【第六十二話】 そうです、私がレオナお嬢様の使用人めにございます
やがて日も暮れ、すっかり夜になった。
昼にありったけの食料を消費したため、宴会が終わった後は俺とリリで買い出しのために村まで行き、ソフィーとジュラは持ち出した物の片付けなどをしてくれるというので風蓮荘に帰ってもらったため少しは楽が出来たとはいえ真っ昼間から酒を飲んだとあって何だかドッと疲れている感じがする。
言うまでもなくマリアは帰宅後すぐに昼寝をしていたらしい。一番食ってたのに全然働かねえんだアイツ……俺やソフィーも含め、その自儘っぷりをやれやれ仕方ない奴だなぁと許してしまう環境がよりマリアを自堕落にさせているのではないかとようやく気付き始めた今日この頃。
それはさておき、リリもある程度沈んでいた気持ちも落ち着きつつあるようなので思い付きかつ取って付けたような企画だったとはいえ実行してよかったと改めて思う。
そんなわけで揃いも揃って昼食を食べ過ぎたため日が暮れても空腹を訴える者はおらず、夕食は軽めに済ませた次第だ。
言うまでもなくマリアは一人だけ山盛りの炒飯を平らげていた。一番食うくせに全然手伝うとかしねえんだアイツ……懐かれていることも含め、嬉しそうに俺に寄ってきて満足そうに食べてくれるせいで文句を言う気もなくなっていくのが実はマリアの計算による生存戦略なのではないかと思い始めた今日この頃。あれ、デジャブ?
それもさておき、何だかんだで今日も一日が終わり遅れて帰ってきたレオナが晩飯を済ませたところで最後の洗い物を済ませて今に至る。
「お、終わったか」
さーて、後は風呂に入って寝るだけだ~。
と謎の達成感に満ちていると、先に風呂に入っていたレオナが脱衣所から出てきた。
俺よりもずっと疲れているだろうからと順番を譲ったはいいが、女の子の風呂ってすげえ長いよね。
待ってる間に眠気が押し寄せてきたせいで結構後悔したわ。
「でもその姿を見られただけで全て許せるぜ!」
「はあ? 何よ急に」
満面の笑みで親指を立てる俺に対しレオナの目は冷たい。
何ワケ分かんないこと言ってんの? という心の内がはっきりと表情に投影されている。
それでもいいんだ。
レオナほどの超絶美少女が風呂上がりに湿った髪を振りながらキャミソール姿で扉の向こうから現れてみ?
全部許せるだろ?
「そうだ、レオナちょっとそのままストップ」
「何で?」
「直ったコイツの性能を見せてやろう」
言って、ポケットに入ったスマホを取り出すとカメラを起動しレオナの全身を写真に収めてやった。
タイトルは『風呂上がりの美女』しかない。日本に帰ったら確実に美術館に所蔵されるはずだ。
勝手に被写体にされたレオナはシャッターの音に一瞬ビクっとしていたものの、こっちの世界に来た当初にあれこれと写真に収めまくっていた話をリリから聞いているレオナはこれといって怪しむ様子も警戒する素振りもない。
「ほら、これが写メってやつだ」
その写真を見せてやると、さすがに現物を目にするのは初めてとあってレオナは感心したように二度三度と頷いた。
といっても鏡で通話出来るレベルの魔法文化があるだけに驚き加減もそこまで大きくはなさそうだ。
「こんなにちっこい板なのに大したもんね~。フマソ? だっけ?」
「スマホ、な」
「アンタの世界ではそれで次元鏡みたいに会話したりするんでしょ?」
「それが主な目的として生まれた物だったんだけどな。今じゃどんどん技術が発達して、これ一つで地図を見たり、読書をしたり、調べ物をしたりって付属の機能がメインみたいになっちまってるよ」
「聞けば聞くほど魔法が無いのにどうやってそんなのが作れるようになるのって感じねぇ。高価な物なんでしょ?」
「さすがに安くはないけど、俺の世界、特に俺の国に限れば誰でも当たり前に持ってるものだよ。確かに魔法とかは一切存在しないけど、技術力や発明で発展してるって感じかなぁ。無理矢理この世界と比較するなら、だけど」
「でも、そんな凄い物を持っていると知られたら盗まれたりするかもしれないから気を付けなさいよ? アンタには理解が難しいかもしれないけど、特別なアイテムや武具なんて人を殺してでも手に入れたいって奴はごまんといるんだから」
「ぬ……そう言われてみりゃ確かにそうだな。こっちの世界に無いもんってだけで金に換わるって発想は馬鹿でも思い付きそうだ。気を付けるわ」
「そうしなさい。って、あれ? あたしのお酒は?」
「ああ、すまん。今日飲んじゃった」
「はああああ!? 何で全部飲んじゃうのよ!? 風呂上がりの一杯を楽しむつもりだったのに」
「ちょっと昼にな、リリを元気づけるための食事会を催したんだ。そこで勢い余って持ち出しちゃった次第でして……」
「リリのために~? それ……嘘じゃないでしょうね」
「いやマジだって、ソフィーやジュラ達もみんな連れて行ったんだ。おかげでリリもちょっとは落ち着いたんだぜ?」
「なら……許してあげるけど」
「助かる。また買っておくから」
つーか今日村で買ってくるべきだったね。
完全に忘れてたんだ。その酒が入ってたせいで眠気もヤバかったし。
「絶対だからね。あ、そうそう。明日から二、三日帰れないから」
「へ? なんで?」
「出張ってやつ? 国境付近の軍港で陛下とナルクローズ王国のミルフォード王との会談があるんだけど、その護衛と水軍基地の視察がてら同行することになったのよ。うちの部隊とカルカロス隊長の部隊で」
「へ~……って、誰だよそいつ」
「カルカロス隊長はベルセルク隊って多目的部隊の指揮官、名前ぐらいは覚えておくことね。でさ、あんたも行く?」
「は? 何で俺が?」
「それがさ~、陛下が外交に慣れさせるためにって王女殿下も連れて行くことを決めたんだけど、お付きにアンリがいるとはいえ会談や視察の間はどうしたって時間を持て余すじゃない? で、どうしたものかって話をしてたら陛下とアメリア隊長が話し相手がてらアンタも連れて行ったらいいんじゃない? とか言い出しちゃって……」
「えぇぇ……何で俺ぇ? 姫様の話し相手なら是非したいけど」
「前に宮殿に来たときにさ、咄嗟にあたしん家の使用人みたいな感じで誤魔化したじゃん? その手前陛下に連れてきてくれって言われちゃうと断りきれなくて……あんたこの間の【月光花】の件で陛下や隊長達の間でちょっと話題にもなってたからさ」
「……まだ使用人っつー認識のまま放置されてたんかい。つーかそれギャラ出んの?」
「出るわけないでしょ。三食寝床付き、プラス陛下やアメリア隊長に顔を売れるなら十分じゃない。今後どうするか、どうなるかが定まってないあんたにとってはね」
「それを言われるとぐうの音も出ねえな……せめてレオナとのデート権をつけてくれない?」
「えぇ~……何であたしが交換条件出されてんのよ~」
「ほら、前に言ってた荷物持ちでもいいからさ~。元はと言えばお前が俺を使用人にしたからだろ~、何なら俺は断ってもいいんだぜ? アメリアさんに恥掻かせてもいいなら好きにしてくれたらいいさ」
「うぬぬ……汚い奴。て言っても頼んでんのはこっちだしね、ひとまず保留ってことで手を打ってあげてもいいけど、その先は働き次第よ」
「よし、行こう」
「はあ……現金な男ねあんたは毎度毎度」
「何とでも言え、これが男ってもんだ。よろしく頼むぜ、レオナお嬢様」
「はいはい。こちらこそよろしく」
やれやれと、首を振りながらもそこまで軽蔑されている風でもなさそうだ。
どちらかというと呆れているとか、哀れまれているのかもしれない。或いは可哀想な奴だと思われている可能性もある。
それでもいいんだ。だって港の軍隊を見学出来てお姫様のお供が出来てその上レオナとデート出来るんだぜ?
金払ってでもお願いするだろそんなん。