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【第二十八話】 善悪の基準

2/17 話数の間違いを訂正



 目が覚めてまず感じたのはだいぶ寝坊してしまっているなぁこれ、という自覚だった。

 体感的には昼前か、最悪昼を過ぎている可能性も全然あり得るぐらいの寝過ぎたことによる頭の重さとやっちまった感がある。

 そもそも目覚まし蝋燭をセットしていなかったのだ。俺にしてみりゃ無理もないし、当然でもある寝坊だと言いたい。

 なにせ昨夜は心身共に疲労困憊だった。

 この風蓮荘に帰ったのはすっかり夜になってからだったし、ただでさえ山歩きもしたし鬼にぶん投げられたしという一日だったのに加え、午前中は通常業務もこなしたしソフィーと出掛ける前にはレオナのパシリまでやっている始末。

 そこで完結していればまだ多少はマシだったのかもしれないが、更に帰ってから一仕事も二仕事もあったのだからたまったもんじゃない。

 ヘトヘトになって帰った俺を待ち受けていたのは玄関で三角座りして待っていたマリアだった。

 目が合うなり、ソフィーやジュラ達を一瞥もせず俺に一言、


「……ゆうき…………お腹すいた」


 ときたもんだ。

 その力尽きる寸前みたいな弱々しい声、俺を見るなり乏しい表情の中に微かに見せた嬉しそうな仕草に『知らねーよ馬鹿』と言ってしまうような残忍さを発揮することは出来ず、渋々マリアの晩ご飯を作ってやったというわけだ。

 材料も大して残っていなかったので二度目の炒飯にしたわけだが、それでもマリアは一心不乱にがっついていた。

 普通に考えたらおかしいんだけどね。

 最初に引き受けた時には『今日明日ぐらいは』という話だったのにこれで三日目だぜ?

 なんで当たり前のように、さも『母ちゃんの帰りが遅いせいで腹減って死にそうなんだけど』みたいなノリで責任の所在がこちらであるかの如く態度で待ってんだろうね。

 ……あいつの考えることはよく分からん。

 そこから洗い物したり完全に放置してた干しっぱなしの洗濯を見てレオナがキレたりと色々あってヘトヘトになって眠ったのだ。そりゃ疲れも溜まるさ。

「ふわぁ~……今日も管理人に勤しむとしますか」

 相当サボりたいけど、こればっかりは仕方ない。

 つーか労働基準法とかねぇのかこの世界って。よく考えたら管理人って休みの日ねぇじゃねえか。

 ちょっとその辺よく考えて休みの日を設けるようにしよう。

 誰に文句を言われようと知らん。俺がこのボロアパートの所有者だ。俺がルールだ。

 まあ……休みとかの前にさっさと帰れれば一番話が早いんだけどね。

「はぁ~……やめだやめだ」

 考えるだけ損だ。朝から気が滅入るだけだわ。

 朝飯は何にするかな。

 なんて無理矢理思考を切り替えながらダイニングに入ることにしたのだが、そこにはこれまた意味不明な光景が広がっていた。

「……何してんだお前」

 扉の無い出入り口を潜ると、なぜかすぐ目の前にマリアが立っている。

 立っているというか、完全に立ったまま寝ていた。

「……Zzz」

「Zzz、じゃねぇよ。おいっ、起きろマリア」

 少し離れた位置から目を閉じ、体を揺らしながら器用にも直立で寝息を立てているマリアに呼び掛ける。

 揺さぶってやれば簡単に起きるのかもしれないが、寝惚けて殴り飛ばされでもしたら確実に死ぬ自信があるので勘弁願いたい。

 幸いにもマリアは少しの時間差を置いて目を開く。

 いつにも増してポケーっとした表情とものっそい眠たそうな半開きの目がマジ寝だったことを証明していた。

「………………悠希」

「おう、俺だ。何でこんな所で立ったまま寝てんだお前?」

「……お腹」

 お腹がどうした。と問うまでもなく、次に聞こえた音が全てを理解させる。

 ぐぎゅ~、と。明らかに腹が鳴る音がしたのだ。

 俺の腹じゃないのだからマリア以外に候補などない。

 呟かれた単語も合わせて考えると、誰がどう考えても『腹減った』としか解釈出来ないよね。

「もう腹減ったのか……いや、もう昼だから当たり前といえば当たり前なんだろうけど、朝飯食ってないのか?」

「…………(コク)」

 ……無言で頷かれても。

 だからなんで俺が用意しないせいみたいな空気なんだよ。パンでも野菜でも食えばいいだろうに。

 大抵昼過ぎまで起きてこないマリアが腹減って起きてくるって相当だぞ。

 昨日の晩飯、きっとあれじゃ足りなかったんだろうな。

 残りの米も多くないしってことで三杯ぐらいしか作らなかったもんな……いや、炒飯三杯で足りない晩飯とかあんの?

「はぁ……もういいや。あれこれ道理を説明して聞かせるのも面倒くせぇわ。トーストでいいか?」

「…………(コク)」

 どうにも空腹&眠気のせいか口数の少ないマリアだったが、腹が減っているのは俺も同じなので仕方なく俺製ピザトーストでも作ってやることにした。慣れって恐ろしいね。

 結果俺は一枚を、マリアは三枚を平らげたところで朝食の時間も終わりを迎える。

 もう朝食というかブランチって感じな気もするが、細かいことは置いておくとしよう。

「お前はこれからどうすんだ?」

「…………寝る」

「……そうか」

 色々と相変わらず過ぎる奴である。

 ほんと、家にいる時は寝てるか食ってるかしかの二パターンしかないぞ。

「……悠希は?」

「俺? 俺は洗濯やら風呂掃除やらをする前に森の中散歩してくるわ」

 飯を食っている途中、ソフィーが出て行った。

 何やら昨日の鬼退治の仕事が完了した手続きをしに斡旋所に行くとのことだ。

 その際ダイニングを覗いたソフィーにポンの散歩をお願いされたので食後の運動がてら先にそっちを済ませようと考えちゃったんだなこれが。つーか……その話してる時お前も同じ空間にいただろ。

 食ってる時は何も耳に入ってないというか一心不乱なのはまあ、そろそろ慣れてきた光景ではあるが、食ってすぐに寝るなんて不健康はお父さん関心しないぞ。

「そうだ、お前も来るか? 寝るにしても食ってすぐじゃ体に悪そうだしさ」

「………………………………行く」

 面倒臭いと思う気持ちがあったのか、そこそこの葛藤を挟んだもののマリアはコクリと首を縦に振った。

 問答無用で拒否られないだけ多少は友達としての距離が縮まってきたのかもしれない。

 友達以上の関係になれる日もそう遠くはないはずだ……現実的にはマリアにとっての俺なんてただの世話焼き係なんだろうけども。

 悲しく切ない非モテの自虐はさておき、そんなわけで俺とマリアにポンの二人と一匹は森を少し歩いた。

 例によって俺の頭に乗っていたポンはしばらく進んだところで勝手に飛んでいったのであとは奴が戻ってくるまで待っていればいいだけの簡単なお仕事だ。

 無言で俺の後ろを歩いていたマリアは早くも睡魔と戦うことへの限界を迎えたのか、寝っ転がったまま今にも眠りに落ちそうなとろんとした目を閉じかけては開いてを繰り返している。

 木にもたれ掛かって座る俺の太腿を枕代わりにしていて、なんかすげぇ萌えるんだけど。

 世話係とは言ったものの、なんだかんだでちょっとは懐かれているのかもしれない。

 静かな森の静かな時間。

 マリアが寝付きそうだったこともあり特に会話は無かったが、可愛らしい顔を眺めている内にふと心にあった引っ掛かりが言葉となって口から漏れる。

「マリア」

「…………?」

「お前……巨人捕まえたんだっけか」

「……捕まえた」

「巨人ってどのぐらいデカいんだ?」

「マリアの……十倍ぐらい」

「マジか。でも、捕まえるにしたって暴れたり襲ってきたりしないのか?」

「……暴れる、攻撃もしてくる」

「俺も幽霊とか鬼とかを目の前で見てさ、すげぇビビってたわけだよ。お前はそういう時に怖くなったりしないのか?」

「全然……巨人ぐらいなら、平気」

「そうか……すげぇな、お前もソフィーも。マリアはさ、殺し屋やってるって前に言ってたよな」

「…………(コク)」

「それって……人を殺したこと、あるってことなのか?」

「……たくさん」

「なんでそんな仕事してんのかは知らないし、俺が口を挟めることじゃないのかもしれないけど……やめようぜそんな仕事」

「…………」

 マリアは俺の足の上に頭を乗せたままこちらを見上げる。

 不思議そうに、言っている意味が分からないといわんばかりの顔で首を傾げるように。

 マリアはずっとそういう生き方をしてきたのだろうか。

 俺と歳の変わらない女の子が、人を殺すことで生きる糧を手に入れる。そういう生き方を、そういう人生を。

 この世界、警察の代わりがレオナがいる何とか騎士団なのだろうが、そうじゃない一般人までもが平気で武器を持って道を歩いている。

 仕事を探せば合法とは思えないながらも殺しの依頼を紹介されることまであるぐらいだ。

 つまりはそういう世界。それが当たり前とまではいかなくとも、別段異常というわけでもない世界。

 そう言ってしまえばそれが全てなのかもしれない。

 だけど俺は、身近な人間がそうあることにどうしても耐えられない。

「お前……家族は?」

「いない……みんな、殺された」

「だから殺し屋やってるのか? なんて言うか……復讐的な」

「違う……それは関係、ない。出来る仕事が……他になかったから。本当に殺したいのは……一人だけ」

「…………」

 いつもと変わらぬ口調は言葉の内容とは裏腹に本人がどう思っているのかを判断させてくれない。

 触れて欲しくない話なのか、別段何も感じていない世間話の延長なのか。いずれにしろ俺はどう答えればいいものかも分からなかった。

 そして今そこに踏み込めるとも思えない。それだけの人間関係は……きっとない。

 だけど。

「特に意味や目的が無いのにやってるなら、もうやめろよ。人に頼まれて、お金貰って、無関係な誰かを殺すなんて間違ってるだろ普通に考えて」

「……何が間違ってる?」

「何がって、そりゃ……身近な人間が死ねば悲しむ人がいるんだ。分かるだろ? お前だって家族が殺されたなら……その気持ちが分かるんじゃないのかよ」

「家族……殺された。マリア……悲しかった。でも、あいつらは殺すのをやめなかった。それは悪いことをしていたから……悪い人は、殺されても文句は言えない。だからマリアも悪い人、殺す。殺されても…………文句は…………言えない、から……」

「でもそれじゃ……」

 いつかお前も殺されることになって、初めからそれを受け入れるつもりでいるように聞こえるじゃないか。

 そう言おうとしたものの、マリアは既に目を閉じ寝息を立てていたため声にはならない。

 初めて触れた住人の内面、そして簡単ではなく計り知れないただならぬ事情。或いは過去。

 俺が知らないだけでマリアには深い闇があるのかもしれない。

 それが間違っていると、正しいことではないと、いつか俺の言葉で理解させてあげられる日が来るだろうか。

 無警戒で無垢な寝顔を見ながら、どこか痛む心でそんなことを思った。



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