【第五十三話】 久しぶりのご指名入りました~!
フィーナさんと別れた俺は軽く買い物をしてその足で風蓮荘への帰路を辿る。
と言ってもカルネッタと違って歩くとそこそこ距離があるため無駄な買い物は特にしておらず、野菜が少々とパンを数本、そしてレオナがしつこいので葡萄酒を一本だけ買っておいたぐらいだ。
うちの連中で酒を飲むのはレオナとソフィーぐらいなので正直必要性はあまり感じないのだが、仕事の後の一杯が~とか言われるとまあ労いの意味も込めてたまには良しとしてやろうとか考えた次第である。
てめえの酒ぐらいてめえで買えと思わなくもないけど、他の半ニート連中がタダ飯食らってるのにそれも殺生な話だ。
あいつは謂わば公務員みたいなもんだからね。一人だけ毎日毎日遅くまで働いてるからね。
駄目な娘ばかりで苦労しちゃうわ。
「おん?」
いつしか行きつけになったパン屋で買ったおやつ代わりのホットドッグ風の総菜パンをかじりつつようやく森の中までやって来た辺り。
ふと上空で鳴き声が響いた。
王都で買い物をする機会はそう多くないのだが、こっちの世界じゃ米より主食はパンみたいなところがあるので自然と立ち寄る頻度が増えるパン屋さん。
現地人じゃない俺が目立っているからなのか、店のおっちゃんも俺のことを覚えてくれていてよ気さくに声を掛けてくれたり世間話をしてくれる数少ない顔見知りとなった一人なのだ。
いつもサービスしてくれるお礼にと買ってみたソーセージに辛味の少ないマスタード風の何かを掛けた物と変な葉っぱをパンに挟んだ、やはり俺的にはホットドッグとしか例えようがない代物なのだが普通に美味過ぎてヤバイ。
日本で食うのより三倍は美味い。あと安い。
とまあ食レポはこの辺にしておくとして、静寂を破る大きな鳴き声と翼を羽ばたかせる音に釣られて空を見上げると、やけにでかい鳥がこちらに向かって飛んできているところだった。
猛禽類さながらの大きな翼、やけにふわふわした全身を覆う羽根、そして額に生えた一本の角。
見間違うはずもない、一角フクロウのポンだ。
そのままバサバサと羽音を鳴らしながら近付いてきたその鳥は徐々に高度を下げると、当たり前のように思わず立ち止まった俺の頭へと着地する。
「よう、お前が外にいるってことは今日は散歩の日か?」
『ホー』
「そうか、そりゃ何よりだ」
知らんけど。
「お前、一人……っつーか一匹で来たのか?」
『ホー』
だから分かんねえっつの。
と思いつつ話し掛けてしまうのは、しっかり返事だけはしてくれるのとこいつなりに意思表示をしてくれるからなのだろう。
男のツレが全くと言っていい程にいない孤独感を紛らわせたい気持ちから友達感覚に浸っているだけの可能性を否定出来ないのが辛いところではあるが……まあ、それなりに懐いていて普通に良い奴なので特に不満もない。
ま、こいつにとっての俺なんてただの散歩&餌係なんだろうけどね。
実際リアルタイムで俺の頭をチョンチョンしながら何か言ってるもの。
『ちょっとそれ分けろよ』的なのがヒシヒシと伝わってくるもの。
仕方なくパンを細かくちぎっては何度も頭上に運び分け前をくれてやりながら再び森の中を歩く。
風蓮荘に向かうのではなく、ポンを連れ出した誰かが待っているだろうということで迂回して、だ。
いつも似たようなコースを辿るため大凡の位置を把握していたこともあってか、その誰かはすぐに見つかった。
向かう先、大きな木の傍で両足を揃えた上品な佇まいで座っているのは俺の天使ことルセリアちゃんだ。
白いワンピースとリボンのついた麦わら帽子がその可愛さを五割り増しにしている儚くも神秘的な雰囲気を持つ、スノーエルフ? とかいう希少な種族であるらしい美少女である。
脇には黒い狼が伏せていたが、足音なのか匂いなのか俺に気付いて二つある顔を揃って上げた。
「よっ、ルセリアちゃん」
軽く片手を上げると、控えめな微笑が返される。
日頃あまりソフィーの部屋から出ないルセリアちゃんと顔を合わせることはそう多くはないけれど、その数少ない機会でどうにか距離を近づけられないものかと積極的に声を掛けたりしていたおかげで出会った当初みたく怖がられたり不安そうにされることもなくなった。
人間の言葉を使うのが不得意らしく相変わらず口数は少ないけど、それでもこうして表情で意志を伝えようとしてくれるし、今ではオドオドして対処に困ったような反応をされることもなくなったので俺の涙ぐましい努力も無駄ではなかったといったところか。
「今日はルセリアちゃんが引率なんだな、一人?」
足下ではぁはぁ言いながら飛び掛からんばかりに片足立ちになって何かを訴えているリンリンが煩いので残りのパンを二つに割ってくれてやる。
ポンが戻り、すなわち帰る時間となったルセリアちゃんは行儀良く立ち上がると、一度帽子の角度を調整しどこか恥ずかしそうに今度は言葉で返答をくれた。
「ソフィア……お、お出掛け……もうすぐ」
「へえ、また仕事でも見つかったのかな」
これはほとんど独り言みたいなものだったが、ルセリアちゃんは小さく首を振っている。
仕事じゃない、ということなら買い物とかまた友達と会うとかそんなところだろう。
何だかんだでリリやマリアと違って忙しくしているソフィーだった。
そうしてルセリアちゃんと二人、プラス二匹で風蓮荘へと戻っていく。
ちょうど玄関を開いた時、今まさに出掛けようとしているソフィーが目の前に居た。
「あら、悠ちゃんじゃないですか~」
先に扉が開いたことにやや驚きつつも、俺だと認識したとたんにいつもと変わらぬほんわかふんわかした笑顔と声が向けられる。
戦士風の格好ではなく部屋着であるあたり、ルセリアちゃんの言葉通り仕事とかではないらしい。
「よっ、ソフィー。とついでにジュラ」
隣にはボンバーヘッドの姉ちゃんことジュラもいる。
勿論俺の挨拶に返事なんてない。
後ろにいたリンリンとルセリアちゃんはご主人様の姿にテンションが上がったのか、既にソフィーの元へと駆け寄っていた。
「ルセリアちゃん、お散歩ご苦労様~。リンリンとポンちゃんも」
一人と一匹(実際は二匹分だが)は頭を撫でられ眼を細める。
……なんだってこの頭上の鳥は一匹だけ動く気ゼロなんだろうね。
「悠ちゃんは今日はもうおうちでお過ごしになられるんですか~?」
「お? あ、ああ……特に予定は無いけど」
「そうですか~。ちなみにですけど~、明日のご予定などお伺いしても?」
「明日? 明日も別に今んとこ何もないな」
自分で言ってて何だが……毎日予定無いって悲し過ぎんだろ。
ニートニートと他の連中を馬鹿にし辛くなるわ。
「それは朗報ですね~」
自虐に浸る俺を他所に、なぜかソフィーは嬉しそうにしていた。
理由はさっぱり分からんと言いたいところだが、これ絶対また何かしら用事を頼まれるパターンだろ。
そろそろ俺も学習したぜ。
「それはさておき、ソフィーとジュラはどこ行くんだ?」
「はい~。お買い物と、馬車の手配をしにちょっと王都までお出掛けです」
「馬車?」
「そうなんです~、明日ちょっと遠出の予定がありまして~」
「そっか~、どこに行くのかは知らんけど頑張って……」
「と、言うわけでですね~」
ものすごーく嫌な予感がしたのでしれっと脇を通り過ぎようとした俺だったがそうは問屋が卸さず。
すれ違い様にがっちり肩を掴まれてしまっていた。
「な、ナニカネ?」
「前にも言ったことがありましたけど、そこまで露骨に警戒されるとわたしとしては少々ショックを隠しきれないんですけど~」
ソフィーはしょんぼりしながらそんなことを言う。
その横ではジュラが『空気読まねえと丸飲みにすんぞ』みたいな警告じみた目で俺を見ていた。
ルセリアちゃんは不思議そうな顔で俺達を見ていて、言うまでもなくポンはビシビシ俺の頭を突いているというところまでがお約束のようです。
「分かった分かった、聞くよ聞くから」
「そう言ってくれる悠ちゃんでよかったです~。別に不安がるようなお話は何も無いんですけど、そんなわけで明日わたしは同業者の集いに行くんですよ~」
「同業者……っつーと、何だっけ? 魔物使い?」
「そうですそうです~」
「集いとかあんのか」
「まあ言うなれば情報交換や横の繋がりも大事にしようという催しですね~。というわけで、一緒に行きませんか~?」
「え~……俺行って何すんのさ~」
「そこはほら~、物は勉強ということで~。悠ちゃんも将来魔物使いになるかもしれませんし」
「いや、ねえだろ」
「皆を連れて行くつもりなんですけど、わたしも挨拶回り等々で忙しくなりそうなのでこの子達が粗相をしないように見ていてくれる人が欲しくてですね~。お礼もしますし、お願い出来ないかな~と」
「まあ……俺だって興味が無いわけじゃないし、鬼だの巨人だのと闘わなくていいなら別に構わんけどさ」
「そう言ってくれると思ってました~」
いつもの如く、ソフィーは俺の手を取り上下にブンブンと振り回して喜んでいる。
いやあ、だって魔物使いなんてファンシーな人間が他にもいるってちょっと興奮すんじゃん?
ぶっちゃけこいつらの世話係ならジュラやルセリアちゃんでよくね? とも思うけど、二人とも人型なだけに付き合いやら何やらあるのかもしれないしさ。
危ない仕事の手伝いじゃないってんならまあ、毎日予定無しよりはよっぽどいいだろ。