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【第三十二話】 赤毛のアンリ



 突如明かされた思い掛けない展開によって刺激はあっても潤いの少ない管理人生活を送る俺のテンションは急激に上がっていた。

 俺に付き合わされて休日を潰すのが嫌なのかレオナは相当渋っていたが、放置して自分に責任が降り懸かる方がもっと嫌らしく文句を言いながらも俺と一緒に風蓮荘を出ることにしたらしい。

 そんなわけで二人並んで森を出る。

 ちなみに、お姫様にお招きいただくのにスウェット姿というのもどうかと着替え代わりに買っておいたこの世界で言う普通の服に着替えていたりもする。

 なんか太腿の辺りまでの丈があるベージュ色のチュニックをただの布の紐にしか見えないベルトの様な物で腰の部分を縛って、下には黒い布のズボンという庶民の服装らしい。

 そうはいってもあまりに地味というか、いかにも村人Aみたいな格好にしか見えないので普段のスウェットとTシャツのセットと比べてもあんま大差ない気がする。

 こんなことなら一張羅に貴族ご用達の格好いい服を買っておけばよかったぜ……いやいや、だってあれたっけぇんだもん。

 たかだが服に二万も三万も払えるかよ。日本にいた時だってしたことねえよ、そんな散財。

 今にして思えばよくもまあ鬼退治やら猪借りにあんな格好で挑んだものだ。先生もよく言うしな、動きやすい格好で来いって。

「あ、レオナストップ」

「……何よ急に」

「相手はお姫様なんだし、流石に手ぶらってのも失礼だよな? 手土産的なもんを買いたいからちょっと待ってくれ」

 前方に花屋が見えたことがそんな閃きを生む。

 というか今更それに気付くとかどんだけモテ属性が乏しいんだよ俺。

「なんでもいいけど、サッサとしてくれる?」

「買う物は決めたからすぐ終わるって」

 どこか面倒臭そうに溜息を吐くレオナだったが、放って行こうとしないだけやっぱり根は良い奴なのかもしれない。

 兎にも角にも店頭に色とりどりの花が並ぶコンビニの半分ぐらいの大きさの店に入ると、すぐに店主らしきオッサンにオーダーを伝える。

 お目当ては一番目立つ所に飾ってある薔薇の花だ。

 生まれて初めて金を出して花を買うという行為に若干テンションが上がったが、じっくり精査する時間もないため結果として懐具合と相談し合計三十本を購入。

 気分の問題なのか間近で見るとやけに綺麗に見える赤い薔薇、そして見たこともない真っ白な薔薇を十五本ずつ、プレゼント用っぽく織り交ぜて束にしてもらった。

 身なりや年齢には不似合いな薔薇の花束を持って町を歩く姿はどう考えても異物感満載なのだろうが、当の俺はなんだかプロポーズでもしに行くみたいな気分になってきて妄想に拍車が掛かっているため全然気にならない。

 そんな俺が余程だらしのない顔をしていたのか、前を歩くレオナはチラリと振り返ったかと思うと軽蔑混じりのジト目を向けてくる。

「なにニヤニヤしてんのよ、ばっかみたい」

「女の子から誘われたとありゃ誰だって嬉しいもんだろ。何スネてんだよ」

「別に拗ねてはないけど、浮かれてるアンタ見てたらイラっとするわ。異世界云々は伏せておいてあげたんだから考え無しな言動は慎みなさいよ。あと無礼を働いたらぶっ飛ばすからね」

「重々承知してるよ、俺だって自分から研究体になるつもりはねえって」

「だったらいいけど」

 ぷい、と。そっぽを向くとレオナはそのまま先に歩き始める。

 目の前で他の女の子の話ばかりされてはプライドに障るってもんか。

 こいつ自分で自分のこと可愛いと思ってる奴だしな。可愛いけど。

「つーか、俺が浮かれるのなんて最初から分かってたろ。だったら下手な演技なんてしないで隠してりゃよかったのにさ」

「だ、誰が演技下手なのよっ! 仕方ないでしょ、行きたくなくても黙ったまま無かったことにするなんて後味悪いし……一応、家事とかご飯とかのお礼代わりみたいなものだと思ったんだから」

「なんだ、お前いつもは家政婦が如く当たり前みたいな顔してこき使ってるくせにそんなこと考えてたのか。でもまあ、ぶっちゃけお姫様じゃなくてもお前がデートしてくれりゃ俺は万々歳だったのに」

「花束片手にそんなこと言われたって嬉しくないっての。姫様はともかく、陛下は暇じゃないんだからサッと行ってサッと帰るわよ」

「あ、おい、置いていくなっつーの」

 早足になるレオナに慌てて並びつつ、お姫様に会えるという期待感とチラリと聞こえた陛下という単語に若干ビビりながらも町の中心を進んでいくのだった。


          ☆


 間もなくして俺達は宮殿に到着した。

 どうでもいい補足だが、一度聞いただけの名前なんざもうとっくに忘れていて思い出せる気配もない。

 門番といい、宮殿内の兵士や誰だか知らんおっさん達といい俺を普通に無視してレオナにだけ挨拶するという疎外感がハンパない空間は決して居心地が良いものではなかったが、次第に完全に不審者を見る目を向けられ始めてからはスルーしてくれた方がいくらかマシだと思い直したりしながら中庭を横断していく。

 相変わらず色とりどりの花が綺麗に手入れされているし、大きくて派手な噴水とかも健在だ。

 そんな中庭を進み、建物の外側にある回廊を歩き、やがて辿り着いたのは入り口と同じぐらい立派で大きな両開きの扉だった。

 前に来た時はこの中庭で止められたため俺に知る由もないが、どうやら内部へはここから入るらしい。

「おぉぉ……」

 ほとんど無意識に間抜けな声が漏れる。

 開口一番に始めて足を踏み入れることになる宮殿内部の感想でも述べて然るべきタイミングなのだろうが、正直色々と予想を上回り過ぎて開いた口がふさがらない。

 赤い絨毯の敷かれた廊下は何とも煌びやかで、玄関口だけで俺んちぐらいあんじゃねえかってぐらい広くて、脇には銅像が立ってるわでっかい絵が飾ってあるわともういかにもという感じである。

 そして直立のまま見上げた天井にはシャンデリアまである始末。

 ……こんな場所にこんな地味で質素な格好で居る俺って相当場違いなんじゃねえの?

 そんなことを考えれば考える程に浮かれていた自分が馬鹿みたいに思えて仕方がない。

「何してんの? 行くわよ」

 唖然呆然と立ち尽くす俺の前でレオナが振り返る。

 なんでこいつこんな普通なんだ。

 こんな光景もう慣れっこってか? 

 歳は大して変わらないのに何この格差社会……同じボロアパートで貧乏生活してる身とは思えねえぞ。

 俺はこの高級感溢れる絨毯を土足で踏みしだくことですら罪悪感だらけだってのによ。

「ちょ、待てって」

 呼び掛けられ、目が合うなり背を向けて正面の階段を登っていくレオナを慌てて追い掛ける。

 そのまま二十段ほどの幅のある階段を登りきると、そこには二人の女性の姿があった。

 一人は二十歳前後で長い三つ編みが背中まで伸びる大人っぽいお姉さん。もう一人は十四、五歳ぐらいの赤茶色い髪をした若い少女だ。

 二人揃ってワンピース型の黒い衣服にフリフリのレースのエプロンを重ね着していて、頭にはヘッドドレス、そして同じく黒いニーハイとスカート部分の間に見えるガーターベルト……誰がどう見てもザ・メイドさんという格好をしている。

「すっげ! 本物のメイドさんじゃん!!」

「ちょっと悠希、急におっきな声出さないでよ。ワケ分かんないんだけど」

 え? レオナ?

 勿論ドン引きしてるけど何か?

「そりゃテンション上がるだろー、メイドさんなんて俺メイド喫茶でしか見たことねえよ」

「メイド喫茶~? なにそれ」

「こっちの話だよ。それよりこの人達は?」

 言うと、レオナよりも先に三つ編みお姉さんの方がにこりと微笑み、そして綺麗なお辞儀をした。

「申し遅れました。お客様、ロックシーラ副隊長、本日の給仕を仰せつかっておりますララ・メイブリックと申します。以後お見知りおきを」

「ララさんか、俺桜井悠希! よろしく!」

「何がララさんよ、馴れ馴れしい奴」

 え? レオナ?

 勿論スルーだけど?

「で、もう一人は?」

「…………フン」

「えぇ~……」

 何コイツ、すげぇ態度悪いんだけど。思いっきりそっぽ向かれたんだけど。

 俺なんかした? ツンデレメイド気取りか。

「こらアンリ、失礼でしょう。ちゃんと自己紹介なさい」

 すかさずララさんが諫める。

 それでも赤毛の少女は大層気に食わなそうな目で俺を一瞥するだけだ。

 なるほどアンリっていうのか。

 今日からこいつのことは赤毛のアンと呼ぼう。というか赤毛のアンを見習え。

「まったく……申し訳ありません、この子はまだ給仕服で身を包み始めて日が浅いもので」

「別にララさんが謝るこっちゃねえだろ」

「そうよ、ララ姉が頭下げる必要ないでしょ! ロックシーラ様だけならまだしもこんなどこの馬の骨かも分からない平民の男に謙るなんて絶・対・イ・ヤ!」

「…………」

 何こいつ、俺に便乗しつつ俺をディスるとか器用な奴だね。

 びっくりするぐらいの暴言と嫌われっぷり全開の態度にララさんも額を抑えて溜息を吐いている。

「いい加減になさいアンリ、こちらの方は国王様にお招きされているのよ」

「王様に命令されたらそん時だけ大人しくしてるからいいもんねーだ。さあロックシーラ様、間もなくご用意が出来ますので食堂にどうぞ♪」

 完全に俺を無視してレオナ一人に言うと、赤毛のアンはサッサと歩き出してしまう。

 さすがのレオナも若干困った顔で『え、ええ……』とか言っていた。

「重ね重ね、ご無礼をお許し下さい。後できつく言って聞かせますので」

 仕方なく残った三人で後に続くと、隣を歩くララさんが改めて頭を下げた。

「別に怒ったりしていないし、ララさんが気に病まなくていいって」

「寛大なお心に感謝いたします。じき国王様と王女様も参られますゆえ」

 もう一度ペコリと頭を下げると、ララさんも俺達を先導するように早足で数歩先に出る。

 入れ替わるようにレオナが寄ってきたかと思うと、俺の耳に顔を寄せた。ちょっと良い匂いがした。

「あの子はアンリ・ウィンスレットっていうんだけど、ちょっと性格が子供っぽいだけで根は悪い子じゃないのよ。気を悪くしないであげてね」

「はっ、何言ってんだお前」

 気を悪くする?

 アホか、むしろより一層萌えるわ。




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