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【第五十四話】 たまには平和な昼時を


 

 ソフィーと玄関口で別れた俺は、ひとまず部屋に荷物を置きに戻った。

 そう多くもないただの雑貨ではあるが、気軽にコンビニに買いにいける世界ではないだけにうっかり忘れると面倒過ぎて困るのが昨今の主婦事情である。

 いつものお出迎えがない辺りリリはどうやら自主鍛錬に出ているようだ。

 そのまま自分の部屋へ向かい扉を開くと、ある意味予想通りではあるがマリアが普通に爆睡していた。

 俺のベッドで、しかも脇に脱ぎ捨てた服を散らかした全裸の状態で。

 別にもう寝るのは構わんけど、自分の部屋で寝ろと言いたい。あと服は着てろと言いたい。

 ラッキースケベもここまでくるとピュアな男としては困るんだよ、本人に自覚が無いだけに罪悪感がハンパないから。

 幸い掛け布団にくるまっているためその素晴らしき裸体が露わになったりはしていないが、そんな状態で俺のベッド使われたら今夜寝るときムラムラしちゃうだろが。

「あ、そうだ」

 と、そこでふとひらめいた。

 日頃から食っているか寝ているかで一日の大半を終えるマリア。

 果たして、食い意地と睡眠欲はどちらが強いのだろうか。

 これはもう実験してみるしかないよね。

 寝ている女子への悪戯って響きだけで興奮するものね。

 そんなゲス丸出しの自分に抵抗がなくなってきている今日この頃である。思春期ナメんな。

 ということで、手に持った紙袋に入っているパンを一つまみ千切りマリアの顔に近づけてみる。

 眠りながらにして食べ物の匂いに反応したのか、鼻がピクピクと動いた。

 起床の時を迎えることだけは頑なに拒否しようとしているのか目は閉じたまま、それでも顔の前でいったりきたりさせているパンを追って顔の向きだけが変わっていく。

 何これめっちゃ面白いんだけど。

 右に左に、上に下に。

 まるでコントローラーみたいにマリアの寝顔が角度を変えていく。その景色は何だかイケナイ事をやっている気になってきちゃって背徳感がハンパない。

「んん……」

 眠りながらも獲物に有り付けないことがストレスになったのか、マリアは目を閉じたまま顔を顰める。

 あまりしつこくやると寝惚けたまま血祭りに挙げられる可能性が普通にあるのでここらで意地悪はやめ、摘んでいる一切れのパンを口元に近づけてやった。

 するとまるで水槽に餌を投下された時の金魚みたいな動きでパクりとそれを咥え込み、もふもふと小さな動きで咀嚼していく。

 何だろう……この気持ち。いつもとはまた違った意味で可愛い過ぎるんだけど。

 言うなれば小動物みたいな? もうウサギとかハムスターを思い出すもんこれ。

「やべっ」

 ついついこの萌え~な状況に没頭してしまっていた。

 そんな馬鹿全開の俺を現実に引き戻したのは玄関の扉が開く音である。

 それはつまり、高確率でリリが帰ってきたということを示している。

 今朝説教されたばかりなだけに寝ているマリアに悪さをしているのがバレたら相当不味い気がする。

 レオナにチクられた日にゃ十倍の殺傷力を持つ公開説教が待っているのだ、俺の名誉のためにもそれだけは避けねばならない。

 そうと決まれば退散あるのみ!

 俺は素早く部屋を出て(何が悲しくて自分の部屋なのにコソコソしなきゃならんのかは甚だ疑問だけど)キッチンに向かう。

 位置関係的にリリにバレないように先に回り込むのはミッションインポッシブルなのが辛いところだ。

「あ、悠希さん。帰っていたんですね」

「お、おお。ちょうど今帰ったところだよ」

 咄嗟に答える俺は言うまでもなく冷や汗混じりである。

 しかし無垢なリリちゃんは特に疑問を抱いている様子もなく『きっとわたしの運が良かったんですね♪』とか笑顔で言ってるだけだ。

 それはそれで胸が痛い! 良心がズキズキする!!

「じゃ、せっかくだし一緒に昼飯にすっか」

「もう出来ているんですか?」

「出来てるっつーか昨日の野菜スープ温めなおしてパン切るだけのお手軽メニューだからな」

 便利なことにあのバランスボール風の冷蔵庫風の何かは鍋ごと突っ込んでおけるため多めに作っておけば二日に渡って食卓に並べられる。

 こっちの世界では野菜のスープにパンというのは一般的な献立らしく、住人達から別段不満の声も上がらないのでマジで重宝するんだなこれが。

 まあ、文句あんなら自分で作れって話だけどさ。

「悠希さん悠希さん」

 二人分の食事が食卓に並ぶと、声を揃えていただきますと呟き昼食の時間が始まる。

 ふと、リリが俺の名を呼んだ。

「どした?」

「フィーナさんとはどういう話をなさったんですか?」

「話っつーか、ちょっと頼み事があってな」

「頼み事、ですか? 失礼でなければ内容を聞いても?」

 相手が国家随一の魔法使いとあってか、興味津々のご様子だ。

 といっても、果たして説明したところで伝わるかどうか。

「これ覚えてるか?」

 ポケットに入ったままのスマホを取り出しテーブルに置く。

 初対面の日にリリの前では使っているだけあって、記憶にはあったようだ。

「最初に王都に行った時にことあるごとに立ち止まってキシキシ鳴らしていた道具ですよね?」

「ああ、シャッター音をキシキシと表現することに悲しくなってくるが、まあそれだ。これは俺の世界では一般的っていうか、特に俺の国では大半の人間が持っている物でな。この世界でいう次元鏡? だっけ? みたいに離れている奴と会話が出来たり、写真撮ったり、生活必需品になっていると言ってもいい道具なわけだ」

 ネット云々は伝わらないだろうから説明しても仕方あるまい。

「シャシントッタリとは?」

「ああ……それも伝わらんのね。多分っつーかほぼ確実に口で説明しても分からないだろうから無事に動くようになったら実際にやって見せてやるよ、きっとびっくりするぜ」

「今は使えないんでしたっけ?」

「そ、動力が無いからな。それを確保するための道具をフィーナさんに作ってもらえないかって頼みに行ったのが今日の目的だったわけだ。二日もあれば出来るって言われたし、まあ楽しみにしてな」

「わかりました、楽しみにしていますねっ」

「そんな満面の笑みで言われると期待外れだと思われた時のことを考えると辛いものがあるが……それはさておき、魔法の鍛錬はどうなんだ? 今日もやってたんだろ?」

「こればかりは日課ですからね。いつもとは少しやり方を変えて、午前中はひたすらに冥想をしていたんです」

「迷走してんのはいつものことだろ」

「字が違いますからっ!!」

「冗談だって。冥想ってあれだろ? ただ地面に座って目を閉じてるやつ」

「その説明だとただの怠け者みたいですけど……まあ、イメージで言えばはその通りです」

「あれって実際どういう意味があんの?」

 何度かそれをしている姿を見たことはあるけど、和風な例えをするなら座禅を組んでの精神統一みたいな印象だ。

 こんなロリっ子でも自らの武を売り物にして糊口を凌ごうとしているだけに、それも必要なことではあるんだろうけど……魔法使いよりは武闘家とか剣士とかに重要な要素なのではなかろうか。

「悠希さんは魔法というのがどういったものかはご存じですか?」

「それこそ最初に散々言ったと思うけど、俺が知るわけないだろ」

 また揉まれたいのかな。

 そうだといいな、むしろそうでなくても揉みたいな。

「……ほっぺた以外を揉んだらどうなるか分かってますよね?」

「なぜ俺の思考が読める!?」

「いやいやいや……両手が完全に空気を揉んでますから。あとそのゲスい目と」

「ゲスいってお前……」

 俺だってたまには傷付くよ?

 玉に瑕っていうじゃない? うん、全然関係ないね。

「それはさておき、ですね」

 さておかれた。

 最近俺の冗句に対する反応が薄くて困るわ~。これが倦怠期ってやつか。

「魔法というのは体内で生成した魔法力を詠唱や術式、魔法陣などを媒介することで具現化する、というのが基本的な構造であり原理なんです」

「ほう」

「冥想というのはその生成をスムーズに行えるようにするためであったり、個々の持つ魔法力の絶対量を増やしたりといった効果がある魔法使いにとっては必須の鍛錬法というわけです。勿論一朝一夕で上達、向上するわけではなく長い月日を掛けて微々たる成果を得られるかどうかという個人差が顕著な要素の一つなんですけど」

「へ~、それで今日はいつもより長くその冥想ってのに時間を費やしたわけか」

「はい、実践は午後からやろうと考えていまして。あ、そうだっ。よかったら悠希さんも一緒に来ませんか?」

「そうだな、リリがどれだけ成長したのかちょっくら見に行ってやるとするか」

 言うと、リリの嬉しそうな顔と元気な声が返る。

 というわけで昼食を終えた俺達は二人で森へと繰り出すこととなった。

 どうせ独りぼっちで暇だし、マリアのせいで昼寝も出来ないし、そうでなくともそんな風に魔法の話とか具体的にされたらやっぱ興味が出ちゃうじゃん?


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