【第六十五話】 王族まじパねえッス
かれこれ二時間ぐらいが経った。
フィーナさんの手伝いといいソフィーの珍獣パーティーの時といい馬車で遠出することが多い今日この頃である。
管理人生活どこ行ったんだ。とか考えながら馬車の中で座ったまま特に何をするでもなく、特に言葉を発することもなく、外の景色を眺めているだけの時間もそろそろ退屈になってきた。
というのも赤毛のアンことアンリ何とかがいたく上機嫌で、ひたすらにレオナやアメリアさんに話を振ったり持ち上げ褒め称えるばかりの時間が延々と続いているからだ。
寂しいとかじゃなくてさ……完全に俺の存在なんてないものとされているせいですっげー虚しい空間なんだけど。
別に無理に会話に入ろうとも思わないし、俺に対してではないにせよあんだけツンツンしていたアンがニコニコしているのを見ると可愛らしいなあと思うのだけど、だからってガン無視ってどうなの?
あからさまにレオナとアメリアさんの二人が俺にも話を振ろうとしてくれることが逆に切なくなってくるっつーの。
完全にグループ分けされたものの全く馴染めていないコミュ障を気遣ってくれるクラスの陽キャ達とぼっちみたいな図になっちゃってるから。むしろソッとしておいて欲しいまである。
まあ、そんな時間も出発からしばらくした頃には眠気に襲われてウトウトし始めていたこともあってすぐに気にならなくなったのだが……。
そうしていつしか窓ガラスに頭をつけて眠りに落ちてしまってから如何ほどかの時間が流れ、起こされたのは昼時を迎えた頃だった。
一瞬もう到着したのかな? とか思ったが、さすがにそんなに早いはずもない。
重い瞼の隙間から外を見ていると、窓の向こうにはそれなりに大きな町が広がっている。
寝惚けた頭で起こしてくれたレオナに尋ねてみると、どうやら昼食のために立ち寄ったとのことらしい。
目的地である国境付近の防衛基地の一部である軍港までは位置関係でいえば半ばを過ぎたころなのだとか。
言われるがままに馬車を降り、二人や馬で馬車の前後を走っていた他の兵士達と共に町中に入っていくが、『何を食うのかなー』なんて期待は瞬時に消えてなくなる。
どうやら町に降り立ち、高級中華料理屋みたいな見た目の大層な店に入って飯を食うのは王様と姫様の二人だけらしい。
曰く『主君を護衛するために集まった家臣達が暢気にご飯なんて許されるわけがないでしょ』とのことだ
ぶっちゃけ世知辛い世の中だなぁという感想しかない。その主君とやらを守るために集まったからこそ腹が減っては戦も出来んだろうに。
なんて口にしようもんなら絶賛周囲の方々の反感を買うこと必至なので我慢するっきゃねえ。
だったら馬車で待機でよくね? と心の中で愚痴りながら店の中に消えていく二人を見送り、その後を護衛係であるらしいカルカロスとかいうオッサンと数名がついていく。
それに留まらず店内は貸し切り状態にしてある上に店の出入り口にも兵士が十人ぐらい立っているという徹底ぶり。
何もそこまでせんでも、飯食うぐらいでそうそうトラブルなんて起きるか? と思うのは俺が日本人だからだろう。
離れた場所で待機している兵士達は兵糧であるらしいパンを一切れと、なぜか干したブドウみたいな果物が配給され、誰も彼もがそそくさと腹に詰め込んでいくだけの昼食を取っていた。
唯一馬車に戻ったアメリアさんとレオナ、ついでに俺は階級上多少の例外は認められているらしく、腰を下ろすなりすぐに荷物として詰んであった食材をアンが取り出し、フランスパンみたいなパンにジャムをぬったり切ってあった野菜を挟んだりして並べ、ほとんど同時進行で人数分のカップに紅茶を注いでいく。
さすがにここで俺の分だけ用意しないという暴挙は度が過ぎているという自覚があったのか、ものすごーく嫌々そうな顔で舌打ちまで漏らしながらも俺の前にも紅茶のカップが置かれた。
移動中は無かった備え付けのテーブルはものの数分でランチの時間にしか見えない優雅な様相へと変わっていく。
それはいいけど、いい加減言わせてもらうとしよう。
「あのさあアン、俺のことが嫌いなのはこの際仕方ないとしてもそこまで露骨に態度に出すってのはよくないと思うぜ? 無理に仲良くしてくれとは言わんけど、お前もそれが仕事で、給料貰ってやってんだろ? 王様の前で同じことできんの? 一応王様に呼ばれて来てる身である俺が、お前の態度が気に食わないから帰るって言い出したりしたら誰が一番困るんだ?」
「ぐぬぬ……」
カチンときたのかギロリと俺を睨んだのは反射的なものだったらしく、遅れて俺の言い分の正当性を理解したのか悔しげに顔を歪めるだけでアンからの反論はない。
「残念ながら悠希君の言う通りだね。私達を慕ってくれるのは素直に嬉しいけど、一応は侍女である君が客分にそういった態度を取るのはいただけない。ましてや直接何かされたというわけでもないのだろう? 気に入らないだけならば表に出さないのが勤め人の在り方だよアンリ」
「そんな~……」
まさかのアメリアさんによる叱責にアンは半分涙目だ。
それでもストレートに責めたりはせず、精一杯言葉を選んで傷付けないようにしている辺りアメリアさんのいい人っぷりは聖人レベルである。
「ロックシーラ様ぁ……」
アンはそれが分かっているのかいないのか、今度はレオナに助けを求めて視線の向きを変える。
とはいえさすがのレオナもフォローは出来ても庇ってはあげられないのか苦笑いを浮かべていた。
「ま、まあ……男嫌いのあんたには簡単じゃないかもしれないし、こいつは軽薄だしすぐに鼻の下を伸ばすような奴だけど、本当は面倒見も良いし友達思いだし悪い奴じゃないのよ」
「……何だその微妙なフォローは」
思わず突っ込む。
が、レオナはものっそい白々しい顔でしらばっくれるだけだ。
「え? 何か間違ってる?」
「いい加減言わせてもらうけど俺ぁな、やっすい給料で毎日毎日毎日毎日家のこと全部一人でやってお前等全員の生活の面倒も見て、あまつさえはこうやって誰も彼もの仕事に付き合ってって日々を送ってんだぞ? ちょっとぐらいは褒められたっていいと思いますけどね!」
「それは分かるけど……悠希」
「まあ、そのおかげで貴重なレオナのあられもない姿を写メに……」
「悠希くーん♪」
日頃の鬱憤というか、報われない労働を続ける毎日に物申したいことが溜まっていたこともあって一瞬声を潜めたレオナを華麗に無視し、図に乗ってしまった結果不平不満をベラベラ喋るついでに口に出す必要の無いことまで口走ってしまった俺の末路は死角から飛んできたアイアンクローが生む激痛地獄だった。
ミシミシと顔面の骨が軋む音が直接耳に届くと共に、目の前にある不自然な甘ったるい声音に添えられた怖いぐらいの笑顔が飛び込んでくる。
両のこめかみが陥没するんじゃねえかぐらいの握力による痛みと怒っている時の笑顔は否応なく俺の馬鹿なお口に沈黙を強いていた。
「余計なことを口走るのはどの口かな~」
「痛い痛い痛い痛い……分かったから、分かったから離してマジで顔が変形する!!」
断末魔の叫びが響く馬車内。
アメリアさんは仲睦まじい光景だとでも思っているのか、にこにこと慈愛に満ちたようにすら見える微笑で見守るだけだし、アンはアンで何やってんのこの二人? みたいな顔をしているだけで誰も助けてくれない。
命からがら平謝りしたところでようやく僅かに顔面を鷲掴みにしている指の力が緩まり、かと思うとレオナの方へ顔ごと引き寄せられた。
一転して耳元に口を寄せてくる。
「あんたね、約束忘れたの!?」
「……え? ああ~……」
約束。
というと、最初の頃に言ってた風蓮荘の事を口外するなというアレのことだろう。
「忘れてないけど、だったら俺をハブにするな。ただでさえ部外者の俺が見ず知らずの人間だらけの集団に混ざってんだぞ。せめて孤独感や孤立感を与えないように配慮と忖度ともてなしの心を持つべきだ」
「はいはい、分かったから。極力気に掛けるようにはするわよ」
呆れ顔で首を振りながらも、レオナはようやく手を離してくれた。
解放されたのにまだ圧迫感があるぐらいに痛かったけど、言いたいことが伝わったのならまあオーケーとしておいてやるしかなかろう。
そりゃ余計なことを言ったのは事実だしな。
「分かってくれたなら良し」
「はぁ……何が良しよ、まったく。アンリ、悪いけどあんたもその辺気遣ってあげてよ。さっきも言ったけど、悪い奴じゃないのはあたしが保証する。友達思いで面倒見が良いのも、ゲスな奴じゃないのも確かだから」
「まあ……ロックシーラ様が言うなら、はい」
相当葛藤がありそうではあったが、それでもアンは唇を尖らせながら了承を口にする。
つーか何でレオナやアメリアさんにだけそんな従順なんだろうね。
「ふふふ、若いというのはいいものだね」
よしよしと、お褒めの言葉の代わりに頭を撫でるレオナやそれによってすかさずデレ始めたアン、そしてそんな二人に白けた目を向ける俺を順に見回すとアメリアさんが暢気な感想を漏らした。
意外にもこの人は天然なのか?
なんて人知れずギャップ萌えに目覚めそうになりつ、つもうツッコムのも面倒くせえと出されたパンに手を伸ばす。
そんな馬車の旅はもうしばらく続け、件の基地に到着したのはそろそろ夕方に差し掛かろうというぐらいの時間になってからだった。