【第三十六話】 ハンター×バンダー
そんなわけで、俺とマリアの異色タッグは空の旅を謳歌していた。
謳歌というのも少し……いや、全然違うか。
だって普通にこえぇもん。
優雅さの欠片もなければ見晴らしの良い上空からの長めを堪能する余裕もないもの。
考えてみ?
高さ十数メートルを飛んでるんだぜ?
それも肩に乗るサイズの鳥が運ぶカゴに乗ってる状態で。
不安しかねえよ。いくらポンが重さを感じないとか言われたって、それだけで安心なんて出来ないって。
いつ落ちるんじゃねえかとヒヤヒヤしっぱなしだよマジで。
なんだよ重さを感じないって。冷静になってみると意味不明過ぎるだろ。
「……Zzz」
恐怖と戦う俺の苦悩も何の其の。マリアは普通に三角座りをしたまま寝息を立てている。
いやゼットゼットゼットじゃねえよ!
俺に構って!?
お喋りとかして気を紛らわさないと俺泣いちゃうよ!?
とは言えないよなぁ……流石に情けないにも程がある。
しかしまあ、方角さえ指示すればその通りに飛んでくれるのだから相変わらずポンは鳥のくせに賢い奴だ。
最近では俺に飯をねだりに来るぐらいだしな。
俺の言うこともちゃんと聞くし、取り敢えず話し掛ければホーが帰ってくるし。
いや、それが了承の返事かどうかは例によって全く分からんけども。
「……ポン」
寂しいので頭上でバサバサやってるポンに話し掛ける哀れな俺。
『ホー?』
「あとどんぐらいで到着するんだ?」
『ホー、ホー』
「…………そうか」
こんな感じである……微塵も分からん。
それでも無言で遠くにある地面を眺めているよりはマシかと、ちょいちょいポンに話し掛けながら空の旅は続いていく。
目的地であるらしい村に到着したのは、恐らく二、三時間は経ってからのことだった。
田んぼが多く、閑散としてはいるが家屋も意外と数がある。
ひとまずマリアを起こし、たまたま目の前で家から出てきたじいさんに家の横にカゴを置かせて貰えるように頼み、そしてポンには適当に散歩して来いと申しつけて冒険の準備は完了だ。
うん、マリアの食事が終われば、の話だけどね。
「…………」
場所は近くにあった定食屋みたいな飯屋。
隣で十にも及ぶ山盛りの肉やら野菜やら果物やらの皿を平らげているマリアにドン引きするしかない。
黙々と、バキュームの如く次々と吸い込まれていく料理は五分と持たず半分にまで量を減らしている。
毎回言ってる気がするけど、その細い体のどこにそんだけの食い物が入っていくんだろうね。
元々食後間もなくだったこともあって何も食ってない俺が見てるだけで気持ち悪くなってくるわ。
「お腹…………空いた」
と、腹を鳴らしながら言われては飯ぐらい奢るしかなかろう。
俺の都合で引っ張り出してるわけだし、それぐらいは必要経費だ。
「奢るのはいいんだけどよ、これから一仕事あるわけだし俺三万しか持ってないからそれ以上のおかわりは勘弁してくれ」
「…………(コク)」
分かってくれて何より。
この勢いだとまだ足りないとか言い出しそうだし、それ以前に腹一杯になったから寝るとか言われたら絶望しかないからな。
あと飯中ぐらい仮面取れ仮面。行儀悪いだろ、うちの実家だったら母ちゃんに鉄拳制裁カマされるぞ。
「ヘイ、そこのお二人さん」
げんなりしていると、ふとマリアとは反対側からそんな声がした。
俺達はカウンター席に並んで座っている。
右がマリア、声は左からだ。
体を逆に向けると、隣の椅子には若い男が座っていた。
座っていたというか、今まさに腰を下ろしたといった風ではあったが、どうやら今し方の言葉は俺達に向けられたものだったらしく男はこちらを見ている。
歳は二十歳そこらだろうか、茶髪にロン毛という一見チャラそうな男だ。
腰には日本刀……なんて存在しないのだろうが、そんな感じのやけに長細い剣が鞘に収まった状態で結びつけられており、胸部には銀色の鎧みたいなのを纏っている。
目が合うと、男は無駄に爽やかな笑顔が向けてきた。
「見たところおたく等民間人じゃねえな。俺と同じフリーの戦士か? いや、二人組ってのを考えると賞金稼ぎか、さしずめクルーとかギルド参加者ってところか」
チャラ男は片手に持った酒瓶をユラユラさせながら俺に対してそんなことを言った。
ちなみにマリアは微塵も興味が無いのかガン無視で食う手を止めようともしないし男を見ようともしない。
「いや、全然違うけど……」
「おっと、こりゃ早とちりしたかな。だが、俺の目はごまかせねえぜ? そっちのレディーはかなりの凄腕と見た」
絡み辛ぇなあ……酔っぱらってんのか?
「あんた……地元の人?」
「いいや、ちょっとした依頼で来た余所者さ。ちなみに俺も超つえぇ。リック・バンダー、ハンターをしている」
やはり無駄な爽やかな笑みを浮かべると、男は空いている手を差し出してくる。
突っぱねるのもどうかと素直に握手を交わすと、リック・バンダーと名乗る男は満足げにニヤついていた。
ていうか、
「ハンター……か」
やっぱそういうのもいるんだな。
見た目がそれっぽい奴は王都とかで結構見たけども。
「俺を知る者はこう呼ぶ、ハンター・バンダーと」
「HUNTER×HUNTERみたいに言うな。パクり芸人か」
ドヤ顔で何言ってんだコイツ。
「で、結局の所おたく等は何者なんだ? これでもそっちはいつ名乗ってくれるかと待ってるんだぜ?」
「ああ、俺は桜井悠希ってんだ。悠希ってみんな呼んでるからそう呼んでくれたらいいや。で、こっちの飯食うことしか頭に無い月光仮面はマリアだ」
「ユウキにマリアか、オーケー覚えた。言い名前だ」
「…………」
いちいちウゼぇんだけど。
何なのその芝居がかった喋り口調は。イラっとするからやめてくんないかな。
「これは単なる興味本位なんだが、この村に来た目的は? 観光ってわけじゃあないんだろう?」
「うーん……」
そう言われても、どうしたものか。
まあ隠さないといけない理由もないし、ウザくても経験値は豊富そうだ。
少しでも情報を得られるならラッキーと考えるべき、か。
そんなわけで俺はここに来た理由を掻い摘んで説明することにした。
ちょっとした事情で王様と食事を共にしたこと。
その流れで(勿論王女とお近付きになるためとは言わない)王様から【月光花】を取ってきて欲しいと頼まれたこと。
そのために【黒霧谷】に行こうとしていること。
といった辺りだ。
「こいつは驚きだ」
パクり野郎はこれまた大袈裟に、お手上げのポーズでそんなことを言った。
ハンターから見てもやっぱり危険なのか……と思ったのだが、どうやらそれだけではないらしい。
「実は俺も全く同じ理由でこの村にやってきたのさ」
「え、マジ?」
「ああ。つっても、俺の方は正式に依頼人と契約した歴としたお仕事だがな」
「へぇ、でも危険度相当高いんだろ? そんな仕事を受けるってことはバンダーさん? でいいのか? はそれ相応の実力者ってことなんだな」
「だから最初に言ったろ、俺はスーパー強えぇ。危険が増すほどギャラもいいからな」
「ふーん」
「とはいえ、だ。この俺様とて楽な仕事とは思っちゃいねえんだ。合縁奇縁、これも巡り合わせってことでどうだい、ここは一つ共同戦線といかねえか?」
「えぇぇ……」
嫌だなー。
腕前云々は無関係に道中ずっとこいつの相手すんのが。
「こりゃ意外な反応をしてくれるじゃないか少年。むしろそちらさんのメリットの方が多いと思っての良心的な提案なんだぜ?」
それだよ、それ。
それがウザいから嫌だっつってんの俺は。
「なんとなくだけど、なんかあんたいざとなったら簡単に裏切りそうなタイプじゃん」
「アホ言え、こう見えても仕事はきっちりこなすタチだぜ俺ぁ。それに別件だが俺は黒霧谷にゃ前に一度来てる。道案内も出来るし、勿論魔物だって俺とそっちのレディーがいりゃどうにかなるだろう。俺にとっても嬢ちゃんの強さをアテにすりゃ何倍も楽になるだろうし、何より国王陛下絡みと聞いちまったら何らかの関係を持っておくのも今後の俺にとって悪くねえ。まさに両者両得ってわけだ」
「まあ……」
確かに、今の俺達にはどちらも必要なものだ。
道案内然り、純粋な強さ然り。
これが単なる好意での申し出なら怪しく思う警戒心の方が勝るのだろうが、今言ったようにあっちもあっちで得る物があっての相互利益のだめだと言われれば理屈も分からんでもない。
「ま、ここは折れておくが吉だな。分かった、一緒に行こうぜ」
「ナイス判断だ。そうと決まれば早いところ出発するとしよう、日が暮れると少々厄介だ」
「了解。マリアもそういうことになっちまったけど、食い終わったなら行くか」
いつの間にか全ての皿を綺麗にしていたマリアも異論はないらしく、いつも通り無言でコクリと頷いた。
「てことで支払いはよろしく、バンダーさん」
「ハハハ、冗談キツいぜボーイ&ガール。なにゆえ俺に支払いが回ってくるんだ」
「あんたはギャラ貰えるんだろ? 俺達は無償なんだからさ、ほら先行投資と思えば安いもんだって」
「若いのにキッチリしてるぜ。まあいい、お近づきの印ってことで泣いといてやるさ」
オヤジ、勘定だ。
とか言いながら普通にハンターは支払いを済ませてくれた。
マリアがあんだけ食ってるの見てるはずなのにケチらない辺り外見だけじゃなく見た目もイケメン野郎らしい。いや、別に見た目はそこまでイケメンじゃないけど。
総合的に見てウザいだけで根は良い奴なのかもしれない。
それでもやっぱりウザいんだけど。