【第六十話】 エロさと温もりとレッツパーリー
誰にとっても衝撃過ぎた、色々な意味で絶望的な訃報を告げられた重苦しい夜が明けた。
ベッドに入ってからも気分は重たいまま、あれこれと嫌なことばかりを考えていたせいで眠りに就いたのは随分と遅かったため必然的にいつもより随分遅い起床になってしまっていることを体感で理解する。
とはいっても、よく眠れたという自覚もすっきりとした寝覚めというわけでも全然ないのだけど。
「はぁ……何もやる気が起きね~」
あれこれと危険な経験も重ねてきたりもしたけど、それでも何となくは賑やかな面子で平穏に過ごしてきたはずなのに……それがいきなりあんなことを聞かされてしまっては元気なんて出るわけもない。
知人が死んだ……というか、殺されたってだけでもメンタル的にキツイってのに、同時に日本に帰る方法無くなってっからね。
「はあぁぁぁぁ~……どうすんだマジで、お先真っ暗だぞこれ」
せっかくスマホを使えるようにしてもらえたってのにさ、形見っつーか遺作みたいになっちゃってんじゃん。
ああ、もう無理。何か全然やる気でね
「取り敢えず、起きっか」
完全に家事とかこなせるテンションはゼロだけど、いつまでも寝っ転がっていても何も解決しないしな。
やれやれ……気分が乗らねえなちくしょう。
と、敢えて口に出して呟きながら心のみならず重い足取りで部屋を出ると、顔を洗ってダイニングテーブルの前に腰掛けた。
食欲とか全く湧かないんだけど……寮暮らしの時分と違い、だから飯は抜きにしようで解決する問題ではないのが悩みの種である。
「お?」
しばらくボーッと座ったままでいてしまったことに自己嫌悪を覚え、ひとまず紅茶でも煎れっかなと渋々立ち上がった時、丁度廊下を歩いてきた誰かがダイニングに入ってきた。
寝坊気味とは言っても体感的にはまだ八時とか九時とか、そんな時間だろう。
ならば起きているのは精々ソフィーか、たまたま早起きしたリリか。
「え……」
後者だった場合どう声を掛けりゃいいもんかね。
なんて考えながら振り返ると、そこに居たのは意外や意外。寝起きなせいでいつもの倍ほど眠そうなボーッとした顔をひっさげたマリアが立っていた。
裸で寝るのはもう仕方がないとして、せめて出歩くときは服を着ろという俺やレオナの言い付けをギリギリ守ろうという意志はあるらしく寝間着として譲渡されたレオナのお下がりの部屋着を着ている。
まではよかったのだが……お前それ完全に全裸にシャツ一枚着ただけだろ。辛うじて隠れてはいるけど下は何もはいてないだろそれ。
むしろ素っ裸よりエロくなってんじゃねえか。
「どうしたマリア。今日はえらく早起きだな」
万が一誰かに襲われようとも腕力で捻り潰せるからという予防線があるからといってその無防備さは年頃の男子には毒であることに変わりはないのだと何度説明しても理解してくれないので敢えて今は言及せず、目のやり場に困りながらも俺の前に突っ立っているだけでこっちの反応待ちをしているらしく無言のままでいるマリアに声を掛けてみる。
目が半分も空いていない寝坊助少女は何とも庇護欲が湧く弱々しい声で、毎度お馴染みのフレーズを口にした。
「ゆうき……お腹、空いた」
「それで早起きしてきたのか。たまにはそれと眠い以外の要求を聞かせて欲しいもんだよまったく」
「…………」
「すぐに朝飯作ってやっから、その間にちゃんと服着てきな」
言って最早癖になりつつある無条件反射で頭を撫でてやると、ようやくまともに目が開いてきたマリアは何故かグッと顔を近付けてきた。
今にも鼻と鼻が触れ合いそうな距離に、思わず自ら一歩退いてしまう。
「な、なんだよ……ドキッとするからそういう不意打ちはやめろよ」
「悠希……何か、あった?」
「……え?」
「じー……」
「はは、そんなにいつもと違うか?」
「違う……元気、ない」
「そっかあ、ボーッとしているようで意外とよく見てるんだなあマリアは」
言って、心配してくれた礼とバツが悪いのを誤魔化す意味も兼ねてもう一度頭を撫でてやろうとするも、伸びてきた手が先に俺の頭に触れた。
何が起きたのか一瞬分からず固まる少しの時間を経て、逆に自分が撫でられていることを理解する。
「お、おお? どしたよ急に」
「元気、出るように。マリアは……悠希によしよしされると、嬉しい」
「お前、良い子だなあ……引き籠もりニートだったのにいつの間にか立派になって、お父さん嬉しいよ」
その優しさも今の俺の心には染みまくりだけど、それとは別の意味で涙出てくるわ。
そうだよな……へこんでたって何も解決しねえんだ。最初にここで目覚めた時だって同じぐらい絶望してたじゃねえか。
魔法だのモンスターだのドラゴンだのが平気で存在する世界だぜ? 今アテがなくても、今思い付かなくても、必死に探しゃ帰る方法の一つや二つ何かあんだろ。
「ありがとな、マリア。おかげで吹っ切れたつーか、得意の開き直りを思い出したわ」
コクリと、心なしか満足げに頷くとマリアは延々とわしゃわしゃしていた手をようやくどかした。
そうと決まればって程の決意でもないけど、あとはリリの奴をどうにか元気づけてやらないとな。
いや、その前にマリアの飯だ。
「あら~? マリリンちゃん、今日は随分と早起きですね~」
しんみりしたり、うるっときたり、気合いを入れ直したりしている時間はいかほど経っていたのか。
声に釣られて振り返ると知らぬ間にソフィーが入ってきていた。
今日は出掛ける予定はないのか肩にはポンを、横にはリンリンを連れている。
察するにこれからお散歩にでも行くのだろう。
「おはようソフィー」
「おはようございます~。はさておきマリリン、その格好は色んな意味で不味いですよ~」
「……まずい?」
「ああ、大丈夫だ。ちゃんと飯の前に服着ろって言ってあるから。お前もまだだろ?」
「はい~。お散歩の後でと思っていましたので~」
「そっか。なら一緒に……いや待てよ?」
そこでふとひらめいたことが一つ。
ちょっと前に食器棚の上の方で良い物を見つけて、そのうち使えねえかと思ってたんだよな。
「……悠ちゃん?」
急に無言になった俺をマリアもソフィーも不思議そうに見ている。
ちなみにポンは目が合うなり俺の頭に移動してきているわけだけど、逆にリンリンはそそくさとソフィーの後ろに隠れて落ち着かない様子で見上げているだけでこっちに寄ってこようとはしない。
確かこいつらは潜在的な強さを感じ取れるせいで完全にマリアにビビってるんだっけか。
まあそんなことはどうでもいい。
「マリア、大家さんというこの世で一番偉い人種である俺がお前に命令する!」
格好付けてビシッと指差しながら言ってみたもののマリアはきょとんと首を傾げているだけだった。
そんなことでめげる俺ではない。
「ひとまず着替えてからでいいからリリを部屋から引き摺り出してこーい!!」
「…………?」
「たぶんあいつ声を掛けたぐらいじゃ起きてこないだろうから無理矢理にでも担いで来るんだ」
案の定ほとんど意味は分かっていなさそうではあるものの、大家という宣言が効果的だったのかマリアは無言の間を挟んでコクリと頷いた。
一方でソフィーは何を言い出すの? みたいな顔で未だ首を傾げたままでいる。
「ソフィーは用意を手伝ってくれ」
「はあ、用意……ですか」
「ジュラもルセリアちゃんも全員呼んで、今日は外に行って皆で飯を食おうぜ。名付けてピクニック大作戦だ」
リリを元気づけるための、とは敢えて口にしない。
あまり気を遣われても楽しもうという雰囲気が壊れかねないし、レオナの話がまだ非公開のものだとしたら誰にどこまで事情を話していいのかも分からないからだ。
あとはまあ俺側の事情を知られるわけにもいかないってのもあるけど……。
「それは楽しそうですね~。今日はお天気も良いみたいですし、この子達のお散歩も兼ねて是非そうしましょう~」
俺の提案に何かしら普段との違いを感じ取っているのかいないのか、ソフィーは手を合わせて笑顔で賛成してくれた。
レオナが休みの日だったらなお良かったんだけど、それまでリリの自然回復を待ってそっとしておくというのも気が引けるのでそこは致し方在るまい。
そんなわけでマリアが部屋に戻っている間に二人で食材やら小道具やらを用意し、本当にマリアに担がれた状態で現れ混乱のあまり半泣きしているリリを引き連れて外に繰り出すと、いつもとちょっと違った大勢での親睦会っぽい何かが幕を開けた。