【第四話】 今日から俺が管理人・・・らしい
1/17 台詞部分以外の「」を『』に統一
「なんか……思ってたのと違う」
王都とかいう大きな町を離れて森の中へと引き返した俺とリリは間もなくして俺の仮住まいであり職場となる予定の建物へと到着した。
森の向こうにはカルネッタという小さな村だか町だかがあるということで、住所的には王都とその町の間にある巨大な森の隅っこにあるということらしく、森を抜ける気満々でいた俺の予想に反して目的地は森の中だった。
職業斡旋所で紹介してもらった風蓮荘だかほうれん草だかいう建物だ。
広い森なので位置的には多少違っているが、辿り着いた先は勿論のこと俺が目覚めた森のことである。
桜井悠希とリリアーヌ・シェスティリー。二人の少年少女が運命的な出会いを果たした、空気の澄んだとても綺麗な森だ。
「……何を恋愛小説みたいなモノローグ入れてるんですか」
「心を読むな。ていうか、んなことより俺の率直な感想に対して何かないわけ?」
「だから言ったじゃないですか、そんなにいいものじゃないって。今の管理人のおばあちゃんは結構前から後継ぎを捜していたんです。まさか斡旋所に委託しているだなんて思ってもいませんでしたけど、どちらにしても聞いたままの楽な仕事だったら引き受け手がいないまま残ってるわけないんですから」
「そうかもしれねえけど、それにしたってこれは……」
改めて、目の前に建つ木造の建物を見渡してみる。
自分でも言ったことだが、本当に一昔前のボロアパートそのままである。
二階建てで、だけどそんなに広くなくて、見るからに老朽化が酷くて、このご時世にこんな建物が存在しているだけではなくそこで暮らしている人間が存在することに驚くレベルだ。
当然ながらそれは日本基準での話であって、携帯電話どころかパソコンや車の存在すら全く分からないらしいリリの反応を見るにこの国の文明の発達具合というか文化水準というか、そういうものを考えるとこのぐらいは普通のことなのかもしれない。
今になって思い返してみると王都でも一つも機械的な物を見かけなかったもんな……もうほんと俺の知らない国なのか地球のどこかですらないのかはっきりしてくれよマジで。
「引き受けてしまったものは仕方ないですし、他に選びようもなかったんですから仕事と住む場所が見つかっただけ良しとしましょう」
「そうだな……住めば都って言うし、野宿や野垂れ死によりゃマシか」
「そうですそうです、人間前向きに生きていればきっと良いことがあるんですから。さ、管理人さんのところに行きましょう」
そう言ってリリは入り口の両開きタイプの扉を開いて中へと入っていく。
なんだか前途多難が解消されるどころかその要素が増しただけな気がしないでもないが、ここにきてボロいから嫌だといってどうにかなるわけでも何かが解決するわけでもない。
半ば強引に自分に言い聞かせ、リリの後に続いて風蓮荘なるボロアパートに足を踏み入れると内部は内部で中々に想像通りだった。
事前のリリの情報通り、入ってすぐの廊下を進んだところには共有スペースなのかキッチンとダイニングテーブルが置いてある決して広くはない空間があって、さらに奥に進んだ先には扉が二つ並んでいる。
察するにあれが個室なのだろう。その間隔の短さたるや部屋の狭さを象徴しているが如しだし、確かに廊下は歩いただけでギシギシと音を立てるわ、ダイニングスペースの傍にはいかにも共同っぽいバスルームの扉が見えているわと優雅な生活とは程遠い環境であることが一目で分かってしまう残念さだった。
天井には電球ではなく何かピンポン球ぐらいの大きさの謎の球体がぶら下がっていて、それが光りを放っているのだが至近距離で見てもこれが何なのか一切分からん。
しかもキッチンはあるのに冷蔵庫が無いし、その代わりなのか脇にはどういう用途かも分からないバランスボールみたいなゴム製っぽい巨大な球体が二段重ねで置いてある。
更にはシンクの横のガステーブルがあるべき位置にはクッキングヒーターっぽい薄い鉄製の何かがあるのだが、明らかにコンセントが無いしと目に入る物のほとんどが意味不明だった。
俺が無知なだけなのか、この国独自の文明でもあるのか。
どうしてもそのどちらかであってくれと願って止まない俺だったが、いい加減そうやって自分を誤魔化して無理矢理否定するのも限界を迎えつつある気がする。
そんなことを考えながらリリに言われた通りダイニングチェアに座ったままキョロキョロと辺りを見回していると、そのリリが戻ってきた。
管理人さんを呼んできますと言っていた通り、後ろには腰の曲がったおばあさんを連れている。
おばあさんは俺を見るなり、にこりと笑った。
「お待たせしてごめんなさいねぇ」
「あ、いえ、お構いなく」
俺も慌てて立ち上がり、穏やかさ優しさが見た目から分かる背の低いおばあさんにペコリと頭を下げる。
「どうぞお座りになって。先に飲み物を用意しますね」
「飯食ってきたばっかなんで大丈夫ッス」
「そう? じゃあさっそくお話に移った方がいいのかしら」
「全然詳しい話とか聞けてないんで、出来ればその方向でお願いしゃす」
言うと、おばあさんが正面に座り何故かリリは俺の横に座った。
お前の立ち位置ってこっち側なの?
なんかこれ結婚の挨拶に来たみたいな感じになってね? やっぱ俺リリに養ってもらおうかな。
「桜井さん、だったわね」
馬鹿なことを考えている間に話が始まる。
おばあさんはテーブルの上に数枚の紙を置き、真っ直ぐに俺を見た。
「はい、桜井です。桜井悠希」
「引き受けてくれる人が見つかったって連絡もらった時はびっくりしちゃったわ。ずっと探していたんだけど中々見つからなくて心配していたのよ。それもリリちゃんの知り合いだっていうし、これで私も安心して隠居出来るわ」
「はぁ……」
とても嬉しそうにしているおばあさんを見ると散々文句言ってたのが申し訳なくなってくる。
のだが、それよりも連絡って電話もねえのにどうやってしたんだろう? ということの方が気になって仕方がなかった。
「詳しいことはこれを見てもらえるかしら? 条件諸々が書いてあって、これを承諾していただけるなら是非桜井さんにこの風蓮荘をお任せしたいと考えているから前向きに検討してくださると嬉しいわ」
手渡された用紙を見てみると、なるほど確かに色々と条件が箇条書きしてある紙があって後ろには誓約書と書かれた用紙がある。
なぜ外国だか異世界だかという環境にあって俺にも文字が読めるのだろうかという疑問は、そもそも会話が成立している時点で気付よという己へのツッコミへ変わったところで飲み込んでおいた。
まず条件云々に目を通していく。
難しい言い回しも多少混じっているが、要約するとこんなところだ。
・やむを得ない理由がある場合を除き取り壊したり下宿荘以外の施設への変更をしない。
・第三者から見て正当性が認められる理由がなければ住人を追い出したりしない。
・賃料の値上げをしない。
・管理人としてこの建物で他の住人と混ざってここで生活する。
・管理人を辞める場合は同条件を承諾してくれる者に引き継いだ上で辞めること。
・住人からの家賃を収入としてよいこと。
まあ、概ねは普通に考えれば当然の条件であるように思う。
ただ驚くべきは住人からの家賃全額が俺の懐に入るということ。
そして、管理人として雇われるのではなく、誓約書にサインし上記の条件を破らない限りこの建物の所有権が俺に移るという点だった。
念のためリリにも用紙に目を通してもらい、のちに何か俺に責任や問題が降り懸かるような内容ではないかを確認して貰うと『問題なさそうです』という言葉を受けて俺は『これらの条件を守ります』という誓約書にサインした。
サイン一つでアパート貰うとか正直意味が分からないし、なんか軽率なことをしている気になって不安になってくるが、サインしないとなれば俺は即ホームレスなのだ。
おばあさんのそのまたおばあさんから受け継いできた大事な建物なのだと感慨深く語る姿はとても印象的で、人を騙したりするような人間だなんて思えないしここは信じておくほかあるまい。
そんなこんなで職探しを開始してから一時間足らずで俺はボロアパートの管理人になり、更にはアパートの所有者となってしまった。
トントン拍子に進みすぎて若干頭が事態に追い付いていないが、それから少し雑談などをし、生活するにあたっての注意事項や詳しい事情などは現住人であるリリが教えてくれるということなので話を早めに切り上げると二人で外までおばあさんを見送ることに。
おばあさんはもう管理人用の部屋には住んでいないらしく、今すぐにでも使える状態にしてあるとのことだ。
さらに俺にとっては滅茶苦茶ありがたいことに、別れ際にお金をくれた。
「新しい生活には色々と必要になるでしょう」
と、渡された封筒に入っていた札の束は三十枚を数え、それすなわち三十万ディールということだ。
10000ディールと書かれた白い札が三十枚で、紙幣の真ん中には誰とも分からん王冠をかぶったおっさんの絵が描かれていた。
そして、これは話の流れで知った事実なのだが住人はリリを含め若い女の子ばかりが四人らしい。
女の子四人と半共同生活とか楽園じゃね? と一瞬浮かれそうになったが、付け加えられた説明がそんな幻想を容易く打ち消してしまうどころか絶大なる不安を抱かせたことが微妙な心持ちにさせる。
家賃は三十日ごとに二万ディールで、つまりは俺の得る収入は月に八万ディールということになる。そういう話だ。
住む場所と飲み食いするための収入こそどうにかなりそうだが、そんなんでは自力で三千万貯めるなんて夢の又夢となりそうだ。
というか……それしかなかったから喜んで紹介してもらったけど、辞めようにも自分で代わりを探さないといけないことを含め時間も立場も帰る方法が見つかるまでの緊急措置という前提から逸脱して迷走し始めている気がしてならない。
まあ、他に選択肢がない以上は背に腹は代えられないし最低限の環境を確保したということで納得するしかないんだけど……。
いざとなったらリリを跡継ぎにして逃げよう。
そんなことを密かに決意して、おばあさんの姿が見えなくなるのを待ってリリと二人でボロアパートへと戻るのだった。