【第三十一話】 プリンセス・ホリデイ?
心なしかいつもよりゆっくり眠れた気がする珍しく寝覚めの良い朝。
そろそろ見慣れた見知らぬ天井が広がるベッドの上からの景色を二度三度と瞬きしながら眺め、夢じゃないことを確認してから起き上がるというルーティンも習慣と化してきていた。
昨晩、飯を食い過ぎたせいかまだ少し腹が張っている感じがする。
馬鹿みたいに猪の肉貰ってきたからなぁ。
ほとんど切っただけの野菜や味付けしたスープと一緒に鍋にブチ込んだだけだけど、まあ猪鍋と考えればご馳走と言ってもいいレベルには美味しかったさ。
普段あんまり肉を食わないのか、皆もガンガン食ってたしな。
それでも俺達全員が消化した分とマリア一人が平らげた分が同じぐらいだったんだけどね……あいつ一人で五合ぐらい米食べてたからな。馬鹿だろ完全に。
食費が浮いて助かったぜ。とか思ってたのに、結局これ米を買い足さないといけない分あんま変わらねぇじゃねえか。
そろそろマリアからも飯代の再徴収もしないとな。
まあ、あの後リリに五万貰ったからケチ臭いこと言うのもどうかと思うんだけども。
俺はついていって逃げただけだしそんなに要らんと言ったのに、どうしても折半だと聞き入れてくれず渋々受け取ったわけだけど……。
お礼なら現金じゃなくても一緒に風呂にでも入ってくれりゃそれでいいのに。
とか調子に乗って言ったのを通りかかったレオナに聞かれてキレられたので遠慮しようにも途中で話が終わってしまい、それまでになってしまったわけだ。
「あれ……お前今日休みなのか?」
朝飯を抜き、サッサと洗濯や風呂掃除と、ついでに溜まってきていたゴミの処理を外で済ませて共有スペースであるダイニングに戻ると、まさにそのレオナが居た。
唯一まともな職に就いているレオナは大体一番最初に家を出るためこんな時間に居るのは初めてのケースである。
「そうだけど?」
目が合うと、私服姿のレオナは『それがどうした』みたいな面倒臭そうな態度と目を俺へと向ける。
外見だけは俺的ランキングにおいて人類最高クラスの美少女と言えるレオナの私服姿はいくら性格がアレでも十分すぎる程に目の保養になるよね。
もうね、何度見てもこんなにいい女がこの世にいるのかって感想に変化が無いレベルだから。ほんと神様って不公平だわ。
「あーあ、せっかく買い物行こうと思ってたのに……」
しみじみと短いシャツの下に覗く細く綺麗なウエストを眺めていると、何故かレオナが溜息を漏らした。
「思ってたのにって何だよ、休みなんだったら行けばいいだろ? あ、分かったぞ。さてはお前も金穴中だな?」
さすがはエリートの癖に貧乏集団の一角を担うだけのことはある。
聞いた話じゃ浪費家タイプの貧乏なんだったなこいつは。
「いや、えーっと……金穴っていうか、あんたさ、今日も管理人よね」
「はあ? 何だよ藪から棒に。今日もどころか元の世界に帰るまでは明日も明後日も管理人しないとしゃーねえだろ」
「そ、そうよね。だったら忙しいわよね、残念だけど」
「忙しいって言っても今日やることは終わったけど……あとは食料の買い出しぐらいで」
「嘘よ。だってほら、掃除とか……そうそう、他にも草むしりとかしないと!」
「掃除は日ごとにエリア決めてやってるし、草むしりはこの前やった」
「他にはなんか予定ないの? ほら、逆にたまには羽伸ばしたいなーとか、あるでしょ? あるわよね?」
「……さっきから何が言いたいんだお前」
なんかあからさまにキョドりながら話してるよね?
完全に俺から目を逸らしてるよね?
「あ、そうだ。じゃあさ、あたしの買い物に付き合う? 荷物持ちさせてあげるわよ?」
「そりゃつまり、デートってことか?」
「は、はあ? 違うっつーの、なんであたしがアンタなんかと」
「んだよ、じゃあ行かね」
いや、別にレオナと買い物に行けるなら荷物持ちでも財布係でも何でも許せるんだけど、さすがに今ばかりはそう言っておく他あるまい。
何かから気を逸らそうとしてるのが丸わかりだもの。演技下手すぎだもの。
どういう理由かまでかは知らんけど、誤魔化されるかっつーの。
「ええ!? このあたしが誘ってるのに!?」
そんな俺のボロを出させてやろう作戦を知ってか知らずか、レオナは普通に驚愕の面持ちで仰け反っている。
まさか振られるとは思っていなかったらしい。
俺だって心で涙を流しながら言ってるからね。高い壺ぐらいなら買ってもいいぐらいのノリで即決したいのをグッと堪えてるからね。
「一緒に行きたいのか行きたくないのかどっちなんだよ。ていうか、いい加減言わせてもらうけど……お前なんか騙そうとしてねえ?」
「え? へ? な、何のこと? 全然そんなことないって、もう何言ってんのよ悠希~」
「…………」
不自然な笑顔で背中をはたかれても……それで誤魔化せてるつもりなのがすげえよ。
「はぁ……がっかりだよ。お前はそういう不誠実なことはしない良い奴だと思ってたのにさ」
というわけで俺も大袈裟にショックを受けた風を装ってみる。
すると、演技力という点においては俺の勝ちだったのか、レオナはあからさまに動揺し始めた。
「なんでそうなるのよ、別にあたしは何も言ってないじゃない。大体、その……嘘吐いたりしてるわけじゃないもん」
ふむ、まだ口を割らぬか。
ならば次はどうしてくれよう。
なんだかもう追求したい気持ちよりも口を尖らせるレオナが可愛らし過ぎてもっと見ていたい願望を叶えようとする方向へと目的が変わってきている感が否めないが、これはきっと好きな子をいじめたくなる的なアレだな。
とまあ昼にもならない内から馬鹿なことを考えていると、タイミングよくリリがダイニングに入って来た。
すかさず声を掛ける。
「リリ~、ちょっと聞いてくれよ~」
大袈裟に、まるで酷い目に遭わされたと言わんばかりのアピールに対しリリはきょとんと首を傾げる。
「どうしたんですか?」
「レオナが俺を騙そうとするんだ」
「またまた、レオナさんがそんなことするわけないじゃないですか」
なぜか、きっぱりと言われる。
これが噂の『またまたご冗談を』みたいなノリか。
逆に俺が悪者になりかねない雰囲気じゃねえか。
「リリ、お前は俺を疑うというのか……昨日あれだけ仲を深め合ったばかりだというのに」
「別に忘れてはいないですし、悠希さんのことも信用はしてますけど……レオナさんは騙したり卑怯なことをしたりというのが嫌いな人ですからね、あの隊長さんと同じで」
ほほう、副隊長なりの矜持とかプライドみたいなもんか。
「だってさ。ほら、いいのかレオナさんよお? こんなにもお前の誠実さと正義感を信じて疑わないリリの前でいつまでもそんな態度でさ」
「ぐ……汚いわよ。リリを盾にして」
思いの外、効果は抜群だった。
相変わらずこの二人の仲の良さは他の連中よりも度合いが強いらしい。
「お前が何か隠してるからだろ。俺は何も卑怯なことはしてねえ」
「はぁ……もう分かったわよ。別に騙してるわけじゃなくて、言いたくないことがあったってだけ」
「なんだよ言いたくないことって」
「姫様、覚えてるでしょ?」
「あの宮殿にいた、ドレス姿の?」
「それ以外にどの姫様がいんのよ」
「いや、そりゃ勿論覚えてっけど、それが何か関係あんの?」
「姫様にあんたを昼食に呼べないかって相談されたの! ほら言ったわよ、これでいいでしょ!」
「…………」
「…………」
無言のまま、リリと顔を見合わせる。
今こいつ何て言った?
姫様が俺を昼食に誘いたい?
ヒメサマガオレヲチュウショクニサソイタイ?
……
…………
………………
「マジでぇぇぇぇ!? それってもしかして俺に気があるってこと!?」
「んなわけないでしょ! なに勘違いしてんのよ、ばっかじゃないの? あんたが変なこと言うから物珍しがられて興味を持たれたってだけでしょ」
「いやいやいや、馬鹿でも珍獣扱いでも何でもいいだろそこは。まさかの逆指名じゃねえか、まさかの人生大逆転じゃねえか!」
「だから言いたくなかったのよ……ウザいから興奮しないで、お願いだから。あんたなんかとは住む世界が違うお方だし、恥を掻くだけに終わるのが目に見えてるんだから変な希望を持つだけ無駄よ。町に行くついでにちゃんとあたしから断っておいてあげるから」
「アホか! 何で断るんだよ、行くに決まってんだろ!」
「あぁもうっ、そう言い出すって分かってたから黙ってたのに! 鼻の下伸ばして食い付くに決まってんだから」
「はっはっは。何だレオナ、ジェラシーか?」
「ばーか、あんたが姫様に無礼を働いたらあたしにまで責任が降り懸かるから言ってんの」
心底呆れた顔と声で、レオナは立てた人差し指で俺の胸を突く。
「そ・れ・か・ら、もう一つ言いたくなかった理由を教えてあげる。あんたが首を縦に振ったらあたしも同席することになってんの、せっかくの休みなのにさ。ちなみに陛下もね」
「お前も一緒に来るのか。ていうか……陛下って王様のこと?」
「そういうこと。隊長にはあの後ちゃんと説明しておいたけど、姫様には何の説明もしないままだったからあたしの知り合いだって思われてんのよ。放っておいたら陛下や姫様に無礼を働きそうだし、知らない所であんたが死刑にでもなったら寝覚めも悪いから仕方なくよ仕方なく……普段ご飯も食べさせてもらってる借りもあるしさ」
「なにそのツンデレ属性」
反則だろその顔は……もうお姫様とかよりお前と二人で飯でもいいとさえ思えたぞ一瞬。それぐらい萌えた。
つーか、お前もなんやかんやでタダ飯食らって当たり前って思ってるわけではなかったんだな。
「とにかく、行くなら行くでサッサと準備して。くれぐれも変な言動は慎むこと、流石に陛下の前では庇おうにも限度があるんだからね。約束出来ないなら行かない、どうすんの?」
一転、ギロリと俺を睨むレオナの目はリリとは対照的に完全に信用とかしていなさそうだ。
「心配しなくても大丈夫だって、あのお姫様のご指名なんだぜ? いくら俺でもお行儀ぐらい良くするってもんだ」
ドヤ顔を作りつつ無理矢理レオナの背中を押し、さっそく出発の準備に向かう。
こうして未だかつてないワクワク感を胸に、そして『?』を浮かべまくりのリリにお留守番を任せ二人で王都に向かうのだった。




