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【第五十二話】 今度は俺が依頼人



 何度も自分で言うのも格好悪いが、昨日一昨日の疲れから今日は睡眠デーと銘打った。

 なんて言うと少々大袈裟に聞こえてしまうかもしれないけど、なんて事はない。

 いつもより睡眠時間を多く取っちゃおうっと♪

 簡単に説明すればそういうことである。

 こっちの世界に来てからというもの、主婦よろしく朝から飯の用意して洗濯して風呂掃除してと齷齪働いてきたのだ。

 たまにはゆっくり寝たっていいじゃない?

 というわけで目覚まし時計代わりのキャンドル・ベルなるブツをセットせずに肉体が求めるまま惰眠を貪り、自然の寝覚めを待つことにした次第だ。

 そのはずなのに、悲しきかな迎えた目覚めの時はどこか自然のそれとは違っていた。

 何やら奇妙な違和感が意識を呼び起こす。

 目を閉じたままの状態で感じるままを述べるなら、何か狭くて寝心地が悪い。あと寝返りを打ったわけでもないのに布団がずれたのは何故なんだぜ?

「……おい」

 億劫ながらも寝惚けた頭のまま目を開くと、紛う事なき異物がそこにあった。

 何がどうなっているのか二、三十センチの距離にそれはもう安らかなマリアの寝顔がある。

 布団の下に覗いている肩口や鎖骨のあたりを見るに、普段と変わらず当たり前のように裸であることが分かった。

「……何やってんのお前」

 お前俺の彼女なの?

 昨夜はお楽しみだったの?

 安心しろ、俺はまだ童貞だ。

 だったら何で同じベッドにいるんだぁぁぁぁ!!!!

「ん…………ゆうき」

 ほぼゼロ距離で声を出したからか、マリアは一瞬薄目を開く。

 が、なぜか微かに安堵の表情を浮かべ、すぐに二度寝に入ってしまった。

「いやいや、待て待て。何ホッとした顔してんだ。そしてなぜこの状況で更なる睡眠に向かえるんだ、あといい加減納得のいく答えを聞かせてもらいたいんだが何で毎度毎度全裸なんだ。俺を信頼しているのか男として見られていないだけなのかは知らんし聞きたくはないけどだな、そういうのは自分の部屋でだけ…………ん?」

 どうにかマリアの上半身が露わにならないように体を起こし、説教をくれてやるもマリアは寝息を返すだけだ。

 それでも言わずにはいられないと言葉を続ける最中で扉がノックされ、自然とそちらに視線が移る。

 誰が何の用で訪ねてきたのかを問い掛けようと口を開き掛けた瞬間、この状態を人に見られたら不味いのではないかという危機感が急激に湧き上がるも、無情にも静止の一言を叫ぶよりも先に扉は開いてしまっていた。

「悠希さ~ん、もうすぐお昼で…………」

「…………」

 ベッドに座っている俺と扉に手を掛けたまま固まるリリの視線がぶつかり合うと、途端に無言の間が生まれる。

 目覚ましで起きる気はなくとも流石に昼を過ぎてまで寝ていては困るので普段から昼前に起きているリリにお前が起きたときにでも起こしてくれ、と頼んであったのを完全に忘れていた。

 うん、気にするべきはそんなことじゃないよね。

「いや……誤解だぞ?」

「お、お邪魔でしたか?」

「違うって言ってんだろ、マジで聞いてくれ! 俺は何もしてないし、指一本触れちゃいない。いや、指一本ぐらいは触れたかもしれないけどマジで変なことは何もしてないからな!?」

 だって起きたら勝手にいたんだもん、俺が一番びっくりしてるって!!

「……リリ?」

 言い訳の間に冷静さを取り戻し始めたのか、リリは拗ねたような顔でプルプルと全身を振わせだした。

 ああ、あれ怒ってる時の顔だ。

「ふ……」

「ふ?」

「不潔ですっっっっっ!!!」

 一転、怒鳴り声が室内に響き渡る。

 横ではその騒音に対し迷惑そうに顔を歪めるマリアが寝返りを打っていた。

 なんつーか……色々と朝から波瀾万丈だった。


          ☆


「今回は信じますけど、ここで暮らしている人の男女比を考えても誤解されるようなことを控えてくださいね」

 一通りの説明と弁明と釈明が終わると、紅茶を一口啜ってリリはそんなことを言った。

 いかにも『わたしまだ怒ってます』みたいな態度がしばらくは維持されていただけに、ひとまずの理解と納得は得られたようで俺の尊厳的には何よりである。

「驚かせたのは悪かったと思うけどさあ、あんなもん俺にどうにか出来るもんでもなくね?」

 だって起きたらいたんだぜ? 俺何も悪くねえよ絶対。

 そもそも何で個室に鍵ついてねえんだこのボロアパート。

「まあ、マリアさんのことですからきっと昨日一日悠希さんがいなくて寂しかったんじゃないですか? それで安心したくて同じ布団に潜り込んだんじゃないかと」

「ライナスの毛布かっつーの」

 この場合、その役割を果たしているのは毛布ではなくその中にいる俺になるのかもしれんけども。

「はい?」

「いや、こっちの話だ。というか、その口振りじゃ過去にもそういうことがあったみたいに聞こえるんだけど」

「何度かはありますよ? 悠希さんが来る前の話ですけど、レオナさんや前の管理人さんの所に行ったことが。悠希さんが来るまではあの二人がお世話していたみたいなところがありますから」

「……前例があって冤罪であることが状況証拠から明らかなのに、その上で俺を責めるお前はどうなの?」

 軽く十分ぐらいは説教されたけど?

 最初お前『正座してください』とかほざいてたけど?

「男と女じゃ意味が違いますっ」

「だからって、俺にどうしろと……何ならお前も別に一緒に寝てやってもいいんだぞ?」

「うぅぅ……」

 なぜか恨みがましい目で見られる。

 あんまりからかうと説教が再開されかねんのでこの辺にしておかねば。

「俺からもマリアに言っとくからさ、そう怒んなって」

 まあ、あいつまだ俺の布団で一人で寝てるんだけどね……ほんと人の気も知らないで自由な奴だな。

 マリアの場合言って通じるかどうかは相当怪しいけど、今となっては役得感があったことも否めないしさ。

 不可抗力を除けば誓って体に触れてはいないけど。

「約束ですからね」

「はいはい了解」

 と、安請け合いをしたところでどうやらお説教の時間は終わりを迎えてくれたようだ。

 ぶっちゃけて言えばこの約束は今後も度々俺の意志に反して破棄されることになるわけだが……それは今は無関係な話。

 そうして朝食のパンを二人でたいらげると、俺はいつも通り日課を消化していく。

 マリアの飯を用意し、洗濯を干し、風呂を洗ったところで時間も丁度いい具合になったため出掛ける用意をして何やらテーブルに座って手紙を書いているリリへと声を掛けた。

「じゃあ行ってくるな~」

「はい、フィーナさんによろしくお伝えください」

「おう」

 にこりと微笑むリリに片手を上げ、風蓮荘を出た俺は王都シュヴェールへと向かう。

 今名前が出た通り、フィーナさんと会う約束をしていたためだ。


『昼過ぎぐらいにはいつものバーにいるから』


 という雑な待ち合わせでこそあれど、あの人は大体の休みの日はバーかカジノに入り浸っているらしいので会うだけのことに苦労は伴うまい。

 昨日、一昨日の二日掛かりでの大仕事(と言っても俺はついていっただけだけど)をこなしたのだ。

 ギャラも相当な金額だと確約をもらっているし、そりゃあ俺とて心躍るさ。

 その苦労と見返りの全てが貧乏生活からの脱出及び、俺が日本に帰るための資金となるのだから。

「お邪魔しまーす」

 王都に到着すると賑わう大通りを過ぎ、真っ直ぐにホットリバーへと向かう。

 昼間っから未成年の俺がそんな所に出入りすることにまだ慣れず、控えめな挨拶を口にすることも忘れない。

 木製の扉を押し入ると、ほとんど指定席状態の一番奥のテーブルに目的の人物はいた。

「フィーナさん」

「あら悠希君、早かったわね。何か飲む?」

 いつにも増してエロい格好をしているフィーナさんは声を掛けると妖艶な笑みを向けると隣の椅子を引いた。

 胸元や太腿を覗かせるセクシャルな赤いドレスは、もはや貴族や王族の風格さえ感じさせる。

「いえ、ここお酒しか無いんで大丈夫っす」

 ここで一杯付き合えるのが出来る男なのかもしれないが、さすがにこの時間から酒を口にするのは憚られる。

 レオナやソフィーとは付き合いで嗜むこともあったけど、正直美味しいも美味しくないもよく分からん。

「そう? 一仕事した後のお酒は格別だけれど、働かずに飲むお酒も良い物よ?」

「はあ……そういうもんっすか」

「ともあれ、その節は協力してくれて助かったわ。報酬は明日依頼人と会うことになっているからその後に渡すことになるからそのつもりでいてね。家に届けさせてもいいけど、どこに住んでいるのだったかしら?」

「えーっと……」

 どうしよう。

 レオナに風蓮荘で暮らしていることを他人に漏らすなと約束させられているだけに返答に困る。

「いや、手間を掛けるのも悪いから取りに来るよ。ていうか、だったら今日はなんで呼ばれたの?」

「以前言っていたでしょう、私に何か作って欲しい物があると」

「ああ、覚えててくれたんすね」

 意外と律儀な人だな。

 思いつつ、ポケットからスマホとストラップにしてぶら下げている伸縮式の充電コードを取り出した。

 これ自体の存在も覚えがあったらしく、フィーナさんはこっちの説明の前に本題を口にする。

「確か、この線に(いかずち)の魔法が通るようにするための道具が必要……という話だったかしら」

「うん、こっちの本体はそれによって動力を確保して動くようになってるんだけど、今はそれが出来なくて使えないんだ。だからフィーナさんならどうにかならないかなと思って」

「ふうん、その程度のことならやって出来なくはないでしょうけど」

 と、コードを摘み先端を見つめながらフィーナさんは既に半分になっているグラスの酒を口に含み喉を鳴らす。

「要はこの線に繋げるようにして、任意で魔法の力を流せるようにすればいい。というわけよね?」

「うっす。ただ、魔法で雷を起こせるとしてもまんまの威力でやっちゃうとアウトなんすよ」

「というと?」

「それだと威力が強すぎてこのコードも本体も一瞬でぶっ壊れちゃうんです。なんで普通の雷の威力で例えるなら百万分の一ぐらいの強さじゃないと」

 電力とか電圧とか言ったって伝わらないのはもう分かっている。

 なのでふと思い出した学校で聞いた覚えがある『雷の電圧は一般家庭で使用されるものの百万倍程度の強さがある』という話を持ち出してみた。

「そんなに微弱な威力でいいの?」

「はい、むしろそうしないと破損して終了みたいな感じなんで」

「いまひとつ何に使うものなのかも分からないけど、言いたいことは分かったわ。だからまあお礼の代わりに正式な依頼として引き受けましょう。やってみないことには要領も分からないし、代金の話は後でもいいかしら?」

「はい、俺的にもこれが使えるようになれば色々と出来ることも増えると思うんで、何卒よろしくです」

「ええ、雷撃の魔法を最弱にして維持出来るようにすればどうにかなるかしらね。君が受け取る報酬の件も含めまた明後日に会いましょうか。それまでに用が在ればここにおいでなさい、仕事が無い日はだいたいここかカジノにいるから」

「うっす、おなしゃす」

 改めて一礼すると、短く答えたフィーナさんは追加の酒をバーテンに注文する。

 話は纏まった、という意思表示かただのアル中なのかは難しいラインだが……まあこんなでも誰もが一目置く国内一の魔法使い。

 信頼は出来ずとも信用はしていいだろう。

 携帯が使えるようになりゃあの委員長ももう少しちゃんと仕事を回してくれるかもしれないし、俺の暇も潰れるし、言うこと無しってもんだ。


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