【第五十五話】 リリとレオナと俺とお前
そうしてリリと二人で森へと繰り出した俺は興味津々である反面、俺を勝手に召喚したり記憶にも新しい巨大猪爆殺事件などなど過去に色々あっただけに若干身の危険を感じたりしながら自己申告であるところの大魔法使いになるための鍛錬を見守ることとなった。
魔法使いという響きはそりゃあ憧れるというか、俺にとっては紛れもないフィクションの産物に他ならないがゆえに純粋に格好いいとか思ってしまうわけだが、残念なことにここにいるのは自称魔法が使えない魔法使い。
先日フィーナさんのとんでもない最強っぷりを目にしているだけにいつかリリもあんな風になるのかなぁとか考えはするもののなかなか想像も出来ないのが実情である。
勿論のこと肉体的にはいつかと言わず近い将来にでもああなって欲しいわけだけど、それはさておいても王国一とまではいかなくとも努力が報われて欲しいとは純粋に思う。
思うけど、このリリにあんまり血を流す様な仕事は向いてないとも思うんだよなぁ。
まあ……それを言い出したら同年代の女子ばかりがそんな仕事をしているのがこの世界なんだけどさ。
「…………」
そんなことを考えながら、木に持たれ掛かりその鍛錬の様子を見物している。
かれこれ五分十分リリは分厚い本と真剣な顔で睨めっこを続けていた。
何でも魔導書とかいう指南書みたいなもんらしい。
最初は俺も一緒になって見ていたけど、ぶっちゃけ見てもサッパリ分からないので数分で飽きた。
だって変な絵や模様が描いてあるばっかで意味不明だし、文字を取っても体内のマナがどうとか精霊の力がどうとか五行の理がどうとかって専門用語ばっかなんだもん。
学校の参考書とか思い出して辟易するかと思いきや一周回ってむしろちょっと切なくなってくるっつーの。
リリはリリで集中モードなのか一人でブツブツと何らかの呪文を繰り返し呟いたり、指で芝生に絵を描いたりといったことをしばらく続けていたのだが『よし』と一言発するとようやく立ち上がった。
「お? 予習はもう終わりか?」
「はいっ。大事なのはイメージ、です」
にこりと俺に笑みを返すと、リリはパタパタとメイド服風の魔女っ子コスのスカートをはたき、脇に置いていた杖を手に取った。
かと思うと地面にその先っぽで大きな円を描き、次々と文字やら模様を付け加えていく。
「まずは盾となる土の壁を生み出す魔法です……グラウンド・レーゼ」
曰く魔法陣とやらが完成するなり杖の先端をそこへ向け、謎のワードを口にした。
すると呼応するかのように直径一メートル程の魔法陣は光を放ち始める。
ただ地面に彫られただけの、土がエグれて出来ているだけの線がだ。
やるじゃねえかリリ!
こんなに魔法使いっぽい姿を見るのは初めてだぜ!
やっぱ日々の鍛錬も無駄じゃなかったんだな!
とまあ、思わず立ち上がりあれこれ感動しながら何が起きるのかとワクテカしながら見守る俺の前で、しかしながら魔法陣は何かしらぶっ飛んだ光景を生み出すこともなく徐々に光を失っていく。
完全に消えてしまう直前に、ボン! という音と焦げ臭い匂い、そして白い煙を噴き出して。
「…………リリちゃん?」
「ふーむ、どうやらこの魔法はまだわたしのレベルでは早かったようですね」
うんうんと、何やら勝手に一人で納得したみたいに頷くと今度は杖の先を真っ直ぐ正面へと向けた。
もう一度何らかの呪文を呟きながら。
「今度は筋状の雷を生み出し敵にぶつける呪文です……スパニッシュ・フリップ」
刹那、木製であるはずの魔法の杖は先端あたりがピカッと激しく点滅する。
が……次の瞬間にはシューとかって音を立てながら、消えた花火みたいに燃えかすみたいな真っ白い煙がモクモクと立ち上っていた。
特にそれ以外に何かが起きる気配はない。
何だろう……この虚しくも切ない気持ちは。
「……何? お前煙幕要員にでもなりたいの?」
「そんな需要の少なそうなポジションは嫌です……」
言わずにはいられなかった俺のツッコミに、リリはがっくりと肩を落として項垂れる。
どうやら一流の魔法使いへの道は、まだまだ遠そうだ。
☆
その夜。
すっかり日も暮れ、夜も更けてきた頃。
四人で飯を食った後ベッドに横になりながら食後の休憩をしたりしながら順番を待ち、明日に備えて早めに寝るかと風呂に入った。
ソフィーに誘われて珍獣使い達の集いに同行することになったわけだけど、まーた山ほどビビらされんだろうなぁ。
一体どんな連中が集まってくるのやら。
まあ、問題なのは人じゃなくてそいつ等が引き連れている化け物の方なのだが……ポンやリンリンみたいに俺に懐く奴だったらいいんだけど。あとルセリアちゃんみたいな可愛い子とか。
そんな具合で色々と妄想を働かせたり、逆に日和りそうになりながらゆっくりと湯に浸かり二十分程してから風呂から出ると、レオナが一人テーブルに座っていた。
いつもは俺達が飯を食い終わって少しした頃に帰ってくるのだが、今日は残業でもあったのか帰宅する様子がなかったのが気になってはいたのだ。
後ろから近付いていくと、どうやらレオナは買ってきたばかりの葡萄酒を飲んでいるらしくグラスには薄い紫色の液体が注がれている。
「よう、帰ってたのか。おかえり」
タオル代わりの手拭いで頭をわしゃわしゃしながら足音や気配に対して特に反応を見せないレオナの前に座る。
関係無い話だけど、この世界ドライヤーがないからマジ不便。
そこでようやく顔を上げたレオナは酔いが回っているのか表情に覇気はなく、心なしか肩を落としている風だ。
「悠希……うん、ただいま。これ買っておいてくれたのね」
「ああ。お前は唯一真面目に仕事してるからな、リリやマリアのリクエストで晩飯が決まったりすることもあるし、たまには労うのもいいかと思ってさ」
「そう、ありがと」
と言いつつも表情は晴れず、溜息を吐くレオナ。
お疲れであるがゆえか、何か悩みや嫌なことでもあったのか。
「どした? 帰りも遅かったし、激務だったのか?」
「まあそれも無いわけじゃないんだけど……」
「けど?」
「ううん、何でもない。それよりもちょうどよかったわ、あんたには先に言っておこうと思うんだけどさ……」
「おう」
「今日、フィーナ・エンティーに会ったって?」
「お? フィーナさん? ああ、充電器を作ってくれって依頼しには行ったけど」
「じゅうでんき?」
「前に見せたことがあったろ? 俺が唯一元の世界から持って来たスマフォってやつ」
「あの動かなくなっちゃったって言ってたやつ?」
「それそれ。どうにか動くようにならないかと思ってさ、それでフィーナさんに頼んでみたんだ。つっても勿論タダでやってくれるわけもないんだけど……つーか何でお前がそれ知ってんだ?」
どこか神妙な顔付きでグラスを口に運ぶレオナの返答を待つ。
が、実は……と何かを言い掛けたその言葉を遮ったのは不意に現れた寝間着姿のリリだった。
「あ、レオナさん。帰っていらしたんですね、お帰りなさい」
二人で声のした方向に視線を向ける。
その刹那、レオナの表情が曇ったように見えたのは気のせいだろうか。
「ええ、ただいま。リリ、お風呂は?」
「悠希さんの前に入りましたよ?」
「そう……」
「おい俺の話は? 一人だけ除け者? 仲間はずれ?」
「そういうわけじゃないわよ、だけど話の続きは今はやめとくわ。まだはっきりとしたわけじゃないし、また改めてってことにさせて。あと明日も遅くなると思うからご飯はいらないから」
そう言って立ち上がると、レオナはグラスを片付けそのまま立ち去ってしまった。
当然のこと普段とはあきらかに違うその様子に違和感だらけの俺とリリは顔を見合わせることしか出来ない。
「……レオナさんどうかしたんですかね」
「よく分からんけど……酒を飲んでたってことはまた仕事で何かムカつくことでもあったんじゃね?」
「そうだといいんですけど……いや良くはないですけど」
「だなあ。まあ明日になってもあんなだったらちょっと話を聞いてみようぜ」
「はい」
今はソッとしておいてと、言外に語る背中を見せられては追求するのも憚られ。
心配になる気持ちをグッと飲み込みリリと二人、今ばかりは胸の内にしまい込みどこか引っ掛かりを覚えつつも各々の部屋へと戻っていくのだった。