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【第三十四話】 期待と不安の初タッグ?



 それから小一時間程が経った頃、俺とレオナはシュヴェールの賑やかな町並みを横目に二人で並んで大通りを歩いていた。

 どうにか王女様と距離を縮めようと頑張って話し掛けてみたり、図に乗りすぎて王様に露骨に邪魔され始めたり、レオナに行儀が悪いと怒られたりしながら過ごした飯の時間はあっという間だったように感じる。

 料理自体はそりゃあびっくりするほど美味かったさ。だからって俺に貴族のテーブルマナーとか求められても困るっつーの、知るわけねえじゃんそんなん。

 といっても料理がどうとかよりも途中からは王様の出した条件とやらのことが気になってあんま話とか聞いてなかったんだけどね。

 それさえ成し遂げれば王宮への通行許可証をくれるというのだ。このチャンスを絶対に物にせねばと密かに萌える、いや燃えるのは男の性ってもんだ。

 言い換えれば姫様といつでも会える権利だぜ? そりゃどう考えたって欲しいさ。

 ちなみに、王様の条件はとある地方に咲いている月光花(フェガロフォス)とかいう花を摘んできて欲しいということだった。

 なんでも亡くなった奥さん、要は王妃ということになるのか? の命日に墓前に添えたいのだとか。

「よく分からんけど、単に花取ってきたらいいんだろ? 簡単じゃね?」

 王様にとってその花がどういう意味を持とうとも、俺が託されたのはそれを調達してくること、ただそれだけ。

 無理難題とも思えないし、王様からしたら一つ御遣いを頼まれてくれって程度の話なんじゃなかろうか。

 そんな風に思う俺だったが、俺の楽観的思考はすぐに打ち砕かれる。

 呆れた様な溜息を吐くのは隣を歩くレオナだ。

「相変わらず馬鹿丸出しね、あんたは。まあ知らないのも無理はないけど、その月光花っていうのはかなりの希少種で取って来ようと思ったら相当な危険が伴うとんでもない代物なのよ?」

「え……まじで?」

黒霧谷(ブラック・ネスト)っていう山奥の谷を超えていかないといけないんだけど、それが簡単に出来ることじゃないの。言わば魔物の巣窟みたいなところで、地元の人間ですら近付けないんだから」

「えー……じゃあ一人じゃヤバいじゃん。お前ちょっと手伝ってくんね?」

「嫌に決まってんでしょ。入手難度はそのまま希少価値に繋がるわけだけど、月光花を取ってきてくれって依頼はそこそこ聞く話よ。分類で言えばAクラスのクエスト、成功率は三割無いわね。失敗の七割のうちどれだけが生きて帰ってくるかってことを考えると百万貰っても割に合わないっての、付き合ってらんないわ」

「マジかよ……じゃあ俺一人なんてぜってー無理じゃねぇか」

「そういうこと。遠回しに姫様に近付くなって言われてんじゃないの? 浮かれてるからそういうことになんのよ、これに懲りたら王様に言われた通り身近な人間を大事にするのね。土台無理な話だったのよ、それこそ高嶺の花ってやつね。そんなの潔く諦めて、大事にするついでに私の荷物持ちでもする? 今から買い物行くつもりだから」

「荷物持ちなら今度するよ。今は腹一杯だし、帰ってどうにかならんか考えてみるわ」

「……諦めの悪い奴。言っとくけど、リリ連れ出したらマジでキレるからね」

「はいはい、分かってますよ。危ない目に遭わすなってんだろ? お前もあんまり遅くなんなよー」

 ジト目を向けて来るレオナに後ろ手を振って答え、ここで別れを告げる。

 はいはいあんたもね、とか後ろから聞こえてくるあたり本当に一人で買い物して帰るつもりのようだ。

 うーん……やっぱ荷物持ちを口実にレオナとデートした方がよかったかな。

 今更やっぱり行くとも言えないし……どう考えても勿体ないことをしている気がする。なぜならお姫様とお近づきになるチャンスとレオナとデートする権利は多分価値的にあんま変わらないからだ。

 ああ……俺の馬鹿さん。


          ☆

 

 そんなわけでレオナと町で別れ、一人寂しく森の中を歩いて風蓮荘へと帰ってきた。

 例え無理難題だと分かったところでレオナに格好付けた以上は簡単に諦めては男が廃るというもの。

 どうにか頑張ってみたいところではあるが……流石に生還率三割とあっては勇気を振り絞るのも容易ではない。

 そうなるといつもみたくパーティーを組むのが一番可能性が残る手段なんだけど、問題はレオナでも嫌がるバケモンの巣窟に誰が付き合ってくれるのかってことか。

 言わずもがなリリは駄目だ。

 レオナが怒るとか以前に、どのみちあいつと二人では無理がある。猪退治でも精一杯だっただけに無事にリリを守れる自身が無い。

 もっと強さがいる。

 逆に俺を守ってくれるだけの強さと、バケモンをどうにか出来るだけの強さが。

 とくればソフィーに頼むのが最良だと思うのだが、それはそれでジュラが絶対怒るからなぁ……。

「となると、残るはマリアか」

 実際に目にしたことはないが本人から、或いは他の面々から聞いた話を総合するに住人で一番武力的な意味での強さを持っているのはマリアだということは分かる。

 巨人倒したとか言ってるぐらいだ、そりゃつえぇだろうさ。

 問題はあいつの性格というか人間性というか、そういう部分なんだよ。

 普段みたくぽけーっとされてたらその間に俺死んじゃうもの。

 生命を左右するような危機的状況でも平気でいつもみたく腹減っただの眠いだの言いそうなんだもの。どうにも不安が勝ってしまうんだもの。

「とは言っても、他に選択肢ないしなぁ。駄目元で頼んでみるか」

 そう決めて、玄関で靴を脱ぎそのまま二階へと向かうことに。

 時間はまだまだ昼を過ぎたあたり。

 まあマリアのことだからまだ確実に寝てるだろう。

 階段を登った脇に並ぶ三つの部屋、その真ん中がマリアの部屋だ。

 危うくノックをしそうになったりしつつ以前本人の許可を得た無断突撃に踏み切ると、扉の向こうにはいつぞや見たような光景が広がっている。

 足の踏み場を探すのに苦労する程にゴミや私物が散乱した部屋、そして衣服や刃物が積まれているせいで使えないベッドの横で布団にくるまり顔だけを外に出した状態で床で寝息を立てているマリア。

 ちょっと待てオイ、おかしいだろこれ。

「なんでたかだか数日で元通りになってんだよ!」

 あんなに頑張って掃除したのに!

 わざとやってんの? 俺の達成感を返せと言いたい。

「……………………ゆう、き」

 怒声が目を覚まさせたのか、マリアは目を閉じたまま鼻をピクつかせて俺の名前を呼ぶ。

 やっぱり匂いで判断出来るのか? とも思ったが、絶対声で判断しただけだよね君。

 ていうか、

「ゆうき、じゃねえよ。起きろマリア、お前もう部屋が元のゴミ屋敷に戻ってんじゃねえか。小一時間説教だ」

「んん……」

「起きろ~マリア~。もうとっくに昼だぞ~」

「………………ご飯?」

 マリアはそこでようやく薄目を開く。

 だから俺はお前のかあちゃんじゃねえっつーのに。

「いや実は違うけど、頼むから起きてくれよ。ちょっと頼みがあるんだって」

 布団を軽く引っ張ってみると、やっと引き続き寝ようと抗うのを諦めたのか、むにゅむにゅと謎の声を発しながらもマリアは上半身を起こして俺を見る。

 こちらもいつか見た時と同じく、スルリと捲れた毛布の中から現れた肉体には何も身に付けていなかった。

 一瞬、というのは嘘で数秒間その上半身の主に二つの突起に目を奪われてしまったものの、無防備な女子に対するあまりに下劣な行為であることに気付き急激に冷静さが蘇る。

「お前な……いい加減裸で寝るのやめろって。男の俺が一緒に暮らしてんだぞ、心臓に悪いわ」

「………………??」

「きょとんとするな。いいか? 俺がいくらジェントル紳士であっても一応男なんだぞ? おかずにされてもいいのかお前、嫌だろ?」

 女子達と共同生活だから自家発電なんて出来ないんだけどね。正直キツいわ~。

「もう理屈を説明しても伝わらないのは分かったから、とにかく服を着ろ服を」

「ん………………着る」

 着る、と口ではいいつつも立ち上がったマリアは動く様子なく、ただ地面に積まれた衣服と下着を指差した。

 綺麗に折り畳まれてあって、そこだけがこの乱雑な部屋にあって随分と浮いている印象を受ける。

 そりゃそうだ、あれを用意したのは俺だからね。毎日毎日洗濯してるのは俺だからね。だから俺はお前のかあちゃんかっつーの。

 さておき、要するに服を着せてくれってサインであり、今日着る服はそれだと示しているわけだ。

 前に何回かやったせいで味を占めてやがるなマリアの奴。

 目の前に全裸の美少女というシチュエーションと聞けば男にとっては夢でありロマンではあるが、実際にそんな状況に直面すると正直中々に困る。

 目の保養を通り越して精神衛生上とてもよろしくないというか、もう欲望を抑え込むのに必死にならないと色々爆発しそうである。 

 なので前回そうした時に服を着せてくれという無言のアピールは断固拒否し、自分でやってもらうようにしようと多大なる葛藤と未練の末に決めたりもしたのだが……今日ばかりは頼み事をしにきた身なので強気に出るのも憚られるわけで。

 仕方なく、いやほんと仕方なくまた俺が服を着せてやることにした。

 下着からだからね。おかしいよ、どう考えても。

 下心の有無なんて関係無く普通は触っちゃいけない部位にタッチしちゃってるから。

 俺のせいじゃない、悪いのは俺じゃなく羞恥心と常識の欠片も持ち合わせていないマリアだ。

 こいつだけじゃなく俺の一部まで起こしてしまってはたまったもんじゃないと心で繰り返し唱えながらどうにか下着や服を着せてやると、特に礼や感想を述べるでもなくマリアはちょこんと地面に座った。

 まあ話をするなら立ったままよりそっちの方がよかろう。

 座る場所とかほとんどないけど、どうせ片付けるの俺だしと適当にどかしてマリアの正面に腰掛ける。

「お腹……すいた」

「ああ、それは分かった。だけど先に俺の話を聞いてくれ、お前に頼みがあって来たんだ」

「……………………??」

 可愛らしく首を傾げるマリアに俺は簡単な説明を聞かせる。

 簡単にしか説明出来ないのは俺自身あんま分かってないからだ。

 俺に出来るのは王様の頼みで月光花とかいう花を黒霧谷(ブラック・ネスト)とかいう場所に摘みに行きたい、というだけの説明のみ!

「結構危ない所らしいんだよ。そうなると俺一人じゃ絶対無理だし、よかったら手伝ってくれねぇかなーと思ってさ。二人でも危ないもんは危ないだろうし、嫌なら嫌って言ってくれればいいんだけど」

「行く………………悠希、手伝う」

 どうせ王様だって最初から出来やしねえと思ってんだ、これで駄目なら諦めりゃいいだろ。

 という軽い気持ちで来たのだが、意外にもマリアは即答した。

 てっきり眠いだの外に出たくないだの言われるとばかり思っていたのに……。

「まじか、そう言ってくれると助かるよ。お礼に飯もおごってやるし、また明日にでも部屋の掃除もしてやるから」

「掃除は助かる……でも、ご飯は悠希が作ったのでいい」

「そか、分かった。なら当分飯の世話は俺がするよ、つっても大した物は作れないんだけどさ」

「…………なんでも、いい」

「そう言ってくれると助かるわ。金が掛かる物も懐事情的に厳しいもんでな」

 ここの連中と同じく、俺も貧乏生活と大差ないのだ。

 その上日本に帰るための金もためにゃならんし、やっぱ管理人業だけじゃ無理あるなこれ。

 などとげんなりしていると、不意にマリアが立ち上がる。

 かと思えば背を向けベッドがある方向へと歩き出した。

「お金は、大丈夫」

 そしてそう言うなり片手でベッドマットを持ち上げる。

 あれだけ物で溢れているにも関わらず軽々と片手で持ち上げる腕力に若干ビビったが、それよりも驚きの光景がそこに広がったことがリアクションを上書きした。

 露わになったマットと木枠の間にある空間にあったのはびっしりと、それでいて乱雑に放置されていることが分かる紙幣の山だ。

 何十枚や何百枚ではきかない数の札が、そのシングルベッドの広さと木枠の数十センチの高さまでの体積を隙間無く埋め尽くしている。

「ちょ、おま…………なんじゃこりゃあああああ!!!!」

 もう叫ぶことしか出来ない。

 何これ!? なんでこいつこんな大金持ってんの!?

 なんでこいつそれを部屋の中に保管してんの!?

 銀行に預けろ銀行に、存在するのかは知らんけども!

「お金は、ここから勝手に持っていっていい」

 困惑し半狂乱になる俺を一瞬不思議そうに見つめつつも、マリアはいつもと同じ平坦な呟く様な声と眠そうなとろんとした目や無機質な感情を変えることなく至極冷静にそんなことを言う。

「いや、お前……持っていっていいって言われても、その前にこんな大金どうしたんだ」

「仕事で、貰った……マリア、お金は全然使わないから邪魔」

「邪魔ってお前なんて罰当たりな……聞いた俺が悪いとはいえ、なんかもう色々と複雑な気持ちになるな」

 マリアの仕事。

 それすなわち……殺し屋、か。

「ていうか、こんだけ金があったら俺帰れるんじゃね?」

 一万ディール紙幣ばかりではないので何とも言えないが、三千万ぐらいなら普通にありそうな気がする。

 問題なのはこれが人の金だということぐらいだ。

 でも勝手に持っていっていいって言ってるよ?

 じゃあ全部いただいていくねテヘペロっ♪ って言えば何とかなるかな……なるわけねえだろ。 

「………………帰る?」

「ああいや、こっちの話だ。気にすんな」

 そうだ、リリとレオナ以外はその件を知らないんだった。

「つーか、お前こんなに金持ってんならこんな所に住まなくてもいいんじゃね? もっと良い物件あんだろ普通に」

「…………静かな所が、いい」

「……そうなのか」

 性格がのんびりしてるもんなマリアちゃん。

 引き籠もりだもんなマリアたん。

「まあ、なんだ、色々と驚きも戸惑いもあるけど、その辺は後にして取り敢えず出発するか」

 驚きや戸惑いだけではなく複雑な心境や恐らくは聞かなければよかったと思うであろう疑問だって浮かんでくるけど、そのタイミングを間違えばより後悔する気がする。

 過去に聞いた話やマリア自身の言葉。

 それはきっと、俺みたいな普通の人間が向き合うには重すぎる話に繋がるから。


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