【第三十五話】 俺達探検隊
色々と余計な時間を食った感が否めないが、何はともあれ俺とマリアのニュータッグは完全に俺個人の野望と欲望のためだけの冒険へと出発することとなった。
あらかた説明はしたもののマリアがどこまでその辺の事情や危険が伴うらしいことを理解しているのか若干不安ではあるけど、ほぼ確実に俺の方がひ弱なのでしつこく心配するのも烏滸がましい気がするわけだ。お前に言われたくねえよ、とか言われたら多分泣く。
というか、やっぱりやめたとか言われても困るので釘を刺すのも躊躇われるのが本音である。
とはいえマリアも普段のキャミソールとミニスカートというナイスセクシーな部屋着ではなく戦闘モード? の服に着替えているので一応の理解はしてくれているらしい。
スネの辺りまである赤いブーツ、股下まである黒いソックス、そしてヘソの出た短い丈でありながら肘まである袖は何故か体積がありぶかっとしている格好いいデザインの服、そして白いミニスカートというゲームでしか見ないような戦士風の風貌だ。
背中に馬鹿デカい剣を背負い、太腿には左右共にホルダー付きのバンドが巻いてあって、ナイフなのか短剣なのかが二本ずつ収まっているという物騒な格好を見たのはいつか血塗れで帰ってきた時以来なのだが、なぜか今日はそれだけじゃなく顔に何か変なお面を付けている。
例えるならオペラ座の怪人みたいな、顔の上半分だけを覆い隠す物だ。大きな違いのは目の部分が網になっているというぐらいだけど……何やってんだこいつ?
さては中二病か?
普通に格好良いじゃねえか。どこで売ってんだろう、後で教えてもらおう。
その辺りの趣味趣向はさておき、誰も彼もがこういったコスプレをすることは言わずもがな、これがこの世界というものだと納得する以外に心の平穏を保つ方法がない。
ソフィーも仕事に行く時は似たような戦士コスをしているし、町に行く度にハンターみたいなゴツイ男達とすれ違うし、リリは魔女っ子コスだしと、何度見ても男心にテンションが上がりつつ非現実感に絶望するこの微妙な心情は中々慣れられないものである。
まあ、今日は巨人やら鬼やら猪やらを退治しに行くわけじゃないし、危なかったら逃げていいだけ気も楽だ。
そう言い聞かせ、二人で玄関に来て靴を履いている時だった。
「あらあら~、お出掛けですか~? 悠ちゃんとマリリンが一緒に出掛けるのって珍しいですね~」
背後でそんな声がした。
姿を見ずとも正体が分かるのほんとした声に振り返ると、その通りソフィーがダイニングから出てくる所だった。
リリも隣にいて、揃ってこちらに歩いて来たかと思うとキョトンとした顔で見上げる。
「どこか行くんですか?」
「ちょっとばかし花を摘みにな」
「ほえ? おトイレですか?」
「ちげえよ、何でわざわざ二人で外にトイレしに行くんだよ。大体男が使う言葉じゃないだろそれ。王様に頼まれてさ、とある花を取ってきてくれって」
「「???」」
今度は二人揃ってキョトンとされた。
というかむしろ『何言ってんだこいつ』みたいなニュアンスを含んでいる気さえする。
「詳しくは帰ったら話してやっから。日が暮れる前に終わらせたいし、取り敢えず行ってくるわ。行くぞマリア」
こくりと頷くマリアと共に、二人のいってらっしゃいを背に受け俺は野望と欲望を胸に風蓮荘を出るのだった。
「………………」
だった。と締め括ってはみたものの、数歩足を進めた所で動きが止まる。
行くったってどこにどうやってだよ!! 場所が分からねえ!!
「リリー! ソフィー!!」
即、引き返した俺は玄関の戸を開くなり叫んでいた。
何事かとすぐに二人も顔を覗かせ、戻ってきてくれる。
「どうしたんですか~?」
「ちょっと聞きたいんだけどさ、黒霧谷ってのはどこにあるんだ? どうやって行けばいい? 馬車?」
「黒霧谷!? そ、そんな所に何をしに行くんですか、危ないですよ」
「なんかそうらしいな。まあ、だからマリア連れてんだけど。男には退けない時ってのがあるんだぜ」
「マリアさん、大丈夫なんですか?」
なぜマリアに聞くのか。
「ん…………悠希、手伝う」
マリアは良い子だな~。
というかなんでこいつらは仮面にツッコまないんだろう。
見慣れてるのか?
戦闘形態のマリアは仮面がデフォなのか?
「どういう事情かは分かりませんけど、わたしも賛成は出来ませんね~。どうしても行くというなら地図をお貸ししますけど」
「ああ、悪いな。頼むわ」
やはりソフィーも気軽にいってらっしゃいとは言えないらしく、やや心配そうな顔をしている。
あのレオナが言うぐらいだ、どうやら中々に深刻さがある問題のようだ。
それでもペタペタと廊下を小走りで駆けていくソフィーは階段を登り、自分の部屋に行って地図を持ってきてくれた。
すぐに丸まっている大きめな紙を広げ説明を始める。
「黒霧谷というのはこのジェルドという村の近くにある大きな山と山の間を進んで行った先にあるようですね~」
「ふむ……」
この国の大きさを知らないので断定は出来ないが、少なくともこの地図を見る限り王都からの距離は随分とあるように思える。
「これって、馬車で行ったら結構時間かかるよな?」
「そうですね~、間違いなく日が暮れるぐらいで済むかどうかというぐらいには」
「マジか~、今から行って日が暮れる頃に到着して一泊ってのも非効率だよな~。日を改めるって手もないわけじゃないけど……」
「でしたらポンちゃんをお貸ししましょうか~? それならこの大河を回り込まなくていいぶん何倍も早いでしょうし」
「ポン……というと、あのカゴで飛んで行くってことか。そいつは助かるな、俺の我が儘に付き合わせて悪い気もするけど、お言葉に甘えていいか? ポンを危ない目に遭わせないように到着したらどこかに預けとくからさ」
「安全に越したことはないですけど、悠ちゃんやマリリンが無事じゃないのも嫌なので臨機応変にしていただければいいですよ~。ポンちゃんもやるときはやる子ですし、悠ちゃんの言うことなら聞くでしょうから~」
あいつにとっての俺なんて散歩に連れて行ってくれる奴。そして餌をくれる奴。だからな。
犬と一緒でそういう相手に懐く修正があるのかもしれない。フクロウの習性なんて知らんけど。
「ま、何にせよ了解だ。マリアもそれでいいか?」
「…………(コク)」
「よし、じゃあちょっくら一仕事しに行きますか」
いってらっしゃい、と、お気を付けて、というリリとソフィーの言葉を背に、今度こそ俺達は目的地に向けて出発した。