【第四十九話】 裸の付き合い
そんなこんなで王都シュヴェールを出発した寄せ集めパーティーこと俺達は馬車でしばしの旅を続けていた。
時間にして二時間か三時間か。
窓から見える景色は荒野から草原へ、草原から大きな川に沿った静かな砂利道へと、どんどん見知らぬ土地を進んでいく。
これまで仕事という名目で共に旅をしてきたリリやソフィーと違って身内感が一切ない完全な他人と組んでいるため気軽に雑談したり冗談を言ったりして精神的な安心を得ることも出来ず、心細さは増していく一方である。
さすがに場慣れしているというか、二人は全然しれっとしているのだから一人落ち着きなく不安がっているのが情けなくなってくるってもんだ。
それどころか何かもう優雅さすら感じさせる佇まいで侍女に用意させた紅茶をソーサー付きのカップで嗜むフィーナさんは国内一の魔法使いとは思えぬセレブ感に満ちあふれているし。
気を遣って、というわけではないのだろうが俺にも勧めてくれたのでお言葉に甘えて良い香りのするホットティーをいただきつつ、当たり障りの無い会話をしてくれたのでどうにか下手に緊張感を抱かずに済んだといったところか。
ちなみにバンダーはそんなセレブお茶会には参加しておらず、途中から屋根の上に座っている。
何でも外敵への警戒や対応も奴の仕事だから、ということだ。
人里離れれば何が起きるか分からないだとか、この辺りは盗賊が出たという報告もあるだとかと物騒な話を聞かされりゃ納得せざるを得ないというか、むしろ俺の安全のためにも頑張ってくれと心の中でエールを送るまであるレベル。
とはいえ……リーダーであり最強の異名を持つフィーナさん、見張りと警戒を買って出るあたりやはり経験豊富であることは確からしいバンダー、そして運転をしてくれるわフィーナさんの世話も欠かさないわ俺にまで丁寧に接してくれるわというプロのメイドさん、そして座っているだけの俺。
………………これ、俺いらなくね?
「どうしたの? 溜息なんて吐いて」
「ああ、いえ。なんでもないっす」
いかんいかん、無意識に態度に出てしまっていたらしい。
どのみち今更帰ることなんて出来ないんだ。
こうなりゃ腹を括るしかねえ。
働かざる者喰うべからず、ってやつだ。
しかしまあ、異世界で金を稼ぐってのは大変だよ。
☆
それからまたしばらく馬車に揺られ、日が暮れ始めたところで俺達は目的地に到着した。
例の関所を超えた所にある監獄との中間地点であるらしいそう大きくはない村だ。
直前に薄暗い森を抜けたため馬車の四方には蝋燭を立てたランタンみたいな物が釣られている。
おかげで余計に不気味さが増してホラーな光景を生み出し、一人でビビり倒していたのは内緒の話としておこう。
そうして太陽の光が消えつつある薄暗く、人通りの少ない村の中へと馬車は進んでいく。
少しして停車したのは木造の二階建ての周りの家屋より少し大きな建物の前だ。
聞けばここが今夜泊まる宿屋ということらしい。
そのままフィーナさん、俺、バンダーと続いて馬車を降りると、残るメイドさんが建物の裏に空になった馬車を運んでいる間に二人はサッサと宿屋に入っていってしまった。
待ってあげるとかしないんだ……と、パンピーの俺は勿論思っちゃうわけだけど、侍女と主人の関係性とか分からんから口を挟むことも憚られるのがもどかしいところである。
慌てて後を追うとフィーナさんは受付に居た店主らしいオッサンと二言三言言葉を交し、やがて少し離れて見守る俺達の元に戻ってきた。
「二階に二部屋取ったから、男女別ってことであなた達は同室ね。経費はこっち持ちなんだから異論は受け付けないわよ」
と、そんなことを言った。
おいおい、こいつと一晩同じ部屋で過ごせってか。
気まずいどころの話じゃないだろそれ、受け付けないとは言うが大いに異論があるぞ。
「食事は頼んでおいたから、しばらくしたら広間に集合ね。待っている間に汗を流したいわ、すぐに用意して」
しかししかし、当のフィーナさんはこちらの返答すら聞く気がないらしく、いつの間にか背後に控えていたメイドさんに一つ言い付けると『畏まりました』と返事が返ったところでサッサと階段を上がっていってしまう。
残された俺とバンダーは自然と顔を見合わせ、
「はぁ……しゃーねえ、俺達も行くとしようぜ少年」
「……うん、そうだね」
揃って肩を落とし、そんな遣り取りを経て宛がわれた部屋へと向かうのだった。
☆
そうして二階に上がった俺達は一番奥の部屋へと足を踏み入れた。
ベッドが二つ並び、低めのテーブルとソファーが置いてある見るからに二人用の部屋といった空間だ。
言葉は交したもののバンダーはそれ以来特に何を言うでもなく、それどころか若干警戒されているのではなかろうかという態度を維持している。
階段はわざわざ俺の後ろを歩くことを選んでいたし、部屋に入ってからも互いにベッドへ荷物を置くのに壁際まで移動して剣を外したり防具を脱いだりしているし、何だかギクシャクしているとかいうレベルの話ではない距離の置き方だった。
まあ、それについてはもう今更どうしようもない。
何をどう弁解したって奴は納得しないだろうし、だからといって俺が悪かったと言うつもりもないのだから。
「どうやら風呂は部屋毎じゃなく共用の浴場を使わなきゃあならんらしい。俺達も飯の前にいただくとしようや、俺は武具の手入れをしてからにするからお前さん先に行きな」
「あ、ああ……わかった」
こんな部屋にいれるかと、飯が出来るまで散歩でもしてこようかなとか考えているとベッドに腰を下ろしたバンダーがそんなことを言った。
なるほど、そういうシステムなのか。
馬車に乗っていただけとはいえ何だか疲れてるし、この部屋に居なくてもいいというならそりゃこっちとしてもありがたい。
のだが……替えの下着とか持ってきてないんだけど、どうしよう。
受付のオッサンに聞いてみればいいか。
「じゃ、先に使わせてもらうよ」
特に返事はない。
シカトかよこの野郎。
思いつつ、腹を立てても仕方がないのでそのまま部屋を出ることにした。
長くはない廊下を歩き、階段を下りてまずは受付へ向かう。
下着がどうとか以前にまずその浴場がどこにあるかも分からねえぜ。
「すいません、ちょっと聞きたいんですけど」
というわけでカウンターで椅子に座り暇そうにしている店主に声を掛けてみる。
腰の引くそうなオッサンはすぐに立ち上がり、出迎えてくれた。
「お客様、どうなさいましたでしょうか?」
「風呂に入りたいんですけど、浴布って借りられるんですかね? あと替えの下着も欲しいんですかで販売とかってしまます?」
「浴布でしたら脱衣所にご用意しておりますのでそちらをお使いくださいませ。下着も備えがございますのでどうぞご利用ください」
「まじっすか。ありがとうございます、助かります」
オッサン改めおっちゃんから無地のダサいパンツを受け取り、最後に風呂の場所を聞いて受付を後にする。
脇の廊下を進んだ一階の一番奥に風呂マークみたいなのが描かれた扉が二つ並んでいて、察するに赤が女風呂、青が男風呂ということのようだ。
間違ってたら色々終わる気しかしないのでもうちょっと分かりやすくしてくれ。
なんて思いながら恐る恐る青いマークの方の扉を開くが、中には誰もいない。
そもそも宿泊客は俺達だけらしいので居たとしてもフィーナさんぐらいなのだが……一般客より物騒というか、命に関わるラッキースケベになりかねないのでむしろホッとした。
リリでさえあの巨大猪を爆殺したぐらいだ。
王国一とまで言われるあの人に覗きの容疑を掛けられようものなら月の彼方まで吹き飛ばされるぐらいじゃ済まないだろこれ。
混浴なら最高だったのになぁ。
あのソフィーと並ぶ巨乳に見合う男ってのは一体どんな奴なのやら。
いや別に人の価値はそれだけではないけども。
「ま、今はそんなことはどうでもいいか」
とにかく休息だ休息。
ゆっくり風呂に浸かって、美味い飯を食ってぐっすり眠る。
それが第一だ。
というわけで脱衣所に入り、言われた通り体を拭く用と中に持ち込む用で二枚のタオルを確保して素っ裸になるなり浴場に突入。
日本の銭湯や温泉ほどではないが、さすがに家庭の風呂よりは何倍も広い上に貸し切りという状況が何ともリラックス効果を生みそうだ。
とりわけ風蓮荘の風呂が狭いだけに余計にそう感じるのかもしれないが、足を伸ばせる風呂なんていつ以来だろうか。
「あぁ~、極楽じゃ」
二度ほど湯を浴びさっそく湯船に浸かると、思わず情けない声が漏れる。
程良い熱さが全身に染み渡って、眠気が一気に襲ってくるぐらいに脱力してしまうぐらいに心地がよい。
このまましばらくこの愉悦を堪能していよう。
と、目を閉じ無心で安らぐこと数分が経った頃だった。
扉が開く音が響く。
何事かと目を開き出入り口の方へ目をやると、なぜかそこに全裸のバンダーがいた。
「…………」
何でこいつ入ってくんの?
先行けって言ったじゃん?
先に入れって意味じゃなくて俺も後から行く的なことだったの?
言いたいことは多々あるが、バンダーはこちらを見もしないため声を掛けるタイミングが難しい。
しかも手拭いを肩に掛けているだけでチ○コを隠そうともしていないんだけど。
いや別に野郎のモノはどうでもいいが、やっぱ良い体してるわ。
余計な肉が無いというか、腹筋とかも引き締まっているしいかにも細マッチョという感じ。
そんなバンダーは無言のまま湯を浴びるとそのまま俺の隣に腰掛ける。
何がしたいんだこいつは。
嫌がらせか、それとも当てつけか。
いい加減イラっとしたので文句の一つでも言ってやりたいが、相変わらずこっちを一瞥することもなく正面を向いているのでまたシカトされるんじゃないかと思うといよいよブチ切れてしまいそうなのでそれも少々躊躇ってしまう。
ならどうしたものかとムカムカしながら考えていると、不意にバンダーの方が口を開いた。
「まだ、あの日のことが気に食わないか?」
あの日のこと。
それはすなわち、かつて共に化け物の巣窟に乗り込んだ日の話だ。
まさかこいつの方からその話題を持ち出してくるとは……何を考えてやがる。
「別に……あんたを恨んじゃいないさ。あれはこの世界の常識ってもんに疎い俺が招いたことだ、誰が悪いって話をするならそれは他ならぬ俺自身だよ。でも……だからってあいつが迫害されることまで仕方がないの一言で納得する気はない。一族がどうとか過去がどうだかなんて知らん、あいつは俺の友達なんだ」
「そうか……まあ、お前にも色々あるんだろうな。何となくだが、それは分かるつもりだ」
「あの場限りの話にしてくれたことに関しては感謝してるよ。そうじゃなきゃ今頃俺達は牢の中だったんだろ? やろうと思えばあんたにはそれが出来たはずだもんな」
「ま、お前さんが国王云々と口にしていたからな。慎重になるべきだと思っただけだ。あの後村人達を宥めたのも、俺が責任を持って報告し対処させると言いくるめて引き下がらせたのも余計な事に首を突っ込んで墓穴を掘るぐらいなら見なかったことにしたほうがいいかと思っただけさ。別にお前さん達のことを思ってそうしたわけじゃない」
「例えそうだとしても、こっちが助かってることに違いはないだろ」
「なら礼の代わりに教えてくれ、あの娘を呼んだのは国王の指示なのか?」
「違うよ、元々あの花を入手してくれって頼まれたのは俺個人だ。だけど一人じゃどうしようもなさそうだったから俺があいつに手伝ってくれねえかって頼んだんだ」
「ふぅ……友達、か。ならこれ以上俺から言うことはねえ、他言もしねえ代わりに庇いもしない。そしてこの話題もこれっきり口にせず互いにあの日のことは忘れる。それでいいだろう。俺だって厄介事は御免だ、これが精一杯の情けだと思ってくれ」
「……分かった、感謝しとくよ」
男と男の裸の付き合い。
というと何だかアーッな表現ではあるが、そういうわけで俺とバンダーは一応の和解をした。