労いの意味を込めて」
「ばーか」
よっぽど疲れているからか普段程の辛辣な言葉はなく、レオナは目の前の皿からパン一切れを摘まんでそのまま去っていく。
そうしてまた一人ぼっちになった俺はそそくさと食事を済ませ、その後は侍女さんに言われるまま屋敷の外へと向かった。
扉を潜ると門から続くアプローチの両脇にはずらりと兵士が整列している何とも仰々しい光景が広がっている。
聞けば王様と隊長達は既にどっかの王女様を迎えい出て行っており、もう間もなく到着するとのことだ。
それゆえに入れ替わりにレオナが一時的に戻ってきたわけか。
外だけではなく玄関にはメイド服姿の侍女も左右に分かれて整列していて、まさにお出迎え体制が準備万端整っていた。
言われるまま玄関口で待つタキシード紳士こと俺は何が何やらという感じではあったのだが、数分と経たずにやがてアンと姫様が出てきたため三人で並んで……といっても俺とアンは二歩ぐらい後ろで控えていると言った方が正しいのだろうがともかく、王女シルヴィアとその従者達みたいな状態が出来上がっている。
あまりにも緊張感漂う空間がこれまた私語厳禁みたいな同調圧力をヒシヒシと伝えてくるので気軽にお喋りも出来ないのだけど、そんな中でこっそりアンに聞いてみたところによると王女たんを例のお隣にある国の女王と顔合わせさせたい髭親父の命で到着まで待つように言われているのだとか。
だったら最初から一緒に連れて行けばよかったんじゃね? とも思ったけども、どうせここに帰って来るならあんま変わらんか。
しかしまあ、他所のお偉いさんがこっちに来てくれるってのに王様自らお出迎えに行かなければならないとは政治家ってのはどこの世界も大変なもんだ。
なんて一人で格好付けながら昨日と同じく無言を強いられる退屈な待ち時間が十分そこらになった頃。
なんか外で大声がしたかと思うと、屋敷の門がゆっくりと開いた。
そして向こう側から一台の馬車がそのまま中へと入って来ると、俺達の待つ出入口の前で停止する。
脇に控えていた兵士が扉を開くなり王族専用の豪華な馬車から降りて来たのは王様とゴリラ隊長、そして見知らぬ一人の女性だ。
王女に負けず劣らずの煌びやかかつセクシーな水色のドレスを着た三十前後と思しき高貴さ漂うこの人こそが例の何とか女王なのだろう。
もう肩も背中も胸元もパッカーンなっていてエロスが半端ねえ。
身なりや立ち居振る舞いもさることながら周りのピリっとした雰囲気からも間違いなさそうだが……サイドポニーの金髪といい、眼福なドレスといい、女王というか気品あふれる巨乳のお姉さんという感じである。
脇には従者なのか側近なのかこの世界で言う大臣みたいなローブ姿の格好をした背の低いおっさんがいるけど、こっちは何か堅物っぽくてなんだか不釣り合いな感じだ。
「皆の者、出迎えご苦労。シルヴィアよ、こちらがナルクローズ王国のワイアット・ミルフォード王だ。挨拶をしなさい」
「はい。ミルフォード陛下、お初にお目に掛かります。シルヴィア・アレクサンドリアと申します、どうぞお見知りおきを」
ペコリと、お上品に腰を折る王女に合わせて横にいるアンがそれに続いたため慌てて真似をしてお辞儀する俺。
いやいや、そういうのは先に言っといて?
王様とかの印象悪くなったらどうすんだよコンニャロー。
とか場違いな心配をする俺を他所に、近寄ってきた巨乳の女王様はものっすごい上機嫌な様子で姫様の手を取った。
「ようやく会えたわね~、お父様からずっと話を聞いていて早く会いたいと思っていたのよ~。仲良くしてねシルヴィアちゃん、夕食は一緒に食べましょうね♪」
「はい、是非」
ぴょんぴょんと跳ねる女王様の一点に視線が釘付けになってしまうわけだが、それはともかくとしてえらくくだけた口調や態度だな。
一国の王が集ったのだからもっと堅苦しい感じになるもんだとばかり思ってたわ。
「うむうむ、シルヴィアもよく学ばせてもらうのだぞ。では参ろうか、ミルフォード王」
「ええ、いつもの紅茶がいいわ」
「勿論用意しておるとも」
そんなやり取りをしながら国王の髭親父は巨乳女王お腰を抱いて屋敷の中へと消えていく。
何このモヤモヤする感じ、気安い雰囲気出し過ぎじゃね?
怪しいぞあの二人、絶対怪しいぞ。まさか男女の中なんじゃねえだろな。羨まし過ぎる!
あのエロ髭め……絶対許さん。
そんな怨念を込めて目の前を通り過ぎ、開いている扉の向こうへ消えていく王様の背中を睨み付けるもアンに無理矢理頭を押さえつけられ見送りの一礼をさせられるのだった。
世の中ってのは不公平だなぁ……泣いてないよ?