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【第五十九話】 動き出した時代



「…………へ?」

 予期せぬ静寂に包まれたダイニングのおかしな空気をリリの声が打ち破った。

 レオナの言葉が何を意味するのか、それを理解し頭で整理することが出来なかったのは俺だって同じだ。

 その声、その表情を受けてどこか上の空だった俺の意識も戻ってくる。

「ちょ、ちょっと待て……え? フィーナさんが……殺された?」

「ええ、そう言ったの」

「おい……おい、おいおい! お前何言ってるか分かって……」

「落ち着きなさい。驚いているのも、戸惑ってるのも悲しんでいるのもあんただけじゃないのよ」

「はあ!? 落ち着いてられるわけないだろ! 何だよ殺されたって! 俺は昨日会ってんだぞ!?」

「分かってるわよ! こっちだって宮殿中……いえ、それどころか町中大騒ぎだったんだから! あれだけの実力者、功労者が何でこんなことにって……」

「あ、あの……レオナさん」

 思わず声を荒げてしまう俺と、半ばムキになって言い返してくるレオナ。

 二人の口論を遮ったのは他ならぬリリだ。

 声は震え、半泣きの表情は見ているのも痛ましいぐらいに悲愴感に満ちている。

「……ごめんねリリ。あんたを悲しませたくなかった、どうしようかと迷いもした。いっそ黙っておこうかとも思ったけど……別の形で知ることになるよりはと思ったの」

 俺と同じくその様子に取り乱しつつあった感情が冷静さを取り戻したのか、レオナはバツが悪そうにリリの頭を撫でた。

 何かを言い掛けたリリも今にも泣き出しそうなのを堪えるのに精一杯らしく口から出掛かった言葉は声にならずに消えていく。

 そうだ。俺にとってもちょっとした知り合いで、仕事を手伝ったり充電器を作ってもらったりといった付き合いや縁がある人であることに間違いはないけど……こいつはそんなのとは比べものにならないただならぬ思い入れがある。

 憧れにして目標の人。

 そして尊敬すべき、偉大な魔法使い。

 リリの気持ちを考えると、感情的になった自分がとても愚かしく感じられる。

「でかい声を出して悪かった……でも、殺されたって何にだよ。喧嘩の末、なんてことはないだろあの人に限って。化け物退治にでも失敗したってのか?」

「いいえ、亡骸は自宅で見つかっているからそれはないわね。屋敷が半壊していたことからも襲撃を受けたのは間違いないって話よ。知らせを受けて駆け付けた時にはもう手遅れだったらしいわ。そしてその亡骸のあった部屋の壁に本人の血で不死鳥の紋様が描かれていたのを私自身が見てるもの」

「不死鳥の……」

「紋様……」

 そう言われても俺には何のことやら分からないが、リリはうっすら心当たりあるらしく記憶を辿るような素振りを見せている。

 そんな中でも理解出来るのは、それが良からぬ情報であるってことぐらいだ。

「そう……それは奴等が暗殺、襲撃、無差別な破壊活動を行った後に残していく存在の証明とも言える印。【革命の灯火(マディス・ソティラス)】のシンボルよ」

「マディス……って、前に言ってたこの大陸? を滅ぼそうとしている危ない連中のことか……いやだからって、何だってフィーナさんが。魔法使いばかりを狙っているって話の延長ってことか?」

「でしょうね。なぜ魔法使いを標的にしているのかはまだ判明していないけど……長らくこの国には現れていなかったのにまさかフィーナ・エンティーを取りにくるだなんて」

「でもさ、フィーナさんは……この国一番の、世界有数の魔法使いなんだろ? だったらその殺人集団はそれ以上ってことかよ」

「手段であったり、何人掛かりでの話なのかも不明だから奇襲を仕掛けたのなら必ずしもそうとは限らないけど、少なくとも面子や評判を聞いている限りでは全くの格下ということにはならないでしょうね。いずれにしても簡単にこの国、しかも王都に潜り込むんだから洒落にもなってないわ。おかげで国境や各関所の増兵やら警備体制から何から見直すのに大忙しよ。あんたに渡したそれは別室に置いてあったんだけど、一応こっちで調べさせてもらった。あんたの名前が入っていたし、あたしはその線のこと知ってたから危険が無いってことで預かってきたの」

「そうか……そりゃ助かったというか、礼を言わなきゃならないんだろうけど……リリ、大丈夫か」

 茫然自失のリリはこっちの話が聞こえているのかいないのか、固まったまま虚空を見つめている。

 あまりの失望具合に慰めようにも言葉が見つからない。

「どう、なんでしょう……ショックなのは間違いないんですけど、ちょっとまだ頭が追い付いていないというか……現実を受け入れられないというか……」

 上の空でそう言って、リリはゆっくりと立ち上がった。

 かと思うと、そのまま背を向け部屋を出て行く。

「今は……何も考えられそうにないので部屋で休みます……おやすみなさい」

 あからさまに肩を落とし、トボトボと遠ざかっていくリリの背中を見つめながらも俺もレオナも何も言えなかった。

 リリの部屋の扉が閉じる音が廊下に響いたところで残された俺達は顔を見合わせる。

「今は……そっとしておいた方がいいのかな」

「そうね、あの子には本当にショックでしょうけど……言葉で慰めたって事実を変えることは出来ない。乗り越えて、立ち直るには自分の力しか頼る物はないもの。その時に支えてあげるのがあたし達の役目、かしらね」

「そうだな……お前も疲れてるのに、色々と悪かった」

「いいわよ、リリのことはあんた任せになっちゃう部分もあるでしょうし……あの子のこと、お願いね」

「ああ……そりゃ出来るだけはそうするつもりだけど」

「何よそれ。ちょっとは頼もしいとこ見せなさいよ」

「そうは言うけどな、俺だってショックなんだぞ。俺のいた世界じゃ化け物も魔法も存在しないし、一般人が武器持って闘ったりもしない。こんな形で顔見知りが死ぬだなんてそうあることじゃないんだよ。下手すりゃ最後に会ったのが俺ってことになるんだ、っつってもバーで分かれたから二人きりでも何でもないけどさ」

「一応ホットリバーにも聞き取りには行ってるわ。通報があったのは昨日の夜遅くだったし、あんたが最後に会った人物ってことはないから安心しなさい。聞けば仕事を手伝ったんだって?」

「そんなことまで知ってんのか……」

「アメリア隊長から聞いたのよ。通行証を持って関所に来たってところも足取りは追えてるわ。届け物がどうとかってね」

「そうだよ、あの何とかって監獄までな。結局何を届けたのかは教えて貰えなかったけど……というか、フィーナさん自身把握してなさそうだったし。あ、そうだ! フィーナさんの家って確かメイドさんがいたろ? あの人達はどうなったんだ?」

「残念だけど……一緒に死んでた」

「マジかよ……もう、何だってんだクソ」

 どんどん気分が沈んでいく。

 知り合いが殺されて、恐ろしい武装集団が犯人で、意味不明な異世界ながらもどうにか暮らしていたこれまでの認識がぶっ壊されて……何を考えどうすりゃいいのか全然わかんねえよ。

「あたしもしばらく忙しくなりそうだし、どんどん物騒な世の中になっていくわね全く。近いうちに同盟国との会合も開かれるでしょうし、しばらく家を空ける可能性もあるんだから、あんたにしっかりしてもらわなきゃ困るんだからね。ま、うちにはマリアがいるから多少の腕利き程度が相手なら問題はないでしょうけど」

「会合って、何で? フィーナさんが殺されたことと関係あんの?」

「当然でしょ。あの人はね、軍属じゃなくてもその名前だけで他国の目や行動を抑制してしまうだけの力があったの。逆に言えば同盟国にとっては魔王軍の残党や革命の灯火に対抗するために必要な特別重要な駒でもあったってこと。万一この国が崩壊するようなことになったら明日は我が身なんだから、どちら様も焦ってることでしょうよ」

「聞けば聞くほどとんでもねえ話だな……もう俺まで頭がぐちゃぐちゃになってくるわ」

「こういうのは時間が経ってから精神的にくることもあるんだから、あんたもあんまり余計なことまで考えないようにしなさいよ。あたしもお風呂入ったら寝るから」

「分かった……気を揉ませて悪いな」

「言いたくはないけど、職業柄こういうことは少なくないし一緒になって取り乱してらんないでしょ」

 とはいえお疲れなのは事実なようで、俺も含めサッサと休みたいという気持ちが共通していることもあって話はこれで終わりという意思表示としてレオナが先に立ち上がる。

 俺も何も考えずに眠ってしまいたい。

 そう思いつつも、どうしても口にせずにはいられないことが残っているのを忘れてはいなかった。

「なあレオナ」

「何よ」

「最後に……一個教えて欲しいことがあるんだけど」

「だから何よ」

「本当にフィーナさんが亡くなっちゃったんだとしたらさ……」

「うん」

「俺、どうやって元の世界に帰るわけ?」

「ああ……」

 レオナは完全に今言われて初めて思い出した風の複雑そうな顔をしてはいたが、その先には何の言葉も続かなかった。


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