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【第二話】 3000万ディールになります♪

1/8 台詞部分以外の「」を『』に統一



 歩けば歩くほどにここが日本ではないことを確信させられていくおかしな町中を二人並んで進んでいく。

 いや、そこはもう疑ってすらいないというか、むしろ今更『何を言ってるんだい? ここは日本だよ?』とか言われたところで逆にそいつをブン殴りたくなりそうな勢いだったのでそれはいいのだが、では結局のところどこなんだと言われれば未だによく分からない状態だった。

 物珍しい辺りの光景に絶望や混乱を通り越していっそ観光気分すら芽生えてきた俺は手当たり次第店やら人やらを写メに収めてやりつつ、リリの後を追って目的地に向かって行く。

 日本もアメリカも知らなかったリリは当然のこと俺の手にあるスマホの存在も全く知らないと言い切った。

 そりゃ世界中の全ての国で携帯が普及しているわけではないのだろうが、だからといって『電話』という言葉すら伝わらないなんてことがあるのだろうか。

 よほどの発展途上国なのか、本当に異世界的などこかなのか、考えれば考えるだけ答えはグチャグチャになっていくのだった。

「なあリリ」

 立ち止まって写メを撮る度に『またですか?』みたいな呆れた顔をしているリリの横に並ぶと、いい加減待たせるのも悪いかと携帯をポケットに突っ込んだ。

 そもそも携帯を構える俺が何をしているかも分かっていないのだ、説明したところで理解を得られないのだからごめんとしか言いようがない。

 でも何となく俺が謝るというのも違う気がして、謝罪の言葉は心の中に留めて『どうしたんですか?』と見上げるリリに今になって初めて抱いた当然の疑問をぶつけることにした。

「これ、どこに向かってるんだ?」

「ホット・リバーという名前の酒場です」

「酒場? 何で酒場に行くんだよ。あれか、情報収集的なことか」

「確かに情報収集には適していると思いますけど、その酒場は色んな職業の方達にとって溜まり場みたいなものなんです。パーティーを組んでいる人達もそうですし、わたしのようなフリーの戦士もたくさんいて、今からわたし達が会いに行くフィーナさんも普段はそこにいらっしゃることが多いので」

「……フィーナさん?」

「フィーナ・ウェンティーといって、この国では名実共にトップクラスの実績を誇る魔法使いです。彼女なら間違いなく転送魔法も使えるはずですから」

「なるほど……」

「ただ一つだけ不安要素があって」

「んだよ」

「多少性格に難ありといいますか、お酒とギャンブルとお金が大好きな方でして……酔い潰れていた場合まずこちらの話は伝わりません」

「おいおい……人を駄目にする三つの要素全てに蝕まれてんのかよ」

「まだお昼ですしその可能性は低いと言えば低いですけど、なまじ腕が良いだけに何かを依頼するにしても相場以上の報酬を要求されることがほとんどで……特にギャンブルに負けた後なんかだと法外な請求をされることもしばしば。と、聞いています」

「凄いのか駄目人間なのか分からん奴だな。ま、相場とか言われても俺には分からないし、どのみち払うのはお前だから俺はなんだっていいけどさ」

「やっぱりそうなっちゃいますよね~……はぁ」

「いや、そこで落ち込まれても困るんだけど。溜息吐きたいのは俺の方だってのに」

「それは分かってるんですけど……わたし、ただでさえ貧乏なのに~」

「まあほら、元気出せって。いつだって前向きなのがお前の信念だろ?」

「それはそうですけど……」

 あ、あってんだ。

 テキトーに言っただけなんだけど。

「確かに、過ぎたことで悩んでても仕方ないですよね。偉大な魔法使いになるためにはこのぐらいでへこたれてちゃ駄目ですっ」

 リリはグッと、胸の前で握り拳を作って決意に満ちた表情を浮かべる。

 何がスイッチになったのかはいまいち分からないが、元気になってくれて何よりだ。


          ○


 件の酒場に到着した俺達は揃って未成年であるにも関わらず普通に店内へと足を踏み入れていた。

 それを誰かに咎められることがないというのにも驚きではあるが、それよりも何よりも驚くべきは店内に広がる光景である。

 あらゆる光景に驚いてばかりな気しかしないが、そりゃそうなるさ。だって日本人だもの ゆうき。

「凄いなーこれ」

 広い店内は辺り一面、西部劇に出てくる酒場のような造りになっていて、昼間だというのに多くの客で賑わっている。

 昼間から酒飲んでる奴多すぎだろ、大丈夫かこの国。

 つーか何でこいつら揃いも揃って剣だの槍だの弓だのブーメランだの持ってんの?

 武器オタの集いの場なの?

「悠希さん、それはもういいですってば」

 人並みにゲームをする高校生にとってはある意味感動的なシーンを前に思わず携帯片手にパシャパシャやっていると、抗議じみた声が聞こえるのと同時にその腕をリリが掴む。

 昔学校の社会見学で映画村に行った時と同じテンションになっちゃってたぜ。

「あそこに居る人です」

 何かと視線を落とすと、リリは前方を指差した。

 その先にあるのはグラスを片手にカウンター席に一人で座っている若い女だ。

 若いといっても二十は過ぎているっぽいが、リリと似たいかにも魔法使いっぽい真っ白でお洒落なローブは背中や肩口や胸元がぱっくり開いていて遠目から見ているだけでもハンパねえ色気が漂ってきている。

 あと胸がでかい!

「すぐに行くぞ!」

「あ、はい。ていうか何で急にやる気……」

 訝しげなリリなどお構いなしに、むしろ俺が腕を引いてエロエロお姉さんの元へと急ぐ。

 すぐにカウンター席まで辿り着くと、リリはそのフィーナとかいうお姉さんの背に声を掛けた。

「フィーナさん」

「ん?」

 呼ばれたお姉さんはくるりと椅子を回転させてこちらを向く。

 正面から見るそのボディーは全力でサムズアップをしたい程に眼福だった。主に胸元が。

「あら、リリちゃんじゃない。久しぶりね、私に何か用かしら?」

 艶やかな容姿に似付かわしい色っぽい声がリリに返され、すぐに視線が俺へと向く。

 が、自己紹介でもした方がいいのだろうかと考えている隙に話が進んでしまった。

「あの、今少しお時間大丈夫でしょうか。ちょっと依頼したいことがありまして……」

 どこかかしこまった様子のリリは明らかに気を遣っているというか、遠慮している感じだった。

 フィーナというらしい女性の反応からしても二人が顔見知りであることは分かるが、方やトップクラスの魔法使いであるお姉さんと方や魔法使えない自称魔法使いという話だったっけか。

 ランクみたいなものが違い過ぎるがゆえに格下のリリは態度に気をつけないといけない立場なのかもしれない。

 俺にしてみりゃそもそもトップクラスの魔法使いって何だよって感じだけど……何? メラゾーマとかアルテマとか使えんの?

 なんてことを、立派な谷間の出来たフィーナさんの胸元を凝視しながら考えている間にのリリが事情を説明している。

 やがて話が終わるとフィーナさんは色っぽい顔で人差し指を顎に当て、再び俺を見た。

「話は分かったわ。それで、随分と私の胸に興味津々なこっちのお兄さんに転送魔法を掛けて欲しいということなのね」

「そうなんです……ていうか悠希さん! どこ見てるんですか!」

 思いっきり頬を引っ張られ、その痛みでようやく我に返る。

「いだだだだだだ、ちょ、止め方が雑!」

「何言ってるんですか、本当ならひっぱたかれても文句は言えないんですよ? ていうか出会った直後からそうですけど何なんですかその女性の胸への異常なまでの執着は。わたしなんかと違ってこのフィーナさんは偉大な方なんですから失礼なことしないでくださいっ」

「確かに偉大だとは思うけど、そう悲観することでもないって。お前も大人になればこのレベルとまではいかなくとももう少し大きくは……」

「誰が胸のサイズの話をしてるんですかっ!」

「待て待て落ち着け! さすがにその変な棒で殴られたら痛いから。冗談に決まってるだろ? 深刻な感じを和らげようとしただけだってば」

「む~」

 魔法の杖らしき木の棒を構えつつ、リリは恨みがましい目で俺を見る。

 流石に下品過ぎたか。

「ていうか、別におっぱいに執着とかはしてないから。そこまで変態じゃないから」

「とてもそうとは思えませんけど……」

「そりゃ健全な若者として持っていて然るべき欲求は持ち合わせてるけどだな、だからといって軽蔑される程じゃない。むしろそのお姉さんを前に『全然気になってませんけど何か?』みたいな態度してる方が男として異常だろ?」

「仰る意味が分かりません……」

 会心の言い訳だったというのに、リリはがっくりと肩を落とすだけだ。

 その横でフィーナさんとやらは笑っていた。

「うふふ、面白いわね貴方達」

「お見苦しいところをお見せしてしまいまして」

 リリは申し訳なさそうに、それでいて少々恥ずかしそうにペコリと頭を下げる。

 なんか、この度はうちの馬鹿息子が大変ご迷惑を……みたいな感じで代わりに謝る母ちゃんみたいだな。

「それはさておき、フィーナさん? でいいのか?」

「ええ、それで構わないわよ。フィーナ・ウェンティー、歳は二十五。見ての通り魔法使いをしているわ。よろしくね悠希君」

「これはご丁寧に。って、挨拶をしてる場合じゃなくてだな、あんたに頼めば俺は元居た場所に帰れるって聞いて来たんだけど、その辺はどうなの?」

「転送魔法なら習得しているし、出来ないということはないけれど……相当な上級魔法だし高く付くわよ?」

「ち、ちなみに……おいくらぐらいなのでしょうか」

 ごくりと唾を飲むリリは真顔だ。

「そうねぇ、まあリリちゃんは知らない仲でもないし少しおまけして三千万ディールってところかしら」

「さ、三千万っ!?」

 リリが驚愕の面持ちで仰け反っている。

 まずディールって単位の価値も知らないし、この国の物価的なものも知らない俺にはそれが如何ほどの値段なのかも分からないが、高額であろうことは何となく理解出来た。

「三千万だって。お前持ってるか?」

「持ってるわけないじゃないですか、そんな大金!」

「そうか。まあ、無いものは仕方ない。何にせよ依頼成立ってことでいいんだよな? 代金はこいつがコツコツ返済するんでお願いする方向で」

「わたしこの歳で借金まみれですか!?」

「払えないなら受け入れるしかないだろ、この際それはさ」

「そんなぁ~……」

 絶望的な顔というか、もうほとんど涙目になっているリリだったが、せめてもの慰めの言葉を掛けようとしたところに割って入ったのはフィーナさんだ。

「ごめんね二人とも、悪いけど後払いは受け付けてないのよ。以前それで踏み倒されて面倒なことになった経験があるものだから。といっても、その男の家を吹き飛ばして人食いワニがいる川に両手両足縛って放り込んでやったら倍にして払いますって泣きながら謝ってきたけれど」

 怖っ!

 見た目の色っぽさや大人っぽさに反してフィーナさん怖っ!!

「つーか、一括払いしか駄目って……どうすんだよ」

 密かにホッとしているリリに若干イラっとしたので軽く責める様な口調になってしまった。

「どうすると言われましても……頑張ってお金を貯めるしかない、としか」

「ちなみに、三千万貯めるのにどのぐらい掛かるんだ?」

「わたしはフリーの身ですし、安定した収入があるわけでもないのでそれは何とも言えないですけど……仮に安定した収入があったとしても、少なくとも十年二十年は掛かるんじゃないかと」

「そんなに待てるかぁぁぁぁぁ!!!!」

 騒がしい酒場の中を静まりかえらせるぐらいの絶叫が店内にこだました。


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