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【第六話】 ふんわかほんわか癒し系巨乳な住人、その名もソフィー

1/30 台詞部分以外の「」を『』に統一



 なんとも不思議なキャラをした住人の一人であるマリアとの顔合わせがほぼ一方的に終わると、俺達はそのまま一階に戻った。

 四人いる住人のうちリリとマリアを除いた二人は仕事に行っているという話だ。

 一人は自称魔法使い、一人は殺し屋ときて残る二人はどんな仕事をしているのだろうかとか考えるとそれはもう不安しかないわけだが、今の俺はもう見たまま聞いたままをありのままの事実として受け入れることしか出来ない。

 否定することにも現実逃避をすることにも既に意味はなく、ここがどこであろうと現実とは思えぬ何かを目の当たりにしようと日本に帰る方法が見つかるまではこの場所で過ごさなければならないのだ。

 あり得ない。

 そんなはずがない。

 信じられるわけがない。

 そんな言葉をいくら並べたところで何一つ変わりはしない。

 ならば意味のないことを考えて塞ぎ込むよりも受け入れて前を向いた方が余程精神的にも楽に決まってる。

 物は言い様というか、それは実質開き直りとも言えるのだが立ち止まっているよりは何倍も上等だ。見知らぬ天井を眺めながら、今一度そんなことを自分に言い聞かせた。

 場所は一階にある管理人室。

 呼び方こそ一丁前だが何のことはない、ただ管理人が住むための部屋という意味しか持たない他の部屋と同じ個室の一つである。 

 数日か、或いはもっと長い時間か、その辺りは今この段階では何とも言えないが言い換えれば俺がこれからしばらくを過ごすこととなる部屋というわけだ。

 リリは案内してくれるなり『わたしの部屋は隣ですので何か分からないことがあれば何なりと聞いてください』 と、自分の部屋に戻っていった。

 一階は個室が二つしかないというのに、よりにもよってお隣さんというのだからとんでもない巡り合わせだよ。

 外観からして予想出来ていたことではあるが、実際に中に入ってみると個室といっても実質ワンルームしかないお世辞にも広いとは言えない小さな部屋である。

 大体六、七畳ぐらいだろうか。

 それだけのスペースにシングルベッド、一人用の座卓みたいなテーブルにチェストが一つずつ置いてあり、他には姿見の鏡や蝋燭盾みたいなもんぐらいしか特に備え付けの物はない。

 その他必要な物は各自が自由に調達するというのが決まりらしい。

 まあ、その辺は日本と大差無いといったところか。

 一つ言いたいことがあるとするならば、テレビとか無いんだけど自分で買って来いってのかこれ。ということぐらいだろうか。

 せめてダイニングに共用の物があれば無駄な出費をせずに済むのだけど、そもそも何一つ電化製品なんて目にしていないし、電気も冷蔵庫も謎システム全開だったわけだけどテレビもそうなのだろうか。

 気にはなるものの『テレビって何ですか?』とか言われたらせっかく開き直ってポジティブ思考になりつつあるのが一瞬で瓦解しそうなので聞きに行くのはやめておこう。

 もうその辺は追々把握していけばいい。

 そう決めて、倒れ込む様にベッドに横になるとボーッと天井を眺めながら行く末を考える。

 リリに言って理解してもらえるかどうかは分からないが、まともじゃない状況にいることがほぼ決定的になっている。

 どうなってしまうのやらという心細さや不安はあるが、だからといってウジウジするのは好きじゃないし、嘆いて、泣き言を口にしてどうなるものでもない。

 ここにいる事実に限らず、大抵のことはそうだ。

 そんなもんはなるようにしかならない、それこそが俺が十七年間をかけて形成してきた根本的なものの考え方であり生き方なのだ。

 もうあーだこーだとややこしいことを考えるのは面倒くせえ。

 何がどうであれ日本に戻る方法を見つけてサッサと帰る。それさえブレなければあとはどうとでもしてやるさ。

 実際仕事や住む場所もこうしてどうにかなってるんだから。

「ふわぁ~」

 一人になったことで気が緩んだのか、思考を切り替えたおかげで緊張感から解放されたからか、思わずあくびが漏れる。

 そもそも召還されるまで部屋で昼寝してたんだよ俺は。

 残る二人の住人が帰ってきたらリリが呼びに来てくれるって話だし、それまでは休息とさせてもらうとしよう。

 おやすみ。と、心で呟いて目を閉じるとすぐに意識は遠退いていった。


          ☆


 誰かが俺の名を呼んでいる。

 繰り返し耳元で聞こえるその声が微睡みの中から強引に意識を呼び起こした。

「んん……あと半日だけ」

 目を開くことも億劫で、どうにか絞り出した声だけで己の意志を示すことが精一杯だ。

 母ちゃん……飯は起きてから食うから無理矢理起こすのやめてくれっていつも言ってるだろ?

 ん? ………………母ちゃん?

「もうっ、半日も待てるわけないじゃないですか。ほら、起きてください悠希さんっ。ソフィアさんがお帰りになりましたよ」

 明らかに母ちゃんの声じゃない誰かに体を揺すられている。

 あまりに強く願うあまり俺にも朝起こしに来てくれる幼馴染み的なアレが出来たのだろうか。

 それなら許す! と、渋々目を開くと、あどけない顔立ちの少女が俺の顔を覗き込んでいた。

 それを一瞬見知らぬ誰かだと思った俺だったが、リリという名とそれを知るまでの経緯その記憶が一瞬にして脳裏に蘇る。

 残念極まりないことに、どうやら夢オチとかはなかったらしい。

「んあ~、よく寝た……つーか、どうしたんだリリ?」

 起こしに来てくれたのはいいが、勝手に人の部屋に入るとか案外図太い奴である。

「何を言ってるんですか。何度もノックしたのにうんともすんとも言わないからわざわざ起こしに入ったのに」

 リリは拗ねた様に頬を膨らませる。

 そうか、そりゃ悪いことをした。俺ってば寝起き悪いんだよなぁ。

 なんて少しの反省をしつつ、一度伸びをして体を起こすとリリの後ろには見知らぬ若い女が立っていた。

 角度的にリリが壁になっていたせいで全然見えていなかったんだろうけど、一体誰なんだぜ?

「えっと……誰?」

 思わずというか、ほとんど無意識にそのまま疑問を口にしていた。

 普通に考えれば住人の一人なんだろうけど、寝起きにいきなり自己紹介というのもいかがなものか。というか寝顔見られてたとか普通に恥ずかしいんですけど……。

「あ、こちらはさっき言った住人の一人でソフィアさんです」

「どうも~、初めまして新しい管理人さん♪ 私はソフィア・ベルストックと申します~。どうぞよろしくしてくださいね~」

「あ、いや、うん……こちらこそよろしく。俺は桜井悠希だ」

 うふふ、と笑うソフィアと名乗る女性は勝手に俺の手を取り、上下にブンブンと振った。

 何というか、おっとりふんわりとした人間性が雰囲気や声、口調の全てから伝わってくるいかにも癒し系というか天然系というか、そんなタイプの女性に見える。

 そして何よりも、スタイルいいのに胸が大きい!

 そこそこ大きめなマリアよりも更に大きく、もう巨乳と言って相違無いレベルである。

 歳は恐らく俺よりも少し上だろう。背中の辺りまで伸びた茶色い髪には緩やかなパーマがかかっており、それがどこか大人っぽさを感じさせる。

 そしてその格好はというと、また何とも派手というかコスプレチックというか随分と奇抜なものがあった。

 上半身は白と黒のビスチェ? を着ていて、随分と胸元が強調されている。

 そして下半身には同じく白と黒の短いスカートの上にベルトで腰布を巻いていて、腰から下にマントを着けているみたいになっていた。

 更には両腕の肘から先には白いアームカバーを着けていたり、膝下まである長いブーツを履いていたりと、何かもういかにもRPGに出てくる『女戦士』みたいな格好である。

「えっと……失礼だけど、歳はいくつ?」

 女性は何が楽しいのか、にこやかに握手したまま腕を上下運動させ続けているが若干肩がしんどくなってきたので会話で気を逸らしてさりげなく手を離し、ベッドから立ち上がる。

「私は十九歳ですよ~。あ、でも歳なんて気にせずソフィーでもベルでも構いませんので気軽に呼んでくださいね~。リリちゃんのこともリリって呼んでいたみたいですし、同じ風蓮荘に暮らす者として仲良くしましょ~」

 やはりにこやかに、それでいてのほほんとした口調でそんなことを言う。

 おっとりとした人懐っこい顔立ちも含め、その全てが警戒心だとか初対面であるがゆえの距離感のようなものを吹き飛ばしていた。

 童顔ロリな愛らしさがあるリリ、ぼんやりしていても見た目は美形なマリアとはまた違う、可愛らしいタイプの外見には絶大なる癒し効果がありそうだ。

 保母さんとか向いてそう。あと絶対おっちょこちょい属性付いてる気がする。

「えっと……じゃあソフィー? ベル? どっちがいいのかはちょっと分からないけど、俺のことも悠希って呼んでくれていいから。リリもマリアもそう呼んでるし、管理人とか言われても今日なったばかりで分からないことだらけだから偉そうに出来る立場でもないしさ。あ、ちなみに俺はもうすぐ十七歳ね」

「それでは私もソフィーとお呼びください~」

「了解、よろしくソフィー。で……さっそくだけどソフィー」

「はい~、なんでしょう~」

「一個聞きたいんだけど、あんたはどういう仕事をしてる人?」

 確かソフィーを含む残る二人は仕事に出ているとリリが言っていたはず。

 自称魔法使い見習い。

 そして自称殺し屋ときて、次は何が出てくるのかという疑問を口にせずにはいられなかった。

 正直聞きたくないけど、二つの前例からして何をやっているかを知らずに仲良くしようというのは難しいものがある。もうツッコミ疲れたよ俺。

「私はフリーの魔物使いをやっています。といっても大きな仕事には中々ありつけない未熟者なんですけどね~」

「魔物……使い」

 なんだよ魔物使いって。

 斡旋所の時からちょいちょい『魔物』って単語出てくるけど、分かんねえっつーの。

 ていうかそもそもだな、

「お前ら揃いも揃ってフリーばっかじゃねえか。何だよフリーって、フリーター的なあれか!」

 思わずツッコんでいた。

 プロミュージシャン目指してます。風な装いでバンドとかやってればいい歳こいて実家暮らしのバイト生活でも格好付くと思ってる奴みたいで普通にイラっとした。

 しかしそんな俺の心のモヤモヤは誰に通じることもなく、至極冷静に『フリー』という単語についてのみの解説をし始めるのはリリである。

「フリーというのはですね、言わば雇い手がおらず、自分で仕事を探さないといけない人ということですね。ソフィアさんもわたしと同じで仕事を探すのに苦労している人ですから」

「そうなんですよ~。リリちゃんとは前向きに頑張っていつか凄腕と呼ばれる人間になろうねっていつもお互いを励まし合ってる仲ですから~」

「……にこやかに言ってんじゃねえ」

「「ね~?」」と、声を揃えて顔を見合わせるアホ二人にそろそろ胃が痛い。

 前向きなのは結構だけどもう少し危機感を持て、危機感を。

「で、その魔物使いってのはどういう仕事なの?」

 おおよそ察しは付くが、俺の中での認識などゲームや漫画の世界のものでしかない。

 しかし、ソフィーの説明を聞くに特に違いはなさそうだった。

「主にモンスターに分類される人ならざる生物をパートナーとして戦ったりクエストをこなしたりといった仕事ですね~」

「ってことはソフィーもモンスターを扱うのか?」

「勿論です~。先に部屋に帰していますけど、悠ちゃんも管理人さんになる以上はあの子達とも一緒に生活することになりますし見に来ますか?」

「見せてくれるなら、まあ……って、ちょっと待て何だよ悠ちゃんって」

「リリアーヌだからリリちゃん、悠希だから悠ちゃん♪ 何もおかしいことは無いですよ~? ちなみにマリアちゃんはマリリンでレオナちゃんはレナちゃんです~。可愛いくないですか?」

「うん、まあ……もう何でもいいわ」

 別に可愛さとか求めてねえんだけど、なんかこの人そういう理屈とか通用しなさそうだから諦めよう。

 ていうか、そこはマリちゃんとかでいいだろもう。何でマリアだけ省略形じゃなくて継ぎ足されて文字数増えてんだよ。やっぱり天然さんなのかな。

 若干呆れつつ、それでいてフレンドリーな人柄にどこかホッとしつつ『では私の部屋に行きましょう~』と歩き出すソフィーの後に続いて部屋を出ることとなった。


          ☆


 なぜか当たり前の様な顔をしてリリも付いてきているため三人で再び廊下に出て階段に向かっていく。

 ソフィーの部屋は二階の一番手前だということだ。

 話の流れで知ったところによると、彼女は四体の魔物を飼っている(という表現が正しいのかは分からないが)らしく、あの小さな部屋で一緒に暮らしているのだとか。

 共同生活の場であるアパートで魔物を飼うという行為がよく苦情とかに繋がらないな。このアパートペット禁止ならぬ魔物禁止とかないのだろうか。

 このお気楽コンビはあまり深く考えていなさそうだけど、他の住人もなんとも思っていないならそれも凄い話だ。

 そういう職業が当たり前の様に存在するのであれば、それもまたごく普通の在り方となっているのかもしれない。

 そんなアテにもならない推理を働かせながら二人の後ろを歩く。

 そのお気楽コンビからは何とも残念な会話が聞こえてきていた。

「そういえばソフィアさん、お仕事の方はどうだったんですか?」

「しょぼーん……」

「え、もしかしてわたし聞いてはいけないことを聞いてしまっています?」

「ううん、そういうことじゃないの。ただ、依頼はちゃんとこなしたんだけど……ちょっとやらかしちゃったと言うか、そういう感じで」

「やらかしちゃった?」

「そうなの~。報酬もちゃんと受け取ってね、ちょっとした打ち上げがてら皆でご飯を食べに行ったんだけど……そこでリンリンが他所の子と喧嘩になっちゃってお店の備品を色々と壊しちゃって、貰ったお金が丸々その弁償代に消えちゃって」

「あ、あ~……リンリンちゃんが」

 がっくりと肩を落とすソフィーに、リリも苦笑いするすかない感じだ。

 リンリンというのが何か分からない俺にはその出来事が不運だったというべきなのか、自業自得なのかは何とも言えないが、タダ働きとなってしまったのだというオチだけは理解出来た。

「はぁ~……久しぶりの仕事だったのに~」

 と、悲しげな声を上げるソフィーに追い打ちを掛ける様で心苦しいが、俺には聞いておかなければならないことがある。あるというか、今この瞬間に出来たというのが正しい表現だがその辺はもう何だっていい。

「なあソフィー」

「はい~、なんでしょうか~」

 振り返るソフィーのあからさまに元気の無い声が余計に罪悪感に拍車を掛ける。

 それでも、俺は思い切って口にした。

「気を悪くしないで欲しいんだけど、管理人として聞いておかなければならないことがある」

「はぁ」

「率直に言うけど、ひょっとしてソフィーも貧乏なのか?」

 リリが貧乏なのは嫌というほど聞いた。

 殺し屋とか言ってるわほとんど部屋から出ないわという時点でマリアも似たようなもんだろう。

 そして職業が何であれ『フリー』と自称していて、しかもさっき『久々の仕事』と言っていたソフィーもその可能性が高い。

 そりゃ月二万のアパートに住んでる時点でお察しという話ではあるが、貧乏人だらけでは俺の収入源も危ぶまれるというわけだ。

 そうなっては困ると、ある意味否定してくれることを望んでの質問だったのだが、無情にもその問いはあっさりと肯定されていた。

「そりゃ貧乏ですよ~。中々仕事もありませんし、あの子達のご飯代もそれなりにお金が掛かりますからね~」

「そうか……先に言っとくけど、家賃は待たないからな」

「そこをなんとか~」

 両手を合わせ、懇願するような潤んだ目を向けるソフィーに一瞬心がぐらついたが、俺とて生活が懸かっているので簡単に首を盾には振れない。

 家賃なんて貰うまでもなく日本に帰れる時を迎えられたならその時は一ヶ月分ぐらいチャラにしてやってもいいけども。

 しかしまあ、色んな意味で大丈夫か……ここの連中。

 そろそろ何度思い浮かべたかも分からなくなり始めたそんな不安を胸に、立ち止まっていた足を進めソフィーの部屋へと向かうのだった。


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