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【第五十八話】 予兆

 


 風蓮荘に帰り着いた頃にはすっかり日が暮れていた。

 別に身体的な疲労があったわけでもないが、なんだかドッと疲れた感じがするのはただ王都から歩いて帰ってきたからというだけの理由ではあるまい。

 驚き疲れたってのもさることながら変にトラブル未遂が起きたりくじ引きイベントで無駄に目立ったりしてしまったために慣れない空気や場所柄も相俟って精神的な疲労が蓄積しまくっているせいだろう。

 もうサッサと風呂に入って寝てしまいたい。

 本来学生ならば許されるそんな願望もまかり通らないのが昨今の主夫事情である。いや、昨今に限らないんだろうけども。

「はぁ~……めんどくせ」

 今から洗濯物取り込んで、飯作って、風呂炊いて、洗い物してって、だから俺は母ちゃんじゃねえっつの。

 何百回言ったかも分からん上に言っても無意味な愚痴を心で呟きつつ自分の部屋で着替えを済ませていると、ふとノックの音が溢れ出る不満を制止した。

 共に帰ってきたソフィーを除けば風蓮荘にはリリとマリアしかいない。

 マリアはそもそもノックとかせずに入ってくるし、大方リリが飯の手伝いでもしてくれるって話でもしにきたかな?

 なんてポジティブな予想は残念ながら全然違って、軽く返事をしながら開いた扉の向こうにいたのは共に部屋に戻っていったはずのソフィーだった。

 俺と同じく着替えてきたらしく先程までとは格好が違っている。

「お? どした?」

「はい~、帰って早々申し訳ないんですけど~……ちょっと悠ちゃんに相談というかお願いがありまして~」

 苦笑ぎみの表情で、それでもテヘっとか言っちゃうソフィーの言葉には勿論嫌な予感しかしない。

 お互い慣れてきたせいでそれを察するのが得意になってきたのか、すぐに弁明が飛んでくる。

「ああいえ、別に何かを手伝ってくれという話ではないのでご安心を~」

「ならいいけど、お願いってのは?」

「これですこれです~」

 と、差し出されたのは件のくじ引きで一等賞が当たって押し付けられたダチョウの卵だった。

 無論、実際にはダチョウの物では無いらしいがサイズ的にはもうそれにしか見えない。マジでかい。

 今にして思えば出来レースというか、仕込みだったんだろうなぁ。不自然に俺の方見てにこってしてたもんなぁあいつ。

 あの揉め事のお詫び的な意味だったんだろうけども、一等賞はやり過ぎだろ。他の人達に申し訳ないわ。

 そりゃネズミの死骸もらっても困る具合はより増すし、どのみちソフィーの手に渡っていただろうから何だっていいけどさ。

「何? やっぱ要らないとか言い出すんじゃないだろうな」

「いえいえ、決してそのようなことは。私としても楽しみでもあり腕の見せ所ですので~」

「ほーん」

「勿論私が責任を持って育てようとは思っているんですけど、悠ちゃんの部屋で保管しておいてもらえないかと思いまして~」

「保管~? 何でまたわざわざ俺の部屋に」

「私の部屋に置いていたらジュラやリンリンが我慢出来ずに食べちゃいそうな雰囲気だったもので……」

「……百歩譲ってリンリンは分かるとしてもジュラは自制しろよ。人と同じだけの知能や理性を持ってんだろどう見ても」

「それはそうなんですけど、本能だと言われると叱るのも憚られという感じでして」

「甘やかし過ぎなんじゃねえの? 別に置いておくだけなら構わんけどさ。つっても何か世話しろって言われても俺にはさっぱりだぞ?」

「大丈夫ですよ~。割れないように柔らかいクッションの上にでも置いておいて、多少温度が必要なので厚めの布を被せておけば放置していてオーケーだと思いますので~」

「適当だなあおい。それでいいなら別にいいけどさ」

 もうちょっと専門的であってくれた方が俺だってワクワクすんじゃん?

 その場合は諸々押し付けられそうな気しかしないので放置でいいならそれに越したことはないか。

「ありがとうございます~。では念のためあまり触らない所に置かせていただきますね~」

「はいよ」

 ソフィーは隅にあるチェストの上に小さいクッションを置き、その上に布を被せた卵を乗せた。

 ま、この部屋なら基本はジュラもリンリンもポンも入ってこないし『食べられちゃいました』なんて報告を聞いたら寝覚めが悪いことこの上ないからダチョウちゃんのためにも目を瞑っておいてやるとしよう。


          ☆


 やがてすっかり日も暮れ、夜真っ直中になった。

 四人で飯も食い、すっかり腹も膨れたのでソフィーとマリアが部屋に帰っていったところで食後の一服にリリと二人で紅茶などを頂いている。

 幸い今日はマリアが飢えて俺を待っていることもなかったとはいえ、昼飯をたらふく平らげても夜には同じだけ食べるので一食辺りの必要量が多いため作る方も大変だ。

「あ~、色々疲れた」

「慣れない悠希さんには大変だったでしょうね。わたしだってドラゴンなんて見たこともありませんよ」

 そう言いつつ、リリがティーポットの紅茶を注いでくれる。

 余談ではあるがこの世界では砂糖がクソ高いのでストレートで飲むのが一般的だ。リリみたく好みによってミルクを入れたりもするが、香りを楽しむのが本来の味わいってもんらしい。

 俺は紅茶の善し悪しなんて分かるはずもないので対して拘りもないが、日本で飲んでいたジュースがいかに甘いだけの物だったかを思い知らされている気分になっちゃったりもする。

 つーか、この世界で生まれ育ったリリですら見たことないのならやっぱドラゴンは相当特殊な部類だったってことか。

 あんなんがウヨウヨ居られても困るって話だが……だからこそそれを飼おうと思う奴の気がしれねえよ。

「あ……」

 二人で紅茶を啜ったところで、玄関の戸が開く音にリリが反応する。

 どうやらレオナが帰ってきたようだ。

「ただいま~」

 ドタドタと廊下を歩く足音を響かせたかと思うと、レオナはすぐにダイニングに入ってきた。

 何やら手には木箱が抱えられている。

「お帰りなさいレオナさん」

「お帰り。やけに荷物が多いな」

「ええ、これアンタにお土産。アメリア隊長に貰ったの」

 余程お疲れなのか、覇気の無い声と表情のレオナはテーブルにその木箱を置いた。

 電子レンジぐらいのサイズがあるが、何ぞこれ?

「ほわあ」

「おお、また偉いでけえな」

 中に入っていたのは青い魚だった。タイよりデカいのが丸々一匹だ。

 アメリアさんに貰ったと言ったが、なるほどそれが食材なら俺に丸投げってわけだ。

 つまりは一食浮くってことじゃん? 素晴らしいお土産だね。

「随分とお疲れのようですねレオナさん」

 二人で謎の巨大魚に驚いたのも束の間、リリは心配そうな顔でレオナの分の紅茶を注いだ。

 帰りがこんな時間になっていることも然り、飯は不要とテレビ電話風の鏡を通じて連絡を受けたことからも分かる通り残業があったらしく随分と遅いご帰宅だ。

「ありがとリリ。ちょっと二人に話があるからあんたも座りなさい」

「はい?」

 どこか真剣味のある物言いに疑問を抱きながらも言われた通りにリリが改めて椅子に腰を下ろすと、レオナは深い溜息を吐き紅茶を一口啜ってから持っていた手提げから一枚の封筒を取り出した。

 前にも言ってた親御さんからの手紙だろう。

「はいリリ、確かに渡したわよ」

「いつもありがとうございます」

「で、アンタにはこれ」

 と、レオナは続けて俺に何かを寄越す。

 さっきよりもずっと小さい、片手で持てるぐらいの木箱だ。

「お? 今度は何だ」

「いいから開けてみなさい」

 なぜか一貫してテンションの低いレオナだったが、貰えるもんは貰っておいてもよかろう。

 日頃のお礼にプレゼントでも買ってきてくれたのだろうか。

「おお! これはもしや!!」

 全然プレゼントでも何でもなかったものの、予想外の品に俺のテンションだけ上がる。

 入っていたのは掌サイズの、金属で出来た編み目を継ぎ合わせたような籠だ。

 そしてその中には半透明の水晶らしき石があって、俺の持っていた充電コードが埋め込まれている。

 先端が何かに刺さっているわけではなく溶接でもしているが如く水晶と一体化しているみたいだ。

 接続部だけが隙間から伸びていて、きっちり携帯に繋げるようになっている上に側面に小さなレバーがついている辺り、頼んでいた通り電力が強すぎてぶっ壊れないようにこれで調整してくれという仕様らしい。

「おおおお! 頼んでた充電器じゃねえか!! もう完成したのか!」

 これが使えりゃ俺の暇な昼下がりの主婦タイムも相当緩和されるぜー。

 部屋に戻ったらさっそく試してみよう。

「……ん?」

 それはもうはしゃいじゃったわけだが、ふと違和感が一つ。

 これは俺がフィーナさんに依頼したブツであり、充電コードもフィーナさんに預けた物だ。

「なあ、何でお前がこれを持って帰って来るんだ? フィーナさんから預かったのか?」

「そんなわけないでしょ、何であの人があたしとアンタが同じ場所に住んでること知ってんのよ」

「まあ……それもそうか。いや、だったら尚更疑問なんだけど?」

 フィーナさんの名前を出したからか、俺が首を傾げる動きにリリが同調していた。

 レオナはもう一度紅茶を口に運び、カチャリとソーサーにカップを戻すと一度大きく息を吐き真剣な表情で俺達を見つめる。

 それでいて、まるで独白のように小さな声で、遠い目をしながら予想の遙か上を行く言葉を呟いた。

「二人とも冷静に聞いて……フィーナ・エンティーが、殺害されたわ」


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