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【第四十四話】 大金持ちに俺はなる!!



 起きがけの頬に涙が伝っていた。

 悲しい夢を見たわけではない。

 見ていたのはただ何気ない日常の夢、その中に出てきた両親の顔が無性に懐かしく思えた。

 目を覚ました瞬間まで泣いていた自覚なんてなかったけど、指先で拭った冷たい感触が今一度その光景を思い起こさせ、それが無意識に涙を流すほどのものであったことに自分自身で驚いてしまう。

 元々が寮暮らしの身だ。

 普通の家庭と違って毎日顔を合わせるわけでもなかった。

 だけど……この世界でそろそろ日数も定かではなくなってくるぐらいの時間を過ごして、考えたくはないがこのまま帰れなくなってしまうようなことになったら、それは意味を同じくして二度と父さんや母さんに会えなくなるということ。

 そう考えると無性に心が痛んで、今すぐにでも実家に帰りたくなって、そんな風に思えば思うほどに焦燥感は増していく。

「はぁ……ちょっと危機感が無くなってきちゃってたな。ここでの生活と帰るための資金集め、それを両立させないと」

 暇を持て余すばかりの怠けた生活は出来る限り改善しよう。

 朝からそんな決意を胸にまた新たな一日が始まった。

 体を起こすと枕元にはいつの間にか充電切れになったスマホが無造作に転がっている。

「コイツが使えりゃ何かの役に立つかもしれないのになぁ……」

 武器も魔法も使えない俺はこの世界ではクソニート以下の扱いを受けている。

 主に委員長にだけだが……そんなもん日本人の俺に使えるわけねえだろ、と言いたいこと山の如しだっつの。

 ま、悩んでてもしゃーねえ。こういう時は行動あるのみだ。

「よっし、やるか」

 自らを鼓舞させるための声を発しつつベッドから飛び起きると、その前に洗濯やら何やらが待っていることにげんなりしながらダイニングへと向かう。

 朝飯なににすっかなーとか考えていると、丁度入れ違いに出てきたレオナと鉢合わせた。

 今日は普通に仕事の日らしく、いつもの騎士っぽい格好いい服装をしている。

「あら悠希、おはよ。昨日は世話掛けたわね」

「おう、おはよ。もう大丈夫なのか?」

「ええ、大体一日寝てれば治るしね」

「そりゃよかった。もう仕事行くのか?」

「今日は朝から会議があるから早いのよ。あ、そうだ。丁度良かったわ」

「何が?」

「一昨日帰ったら渡そうと思ってたんだけど酔っぱらってそれどころじゃなかったからさ。はいこれ」

 レオナが懐から取り出し、差し出してきたのはキャッシュカード程のサイズと薄さの金属プレートみたいな物だった。

 何やらごちゃごちゃと文字が並んでいて、右下には認印みたいな文字なのか模様なのか分からんような印が彫られている。

「……何これ?」

「忘れたの? 陛下の難題をこなしたら宮殿の通行許可証を貰うって話になってたでしょ、それがこれ」

「ああ……完全に忘れてたわ」

「アンタの名前も彫ってあるし、他の誰かが使ったらその場で取り押さえられるようになってはいるけど間違っても無くしたりするんじゃないわよ」

「お、おう。サンキュ、これがあれば多少は役に立つかもしれねえしこっちとしても丁度良かったよ」

「はあ? アンタまだ姫様のこと諦めてなかったわけ?」

「ちげえよ、資金繰りの話だ。本来の目的を忘れてここに馴染んじまってたからな、ぶっちゃけいつまでも管理人やってる場合じゃねえんだよ……」

「ふ~ん、何だか切羽詰まってる感じ?」

「そこまで大袈裟なもんでもないけどな、ただちょっと意識改革というか現状に甘えてちゃ駄目だなって思い直しただけだ」

「ならいいけど、そっちも無茶はしないようにしなさいよ。アンタ馬鹿だから考え無しなことばっかするし、リリやマリアが悲しむようなことしたらシメるからね」

 それじゃ、あたしは行くから。

 と一言残してレオナは玄関に向かっていく。

 誰が馬鹿だコノヤローと反論しそうになったけど結構後先考えずに馬鹿やっちゃってるだけに言い返せない。

 なんだか負けた気になって悔しくなってくるが、ムキになっても仕方ないのでここはグッと我慢。俺も大人になったもんだ。

 これも見知らぬ土地で波瀾万丈の毎日を送っているからかな。うん、関係ないよね。

「はぁ……俺も行くか」

 もう飯は帰ってからにしよう。

 いざ仕事を求めて!

 ……とまあ無理矢理テンションを上げつつ、俺も『村人の服』的な服に着替え王都に向かうのだった。


          ☆


 風蓮荘を出てから一時間ほどが経った頃。

 町をとぼとぼと歩く俺は途方に暮れていた。

 意気揚々と王都まで来たはいいが、金を稼ぐアテなんてものはリリやソフィーがそうしているように職業斡旋所に頼るしかないわけで。

 例によって部屋に通されるなり現れた委員長と面会してきたのだが……その結果、何一つ仕事を紹介してもらえませんでした。

 そりゃ俺なんて何の取り柄もない学生だけどさ、そこそこは怖い思いして化け物やら幽霊やらとご対面してきたわけじゃん?

 そういう経験とかをアピールすれば簡単な仕事ぐらい貰えると思うじゃん?

 まさか早々に追い出されるとは誤算もいいところだ。

 もうリリのこと馬鹿に出来ねえ……なぜなら俺もニートだから。

 いや、ボロアパートの管理人ではあるんだけど。

 あるんだけど他人様に言わせりゃ大差ないんだね。

 日本じゃ家賃収入があるってだけで人生勝ち組なんだぞコノヤロー。

 なのにあの委員長の『冷やかしに来たのですか?』とでも言いたげな蔑みの目ときたら……人間不信になるわ。

「ん? あれは……」

 もうヤケクソだ。

 どっかで美味い飯食って帰る!!

 と、愚かにも開き直ってどの店がいいかなーと王都において最も活気がある大通りをうろついていた時。

 一つ向こうの角を歩く見覚えのある人影が目に入る。

 二十歳そこらの若く、いかにも魔法使いっぽいローブでありながらリリのとは違って白くて格好いいながらもお洒落さも兼ね備え、背中も肩口や胸元もぱっくり開いたエロい服装の一人の女性。

 それすなわち俺が最初にこの世界に来た日、リリと一緒に日本に帰らせてくれる人物だとして二人で会いに行ったこの国で一番の凄腕魔法使いであるらしいナイスバディーなお姉さんだ。

 名前はえーっと……まあ、そのうち思い出すだろう。

 ここで会ったが百年目、もう一回『転送魔法』とやらを値引きしてもらうとか分割払いにしてもらえるように頼んでみるか?

 いや……それが出来るなら前回会った時にそうしてるって話だし、リリ曰く金に汚い人物ということなのでそれは難しいだろう。

 そもそも三千万なんて果てしない額を少々割引してもらったところで何が変わるんだよって感じだしな。

「……そうだ」

 金の件がどうにもならないとしても、それだけの風評を得るだけの魔法の腕を持つ人物であれば今俺が抱える『無力』という問題を解決してくれる可能性があるのではなかろうか。

 魔法が使えないのは当然だとしても、日本から来た俺だからこそ使える武器があるはずじゃないか。

 今は機能しないそれ(、、)を、魔法の力でどうにかすることが出来るのだとしたら。

 俺だって何の長所や取り柄も無い管理人ニート、略して管理ニートからの脱却だって夢じゃないのではなかろうか。

「……よし」

 その可能性が少しでもあるなら、何かを変えるきっかけになるかもしれないなら、躊躇う理由はない。

 物は試しだ、当たって砕けろ。

 己に言い聞かせるように二度三度と心の中で繰り返し、俺はその人物の後を追うことを決めた。


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