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【第五十七話】 魔物使い達の集い



 関所を何事もなく通過し、やがて到着したのは緑溢れる広大な草原の中に建つ一つの屋敷だった。

 木で出来た柵に囲まれた一階建てながらもやけに広い、いかにも富裕層の暮らす場所といった様相である。

 しかしまあ、検閲があるだなんて言うもんだからどんなことをされるのかと思いきや招待状を見せればいいだけってんだから拍子抜けもいいところだ。

 身分証的な物が無いのだから普通のことなのかもしれないけど、異世界から来た俺が平然と素通り出来るシステムって大丈夫なの? と言いたいこと山の如しではあるのだが、そのおかげで俺が密入国者扱いされずに済むのだから文句は言うまい。

 一応はなんか犯罪者の物であるらしい人相書きとかも貼ってあったしな。

 さておき、屋敷に近付いていくとだだっ広い庭には既にいくつもの馬車が止まっている。

 如何ほどの参加者がいるのかなんて聞いてもいないけど、どうやら俺達は随分と後発組であったらしい。

 辺りに特に人影はなく玄関に侍女らしき二人が立っているぐらいなのだが……何か上にいる。

 思わず凝視してしまう俺に把握出来たのは綺麗な青空に、翼の生えたトカゲみたいなのがバサバサと羽音を響かせながら円を描くように旋回しているということだけ。

 よく考えてみ?

 トカゲみたいな姿形で、翼が生えていて、サイズを何千倍したような生物。

「…………龍じゃねえか!」

 龍じゃん!

 ドラゴンじゃん!

 上空二、三十メートルの高さにいるのにそれでも馬鹿でけえんだけど!

「ど、どうしたんですか急に」

 至って冷静というか、特に気にしてもいなさそうなソフィーがむしろ俺の声に驚いている。

 なぜあれを見てノーリアクションでいられるのか。

「いやすまん。つーかおい、あれって……ドラゴンだよな」

「そうですね~、種族まではここからじゃ見えませんが結構大型のようですね~」

「ね~、じゃねえよ。何でそんなんが飛んでるんだよ」

「恐らく会場に入りきらないので外で離しているのでしょう」

「いやいやいや……」

 そういう話じゃねえよ。なぜこんなところにドラゴンが存在するのかって話だよ。

 そりゃ誰かが飼ってるからなんだろうけど、あんなん従えてる奴がいるっておかしいだろ。

「さ、私達も会場に入りましょう~」

 言いたいことツッコミたいことが多すぎて混乱している俺などお構いなし。

 ソフィーは暢気に笑顔を浮かべて入り口の方へと歩いていく。

 何なの? いちいちビビる俺が悪いの?

 初心者に優しくない世界だなおい。

「はあ……」

 もう言っても仕方がなさそうなので諦めて諸々の言葉を飲み込み、とぼとぼとソフィーの後に続く。

 そろそろ俺も化け物の類には慣れてきたと思ってたんだけどなあ、ドラゴンは流石に無理さ。

 これ以上凹むと横で心配そうにしているルセリアちゃんに申し訳ないし切り替えだ切り替え。こんなもん気にしたら負けだ。

 ああちなみに、リンリンは馬車の所でお留守番とのことらしい。

 一匹だけ置いていくの? 

 と疑問を呈する俺に返った答えによると、なんでも基本的に他所の子を威嚇したりするから集まりなどでは極力近づけない方がいいんだって。

 普段は俺の枕になってくれるぐらい大人しい子なのになあ。あれはあれで縄張り意識とかあるんかね。

「こちらが会場になります。どうぞごゆるりと」

 メイド服の侍女さんに案内されて屋敷内を少し歩き、やがて大広間へと通された。

 中にはいくつものテーブルが並んでいて、その上には様々な料理や飲み物が所狭しと陳列されている。

 椅子がないところを見るに、所謂ビッフェスタイルというか、立食パーティー風になっているようだ。

 勿論それだけではなく二十を超える人間とその数倍の珍獣達もいて、またトンデモないのがうじゃうじゃいるせいでついさっき我慢と受け入れを心得たばかりだというのに出鼻からドン引きだった。

 ダチョウみたいなサイズの鶏みたいな鳥とか、デビルマンみたいな赤黒い肌で角とか翼とか生えてる人型の悪魔としか形容しようがない奴とか……あとやけに露出の多い服装をした猫耳や尻尾が生えた可愛らしい女の子に首輪に繋がれた鎖を引かれているデブとかがいる。

 いや、待て最後のはおかしいだろ。

「なんだよあれ、人間の方が猫娘みたいなのに繋がれてんじゃねえか」

 思わずソフィーの肩を掴み遠巻きに指を指してしまう。

 さすがの天然巨乳様も呆れ笑いを浮かべていた。

「あはは~、あれはああいうプレイなんでしょうね~」

「……どういうプレイだよ」

 ただの変態じゃねえか。

 SM的な趣向なんだろうけど、百歩譲ってそういう趣味を否定しないにしても公衆の面前でやるなよ。

「ちなみにあの方がこの場所や料理を提供してくれているんですけど、魔物使いであり貴族でもあるというある意味この業界では有名な方なのでもはや誰もツッコミませんね~。ツッコまないというか見て見ぬ振りといいますか」

「あれが……貴族だと」

 世も末だな。

 あいつの親はどんな気持ちであの我が子の惨たらしい姿を見てるんだろうか。

「悠ちゃん、私は知人友人や主催者の方へ挨拶回りをしてきますけど、一緒に来ますか~?」

「いや、遠慮しとくわ。もういちいちリアクションしてたら体が持たん。これ飯は勝手に食ってもいいの?」

「はい~、飲み食いは自由とのことです~」

「じゃ俺はここで腹拵えしとくよ」

 移動用の馬車じゃなかったせいか途中から若干乗り物酔い気味だったせいで途中の昼飯休憩の時ほとんど食わなかったからな。

 ぶっちゃけ腹は減りまくり。

「そうですか~、ではその子達のこと宜しくお願いしますね~」

「あいよ」

 にこりと笑ってソフィーはジュラと二人で遠ざかっていく。

 頭にはポンが乗ったままだし、横にいるルセリアちゃんもそのままだ。

 この子は人見知りというかそもそも人が苦手なので挨拶回りに連れて行くのは可哀想だもんな。

 何はともあれ、俺はただの付き添いの身。

 間違ってもここにいるポ○モンマスター達の同類ではない。

 感動とかもうとっくに通り越しちゃったし、テンション上がるとか好奇心とかよりも極力関わらない方が幸せなんじゃね感がもの凄い。

 そりゃ携帯が使えていれば一匹、一体たりとも漏らさず写メに収めていただろうけどね! もう少し早くフィーナさんにお願いしとくんだったぜ。

 ま、言っても仕方がねえ。

 せっかく来たのならただ飯ぐらいはいただいても罰は当たらないだろう。

 そんなわけで残された俺は料理に目を向ける。

 初見の時から思ってはいたが、中々に豪勢で美味しそうな肉やら魚やらが並んでいて、水や紅茶から葡萄酒と飲み物も盛り沢山だ。

 何という格差社会。

 うちの食卓とは大違いである。貴族恐ろしや、と言いたいところではあるが……貴族鎖で繋がれてるんだよなあ。

 つーか、頭にフクロウを乗せている俺は周りの連中にどう見られてんだろう。

 同じ魔物使い、つまりは同業者とでも思われているのか。

 こんなんクラスの連中に見られたら確実にハリー・○ッターってあだ名を付けられるわ。

「うまっ」

 脇に詰んであった皿とフォークを手に取ると、さっそく鶏肉のソテーみたいなのを一切れいただいみてる。

 どういう味付けなのか、バジルの混じったソースがクソ美味い。

 こんなもんどう考えてもお母さんが作ってくれた料理じゃないだろ。絶対シェフ的なの雇ってんじゃねえか。

 ずるいよ貴族、ずるいよ富裕層。

「でゅふ!」

 次は美味しそうな魚の白身にしようかしらと料理に気を取られていると、不意に後ろで気持ち悪い声がした。

 何事かと振り返ると、いつの間にか例のデブ貴族が近くにいる。

 傍で見て初めて分かったが、巨漢には不似合いな燕尾服みたいな服を着ているせいかもう少し年上なのかと思っていたのにそのまん丸い顔立ちを見るに俺と大して変わらないっぽいぞこれ。

 しかも先程まで鎖を引いていた猫耳っ子は連れていないらしく一人のようだ。……首輪とチェーンはついてたままだけど。

 勝手に飯を食ってる俺に文句でもあるのかと思いきや、どうやら視線はルセリアちゃんに向いているらしくこちらになど目もくれていない。

「ねえねえ、君ってエルフだよね。可愛いなぁ~、どこの子?? 僕の所に来ないかい?? でゅふ、良い暮らしが出来るよ~、いくら出せば考えてくれる??」

 貴族の坊ちゃんは下心丸出しの嫌らしい笑みを浮かべながら徐々にルセリアちゃんに迫っていく。

 アウトオブ眼中とばかりに俺を無視しやがることもさることながら、こんな所でナンパじみた真似を平気でやる根性に普通にイラっとした。

 でゅふでゅふ言いながらじりじりと迫るデブ貴族にルセリアちゃんは怯えた表情で後退る。

 ただただ恐怖だけを感じているのか、そのまま俺の方に寄ってきたかと思うと腰の辺りで俺の服をギュッと握った。

 そうなってなお俺を無視して手を伸ばすクソガキの腕を、気付けばほとんど反射的に横から無理矢理掴んで止めさせていた。

「な、何だキミは」

「その辺にしとけよ坊ちゃん……怖がってんのがわかんねえのか」

 戸惑い困惑している変態野郎を睨み付ける。

 イラっとするとかを通り過ぎて、完全にムカついていた。

 だが相手は貴族、俺ごとき平民相手に引き下がりはしない。

「ぶ、無礼な奴め! どこの出身だ貴様っ」

「ああん? 出身だ? 日本だよボケ」

 ムキになって言い返す声も含め、お互いが声を荒げたからか知らず知らずのうちに周りの注目が集まっている。

 それを自覚して初めて若干の気まずさが芽生えるが、同時に掴んでいた腕を振り払われたのでひとまずルセリアちゃんを背中に回しておく。

 相手は社会的な地位を持つ貴族。

 ここで殴ったりしようものなら大変なことになるのは間違いないだろう。だからといってルセリアちゃんへの暴挙を見過ごせるはずもない。

 さてどうしたものか……。

「その辺にしておいてもらえますでしょうか~」

 あからさまに平民を見下す貴族の坊ちゃんの顔に怒りの色が浮かんできた時。

 またしても背後からの声が意識を別へと向けさせた。

 これまたいつの間に戻ってきたのか、後ろにソフィーとジュラいる。

 ソフィーは笑顔を浮かべてはいるものの完全に普段と違う怒りを抑えるための笑みだったし、ジュラに至っては食い殺さんばかりの恐ろしい目で貴族を睨んでいた。

 それだけではなく、横には白いローブを着た見知らぬ男も立っているのだが……こいつは誰なんだぜ?

「お褒めいただけるのは光栄なのですが、うちの子ですので」

 戸惑う俺を他所に、ソフィーは牽制の言葉を続ける。

 そこでようやくローブの男が口を開いた。

「ゴルキス卿、同業者の使い魔に手出しをするのは御法度だとご存じないわけではありますまい。他の参加者の目もありますゆえ、どうかこの場はご自重を」

「む……珍しい種族だから少し興味があっただけだ。決して礼を失しようと想ったわけではない」

 ローブの男が丁重な言葉遣いと共に深々と腰を折る男に対し、頭を下げられては度量を示さなければならないのか貴族野郎は罰が悪そうに去っていく。

 なんだかよく分からんけど、どうやら助かったらしい。

 貴族を怒らせたりしたら多分ヤバいことになるんだろうし、それでなくても奴が自分のモンスター使って襲ってきたら確実に死んでたからね。猫耳以外にいれば、の話だけどさ。

 そう考えると感情的になったはいいものの結構危ないことしてたな。

「お二方、不快な思いをさせたようで申し訳ありません。少々振る舞いが自由な方で、会場や資金を提供してもらっているだけにこちらも強く言えない部分もありまして」

 坊ちゃんが遠ざかっていくのを見送ると、ローブの男は続いて俺とルセリアちゃんに深く頭を下げた。

 誰かは知らんが、登場から一貫して中々の好青年っぷりである。

「いや、まあアンタのおかげで何もなかったならそれでいいけどさ」

 虚勢を張ってただけの俺にはそんな間抜けなことしか言えない。

「そう言っていただけると助かります。聞けばベルストック殿のお連れであるとか」

「ああ、つっても興味本位でついてきただけなんだけどさ。元々参加資格もないのにお邪魔してるだけあってこっちも強く出れなかったかもしれないし助かったよ」

「とんでもございません、ご友人の方であれば大歓迎です。お詫びといってはなんですが、こちらをどうぞ」

 と、差し出されたのは謎の黒いボール。

 テニスボールぐらいのサイズで、大きく【19】という数字が描かれている。

「……何これ?」

「この後行われる催しの参加券みたいなものです。参加者一人に一つずつお配りしているのですが、余りが出たのでよろしければ。豪華な商品もありますので」

「へえ。逆に申し訳ない気もするけど、ありがたくもらっておくよ」

「では引き続きお楽しみください」

 最後にぺこりと一礼し、男は去っていく。

 その瞬間、横からソフィーに抱き付かれた。

「悠ちゃん~、ルセリアちゃんを護ってくれてありがとう~」

「お礼を言われるようなことしてねえって。それよりルセリアちゃんのフォローしてやってくれ。ルセリアちゃん、もう大丈夫だぞ~」

 今や俺の左腕に抱き付いているルセリアちゃんが潤んだ目で見上げる。

 こんな時にあれだけど超可愛い。それしか言えない。

「ごめんね~ルセリアちゃん。私が目を話したばっかりに」 

 心底心配そうに頭を撫でるソフィーに、ルセリアちゃんはフルフルと小さく首を横に振る。

 やはりソフィーが傍にいるのが一番安心なのだろう。ホッと一息といった感じだ。

「よく分からないところで時折は(、、、)男を見せるねあんたは」

 釣られてホッとしていると、なぜかジュラが乱暴に俺の髪をわしゃわしゃした。

 こやつなりのお褒めの言葉なのかもしれないが、やっぱり子供扱いが甚だしい。

「んなこと考えてる余裕なんざなかったっての」

 ついでに普通に恥ずかしいから速攻で頭を振り払いつつ、照れ隠しで悪態を吐いておく。

 まあその台詞も事実ではあるんだけどね。ぶっちゃけ『ルセリアちゃんは渡さん!』としか考えてなかったし。

 といった具合にハプニングじみたこともありつつ、それからは皆で適当に飯を食ったり飲んだり、たまに傍に寄ってきた人が連れている化け物にビビったりしながら少しの時間を過ごし、到着してから何時間かが経った。

 もっとも、魔物使いとかいう人種同士の情報交換やら世間話についていけない俺は途中からリンリンに飯を持っていってやったりポンと二人でポツンと隅っこに座っていたりといった残念な有り様で時間が過ぎるのを待っていたわけだが……そんな帰りたいこと山の如しな空間を一変させたのは例のローブを着た謎の男だった。

 聞けばあの青年が今回の集まりの主催者らしい。

 新参者なのか大抵の参加者が初対面ということだが、揉め事を仲裁したり誰しもににこにこと丁重に接していることからも色々とやり手であることが分かる。

 名前も知らないままだが、そんな好青年は一番前に立つとパンっと大きな音を立てて両手を合わせ注目を集めると、参加者及び場所を提供しているデブへの礼と挨拶を述べると手に持っていた何かを翳した。

「本日の催しの最後に恒例の抽選会を行いたいと思います。事前にお渡しした番号入りの球をお手元にご用意ください」

 そう言って、男はその何かの説明を続ける。

 鉄線で出来ていると思われるバレーボールぐらいサイズがある球体の網とかカゴみたいな物に小さな球が配った球と同じ数だけ入っていて、そこにもそれぞれ番号が振られており混ぜたそのカゴから出てきた物と同じ番号の入った球を持っている人が当選者として商品を貰えるという、完全にくじ引きとかビンゴ大会の要領としか思えないシステムだった。

「まずは三等賞から順に抽選させていただきます。当選者の数は五名、景品はご存じ餌として重宝するマウス十袋です」

 商品が発表される。

 マウス十袋て、要は死骸のだろ? 誰が欲しいんだそんなもん。

「え~、十袋も。欲しい~」

 隣でソフィーが目を輝かせていた。

 何だろう……魔物遣いあるあるなのか? そりゃエサ代も馬鹿にならないんだろうけどさ。

 万一当たるようなことがあればソフィーにくれてやりゃいいだけの話だとはいえ、頭の上のこいつやジュラがそれを食うシーンを想像したら気持ち悪くなってくるからヤメて欲しいマジで。

 蛇とか大型の爬虫類を飼っている人にとっちゃ異世界だとかは関係無く普通のことなんだろうけど、パンピーには普通に抵抗あるって。

「最初の数字は十番です」

 ローブの奴が大きな声で言うと、遠くにいた壮年の男が手を上げ前に出る。

 そして一言おめでとうございますと祝辞をもらい握手を交すと大きな布袋を手渡されていた。

 自然と拍手がパラパラと舞うが、ぜんっぜん祝う意味が分からない俺は当然ボーッと見ているだけだ。

 続けて四番、二十二番、三十番、二十五番とビンゴマシンさながらの網カゴが吐き出す球の数字が読み上げられていく。

 同じ流れを四度繰り返すも残念ながらソフィーは選ばれなかったらしい。

 しょんぼりしている女の子に慰めの言葉の一つも思い浮かばない俺は薄情なのだろうか。

 そんなことを考えながら、どこか蚊帳の外感が継続しながら見守る次のくじ引きを見守る。

「続いて二等賞、景品はこちらの鋼の牙でございます。勿論新品未使用!」

 司会役の兄ちゃんの言葉に、ネズミの時とは違って少々のざわつきが起きる。

 二つの犬歯がやけに長く尖っている金属製のマウスピースみたいな物がその手に持たれているが、例によって何がそうさせるのかはサッパリ分からん。

 が、ソフィーはさっきより更にテンションが上がってもはや俺の肩を掴んでブンブンと振り回さんばかりの勢いである。

「悠ちゃん悠ちゃん! 鋼の牙って言いましたよ今!」

「ああ、言ったけど……それが何か?」

「知らないんですか!? すっごく高いんですよあれ!!」

「うるっせえ!」

 俺が知るわけないだろ。

 そして耳元で大声を出すんじゃない。

 取り敢えず落ち着かせて詳しく聞いてみると何でも魔獣の類が使用するための武器ということで、それなりに高価である上にパワーアップ度も比例して強力な代物なのだとか。

 大きな町や有名な武器屋ぐらいでしかお目に掛かれない上に店で買うと一ヶ月分の生活費が軽く飛ぶらしい。

 そりゃテンションも上がるわな、もし俺に当たったら速攻で転売しよう。異世界転売ヤーとして新たなストーリーが開幕すること間違いなしだな。

「当選者は……六番をお持ちの方です! 前へどうぞ」

 ソフィーの持つ球は十二番。

 またしても外れだ。

 とはいえリンリンに装着させようにも一つしかないし、他に珍獣もいないせいかそこまでがっくりという風でもない。

 金目の物よりネズミの死骸がいいのかお前は……。

「さてお待ちかねの一等賞はこちら、なんと孵化前の魔物の卵です!」

 いい加減帰りたいオーラを隠しきれなくなってきた俺を他所に、またしても会場がざわつく。

 野郎の手にはダチョウのそれぐらいのサイズがある白い卵が持たれている。ダチョウの登場率の高さがハンパねえなこの回。

「ちなみにですが、何が生まれてくるかは孵ってからのお楽しみです。当選者は……」

 急激に静寂が訪れるというか、注目度が上がっている感じがする。

 といっても周囲からは『これ以上増えてもねえ』とか『育てるのも楽じゃないしね~』といったネガティブな意見もちらほら聞こえているあたりどちらかというと物珍しさや興味本位といった側面の方が強いらしい。

 誰もが見守る中、カラカラと音を立てる網カゴから一つの球が掌へと落ちる。

 その数字を確認した男が視線を向けたのは、他ならぬ俺だった。

 にこりと微笑み、手に持った球の数字をこちらに向ける。

「十九番の球をお持ちの方、どうぞこちらへ」

 そう言いつつも、がっつり俺だけを見ている男は手招きのポーズを取る。

 すんげえ目立ってるんですけど。俺そういうの苦手なんですけど。

 珍獣使いでもないのになんでよりによって……行くしかない空気じゃねえか。

「おめでとうございます、どうぞお受け取りください」

「ああ、どうも」

 嫌々ながらも前の方まで歩いていくと、微笑む男に卵を手渡される。

 どんなのが中で眠っているのか見た目よりも重い。

「どうかこの子のことを宜しくお願いします。大切に育ててあげてくださいね」

「が、頑張ります……」

 って言うしかねえだろこの雰囲気。

 この場で珍獣のことを悪く言おうものなら袋叩きにされんだろ絶対。

 敢えてもう一回言うよ? 何で俺なのさ……とほほ。

 拍手されても困るっつーの!

 もはや晒し者状態ではあるが、やはり進行役の男は気にも留めてくれず、勝手に占めの挨拶を始める始末。

 それでも、何でもいいから早く帰ろうぜと願う俺の望みはやっとの思いで現実となり、最後にデブ貴族へ感謝の弁と拍手が送られ、再会を約束するような言葉で締め括られるとようやく解散の時を迎える。

 そこからソフィーが知人友人達に声を掛けたり挨拶を済ませるのを待ち、俺達も人口密度が減っていく屋敷を出るに至った。

「総評すると、どうでしたか悠ちゃん」

 庭に出て、馬車まで歩く道すがらソフィーが俺の顔を覗き込む。

 色々あったはあったけど、だからといって来なければよかったとまでは思わない。

「ま、貴重な体験をしたとは思うよ。何だか無駄に疲れる出来事ばかりだったけど」

「そう言っていただけるとお誘いした甲斐もありましたね~。ルセリアちゃんも悠ちゃんに感謝していますし、一等賞の景品まで貰えたことですし、終わりよければ全て良し、です」

「それはごもっともなんだけど、俺は魔物使いじゃないから卵とか貰ってもどうしようもないからソフィーにやるよ」

「へ? いいんですか?」

「ああ、俺が持っててもしゃあねえもん。育てる能力も知識もないからさ。生まれてくる何かも分からん生物にとってもお前に貰われた方が幸せってもんだろ」

「そんな風に言われるとお言葉に甘えちゃいますよ?」

「むしろ貰ってくれってこっちが頼む立場だから気にするな」

「ありがとうございます~」

 両手で持っていた卵を手渡してやると、ソフィーは心底嬉しそうに笑った。

 口に出さないだけで真剣に俺いらねえからな。喜んでもらえるならこっちも願ったり叶ったりだ。

「言っとくけど、エサ代その他の負担は増えるんだからな。家賃大丈夫か?」

「がががが頑張ってどうにかします」

「動揺し過ぎだろ」

 なんて笑い話をオチにして、来たときみたく馬車に乗り込むとリンリンが引く馬車は王都を目指して帰り道を走り始めるのだった。


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