表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/111

【第五十六話】 ソフィアと愉快な仲間達


 

 久々の早起きにまだ頭がぼんやりしている。

 ソフィーと出掛ける約束こそしていたが、時間とか聞いてなかったから普通に夜更かししちゃったでござるよ。

 最近リリに本を借りて読んでんだけどさ、中々面白かったりするんだなこれが。

 伝記とか大陸史みたいな分厚い本ばっかなんだけど歴史を勉強している気分にでもなるかなと思いきや俺にとっちゃ架空の人物やら出来事ばかりなせいでむしろラノベ感覚になっちゃって続きが気になって仕方がねえ。

 そんなわけで真っ暗な部屋で蝋燭一本点けて夜な夜な読書に耽っていたおかげでソフィーに叩き起こされるまで爆睡モードだっただけにもう帰りたい。

 風蓮荘を出てまだ数分だけど今すぐ帰りたい。

「ふわぁ~……ねむ」

 もう何度目になろうかというあくびが意志とは関係なく漏れてしまう。

 その度にジュラが相当面倒臭そうな顔で見てくるのが若干ウザい。

「いつまで夢の中にいるんだい。こっちの気が滅入るだろう、シャキッとしな」

 こんな風にね!

 指定席にいるポンの野郎もそれに合わせて俺の脳天をつつきやがるしよ。

「んなこと言ったってよぉ。何が悲しくてこんな早朝から森ん中を散歩しなきゃならねんだっての」

「あはは~、朝は早めに出るって言い忘れてた私も悪いですしジュラもあんまり言わないの~」

「そうは言うけどねえソフィア、困ったことにこの不抜けたツラを見てるとどうにもイジメたくなるんだあたいは」

「……それ一番困ってんのは俺だからね?」

 くそう、好き放題言いやがって。

 でもこの姉ちゃん、髪の毛ボーンなってる元ヤンキーの若いお母さんみたいな見た目も含め怒らせたら怖そうだからあんま強く言えない。

 正体が蛇女であることも勿論理由の一つではあるんだけど……あの姿の時は逆にソフィーのために闘ってる格好いいイメージがあるせいで思ったよりトラウマにはなっていないのが本音である。

 それより凄い鬼とかと闘ってたからビビる感情はそっちに持って行かれちゃってた部分もあるのだろうが、それでも極力は今のボンバーヘッド姉ちゃんのままでいて欲しい。

 素の状態で見ると普通に引いちゃいそうだし、下手に怖がる素振りを見せようものならまた何を言われるか分かったもんじゃない。

 それに比べて俺を心配してくれるルセリアちゃんの何と天使なことか。きっとこの子は俺の天使になるために生まれてきたに違いない。

 そんな馬鹿な妄想はさておき、ソフィーとは仕事やら飯やらを共にしてきたし世話をしたり散歩に連れていったり珍獣達ともそれなりに共に時間を過ごしてきたけどけど、ルセリアちゃんまで含めたソフィーと愉快な仲間達が勢揃いしている中に俺が混ざるパターンは中々に珍しい気がする。

 そのうち俺もソフィーに飼われたりするのかな? 

 養ってくれるなら全然オッケーだけどね。

 うん、この子も貧乏なんだったね。言ってみただけだよシクシク。

「それはさておき悠ちゃん、お腹は空いてないですか~? 朝ご飯食べてないですよね?」

 朝早くでも朝遅くでも昼でも夕方でも夜でもそう変わらないふんわかほんわかした口調とにっこり癒し系の笑顔がデフォルト装備なソフィーが俺を覗き込んだ。

 今日はお仕事関係の集まりということもあってか例の白と黒の混ざったビスチェと短いスカートに腰布を巻き、白いアームカバーと膝下までのブーツという戦士バージョンな格好をしている。

「ああ、やっと頭も冴えてきたけど……全然腹が減る気がしないわ」

 普段から起きがけに飯を食うのは苦手だ。

 眠さで頭がボーッとしていて食欲なんざ沸かないんだよね。

 それでも奴等、すなわち家に残してきたリリとマリアの飯を用意だけはして来るのだから俺のお母さんっぷりも板に付きすぎだろ。

 特にマリアは放っておいたらまた飲まず食わずのまま死にそうな顔して俺を待ってそうだからな。

 リリに昨日の野菜スープ温めてパン焼いてマリアにも食わせるように書き置きをしておいたので今回はまあ大丈夫だろう。

「それならいいんですけど~、到着は昼前ぐらいになる予定なので多少長旅になりますし途中でどこかに寄って昼食を取ろうと思っていますのでお腹が空いてきたらいつでも言ってくださいね~」

「ああ、ありがとさん」

 何だかんだでよく気が利くソフィーも良いお嫁さんになりそうだな~。

 家事も料理も一切出来ないのが残念だけど、その豊満なお胸があればオールオッケー!!

「…………」

 何とも虚しい非モテ男の妄想が我ながら残念過ぎるあまりに我を取り戻した頃には、周囲の景色が王都のそれへと変わっていた。

 不思議だ、この気持ち。自分で自分が可哀想になってきたっていうか、もう何か泣きそうだわ。

 女の子に囲まれて過ごしているから自覚が薄いのかもしれないけど、性欲溜まってんだろうな~。

 毎日ムラムラする光景のオンパレードだもんな~。何でこんなスペシャルな環境で日々を暮らしているのに彼女居ない歴=年齢のままなんだろうな~。

 だから……言ってて悲しくなる自虐はヤメろっての。

「着きましたよ~」

 王都シュヴェールの大通りを歩く群れの最後尾で人知れずがっくりと項垂れ、そのせいでバランスを崩しそうになった頭上のポンが『危ねえだろオイ』みたいな声で俺の頭を突いたところでソフィーの声が再び意識を現実に呼び戻した。

 目の前には貸し馬車屋がある。

 そういえば昨日馬車の予約をしに行ったとか何とか言ってたっけか。

 そもそもどこに行くのかも聞いてないわけだが、よく考えたら地名とか出されたところで聞いても分からないんだよね俺ってば。

 とうわけで店のおっさんと何やら話をしているソフィーを黙って待っていると、予約していただけあってすぐに戻ってきた二人は馬車を引き連れている。

 今まで移動に使ってきた箱形の物ではなく荷馬車に幌を着けたこの世界では運搬用に使われているタイプだ。

 何故なんだぜ? という疑問は勿論浮かんでいるが、それよりも気になった点が一つ。

 馬車と言いながらもどういうわけか馬がおらず、本体をおっさんが引いている。

「何? その人が引いて行ってくれんの?」

「あはは、流石にそれはお金が大変な事になっちゃいますので~」

 おっさんの心配でも所要時間の心配でもなくお金の心配だった。

 いや、物理的にそんなわけがないのは分かっているけども。

「普通に馬車で行くには山道が多くてちょっと時間が掛かりそうなので経費節約も込みでリンリンにお願いしようと思いまして~」

「え、リンリンが引いていくの? そんなん出来んの?」

「はい~、力も脚力も体力も優秀な子なので~。ということで、リンリン」

 ソフィーが呼び掛けると、二つの頭を持った黒い狼は揃って『ガウッ』とそれに答え、次の瞬間にはシベリアンハスキーぐらいの体がデカイ熊みたいな体格へと変わっていく。

 かつて鬼退治に行った時に見た、戦闘モードというかバトルフォームバージョンだ。

 サイズだけ見ればまあ馬車ぐらい引っ張れそうだが、せめて先に説明しといてやれよ。おっさんが素でびっくりしてんじゃねえか。

 こんな狼に襲われたら普通に死ぬもんな、俺も初めて見た時はビビったもん、鬼がいなかったら多分泣いてたよ?

「さ、行きましょう~」

 やがておっさんの協力でベルトをリンリンに装着して馬車と連結すると、ソフィーが荷台に乗り込んだ。

 ジュラとルセリアちゃんがそれに続き、最後に俺が座った所で出発の時を迎え王都を離れていく。

 両サイドは幌で風除けになっているが、ほとんど空洞状で前後に壁がないので速度が上がっていくとちょっと怖い。

 まあ、リンリンが運ぶカゴに乗って空を飛ぶのに比べると百倍マシだけどさ。

「……ん?」

 そう思ったところで新たな疑問が一つ。

「どうしました~?」

「今ふと思ったんだけどさ、何でいつもみたいに飛んでいかないの? そっちの方が早いし安いし怖いんじゃね?」

「最後のはアレですが、ちょっとした事情がありまして~」

「ほう?」

「王族の直轄である王領であれば飛んで行けるんですけど、今から向かう先はゴルキス伯の領土になりますので関所を通らなければならないんです。許可無く飛び越えていくと大変なことになっちゃいますし、下手に同業者に力を見せびらかすのもどうかと思いまして~」

「……なるほどねえ」

 所謂貴族ってやつか。

 そうじゃなければ飛んで行ってもいいってう理屈もわけ分からんし、俺に言わせりゃこんなバケモンが町中走ってる方がよっぽど大変なことだと思うんだが……まあ言ってもしゃあねえな。

「ちなみに荷物を運ぶ用の馬車を使う理由は?」

「それは経費削減も無いわけではないんですけど、御者さんがいませんからね。私が前で指示を出せるようにそうしたというわけです~」

「そう言われりゃ納得だな」

 椅子とかが無い分乗り心地は多少劣るが、こうして皆で固まって座っているのも悪くない。

 なぜならルセリアちゃんとの距離が近いから!

「…………」

 でへへ、癒されるなぁ。

 目が合うと恥ずかしそうに俯いちゃって、これが萌えだよ萌え。

「コラ」

「いひゃい!?」

 デレデレしながらルセリアちゃんを眺めているといきなりほっぺをつねられた。

 言うまでもなくジュラに。

「何を鼻の下伸ばしてんのさ、ルセリアを怖がらせるような真似したらタダじゃおかないよ」

「ふぉんなおこちょにゅわ」

「はあ? 何だって? 言いたいことがあるならハッキリ言ってごらんよ、んん?」

 ジュラの野郎、こっちがまともに喋れないのをいいことに挑発的な顔して両手で引っ張り始めた。

 揉んだり伸ばされたりと普段俺に食らわされてるリリはこんな気分だったのかと今更思い知らされている感じである。

 自分がやられて嫌なことは人にやっちゃいけない。今後はもう少し頻度を減らしてあげよう。

 という反省はどうでもいい。取り敢えず馬鹿にした顔にイラっとしたのですぐにその手を払い除けてやった。

「何すんだ~!」

「気の抜けたツラをしているからまだ寝惚けているなら目を覚まさせてやろうと思っただけさね」

「やり方に異議ありっ。その方法が許されるのは俺がリリにやる場合のみだっ」

「それもどうかと思うけどねえ。ルセリアに余計な不安を与えるなって釘を刺したいのは本音だけど」

「舐めんなよジュラ。俺とルセリアちゃんは仲良しなんだぞ。な、ルセリアちゃん」

 言って二人で視線を送ると、ルセリアちゃんはコクコクと必死に頷いてくれた。

 肯定してくれたのは涙が出そうなぐらい嬉しいんだけど、どちらかというとそう答えておかないと俺が怒られるちゃうからみたいな雰囲気が感じられて気持ちは微妙である。

「悠ちゃんは本当にうちの子たちと本当に仲良くなってくれましたね~。わたしも嬉しいですよ~」

 ガルルルとジュラに牙を剥いていると、横からほっこりしているソフィーが両手を合わせながら割り込んだ。

 ふんわりしている暇があったら俺を助けろと言いたい。

「ま、ジュラ以外とはな」

「何だい、仲良くしてほしいのかい?」

 またからかうような顔で俺のほっぺをツンツンと指で突いてくるジュラ。

 本当にガキ扱いという感じだ。

 だが! ガキにはガキのやり方があるってのを見せてやんぜ!

「俺のほっぺをいじめるなちくしょう。見たろルセリアちゃん~、ジュラが酷いんだ~」

 というわけで某のび太くんみたいな台詞を口にしながら白い肌が覗く綺麗な太腿に顔を埋める。

 超柔らかい。あとめっちゃ良い匂い。

 ドン引きも、何ならビンタの一つぐらいは覚悟しての決死のダイブであったが、幸いにもルセリアちゃんは俺の頭を撫で撫でしてくれているだけで嫌がる素振りはない。

 そういえば前に膝枕とかしてくれたもんな~。

 同じ気持ちを持っているのか真似をしているだけなのかは知らないが、何故かポンも翼で頭を撫でていた。なんやかんやで良い奴だなお前も。

「ったく、男のくせに泣きついてんじゃないよ」

 ジュラは呆れた風に言いつつも、ルセリアちゃんに護られている俺に手出しは出来ないらしい。

 よし今度からこの戦法使おう。

 とはいえあんまり長いことやってキモがられては最悪なのでそろそろ顔を上げておかねば。

「つーか、他の連中はどうなんだ? 俺より長い付き合いだろ? 同じ家で暮らしてるんだしさ」

「ん~、リリちゃんはポンちゃんやルセリアちゃんとは普通に話せるんですけど、リンリンやジュラには多少まだ怖さがあるみたいであんまり自分からは近付いては来ませんね~。だからといって避けたり嫌がったりということは無いんですけど~」

「まあ……どうみても猛獣だしな、今のリンリンとか」

「マリリンは逆にあまりうちの子達との接点はないですねえ。あの通り食事と入浴の時間以外は部屋で寝ているので顔を合わせることも少ないですし、そうでなくとも積極的に人と関わるタイプでもないですから。むしろポンちゃんやリンリンの方がマリリンを怖がっている節もあるぐらいで……」

「へえ~、確かに空腹時のあいつならポンとか取って食う勢いだもんなあ」

「まさにそれで、獲物を狙う目でジーッと見ていたことが何度かありまして……まあ潜在的な強さを感じ取っている部分もあるんでしょうけど」

「なるほど。レオナは?」

「レナちゃんは概ね誰とでも顔を合わせれば声を掛けるぐらいのことはしてくれます。ジュラとも仲良いですしね~」

「そうなの?」

「ま、酒飲み友達だからね」

「なるほどねえ~」

 大人同士気が合うのかね。

 よく考えたらレオナよりソフィーの方が年上だけど。

 とまあそんな具合で、目的が物騒なものではないため緊張感もなくどこか和気藹々とした雰囲気でやや普段より早い馬車での旅は続く。

 途中山を登ったり一面の草原を駆け抜けたりしながら数時間を過ごし、途中の小さな町で昼飯を食べるとそこからすぐに件の関所とやらを通過した。

 そこで身元照会みたいなのを済ませ、その先に広がるのは余所様の貴族が治める土地だ。

 農業が盛んな地域なのか野菜を作っていると思われる田畑や綺麗な花畑が右にも左にも何百メートルと続いている。

 そして十分程また走ったところで、自然豊かな緑の景色に囲まれる大地にあってポツンと建っている一つの大きな館へと到着するのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ