【第二十九話】 デコボコブラザーズ リベンジ
4/26 話数の【第】が抜けていたため修正
「あー……やっと終わった~」
風蓮荘の裏にある洗濯物干し場で額の汗を拭うと、ようやくのこと一息吐いた。
散歩から帰った時点でヘトヘトだったというのに、そこから風呂掃除と洗濯をするんだからよく頑張ったよマジで。
たかだか散歩で何を大袈裟な。と思われるかもしれないけど、マリアを連れて行ったことを忘れてはいけない。
ポンが空の散歩から帰ってくるまでの間にマリアは眠りに落ちてしまった。
俺の太腿を枕に、それはもうスヤスヤと寝ている可愛らしい顔は中々に癒し効果のあるものだったが、直後には誘ったことを後悔することになる。
普段は寝ているか食っているかの二択というマリアのニート体質を舐めていたのが全ての原因と言っていいだろう。
ポンが帰って来たので帰路に就こうとしたのだが、名前を呼ぼうが体を揺すろうが一向に起きる気配がないのだ。
足をどけても、頬をペチペチ叩いてみても、胸を揉んでみても、短いスカートを巻くって中身を覗いてみても何一つとして反応がなく、仕方なくおんぶして持ち帰るしかなかったというわけだ。
女子連中の中では一番背が高いとはいえ、胸部以外には余計な肉の無いスラッとした体系のマリアだ。
大して重くもないといえばその通りなのだろうが、流石に人一人負ぶったまま十分も歩いた挙げ句階段を上って二階の部屋まで運ぶとなると結構な体力の浪費になる。
そこから風呂掃除をして、洗濯物を洗って、干してと立て続けにこなしたんだからこれはもう重労働に分類しても許されるはずだ。
「ん~、疲れた~」
大きく体を伸ばしすと、肩がゴリゴリっと鳴った。
今日は買い物に行かないと食料も無いんだけど、流石に今から行く程俺は働き者じゃあないぜ。
一にも二にも昼寝だ昼寝。体力が回復するまで全部パス!
そう決めて空になったカゴを手に建物の中に戻ろうと歩き出す。
丁度玄関の前まで来た時、手を伸ばそうとする先で扉が開いた。中から出てきたのはリリだ。
部屋着ではなく魔法使いバージョンな格好をしているリリは目が合うなり少し驚いたような表情を浮かべ、すぐに安堵の息を吐いた。
「あ、やっと帰ってきた。もう悠希さん、どこに行ってたんですかー」
一転、リリは拗ねたように頬を膨らませる。何がそうさせるのかは一切分からん。
俺が散歩から帰る頃には森に鍛錬に行った後で居なかったんだっけか。
といってもそれからはずっとここに居たわけだから入れ違いに帰ってきて外に居た俺に気付かなかっただけだろうけど。
「どこって……マリアと散歩行って、帰ってからいつも通り家事やってたけど」
嘘偽りのない事実を告げるも、今度はなぜかジト目を向けてくる。
「悠希さん……なんだか最近マリアさんばっかり贔屓してませんか?」
「いや、別にそんなつもりはないけど……」
散歩行っただけのことで何を言ってんだこいつ。
そもそも甘やかすどころか引き籠もらせないために連れ出したみたいなとこあるし。
「ほんとですか~? どうにもマリアさんは甘やかしてもらっている気がします」
「んなことないって。気のせい気のせい」
普通にレオナのパシリとかもやってるからね。
むしろそっちに文句を言いたいぞ俺は。
「わたしも住人の一人なんですからちゃんと甘やかしてください」
むーっと、頬を膨らませぷんすかと怒るリリだったが、童顔ロリフェイスのせいかむしろ可愛らしくなってるだけで怒りの程は全然伝わってこなかった。
甘やかせと言われても俺自身に何の自覚もないし、どうすれば甘やかしたことになるのかもいまいち分からないので取り敢えず頭を撫でてやることにしよう。
「よしよし」
「……なんか違う気がするんですけど」
「こういう愛の形もあるさきっと。ていうか、俺を捜してたんだろ? 用件はなんだ?」
「あ、そうですそうです。昨日鍛錬が終わった後にですね、懲りずに王都の斡旋所に行ったんです。そしたら運良く新規の仕事を紹介してもらえたんですよ!」
「おお、俺の居ない間にもちゃんとやってたのか。偉いぞ」
両の手で拳を握り目を輝かせるリリの頭に下ろしたばかりの腕を伸ばし、改めて撫で撫でしてやる。
「それで、どんな仕事なんだ?」
「猪退治です」
「また物騒な……」
そりゃフリーの『戦士』というぐらいだから一般人には出来ない荒っぽい仕事が依頼として成立するんだろうけどさ。
幽霊、巨人、鬼ときて今度は猪か……まだマシに思えるから不思議だわ。
「それでですね、昼過ぎには出発しないといけなくて」
「ん? 昼過ぎってもう過ぎてね?」
「だから悠希さんを探してたんじゃないですかー」
目を【><】にしてあわあわするリリだったが、正直言っている意味は理解出来ない。
素直に問うてみると、また凄いことを言い出した。
「なんでそれで俺の行方を追う必要が?」
家を空けるって報告だけなら別に書き置きとかでも構わないだろうに。
「だから、急いで仕事に向かわないといけないわけですよね?」
「うん」
「なのに悠希さんがいつの間にか出掛けてたわけですよね?」
「……うん?」
「まあ、昨日の夜は早めに寝ちゃってたので先に言っておけなかったわたしも悪いんですけど、取り敢えず説明は道すがらするので先に出発しましょう」
「は? しましょうって何? 俺も行くの?」
「え、当然じゃないですか」
リリはきょとんと、なぜそんな分かりきったことを聞くのかという不思議そうな表情で俺を見る。
「いやいやいや……当然じゃねえだろ、どう考えても」
「えー、どうしてですか? 昨日ソフィアさんのお仕事も手伝ったんですよね?」
「……そりゃ一緒には行ったけどよ」
「その話を今朝少しだけ聞かせていただきまして、とても頼もしかったってソフィアさん言ってました」
「うん……それで?」
「前回のクエストは失敗しちゃいましたけど、今度こそ頑張って達成しましょう。まだまだ半人前のわたし達でも力を合わせればきっとなんとかなりますよ」
「わたし達ってなんだよ……力を合わせればって、なんでタッグパートナーみたいになってんだ」
なぜそうなった。
いつからそうなった。
言い分全てが意味不明だし、勝手な事を抜かすなと声を大にして言いたい……が、前回が前回だけにこれ空気的に断れない状況じゃね?
「マジかよ~……聞いてねえよそんなんよ~」
「はぅ……前もって伝えておけなかったのはごめんなさいです」
「…………」
しゅんとするな。
全然論点が違う。いつその話を持ってくるかって問題じゃないから。
当日であれ一ヶ月前であれ俺の所に持ってくること自体が問題だから。
「幽霊や巨人よりは百倍マシだけどさ……だからって何で俺が」
「わたしの成長と実績のため、そして悠希さんが元の世界に帰るためです。今度こそ二人で頑張りましょう、ちゃんと二人分で申請しておきましたので」
……ちゃんと、の使い方間違ってね?
とはいえ、せっかく前向きになっているし、昨日ソフィーの仕事に付いていったのも事実な上にまだ若干の負い目も残っているせいではっきりと拒否するのもどうかと思うわけで……となれば答えは一つ、か。
「はぁ……分かったよ、こうなりゃ乗り掛かった船だ。その代わり危ないことになったら取り敢えず逃げっからな。作戦名は【いのちだいじに】固定だ」
「前よりは危険も少ないとは思いますけど、その辺は臨機応変にということで」
……臨機応変の使い方も間違ってね?
思いつつも、もう指摘するだけ無意味な気がしてやめた。
そういうところも含め完全に凸凹コンビ感がハンパではないが、思い返してみれば俺とリリって出会った頃からずっとそんな感じだもんな。
怖いとか怖くないとかも大事だけど、前回逃げただけで終わっただけに不甲斐なさと意地みたいなモンもあるし、何度も言うけど現実に存在する生物なだけ百倍マシだ。
これも俺が日本に帰るため。
そう割り切ってもう一丁気合いで頑張るか。
うん……やっぱり気が進まねぇな。