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【第六十八話】 パラダイスの予感

 


 眼鏡美人のグリムホークさんと知り合えただけ何だか得しちゃった気分な今日この頃。

 しかし、そんなチンケな浮かれ具合は食事を終え部屋に戻る頃には薄れ始め、ベッドに倒れこんだ頃にはむしろ途方に暮れつつあった。

 明日まで自由時間とか言われてもやることないんですけど。

 姫様に接触禁止で、目の前のマイハニーもどっか行こうとしてるし、こんな所で一人にされてどうすんだおい。

「誰がマイハニーだっての」

 寝転がってこの先の数時間を憂いている中、部屋に戻るなり防具を付けたりマントを羽織ったりサッサと出掛ける用意をしていたレオナがジト目を向ける。

 昼に聞いた通り、これから仕事で出掛けるらしい。

「ほんとに行っちゃうのかよ~、俺ぼっちじゃん」

「言ったでしょ、明日の朝には国境に到着するミルフォード王を迎えに行かないといけないのよ。セシルさんに部隊の引率を任せちゃってる以上あたし達の部隊も同じだけ負担しないと。何か必要なものがあったら侍女に言えばいいから」

「侍女って……赤毛のアン?」

「アンリは姫様のお付きだからダ~メ。飲み食いしたけりゃ晩餐室に一人は待機してるし、お風呂は順番に呼びに来てくれるから待っていなさい」

「せっかくお前の顔を立ててやろうと付いてきたのに酷い扱いだぜ」

「そう言わないでよ、帰ったら一杯おごるから」

「……絶対だぞ」

「はいはい、じゃ行ってくるから」

「うーい、気ぃつけてな~」

 と、軽く片手を上げるレオナを見送ったはいいが……さてどうしよう。

 もう暇だ。

 明日まで部屋に籠もりっきりなんて何して過ごせってんだよ。

 サッサと寝ろってか。おこちゃまは早寝早起きしてろってか。

 こちとら小学生じゃねえんだよ、精々まだ八時とかそんなレベルだろ?

 寝れるかぁぁぁ!! 高校生ナメんなぁぁぁぁ!!

「あ~、ったく俺は何をしにノコノコ付いてきたんだか」

 せっかくスマホ使えるようになったってのによぉ。

 ぶっちゃけ電波なかったらやっぱ大した意味ねえよこれ。

 5ちゃんも見れない。

 漫画も読めない、動画も見れない。

 そしてアプリもインストール出来ない。

 それってただの懐中電灯兼カメラじゃん。

 金を貯めながら暇を持て余す日々をどうにか改善しようとせっかくのギャラを放棄して充電器作ってもらったってのに、今カメラが手元にあったところで何の役に立つんだよ。こんなんだったらあの水軍基地とか船とか撮ってきたらよかったわ。

 こっちにやってきた当初は町の様子とかうちに巣くう珍獣達の写真を夢中で撮ってたってのに、慣れてしまえば感動も薄れていくんだから人間ってのは不思議なもんだ。

 つーか俺ドラゴンとか目撃したよな。

 そっちの方が百倍シャッターチャンスだったんじゃねえの?

 日本に帰った時にそりゃあ一躍人気者になれるってのに、勿体ないことをした。

 まあ……角生えたフクロウだの頭が二つある狼だの蛇のお姉さんもあんま変わらないだろうし、なんか友達を売るみたいな気分がするから多分やらないけど。

 そもそも現実に目を向けるならば今は日本に帰る方法探すとこから始めなきゃいけないんだよな俺ってば。

 フィーナさんが亡くなって唯一無二のアテは消え去り、この遠征自体が今後それをどうにかするためのコネクション作りが主要な目的だったはず。

 レオナが国王のおっさんやアメリアさんに顔を売っておくべきだって言うから来たってのに、何で個室に一人ぼっちなんだ?

 ったく、王女に釣られた俺も俺だけどさ、もうちょーっとおもてなしの精神ってのがあってもいいと思うけどね!

「もういいや、言ってて虚しくなってくる」

 こんなことならリリやマリア辺りに同行してもらえばよかったなぁ。

 とか後悔しちゃいつつ、ベッドから起き上がると俺は部屋を出ることにした。

 何か飲み物でも貰ってこようかと思い至ったというか、こっちの世界でちょいちょい口にするようになったお酒でも貰って晩酌と洒落こんじゃおうかなとか考えちゃったり。

 確かさっきの晩餐室に行けばいいって言ってたよな。

 無駄に広いから見取り図なんか全然分からんけど、さっき行った部屋ぐらいは覚えてる……はず。

「何でこう金持ちの使う建物ってのは無駄にデカいのかね」

 我が家であるあのボロアパート見てみ?

 ここの庭に軽く十個ぐらいは建てられるぞ。

 玄関だけでいいから分けてくれよマジで。雨の日とか絶対水入って来るぜあれ。

「……お?」

 留まることを知らない妬みと愚痴が徐々に馬鹿らしくなってき始めた時。

 長い廊下の前方にある二つの人影が目に入った。

 見間違うはずもない、あれは我がプリンセス!! と、赤毛のアンだ。

 どんな言葉を掛けようかと迷いながらそのまま近づいていくが、歯の浮くような恥ずかしい台詞を口にしようとした瞬間には姫様に先手を打たれてしまっていた。

 ついでに言うとものすごーく嫌そうな顔をしていたアンがわざわざ聞こえる位置に来てから舌打ちしていた。

「悠希様、ごきげんよう」

 にこりと、微笑みかけられ俺昇天。

 さすがにオフの時間ゆえドレス姿ではなかったが、部屋着も部屋着で上品かつ可憐な薄青いワンピースだ。

「ごきげんようプリンセス。変わらぬ美しさにわたくしめはいつも心を満たされております、思わず天使が歩いて来たのかと錯覚したぐらいでございます」

「まあ、お上手ですのね」

 うふふと、片手を頬に当てる様はまさしく天使の微笑み。

 ついでに言うとその横でアンが露骨に二度目の舌打ちをしていた。

「悠希様、どこかにお出掛けなさるのですか?」

「ええ、ちょっと飲み物でも取りに行こうかと。部屋で独りぼっちですし、風呂の時間まで暇なもので」

「お一人なのですか?」

「そうなんですよ、レオナが仕事だって出掛けちゃって話し相手もいねーし寂しく晩酌でもと思いまして」

「そうだったのですか。ちょうどわたくし達も入浴のお時間なのです、よければご一緒にどうですか?」

「いいんすか!?」

「姫様!?」

 予想外過ぎるお言葉に我を失う俺、そしてほぼ同時に愕然とするアン、図らずして二つの声が重なる。

 当の本人は逆にその大声に驚いた様子だ。

「どうしたのアンリ、大きな声を出して」

「いやいやいやいや、姫様正気に戻ってください。こいつは男ですよ!?」

「それは分かっていますけれど……」

 逆にそれがどうしたの? とでも言いたげな姫様の顔は、男の俺からしてもそれはどうかと心配になってくる。

 しかし今それを指摘しては死ぬまで後悔すると確信しているので敢えて何も言わない。

「姫様は陛下のご息女なのです、おいそれと男に肌を晒すなど許されることではありません。陛下と姫様がお認めになった上で生涯を共にする伴侶となる者でなければ何があろうとも」

「それも分かっていますよアンリ。だけど悠希様はそうなる可能性がある一人だとお父様もお認めになっています。だからお誘い申し上げているのですから」

「そ、それは……無礼を承知で言わせていただきますけど、姫様が一人でその気になってしまっているのを諫める意味で可能性の有無を論じる段階でしかないと仰りたかっただけかと」

「ええぇ……」

 それって言い換えれば遠回しに却下されてね?

 王様どうにかして俺を候補から外そうとしてね?

 あのタヌキじじいめ、思わせぶりなこと言ってあのわけ分からん花を取りに行かせておいてなんて奴だ。

「悠希様はどう思われますか?」

 引き下がらないアンリを説得したいのか、そこで姫様は俺を見る。

 さすがに大して知りもしない男を平気で風呂に誘う一国の王女というのはヤバ過ぎる気しかしないけど、アメリアさんの言う初めて出来た同世代の知人ってカテゴリの距離感とかが全然分かっていないのだろう。

 そう考えると王族ってのも大変なもんだなぁ。ありがとうございます。

「勿論姫様はおかしなことなど言っていませんとも、何せ俺は姫様も公認の生涯の伴侶ですから」

 言って、今朝やったように跪き手を取って敬意を示してみた。

 やはり効果は抜群で、姫様は『まあ』と頬をやや赤らめる。

 たぶん箱入り娘で世間知らず過ぎるからこうやって何でも真に受けてしまうんだろうなぁ。

 姫様というかヤベえ奴なの完全に俺だよねこれ。

 騙してるみたいで罪悪感が胸をチクチク刺してくるよ。あと後でバレたら首飛ばないだろうな。

「あんったいい加減にしなさいよほんと」

 俺の脳内にいる天使と悪魔が全力で『気にしたら負けだぜ、いっちゃいなYO!!』と囁きかけてくる中、突如頭を抱え込まれこめかみに激痛が走る。

 一瞬何が起きたのか分からなかったが、微かに目に入るメイド服からアンにヘッドロックをされていることだけは理解した。

「いだだだだ……ちょ、何でメイドさんにヘッドロックされてんの俺」

「姫様はあんたの悪ふざけが通じる相手じゃないって言ってんのがわかんないわけ?」

「ギブギブ、マジ痛いってアン」

「だったらはっきりと言いなさい。あんたはお酒を取りに行ってそのまま部屋に帰る、わかった?」

「嫌だぁぁぁぁ」

「こ・の・チ〇コ人間がぁぁぁぁ!!!」

「ぎゃぁぁぁぁぁ、姫様助けてぇぇぇぇ」

「こらアンリ、おやめなさい」

 初めて耳にする姫様の叱責するようなハッキリとした物言い。

 それでも常人と比べるとあんまり迫力はないのだけど、やはり珍しい分だけ説得力があるらしくアンはようやく腕を離してくれた。

 つーかいって~、小柄なロリっ子な見た目してるくせになんつー馬鹿力だアンの奴め。

「大丈夫ですか悠希様」

「聞いてください姫様、酷いんですよこのメイド。いつもいつも俺を目の敵にして……俺は何もしてないのに」

「やってるから。現在進行形でやってるから。さりげなく姫様に抱き着いてんじゃねえぞ脳みそ性器野郎」

「こわっ、キャラ変わってんぞお前」

 ツッコみも完全に無視、アンはものっそい恐ろしい目で睨んでいる。

 でも俺やめない。

 腰に抱き着いているだけだけどとっても柔らかいし良い匂いだもの。

「アンリ、悠希様に無礼を働くのはおやめなさい」

「御身をお守りするのが私の責務ですので」

「悠希様ならば多少の無礼は構いません。悪い方ではないし、わたくしと仲良くしてくれるのですから。今回だってお父様に言われてわたくしの相手をするために同行してくださっているのだし」

「そうそう」

 誰も分かってくれていなかったその前提を他ならぬ姫様が分かってくれていたとは。

 俺感動。

「気を悪くなさらないでくださいましね、アンリはわたくしの家族のようなものですので昔から少々過保護なところがあるのです」

「その家族に俺も加わるわけですね、分かります」

「入らないからサッサと死になさい」

「ひどっ」

「もうアンリったら。わたくしが悠希様をお誘いしているのです、これ以上は本当に怒りますよ」

「ですが……」

「せっかくこうして共に城を離れてやって来たのです。明日の会合の前に少し親交を温める程度なら構わないではありませんか、お風呂で体も温まりますしね♪」

「…………」

 その無垢な笑顔にとうとうアンも言葉を失ってしまう。

 あんまり上手いこと言えてはいないが、こうして俺とアンは姫様に手を引かれ欲情へと、いや浴場へと連行されていくのだった。


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