【第六十四話】 ガチムチニューフェイス
王様と王女が馬車の中へと消えると、ようやく俺を除く大半の人間から緊張感が薄れていくのが伝わってくる。
この国、ひいては王族であるあの親子に仕えているわけではない俺にその気持ちは全然分からないが、日本人の感覚で言えば社長みたいなもなのか?
なんて馬鹿なことを考えていると、音もなく寄ってきたアメリアさんが後ろから俺の肩に手を置いた。
レオナの直属の上官であり、所属する部隊の隊長であるらしいアメリアさんは二十歳前後の黒髪ストレートがよく似合う落ち着いた雰囲気の綺麗なお姉さんといった感じの人だ。
レオナと同じ白い制服を着ているがスカートではなくスラッとしたズボンを履いていて、肩や胸の辺りに星やら十字架の記章を光らせるいかにも格好いい女性でありながらこんな俺にも優しくしてくれるスーパーいい人である。
「急な話で悪かったね悠希君。応じてくれたことに感謝するよ」
振り返ると、アメリアさんは温厚なイメージそのままの柔らかな微笑を浮かべている。
数少ない対面の印象としてはあまり感情の起伏が大きくないタイプの人だと思っていたことも相俟ってクールさがより際立つせいで思わず見惚れそうになるぜ。
「いえいえ、アメリアさんからご指名だなんて光栄な話を蹴る理由はねえッスから」
「そう言ってくれると助かるね。特に忙しくさせることもないとは思うけど、よろしく頼むよ」
「精一杯お務めさせていただこうとは思うんですけど、俺って王族だとか貴族とか言われてもどういう態度を取らないといけないかとか、ルールや決まり事とか全然知らないから若干不安なんですけど……失礼があったらすんません。いつもならレオナがブン殴って止めてくれるんだけど王様の前じゃ中々そうもいかないみたいだし」
「当たり前でしょ。三回ぐらい顔面をブン殴りそうになったけど必死に堪えてたんだから」
「あの短い間に三回も!?」
「ま、あの挨拶に関しては姫様の方からのことだから文句は言わないけど、言葉遣いとか態度は気を付けないとあたしやアメリア隊長がいないところで何かあっても庇ってあげられないんだからね。首が飛ぶ前に学習しなさい」
「怖いこと言うなよ、行きたくなくなるだろ……」
「こらこらレオナ、そういじめるものじゃない。心配せずとも大丈夫だよ悠希君、私達が傍にいなくとも王女と共に君も護衛対象とすることを全軍に通達してある。プライベートな空間以外ではいつ何時も周囲で兵が目を光らせているから物騒な目に遭うことはないさ」
「さっすがアメリアさん。俺の中でナンバーワン優しいお姉さん」
安堵したせいか図に乗って調子の良いことを宣う俺にアメリアさんも苦笑い。
その後ろで、なんか舌打ちみたいなのが聞こえた。
「何がアメリアさんよ、馴れ馴れしい」
俺のみならず、レオナやアメリアさんまでもがその声に反応し後ろを向くと、なぜか不機嫌極まりない顔で腕組みをするちっこいメイドさんがいた。
以前ここであったガチメイド二人組の一人、その名も赤毛のアンだ。
恐らくは十四、五だと思われる小柄な女の子でワンピース型の黒いゴシックファッションさながらのメイド服にレースの付いた白いエプロンを重ね着していて、頭にはヘッドドレス、黒いニーハイとガーターベルトという秋葉原も真っ青の希少なザ・メイドである。
赤茶色い髪を後ろで三つ編みにしているからという理由だけでそう名付けた、うん。
「なに怒ってんだよ赤毛のアン」
「アンじゃなくてアンリだっての! そもそもアンリと呼ばれる筋合いもないんだからね!!」
アンはツンデレメイドらしく(言うまでもなく俺の勝手なイメージ)毒を吐くなりそっぽを向いてしまった。
何を怒っているのかはさっぱり分からん。
「いや筋合いって言ってもそういう名前なんだろ?」
違うっけ?
「こら、この子の名前はアンリ・ウィンスレットだって前に言ったでしょ。嫌がられてるんだから改めなさい」
と、レオナに軽く小突かれ何となく思い出した。
アンリだから勝手にアンと名付けたんだっけか。しかもそれすら名字じゃない方の名前だったとは盲点だったぜ。
「ああ、そういう名前だったのか。そりゃすまん……とは思うけど、そこまで嫌がられる理由が分かんないんだけど」
「フン、ロックシーラ様とジャックテール様に近付く男は全員敵よ!」
「えぇぇ……」
まさかの百合キャラ?
そういえばこの間もレオナにだけデレデレしてたな。
「ま、まあこういう子だけど、根は良い子だからあんたも仲良くしてあげてよ」
「仲良くったって……」
さすがのレオナも精一杯のフォロー丸出しだった。
ツンデレメイドとカテゴライズしていたというのに、まさかの百合っ子ツンデレメイドだったとは。
これじゃいつかメイドさんにデレてもらいたいという俺の夢が……。
「おいおい、ジャックテール。そろそろ俺にも紹介せんかい」
げんなりしている隙に、残る一人のお偉いさんらしき人物が割って入ってきた。
一番後ろで周りの兵士にあれこれ指示をしていたのでスルーしていたが、この場においては完全に初対面のえらくデッカイおっさんである。
ぶっちゃけ最初に見た時は『でかっ、何じゃこのおっさん!』と思ってました。
その誰かは俺の前に立つと、頭をガシっと掴んで風貌通りの渋い声でよく分からないことを言い出した。
「がっはっは、お前が噂の童か。鍛えとるようには見えんが、ちゃんと飯食っとるんか」
「……わ、わっぱ?」
本人は笑っているし、そういうつもりは無いのだろうけど、そのガタイの良さと低い声のせいで威圧感がハンパない。
俺じゃなくてもビビるってこれ。
体の大きさを除いてもトゲトゲに逆立った短髪や口の上下に蓄えた髭が男らしさ、男臭さを感じさせるし、背中に見えているデカイ剣やその口調も相俟って年齢的には三十前後か? どうあれオッサンという程ではないのだろうがなにぶん貫禄がハンパない。
白い軍服風のレオナやアメリアさんとは違い、他の大勢と同じ黒い制服を着ているということは別に偉い人ではないのか?
いやでもアメリアさんを呼び捨ててたしな……謎だ。
「カルカロス、怖がらせるのはやめたまえ。この子が最近色々と話題の悠希君だ。月光花の件やシルヴィア様の一件も然り、話に上がることが多いのは知っての通りだけど、今日はレオナの友人だからということで無理を言って同行してもらっている。君はそういうタイプではないのだろうが、気に掛けてやってくれ。間違っても君の部隊の流儀に当て嵌めて鍛錬だ根性だに巻き込まないように」
「失礼な奴じゃのうお前は。いくらワシでもそこまで見境のうならんわい。中々に骨のある童だと聞いとるし、本人が希望するならいつでもワシの部隊に入れてやるぞ」
おっさんはもう一度がっはっはと笑い、俺の肩をバシバシ叩いている。
そこまで痛くはないが、一発入る度にビクッとするから普通にやめて欲しい。
「だからその無遠慮な振る舞いを控えてくれと私は言っているんだよ」
まったく、と付け加えて一つ溜息を吐くアメリアさんはすっかり呆れ顔だ。
かくいう俺も今の短いやりとりでこのオッサンの人となりが分かったきがしてものすごーくこれ以上の交流はお断りしたい気持ちが溢れてくるが、プロレスラーみたいなガチムチな体格に加えて百八十近い身長は普通におっかないので面と向かって文句を言う勇気は一ミリもない。
いくら俺の名前が悠希であったところで全然関係ない。
「戸惑うのも無理はないが、一応紹介はしておくよ悠希君。彼はフレア・カルカロス、私と同じ聖騎士団の部隊長を務める一人でベルセルクを率いている男だ。見ての通り度を超えた熱血漢で遠慮だとか空気を読むという感性が欠落しているのが難点ではあるが、根は悪い奴ではないんだ。どうか敬遠しないでやってくれると嬉しい」
「はあ……」
アメリアさんにそう言われるとあからさまに余所余所しくするのも憚られるな。
その性格……なのか性質なのかを評する言葉の数々は余程的確だったのか、隣でレオナも苦笑している。
悪い人というのもまあ、分からなくもないだけに接し方に難儀しそうだ。
……今回を除けばどういう理由でこのオッサンと交流を持つことになるのかは全く分からんけど。
「よし、ではそろそろ出発するとしよう。カルカロス、陛下と王女の護衛は任せたよ」
「任せい!」
「では総員騎乗! ルート、配置、指揮系統は事前の決定通りだ」
「「「はっ」」」
「私とレオナ、アンリと悠希君は馬車での移動だ。私は途中で先導を代わるけど、到着まではゆっくりしてくれたまえ」
にこりと、いつもの微笑を浮かべたところでアメリアさんは俺を王様達が乗ったのとは別の方の馬車へと促した。
同時に、周囲の兵士達がどこかから現れた馬の列へと飛び乗っていく。
そんな光景に『すげっ、何か大河ドラマみてえ』とか人知れず感動しながら広く大きな馬車の中へ着席すると、続いてアメリアさん、レオナ、赤毛のアンがそれぞれ隣と正面へと腰を下ろした。
こうして結局はどんな政治的な用事があるのかもいまいち分かっていない上に何をすりゃいいのかも把握していないまま国王陛下御一行の一人として大軍に混じり王宮を、ひいては王都を離れることになるのだった。
つーか……王女様の相手をしてやってくれという理由で呼ばれたのに何で別々の馬車なんだよ。