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【第六十三話】 真人間の朝は早い



「ちょっと悠希っ、いつまで待たせんのよ。いい加減出発するわよ」

 翌朝。

 レオナに言われて早起きを(といっても早朝というわけではなく普段よりはという程度だが)した俺は顔を洗い歯を磨くなり休む間もなくせっせと働いているというのに、そんな頑張りは褒められるでもなく、もう何度目になろうかという容赦の無い叱責だけが響き渡る。

 すぐに廊下を慌ただしく歩く音と共にその声の主がダイニングへと入ってきた。

 その人物はというと両肩に黒い十字架が入った白い軍服みたいな格好良い服を着て、膝上までの白いスカートに膝下までの長いブーツを履き、腰には細い剣を携えているという仕事モードのレオナだ。

 昨夜、唐突にレオナの出張に同行する流れなったわけだけど……この風蓮荘において俺とレオナが数日間不在になるという現実を軽々しく見てはいけない。

 約一名、その隙に飢え死ぬ可能性がある奴がいるからだ。

「わーってるよ。もう終わるから、ちょっとぐらい待ってくれてもいいだろが」

「あ・た・し・は副隊長なの。遅れたら格好も示しも付かないわけ、分かる?」

「そりゃ分かるけど、だったらマリアやリリが飢え死にしてもいいのかお前は」

「いいわけないでしょ」

「だからそのために俺が頑張って飯作ってんだろが。クソ眠い中こうして奴等のために齷齪働いてるってのに、ちょっとは褒めてくれても罰は当たらないよ? 晩飯も含め本来なら俺の仕事じゃねえんだからな」

「分かってるわよ。だから文句言いながらでも待ってあげてるんじゃない」

「待ってくれてるなら文句を言うなっての」

 何なら手伝えとさえ言いたいが、余計邪魔になりそうなので言うに言えない。

 前回、一泊してきただけでマリアがあんなんなってたからな。さすがに同じことを繰り返すのは不憫というか、罪悪感が拭えないというか。

 だからこそ俺はありったけのパンを焼き、米を炊いて炒飯にし、野菜たっぷりスープも寸胴鍋一杯に作り、冷蔵庫風ボールに保存しておこうと決めたわけだ。

 簡単な物しか用意していないが、量が量だけに多少の時間はどうしても掛かる。

 とはいえそれもようやく全ての用意が終わった。片付けはもう時間的に無理だな。

 ってなわけで最後に『すまんマリア、これで頑張って生き延びてくれ。ソフィー、リリ、諸々よろしく』とだけ書き置きを残してようやく完了ということにしておこう。

「はぁ~、終わった」

「じゃ、サッサと行きましょ」

「へいへい。もう行く前から疲れてっけど」

「馬車で長い移動があるから、眠たいなら途中で寝てなさい」

 俺の愚痴などどこ吹く風。

 とにかく急げと言わんばかりにサッサと玄関に向かっていくレオナを慌てて追い掛ける。

 荷物なんてスマホと財布代わりの巾着袋ぐらいのもんだ。用意に掛かる時間なんてゼロに等しい。

「おお……」

 いざ外に出てみると、空にはうっすらと灰色の雲が広がっていた。

 下手すりゃ雨でも降り出しそうな雰囲気だし、やる時間が無かっただけとはいえ洗濯物干さずに来てよかったー。

 なんて培われた主夫スキルを惜しみなく発揮しそうになりつつもレオナと二人で十分程の徒歩を経て森を抜け、そこからしばらく無人の荒野を歩き、風蓮荘を出てからかれこれ三十分ほどが経過したあたりで王都シュヴェールへと到着する。

 こんな時間に町にやってきた経験はないが、この世界であるかどうかは無関係に世の真っ当な社会人達は既に営みを開始しているようで宮殿に向かう大通りもそれなりに人で賑わっているし、左右に並ぶ様々な店や施設も大半が営業を開始しているようだ。

 うちにはニートと引き籠もりしかいないからうっかり毒されそうになるが、朝起きて仕事なり学校に行く、という本来ならば当たり前に誰もが毎日やっていることをつい忘れそうになっちまうぜ。

「二人ともご苦労様」

 やがて宮殿に辿り着くと、でっけえ入り口の門を警備していた若い兵士二人の挨拶と一礼を受け内部へと進んでいく。

 若いとはいってもレオナよりは年上だろうに、こうして目の当たりにしてみると副隊長ってもんがどれ程の地位にいるのかを痛感させられるなぁ。

 つーか俺、通行許可証とか普通に置いてきちゃったし。

 とか何とか色々と考えつつ、俺も申し訳程度にペコリと頭を下げて庭園を歩く。

 彩られた花々やオブジェみたいなのが中心に立っているオサレな噴水がある広場まで来たところでレオナは立ち止まった。

「陛下や隊長達もすぐに来られるでしょうからここで待機でいいわ」

「了解っと。ふわあ……」

 何度か足を踏み入れたおかげで場違い感にも慣れてきたのか、特に緊張を伴うことなく普通にあくびが漏れた。

 聞けば、レオナは俺を連れてくるという役目を任されているため朝礼だの部下への指示だの留守中の引き継ぎだのという朝のお仕事は免除されているらしい。

 それをしようと思えばもっと早くに来なければならないわけだから、一応は招待されている身である俺への配慮ということのようだ。

 周囲には黒い軍服風の制服を着た兵が何人もいるし、偉く豪華な馬車が二台並んでいることも含め過去に見た庭園とは少々様子が違っている。

 フィーナさん御用達のあれも凄かったが、勝るとも劣らない豪華さと金が掛かっているアピールのための造形や装飾は更に上をいっているレベルだ。

 国王という名の髭のオッサンが乗るための物と考えれば無理もないのだろうが、言われるまま何気なくここに来てみたはいいけど冷静になってみるとやっぱり場違い感が再燃してくる。

 レオナがいるからなのか、或いはいずれオッサンがやってくるが故か、はたまた単に仕事中だからなのか、どこか雰囲気はピリピリしていて兵士達は無駄口を叩くでもなく整列したまま姿勢を崩さず笑顔の一つもない。

 そんな姿を見て初めて軍隊ってのは普通こういうもんか、なんて感想を抱くと共に馬鹿みたいに旅行気分でいた自分はどういう目で見られているのだろうかみたいなことを意識しちゃう自分がいた。

 どこか居心地の悪さが帰りたさを生み始めた頃、数分の待機時間を経てようやく待ち人が姿を現わしたことで一層と辺りに緊張感が走る。

 奥の回廊から姿を見せたのは五人の男女。

 国王のオッサン、その娘であるシルヴィア王女、アメリアさん、赤毛のアン、そして見知らぬ厳つい男の老若男女入り交じった五人だ。

「やあやあ悠希君、今日はわざわざ呼び立ててしまってすまなかったね。しばしの旅になるがよろしく頼むよ」

 ぞろぞろと広場までやってくると、兵士達がビシっと揃った動きで姿勢を正すのを気にも留めず王様はまず俺の所へ寄ってきた。

 いつもみたく軽口でオッサン呼ばわりしてレオナにぶっ飛ばされる流れが発動しそうになったが、さすがに空気がそれを許さない。

 ぶっ飛ばされるどころか本気で首が危ない、そんな雰囲気に充ち満ちていることぐらい空気の読めない俺でも分かる。

 確か名前はグラント・アレクサンドリア。

 歳は恐らく四十前後だと思われる国王はオールバックに顎髭を蓄えたダンディーなオッサンというイメージしかなかったのだが、今日は外行きの格好なのか前に会った時にはなかった輪っか状の王冠を頭に乗せていて、ついでにファーみたいなモフモフが付いた黒いマントを羽織っている。

 こうしてみると威厳みたいなもんも伝わってくるのだから不思議なもんだ。

「いえ、ご指名いただいて光栄っす。ご迷惑にならないように誠心誠意頑張りまっす」

 おはようございます。の代わりにペコリと頭を下げ、自分なりに精一杯目上の人間に対する対応ってのをしてみた。

 ……出来ているのかどうかは分からんけど。

「はっはっは、そう畏まることはないさ。娘の話し相手というのも楽ではないかもしれんが、見識を広める機会だとでも思って楽にしていてくれればよい」

「あざっす」

 ポンポンと背中を叩かれたところで今一度会釈をしたところで挨拶を終えると、次いで出てきたのはマイスイートハニーことシルヴィア・アレクサンドリア王女である。勿論、ただの世迷い言である。

「おはようございます悠希様」

 にこりと微笑んで、王女は右手をソッと差し出した。

 俺のことを、何なら俺の名前を覚えてくれているだけでちょっと感動っす。

 年齢は俺と同じぐらい。

 紛う事なきこの国の王女は薄青い煌びやかなドレスを身に纏っていて、緩やかなウェーブが掛かった茶色い髪のてっぺんには以前と同じくキラッキラのティアラが乗っかっており外見から醸し出しているその王女様具合をより一層強くしている。

 愛嬌のある可愛らしい顔に加えて胸も中々に大きく、レオナと並んでそれはもう世の男子の理想みたいな女の子だ。

 差し出された右手を前にてっきり握手でも求められているのかと反射的に応じそうになったが、手の甲が上に向いているところを見るにどうやらそうではないらしい。

 だったら何のポーズなの? お手? 俺って犬扱い?

 とドン引きしそうになったものの、この場合だとお手をしているのは王女なわけで……だったら何だろう。

 考えても全然分からないけど、咄嗟の思いつきとノリで俺が取った行動は跪くことだった。

「ご機嫌麗しゅうプリンセス。いつ見ても変わらないそのお美しさはこの曇天の中に日照りを得たが如く輝かしい限りにございます」

 ぶっちゃけ何が言いたいのか途中から自分でもわけが分からなくなってきたが、それでも片膝立ちになった俺は差し出された右手を自分の手に乗せ、甲の部分に軽く口付けをする。

 その名も『映画とかでよくあるやつ』である。

 半分ふざけている自覚があるので周囲の反応が怖いが、もはやこの行動が正しいかどうかなんてどうでもよかった。

 だってお姫様に触れられただけで満足だもの。

 惜しむらくはレースの手袋をしていることだろうか。許されるなら素肌に触れたかったぜ。

「…………」

 当然、と言っていいものか周囲がややざわつく。

 同時に『え?』とか『ほう』とか『おお』みたいな声も聞こえていた。

 やっぱり普通に間違ってたのかな。

 当の本人にキモがられていたらどうしようかと恐る恐る顔を上げてみると、しかしながら当の姫様はもう一方の手を頬に添え満足げに優しい笑顔を浮かべている。

 最終的に何を求められてどうすれば正解だったのかは分からないままだけど、まあ嫌われずに済んだのならオールオッケーだろう。

 とか、この時の俺はお気楽に考えていたわけだが、後から教えてもらったところによるとこの形式の挨拶というのは王族や貴族の女性が身分的に下でありながらも親しい、或いは近しいと認識している男の従者や知人友人にしか許さないものらしい。

 それを知ったときの俺の人知れない大歓喜を世界中に伝えたいもんだ。

「うむ、では挨拶も済んだことだし我々は馬車で待つとしようシルヴィアや」

「はい、お父様」

「それでは二人とも、後のことは任せたぞ」

「お任せください陛下。準備が完了次第出発しますのでしばしお待ちを」

 アメリアさんの返答と見知らぬオッサンとレオナを加えた三つの一礼を受け、王様と王女は傍に居た兵士が扉を開いた大きい方の馬車へと消えていく。

 そんな姿はやっぱり一国の主で、王女の佇まいも含め浮かれている自分が虚しくなってくる程に住む世界が違うんだなぁと思い知らされている気分だった。


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