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【第五十話】 もう何か化け物だらけ


 翌朝、目を覚ましたのはメイドさんに起こされてからだった。

 寝過ごしてしまったのだろうかと一瞬ヒヤリとしたが、窓から見える外の景色はまだ薄明るい。

どうやらまだ早朝と言える時間帯のようだ。

 というかそもそも起きる時間とか出発の時間とか何も聞いてないんだけど、この世界ではその辺も大体で回っているのだろうか。

 さておき、俺だけではなくバンダーですら余裕で眠りこけていたというのに、メイドさんってのは大変だなぁ。

 いち早く起きているだけではなくしっかりと身なりも整え、言わずもがな俺達を起こすよりも先にフィーナさんの身の回りの世話も済ませて来ているのだろう。

 だったら一体彼女は何時に起きているんだという話だ、絶対俺には無理だな。

 昨日の晩ご飯の時だって一人だけ後ろに立っているだけで一緒に食べようとしないし、それが仕事だと言えばそれまでだけど逆にこっちが気を遣うから飯ぐらい一緒に食えばいいのに。うちにもこんなメイドさんが欲しいぜ。

 とまあ日頃の自分の家政婦っぷりを嘆くのは後にしよう。

 ひとまず言われるまま着替えを済ませ、朝食を取るべく一階の広間へと向かう。

 俺とバンダーが席に着く頃にはフィーナさんはティーカップを手にしていて、佇まいから所作振る舞いまで相変わらずのセレブ感を醸し出していた。

 そして昨夜と同じく後ろに立ち給仕全てを一人でやっているメイドさんになんだか申し訳ない気持ちになりつつも、トーストとミルクティーをいただき二人の話を無関係みたいな顔して聞いている俺だった。

「今日のうちには帰れる予定なんだろう?」

「ええ、この時間に出れば昼過ぎには着くはずだから。そうすれば今日のうちにシュヴェールに帰れるわ。少し早めに出発するだけで無駄にもう一泊する必要がなくなるのならこれが最善でしょう?」

「そりゃそうだ。だが、聞いたところによると関所がある山の手前に広がっている森にゃ魔物が出るって話だぜミス・エンティー」

「そのようね。なにぶん人里離れた土地だから広域に整備の手も行き届いていないし、おおかた隅々まで調査するのは時間と人員の浪費になると考えているのでしょう」

「そ、それって大丈夫なのか?」

 思わず口を挟む。

 過去幽霊だの鬼だの猪だのを目の当たりにはしてきたが、どれもこれも人間が勝てる相手とは思えないだけの恐ろしさがあっただけにどうしても不安になってしまう。

「魔王軍の指揮下にあるような魔物でもないでしょうし、私と彼がいれば上級魔族でもない限り問題ないわよ。今になって魔王軍の残党がこんな田舎に現れる理由もないし、心配はいらないわ」

「そうなんだ……」

 やる前から自信満々ってのが頼もしいなおい。

 話を聞いただけでタオルを投げることしか考えていない俺達デコボコブラザーズとは大違いだ。

 

          ☆


 それから少しして、俺達は再び馬車に揺られて目的地へと向かっていた。

 二人の余裕っぷりのおかげで特に不安や怖さは感じなかったが、純粋に眠いのと俺留守番でよく ね? という疑問はどうにも拭いきれるものではない。

 取り立てて中身のある会話もなく、昨日以上に人気も無く整備もされていない草やら木やらが生い茂った荒れ地に挟まれたギリギリ道だと思えなくもない通路を走っていくこと一時間か二時間か。

 メイドさんの報告によって前方に森が見えてきたことを知る。

 朝話していた目的地の手前にあるという土地のだろう。

 窓から外を覗いてみると、確かに森と言って相違ない木々の群れが左右どこまでも続いていて、その向こうには小さな山が見えている。

 この調子ならあと少しで到着を迎えることが出来そうだ。問題は例の化け物の存在だが……。

 なんて素人ながらに、いや素人だからこそ頭に浮かぶ無駄に不吉な方向にばかり寄っていく嫌な憶測がリアルたり得るのがこの世界。

 その予感が現実になるまでに、そう時間は掛からなかった。

 どこもかしこも木一色の森に入り薄暗さに包まれる走路を進み始めて二、三十分だろうか。

 例によって一人だけ馬車内にいないバンダーの声が聞こえてきたかと思うと、不意に馬車の動きが止まる。

 半ば急ブレーキ気味の停車に思わず前のめりに体勢を崩してしまうが、あからさまな緊急事態に対する焦りが勝って自分のことを気にしている余裕はない。

 大声ではあったもののバンダーが何を叫んだのかは聞き取れておらず、慌てて問い返す先は本人かフィーナさんか。

 迷う僅かな時間で既にバンダーが御者席の後ろにある小窓からこちらを覗いていた。

「ミス・エンティー、前方に魔物の群れが見えた。数は恐らく三、レベルは中級程度だと思われる。俺は迎え撃つがあんたはどうする」

「一応私も出た方がいいかしらね。中級モンスターなら万が一も起こりえないでしょうけど、馬車に手を出されても面倒だし」

 ビビりまくりの俺の存在などどこ吹く風。

 二人は落ち着き払った様子で日常会話と変わらぬトーンでそんな報告と確認のやりとりをしていた。

 そしてどこか面倒臭そうな溜息を一つ挟み、まったくもうとか言いながらフィーナさんは馬車を出る。

「悠希君は待っていてね。ササッと片付けてくるから」

「……へ~い」

 これがほんとの馬車要員か。

 一瞬にして言葉を返す相手もいなくなった空間で出てくる感想はそれだけだった。

 いや、何が出てくるのかも分からないし、中級なんとかがどんなものかも俺には全く想像も出来ないんだけどさ……平気で向かっていこうとする美女と待機を命じられる男すなわち俺。

 いつものこととはいえ、さすがに情けなくなってくる。

 だからといって男気を見せて参戦する度胸なんて微塵もないんだけども。

 とはいえ二人がやられてしまおうものなら俺とメイドさんも死あるのみなわけでして、余裕ぶっているぐらいだから大丈夫だと信じたいところではあるが、キングオブパンピーな俺はいつでも逃げられるように窓からこっそりと外の様子を伺うことにした。

 バンダーは剣を手にしており、その横にはリリが持っているのと似た形状ながらやけにデザインが格好良い魔法の杖らしき木の棒を手に腕を組んで敵が来るのを待ち構えている。

 バンダーの強さはまあ、以前この目で見ているが……あのナイスバディなフィーナさんに関しては評判や異名ぐらいしか知らない。

 なのに何故ああも強者の風格が漂うのだろうか。美人とか胸がでかいとかよりも、普通に格好いいな~と感じさせられるだけの佇まいだ。

 とはいえ不安や恐怖心が薄れるかと言えばそうでもなく、ドキドキしながら馬車の中から眺めることしか出来ない俺の視界に現れたのは、何度目にしても慣れることのない生物学的に意味不明にも程がある未知なる生物の群れだった。

 バサバサと羽音を立てて行く手を遮るは三匹の蝙蝠だ。

 シルエットだけで言えば図鑑やテレビで見るような物とほとんど変わりはない。

 しかし見た目以外の全てが化け物であることを紛う事なき事実たらしめていた。

 まずダチョウぐらいのサイズがあるし、何か頭には角が生えているし、噛まれたら即死みたいな牙が口元で存在感を醸し出している。

 過去に見た鬼だの石の化け物だのに引けを取らない、完全なる珍獣であり怪物だった。

「おいおいおい、これやべえんじゃねえの?」

 あの二人がやられたら、それすなわち俺達も逃げる術がないということ。

 是が非でも倒してもらわねば困ると、祈る気持ちで見守る俺だったが……俺ごときが心配すること自体が烏滸がましかったと知るのはほんと数秒後のことだった。

 剣を手にしているバンダーは素早く横に移動すると、木を蹴ることで大きく飛び上がり襲い来る巨大蝙蝠をいとも簡単に切り捨てる。

 やっぱあいつすげえ!

 と感激したのも束の間、続け様に逆の方向で目映い光が発生し自然と視線がそちらに向く。

 慌てて目をやるとフィーナさんの杖の先端が輝き初めていて、この世界でも恐らく初めてとなるまともに魔法というものを目にする時が来たのかと恐怖心など忘れてテンションが上がる馬鹿な俺の前で、この世界でも恐らく最大級のドン引きするべき事象が繰り広げられることとなった。

「バグラム」

 ほとんど呟く様な小さな声が聞こえたかと思うと、途端に爆撃でも受けたのかというレベルの凄まじい爆発が巻き起こった。

 耳が痛くなる程の爆音、轟音が響き渡り、炎と煙が視界を覆っていく。

 音はでけえし目の前で煙と炎で何も見えねえし地面まで揺れてるしと、もう何が何やら分からず馬車の中で縮こまるしかない俺は、パラパラと何かが舞い落ちる音が聞こえるようになってきた段階でようやく顔を上げた。

 恐る恐る窓から覗く景色。

 既に炎はどこにもなく、爆煙も晴れつつある外の風景はそれでいてビフォーアフターの差がハンパではなく、蝙蝠の残骸というか……もはや肉片みたいなのが散らばっているわ地面は大きく穴が空いているわ、それどころか周辺十メートルぐらいの木々までもが跡形も無く消し飛び平地みたいになっているという爆心地さながらの光景だけが広がっていた。

 あれが王国一の魔法使いの実力ってやつなのかと、唖然とし言葉を失う中で当のフィーナさんはパタパタと衣服の砂埃を手で払い、何食わぬ顔で馬車に戻るとメイドさんに「さ、出してちょうだい」とか言っている始末。

 最初から最後までツッコミ所が多すぎて、普通に正面の席に腰を下ろす人間凶器へと思わず全力で声を荒げてしまった。

「あんたこええな!! バケモンどころか何もかも消え去ってんじゃねえかっ、つーか火事にでもなったらどうすんだよ!!」

「手加減したからそんなことにはならないわよ」

「あれで手加減って……」

 この人も大概バケモンだな。

 いっそあの珍獣達が気の毒になってくるわ。

「さ、行きましょうか」

 何気なく言うフィーナさんと何ら取り乱すことなく返事をするメイドさん、そしてしれっと馬車の上に戻るバンダーの全員にドン引きする俺の味方は誰もいないとんでもパーティーはこうして再び目的地に向かって進んでいくのだった。


          ☆


 それからは特に問題もなく、静かな森の中を走っていく。

 景色だけは長閑なものであったが、奥へ奥へと進むに連れて徐々に様相が違ってくるのが何とも落ち着かない。

 前方には大きな壁に覆われた建物が見えていて、どこかしこに鉄格子やら有刺鉄線がチラついているのが物騒極まりない印象を増長させる。

 監獄ともなればそんなものかと納得するのは簡単だけど、どうにも慣れることの出来ない不穏な空気や雰囲気がテンションを下降の一途を辿らせていた。

 木々に囲まれてから随分が経ち、次に馬車が止まったのは関所なる大きな門に到着してからだ。

 どこまでも続く高い壁が左右に広がり、なるほど無断で進入することは到底出来そうにもない。

 そんな塀の強固さに比例した巨大な門には、宮殿で見たのと同じ格好の兵士が数名見張りとして立っていた。

 すぐに俺達の元へと寄ってくる。

「何者だ」

「わたくし、元宮廷魔術師のフィーナ・エンティーと申します。今はフリーの魔法使いですが、とある筋からの依頼によりお届け物を持って参った次第ですわ」

「フィーナ・エンティー……貴女があの有名な……」

 中年の兵士は驚きに目を見開いている。

 フィーナさんマジ有名人だね。

「お会いできて光栄にございます。よもやさっきの爆発音も貴女が? 今まさに調査隊を送ろうとしていたところなのですが」

「ええ、魔物に遭遇したものでやむを得ず。特に問題なく一掃しておきましたので人をやる必要もないでしょうけど、それがお仕事ですものね。お手数をお掛けしますわ」

「とんでもない、こちらが礼を言わねばならぬ立場ですよ。して、お届け物というのは」

「馬車に積んでありますのでご確認なさってくださいな。通行の許可証も持参している正式なお仕事ですゆえどうぞご安心を」

 ものっそい営業スマイルでフィーナさんは俺が入手してきた許可証を提示する。

 兵士はそれを受け取り目を通すと、特に怪しむ様子もなくそれを返した。

「確かに本物の許可証のようですね。ですが決まりですので荷物は確認させていただかねばなりませぬが、構いませんね?」

「ええ、勿論ですわ」

「おい、積み荷のチェックだ」

「はっ」

 脇にいた若い方の兵士は言い付け通り、こちらにやってくると積み荷を一つ一つ確認していく。

 傍にいる俺は正直見られてはいけない物が出てきやしないだろうなと内心ヒヤヒヤだ。

 白い粉とか全身に地図の刺青を彫った坊主頭とかが出てきませんようにと祈ること数分。

 兵士は何も言わずに出て行く。

「中身は少しの食料と衣類、書籍です。特に問題は見当たりません」

「そうか。ところでエンティー殿、同行している彼らは?」

「護衛に雇ったフリーの傭兵達ですわ」

「ふむ、それでは問題点はないようなので立ち入りを許可しましょう、四名全員でお入りに?」

「いえ、依頼を受けたのはわたくしですので一人で」

 そう言うと、フィーナさんは馬車の傍に寄ってきて、

「貴方達はここで待っていて、下手に顔を覚えられてもいいことはないでしょうからね。すぐに戻るわ」

 それだけ告げて、返事も待たずにまた離れていく。

 そして二人の兵と一言二言交すと、そのまま案内されるように大きな門の向こうに消えていった。

 またしても待ち惚けなのでメイドさんと談笑しながら帰りを待つ時間が十数分にもなった頃。

 思いの外早く戻ってきたフィーナさんの一声でまた森の中を引き返す帰路を辿ることに。

 後は一日掛けて来た道を戻るだけで解放される。

 何だか最初から最後まで見ているだけ待っているだけばかりの旅だったけど……何だかんだで初めて風蓮荘の仲間を引き連れずに挑んだ仕事はどうにか終わりを迎えたようだ。

 


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