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【第二十六話】 俺ってまじキビ団子のプロ



 それからしばらくして、俺達は目的地である村に到着した。

 おおよそ一時間足らずといったところか。

 途中で二度ほどポンの休憩を挟み、水を飲ませたりしつつも昨日の馬車の旅と大差ない時間で辿り着いている。

 ソフィーの話が事実ならばポンは重量をほとんど感じないという謎体質を持っているということだ。

 つまりは鳥が普通に飛ぶのと同じ速度で移動しているわけで、そりゃ当然馬車なんかより早いし、そんなスピードで上空をただ鳥が掴んでいるだけの状態のカゴに乗って飛行するなんて末恐ろしいことこの上ない時間であったことは言うまでもない。

 恐怖によって長く感じているだけで本当はもっと短時間で到着している可能性まであるぐらいだ。なんかもうそれが事実であろうとなかろうと大差ないドン引き具合である。

 正直、帰りも同じ恐怖を味わうのかと思うと馬車でゆっくり帰りたいんだけど……。

「ではまず村長さんの所に行きましょう~」

 久方ぶりに地面に立ったことで密かに安堵の溜息を吐いていると、その横でソフィーが手をパチンと叩いた。

 周囲に広がるのはリリと行ったヒュービー村よりも少し広いものの丸太を組み合わせて作った小屋の数はそう大差なく、違いという違いはあちこちにあった畑がほとんど無いという部分ぐらいだろうか。

 村の手前には大きな川があったし、少し向こうにはそこそこのデカさの山が見えている。

 道中に聞いた話によるとこの国では山の傍には大体の場所に村や集落があるらしい。

 人口の多い街やら都市やらから離れているからこそ古くからある村や集落は今尚そうあり続けているのだとか。

 実際、辺りには魚が吊してあったり猪が洗濯物の如く木に手足を縛られていたりと、田畑とはまた違った自然の中での生活する環境であることが見て取れる。

 この村は田畑で何かを育てることよりも狩猟や漁獲によって生きる糧を手に入れるのが主なのだとも聞いた。

 となれば確かに山に鬼が出るというのは死活問題になるのだろう。

 鬼がどういう存在なのかは知らないが、そういう依頼が舞い込むのもまあ分からなくもない。

 特に意見も提案も無いキビ団子こと俺は黙ってソフィーの後に続き村長とやらのお宅を訪ねると、迎え入れてくれた髭のおっさんから例によって依頼内容の確認だったり山に入るにあたっての注意点、鬼の情報等を聞き、すぐに山へと向かうことに。

 日が暮れてからでは危険度が増す。というのも前回と似ている気がするがそれはさておき、そんな塩梅でソフィー一行の鬼退治の旅が始まってしまった。

 目的地の山は幽霊騒動の時よりも気持ち大きく、高さもあるように見える。

 頻繁に人が出入りするという割には特に山道が整備されているということもなく、生い茂る木々や雑草も放ったらかしで随分と歩きづらく感じた。

 それは敢えてそういう場所を避けて登ることを選んだからなのだと知ったのは少し経ってからのことだったが、その理由が『匂い』やら『気配』だと言われればなるほどとしか答えようがないので黙って付いていく他なかろう。

 リンリンとジュラの嗅覚や勘というのは中々どうしてアテになるものらしい。

 心強いやら末恐ろしいやらという感じではあるけど、そんな心持ちででっかい蜘蛛やら時折不意打ちでくる風が草木を鳴らす音にビビったりしながら薄暗い山の中をしばらく歩く。

 鬼云々以前に狼やら熊やら出てくんじゃねぇだろうな。

 なんて不安も、そういや既にここには狼がいるんだったなと思い直したりしつつ十分ほど山道を歩いた時だった。

 先頭を歩くジュラが突如として足を止める。

 片腕を上げ、まるで後ろを歩く俺達にストップの合図を出すかのようなポーズでだ。

 そして、低く静かな声で言った。

「……来たよ」

 素人の俺にも空気が変わったのが分かった。

 ジュラー、ソフィーからはピリピリとした緊張感が伝わってくるし、リンリンも前屈みになり二つの頭でグルグルと唸りながら明らかな臨戦態勢を取っている。

 何かが来る。それだけは彼女達の雰囲気や表情がはっきりと理解させた。

 会話が止み、唐突に訪れた静寂に包まれる森の中。

 すぐに聞こえてきたのは俺達のものではない、何者かの足音だった。

 ザッザッザッザと。

 砂利を踏むような音がゆっくりと近付いて来る。

 やがて息を飲み、音を殺して待つ俺達の前に現れたのはまたしても異様な生物だった。

 いかにも怪力なゴツイ体付きではあるが、二足歩行でこちらに向かって来る様は人とそう変わらない。

 しかし、それ以外の部分は何をどう考えてみても人と呼ばれる生物とは違っっていた。

 肌は全身緑色で、頭には二本の短い角が生えているし、腰布を巻いているだけで上半身は裸の状態でいて手には太い棍棒を持っている。

 聞かなくとも分かる。

 オーク鬼という生物を退治するという目的で来たのならば、間違いなく目の前にいる生き物がそれであると。

「危ないので悠ちゃんは下がっていてくださいね~」

 隣にいたソフィーは一歩二歩と足を進め、俺を隠そうとするように前に立った。

 口調こそいつもと変わらない穏やかなものであったが、その表情は凜とし鋭い目付きで鬼を捕えている。

 ふしゅ~、と。

 明らかに敵意剥き出しで迫ってくるオークという名であるらしい鬼に、俺一人がほとんど無意識に後退っていた。

 なんだよこの生物は、あり得ないだろ。

 幽霊よりも、角付きフクロウより全然あり得ないだろ。

 あり得ない具合で言えばリンリンぐらいあり得ないぞ……。

 戸惑いや驚きよりもただ恐怖が思考を埋め尽くしていく。

 目の前にソフィーやジュラがいなければ即座に逃げ出していただろう。

 刺激してはヤバいと、声を出すことも出来ずにそんなことばかりを考えていた。

「さあ、行くよアンタ達」

 そんな俺の前で、ジュラはソフィーを背に回し毅然とした態度でそう言った。

 次の瞬間。

 一人と一匹の体が変化していく。

 ジュラの下半身は二本の足から蛇の体へと形を変え、人間の上半身に蛇の下半身を合わせたまさに蛇女と表現する以外にないケンタウルスさながらの風貌と化していった。

 そして隣でグルグルいってたリンリンもまた、その姿を異様なものへと変化させている。

 外見にさしたる違いはない。

 しかしサイズだけがはっきりと、そして明らかに変わっている。

 見た目も大きさもシベリアンハスキーみたいな感じだったはずのリンリンは今や犬や狼では例えることの出来ない程の、もはや熊ぐらいのデカさになっているのだ。

 もう敵であるはずの鬼どころか味方であるはずのジュラやリンリンに対しても疑問だらけな上に意味不明過ぎて何が何やら分からなくなる。

 その姿が緑の原始人みたいな鬼を興奮させたのか、二人を見たオークはいきなり突進してきていた。

 向かった先は先頭に立つジュラだ。

 未だビビリ過ぎて声を上げることも出来ない俺の前で鬼は棍棒を振り上げ、そのままジュラを殴り付ける。

 ヤバイと感じた時にはジュラは素早く後退し、長い尻尾でその重そうな一撃を防いでいた。

 その直後、リンリンが飛び上がる。

 ジュラを飛び越え、獲物を捕食しようとする肉食獣の如く大きさを増した前足に鋭く長い爪を光らせ勢いよく鬼へと襲い掛かった。

 咄嗟に反応した鬼は棍棒を盾にすることで大きな前足を防いでいたが、体重差が物を言う状況であるのは明白だ。

 飛びかかった勢いそのままに右足が棍棒を、左足が肩付近を押し付ける格好になると鬼はすぐに力負けし倒れ込んだ。

 ほとんどリンリン巨大版がマウントポジションを取っているような格好で覆い被さってはいるが、鬼も見た目通りに怪力の持ち主なのかどうにか脱しようと抵抗し暴れている。

 少しの揉み合いを挟み、片足を間に割り込ませた鬼がとうとうリンリンを投げ飛ばした。

 巴投げの要領で、両肩を掴み足に体重を乗せて倒れたまま頭上へと放られたリンリンは背中から落下したが、高さがなかったおかげかすぐに立ち上がると再び前屈みになり鼻息を荒くしている。

 対する鬼も同じく立ち上がり、リンリンを攻撃しようと棍棒を構えた。

 それすなわち、俺達に背を向けているということだ。

 その隙を見過ごすことなく、ジュラは蛇の動きそのままにくねくねと下半身で地を這い静かに鬼に近付いていくとがら空きの首元に噛み付いた。

 痛みからか棍棒を手放し、それでいて振り払おうと暴れるがその動きは徐々に力強さを失い、やがて全身から力が抜けていく。

 両腕がだらんと垂れ下がり、そのまま膝を突き、そしてジュラが鋭い二本の牙を抜き去ると同時にドスンと前のめりに倒れた鬼は完全に動きを失っていた。

 背中が僅かに上下運動をしているところを見るに呼吸はしているようだ。

 それでいてあのゴツイ怪物が完全に動かなくなっている。

 見た目はどうあれ蛇の牙ということになるのだ。毒とか、麻酔的な効果があるのか?  

 なんて疑問も口には出来ず、目の前ではジュラがパンパンと手をはたきながら『これでしばらくは眠っているだろう。サッサと縛って持って帰るよ』とか言っている。

「すげぇ……」

 それしか言えない。

 息を飲む間もない一連の攻防、そして連携に思わず見入ってしまっていた。

 俺は本気でキビ団子以下の存在感だったけど、あんな化け物を簡単に仕留めるとか魔物使いってすげぇ。

 あとフリーの戦士でも十分すげぇ。

 馬鹿にしてマジごめんって言いてぇよ。

 唖然と立ち尽くしながらそんなことを考えているうちに、ソフィーが持っていた縄で緑原人をグルグル巻きにしている。

 何はともあれ、これで桃太郎一行の鬼退治は終わりを告げたのか。

 そう思うと、自然と安堵の溜息が漏れる。

 あんな重そうなのどうやって持って帰るんだろう。

 そんな疑問も今までどこにいたのかポンがバサバサと俺の頭に降り立ったことで瞬間解決していた。

 それなりに、いや結構……いやいや、相当情けないと自分でも思うが、あんなん相手に怪我人一人出さずに済んだなら万々歳の結末だろう。

 それも男一人(戦力値としてはキビ団子以下)と女二人(一人は桃太郎というか立派な桃でもう一人は蛇)、そして犬(実際は狼)に鳥(鳥)という面子で鬼退治を成し遂げたのだからとんでもない話だ。

 何もしてないけど精神的に疲れたし、心臓にも悪いし、終わったならさっさと帰ろうぜ。

 キビ団子にしてはまともに思えるそんな提案は声にならずに消えていく。

 ジュラとリンリンが唐突に、そしてほとんど同時に背後に視線を向けたことが原因だった。



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