【第四十六話】 セレブの品格
そうしてホットリバーを出た俺とフィーナさんはしばし真っ昼間の町中を歩いていく。
よく考えるとどこに行くのかも聞いていなかったわけだが、なんだかどんどん人通りや建物が少なくなってきて不安になってくるんだけど。
「なあフィーナさん」
道中特に会話もなく『何か騙されてヤバイ場所に連れて行かれんじゃね?』とか若干思い始めてきたので溜まらず後ろから声を掛けてみた。
全然関係無い話だけど、女の人のうなじって見てるだけで興奮するよね。
「ん? 何かしら」
フィーナさんは特に不自然な感じもなく、きょとんとした顔で振り返る。
まあ完全に無人というわけでもないので大丈夫だとは思うんだけど一応ね。
あとせっかくだからお喋りしながら仲を深めたいという下心もゼロではない。というかほぼそれしかない。
「これってどこに向かってんの?」
「私の家だけれど?」
「……マジですか」
何それ緊張しちゃう。
「極力は他の人に聞かれたくない話なのよね。といっても遠くまで行こうというわけじゃないわ、もう見えてきているもの」
ほら。
と、指差す先に見えるのは様々な店が並ぶ繁華街や飲食店が多い裏通りからは隔絶された雰囲気を持つ広く静かな住宅地の傍にポツンと立つ一軒の屋敷だった。
立派な塀に覆われ、広い庭の奥にあるのは風蓮荘とは比べものにならない立派な二階建ての建物である。
「でかっ!」
何だあの豪邸は。
この王都ではちょいちょいあんな感じのセレブリティー溢れる家を見ることもあるのだが、ああいうのは他所に領地を持っている貴族だとか山ほど税金収めている商人ぐらいしか住めないって教えてもらったのに……国で一番の魔法使いともなればそんなレベルの良い暮らしが出来るのか。
同じ魔女でもリリとは雲泥の差だなおい。
この世界の基準で考えて年収どんぐらいあればあんな家に住めるんだろう。
「はい、一旦ストップ」
半ば愕然としながらそのままフィーナさん宅へと近付いていく。
その入り口である鉄製のがっしりした門まで目と鼻の先まで来たその時、不意にフィーナさんが立ち止まった。
釣られて足を止めると理由を説明されるでもなく、横にいるフィーナさんは目を閉じ聞き取れないぐらいの小さな声でボソボソと何かを呟いている。
何やってんだ?
そんな疑問を口にしようとするも、急に目の前がピカッと光ったことに驚いてしまったせいでどこかへいってしまう。
「な、何今の!?」
「ん? ああ、驚かせてしまったかしら。ごめんなさいね、魔法陣を一時的に解除しただけだから気にしなくていいわよ」
「……魔法陣?」
「ええ、この家には侵入者避けの結界が張ってあるの。中からは通過出来るけど外から勝手に入ろうとするともの凄~い爆発音が鳴り続けるからすぐに人が飛んでくるってわけ。勿論、そうなれば音が届かなくても私は把握出来るようになっているしね」
「へ~、防犯対策みたいなもんか」
「そんなところね。自分で言うのも何だけど、これでもそこそこは有名人だから金銭や貴重なアイテムなり魔導書を狙ってくる泥棒がいたり軽々しく仕事を頼もうと押し掛けて来る連中が多くて迷惑してきたのよ」
「前者はともかく、後者はいいことなんじゃないの? 仕事を貰えるってのはさ」
うちの連中なんて毎日必死に仕事探してんだぞ。
俺も含め、なので偉そうなことは言えないんだけど。
「私じゃなくても出来るような安い仕事をコツコツやるのは性に合わないもの。平民が持ち込んでくる仕事なんてどれだけ話し合っても金額に折り合いがつかないしね。単価の高い仕事をたまーにやって、そのお金を使ってお酒やギャンブルと共に過ごす悠々自適な生活スタイルが気に入ってるの。ほら、私ってお高いから」
ふふふ、と。
冗談めかした微笑を湛えてはいるが、どこまでが本気なのやら。
うん、ほぼ全部ほんとにそう思ってそうだな。
言い方を変えれば貧乏人は客じゃない、みたいな意味にも聞こえるけど……選ぶ権利があるというのも地位と名声を得た者だから許されるものの一つってことになるんだろうな。
何という格差社会。
とか思うと少々げんなりしてしまうが、当のフィーナさんは特に悪びれる様子もなくそのまま門を開いて中に入って行ってしまったので慌てて後を追い掛ける。
緑や彩り溢れる洒落た庭の真ん中を通って屋敷の扉を開くと、玄関には二人のメイドさんが立っていた。
「おかえりなさいませお嬢様」
「ようこそお越し下さいましたお客様」
二十歳そこらと思われる白黒のゴシック風メイド服に身を包んだ二人はピタリと揃った丁重な所作で深々と頭を下げる。
やっぱメイドさんとかいるんだなぁ、いいなぁ。
単なるメイド風の衣装ならうちにもリリってのがいるんだけど……うん、色々と残念な子なんだ。
魔法使いとして、どころかメイドと比較しても勝ち目ないって将来が心配になるわ。
しかしまあ、こうもセレブ感を醸し出されたとあっては俺にしてみりゃ望むのは独身であることだけだ。
これでイケメンの旦那がいるとか言われたらソッコーで帰る。
「仕事の話をするからすぐにお茶の用意を」
「かしこまりました」
といった主従の遣り取りを経て、俺は奥の応接間に通される。
これまた広くゆったりとしたスペースに高そうな絨毯、高そうなテーブル、高そうなソファー、そして暖炉があったり観葉植物みたいなのがあったりと何だかもう庶民の暮らしとは程遠い空間に無駄に緊張しちゃって正直居心地はあまりよろしくない。
どうぞ、とフィーナさんが言ってくれたのを合図に二人が膝の高さ程のテーブルを挟み向かい合って腰を下ろした。
すぐにメイドさんがそれぞれの前に紅茶とクッキーみたいなお茶請けの焼き菓子を置き、ペコリと頭を下げて部屋から出て行く。
フィーナさんは湯気と共に良い香りが漂うカップに口を付け、ふぅと一息吐いてようやく本題を口にした。
「少し前にとある依頼を受けたの。手間暇やリスクを考えるとちょっとどうかなって思いつつもギャラはいいものだから迷っていたんだけれど、あなたが持っているあれを使えばとっても楽だし時間も掛けずに済むのよ。そういう意味での勧誘だと思ってくれればいいわ」
「なるほど……ちなみに、その仕事の内容は?」
「ジェノアス監獄は知ってるわよね?」
「いや……正直分かんないッス」
「あら、この国で一番大きな監獄を知らないというのもおかしな気がするけど……まあいいわ。それがオルポート地方にあって、そこに収監されているとある囚人に届け物をして欲しい、という依頼が秘密裏に舞い込んできてね。でもその一帯は要塞だとか軍部の演習場があったり採掘場があったりと国が管理している施設が固まっているせいで一般人は許可無く関所を通り抜けることが出来ないようになっているの」
「それは、王国一のあんたでも?」
「勿論、正当な理由があれば申請を行った上で許可を得ることも出来るのだけど、その許可が下りるまでに時間が掛かる上にお金も払わなければいけないわ。経費なんて払い戻してもらえそうにないし、勿体ないでしょう?」
「ああ……そうですか」
そこはケチるんだ……一千万貰えるのに。
いや、あくまで成功報酬であって確約されたギャラではないと考えると当然なのか?
「まあ、そういった理由もあるにはあるのだけれど、躊躇っていた一番の理由は別にあてってね。ただの差し入れに大枚はたいて私を雇うというのは流石に不自然に思われるし、目立ってしまうでしょう? 囚人に関わりのある人間なんてロクなものじゃないでしょうし、私の名前を使って申請して余計な勘ぐりをされるのが嫌だったのよ」
「なるほどねぇ……でも、だったらどうするんだ?」
「そこであなたの持っている許可証が役に立つ、というわけ。宮殿に入れるのなら直接国王なり大臣や聖騎士団のお偉いさんに交渉して通行許可証をもらってきて欲しいのよ。あなたなら名が知れているわけでもないし、国王と顔見知りならある程度の信頼もあるでしょうから」
「やってみる分には別に構わないけどさ、どういう理由でその許可証をくれって言えばいいんだ?」
「手紙を届けたい、という依頼を受けたと伝えれば問題ないでしょう。その偽物の手紙は私が用意するわ。一応は中身を改められるでしょうから怪しまれないような文面でね」
「うーん……」
何だか上手く使われているような気がしないでもないけど……闘うことや知識で役に立たない俺をビジネスパートナーに選ぶ理由がそこにあるのなら仕方がないとも思う。
まさかこんな使い方をする時が来るなんて考えもしなかったけど、この世界の在り方に従いこの世界のやり方に従って自分の力で何かを成し遂げなければならないのなら、臆しているだけでは駄目だってことだ。
何よりも引き受ければ二百五十万……背に腹は代えられない、か。
「確認するけど、引き受けてあんたの仕事を手伝えば二百五十万くれるんだよな?」
「ええ、約束するわ」
「ついでにもう一個、ていうかこれが一番大事なんだけど……危ない仕事じゃない?」
「預かった物を指定の場所に届ける、依頼内容はそれだけよ。道中で何があるかまでは予測出来ない部分もあるけれど、説明した以上のことは何もないし物を届ける仕事に違法性もない。それは確かね」
「おっけー……その話、乗るよ」
「そう言ってくれて嬉しいわ。お互い早く終わらせるに越したことはないでしょうし、可能なら夕方に出発するとしましょうか。そうすれば明日の昼には到着するし、今日明日で終わるのなら願ってもないわ。勿論許可証が受け取れたら、という前提ではあるけれど、それも含めあなた側の結果待ちということになるかしらね」
「分かった、じゃあ俺は取り敢えず宮殿に行ってみて、一旦ここに戻ってくるってことでいいかな」
「ええ、どうあれそこからね。駄目だったら駄目だったで依頼を断ることも含めてその時に考えるとしましょう」
そう言ってフィーナさんは偽装工作のための手紙を用意するべく羊皮紙と羽根ペンを持ってきた。
何だかそう表現してしまうと悪いことをしようとしているみたいで不安もあるが、地位や名声を持つこの人が暗愚にも犯罪に手を貸したりはしないだろう。
謂わば楽をするためにズルをする、みたいな感じか。
まだ全然この先にどういう展開が待っているのかなんて想像も出来ないけど、こうして俺はこの国で最強の魔法使いであるフィーナさんの仕事を手伝うことになった。