【第二十五話】 空の旅
6/25 台詞部分以外の「」を『』に統一
少々安請け合いをしてしまった感は否めないが、何だかんだでソフィー達と共にまた出掛けることになってしまった。
パシリから帰ったばかりだというのに、管理人さんって大変ですね……どっちも管理人関係ねえよ。
「で、その村とやらにはどうやって行くんだ? また馬車?」
ポカポカとした陽気な太陽の下、早くも後悔し始めたことを主にジュラに悟られまいと装ったりしつつ隣に立つソフィーに聞いてみる。
確かさっき結構遠いって言ってたっけか。
この国の大きさを知らないので何とも言えないが、昨日リリと言った隣の村ですらそこそこ時間が掛かっているのだ。
更に遠くとなると帰りはかなり遅くなるんじゃなかろうかと思ったのだけど、基本的に深く物事を考えていなさそうなお気楽ソフィーはどういうわけかにこやかなまま手を横に振る。
「いえいえ~、馬車で行っては時間が掛かってしまいますからね~。飛んで行けば何倍も早く到着しますのでご安心を」
「飛んで行く?」
なに言っちゃってんのこの子。
と、全く意味が分からず首を傾げる俺だったが、それでもソフィーは笑顔を崩さず真上を指差した。
見上げると同時に何やら巨大なカゴらしき謎の物体が降ってきている。
かと思うと俺達を影で覆ったそれはそのまま目の前に着陸した。それの取っ手? の部分を持っているのはポンだ。
「ご苦労様~、ポンちゃん」
「……ポン? いつの間にか頭からいなくなったと思ったら何やってんだお前」
疑問をそのまま口にするも、案の定『ホー』という理解不能な内容の泣き声が帰ってくるだけだ。
目の前のそれはカゴというか、竹なのか籐なのかで編まれたバスケットのような、それでいてやけに大きく人間でも数人収まってしまいそうなサイズの持ち手が付いた物だ。
間違っても軽くはないだろうに、簡単に運んで来るポンの力持ち具合にも驚きだが、それ以前にこれをどうしようというのかが気になって仕方がない。
「サイズが大きくて部屋には入らないので普段は屋根の上に置いてあるんですよ~」
「うん、いや、どこに置いてたかとかは別にいいんだけど……これ何に使うんだ? これに乗るの? これが飛ぶの?」
見当違いの回答をするソフィーに呆れつつ、もう数打ちゃ当たる的なノリで質問攻めに出ることにした。
「そうですそうです~。これに乗って、ポンちゃんに運んで貰えば飛んでいけますので、悠ちゃんもどうぞ乗ってください~」
「乗ってって、ちょ、おい……」
わけも分からんまま背中を押され、開閉部分からカゴの中へと促される。
なんだか熱気球の下に吊されてるゴンドラみたいだなと思う率直な感想は続いて乗り込んでくるソフィー、ジュラ、リンリンによって隅に追いやられているうちに飲み込んでいた。
いい加減ちゃんと説明してくれ。
そんな当然の言い分は、やはり言葉になる前に別のリアクションに掻き消される。
「うおっ!」
全力で焦りながらの情けない声が漏れる。
それもそのはず、扉みたいになっている開閉部分をソフィーが閉じたかと思うとカゴが宙に浮いたのだ。
中心から伸びる棒の先にある取っ手を掴み、カゴを持ち上げて飛んでいるのはポンである。
俺の頭に乗れるサイズのポンが、大きなカゴを俺達ごと特に苦しそうな素振りも見せず平然とバサバサと羽音を鳴らしながら持ち上げどんどんと地面から遠ざかっていく。
その理解不能かつ愕然とせざるを得ない光景を前に、俺はもうドン引きだった。
「えぇぇ……どうなってんのこれ。なんで飛んでんの? ポンが持って飛んでんの? それっておかしくなーい?」
「えへへぇ、いいリアクションですね~悠ちゃん。聞いて驚いてください、これぞポンちゃんの能力なのです」
「……能力?」
「はい~。なんとですね、ポンちゃんは『重さ』をほとんど感じないという特殊な力があるんですよ」
「マジか……なんだよ能力って、お前ただのフクロウじゃなかったんか」
ドン引きとかもうそういう問題じゃない。
そりゃ角が生えてる時点でただのフクロウじゃないんだろうけど、それにしたっておかしいよね。なに重さを感じないって。
この世界のとんでも具合にもそろそろ驚き慣れてきたと思っていたのに、それはどうやら勘違いだったらしい。
ちょいちょい鳥とか言っちゃってごめんなポン。
という意味を込めた呟きは、例によって『ホー?』とチラ見されただけに終わった上にニュアンス的に『なんか言った?』みたいな感じであったが、そもそもここにいる五つの生命体のうち人間が俺とソフィーだけという時点でなんでもありな異世界であることを忘れてた俺が悪いのかもしれない。
鬼って聞いて再認識したばかりだというのに、再認識の上書きとかされても俺の凡庸スペックな脳みそじゃ理解が追い付かないっての。
「…………」
ほんの少し、顔だけを淵からを出して下を覗き込んでみる。
戸惑い倒している隙に随分と高度を上げていたらしく、遠ざかる風蓮荘は小さくなっていて辺り一面森が広がるばかりだ。
少し向こうには王都が、反対側にはカルネッタが見えていてマジで飛んで行くんかいというツッコミを今更ながらに心の中で見舞うしかない感じである。
三人と一匹が乗っているゴンドラの中はそこそこの満席感によって寄り添って立っているのだが、俺以外の面々は慣れっこなのかこの状況に何か疑問や戸惑いを抱いている様子は全くない。
俺が密かにボンバーヘッドと呼んでいるドレッドヘアーのジュラは特に落ち着き払った様子で、今日は水色のロングスカートと黒と赤の混ざったシャツという相変わらずの派手な格好をしている。
一見普通の三十手前ぐらいの姉ちゃんに見えるがこのジュラ、正体は蛇女であるらしい歴とした魔族ということだ。
そして足下で眠そうな目をしているリンリンは双頭狼という種族だか種類だからしく、見た目は黒い狼だが頭部が二つあるというケルベロス顔負けの異形生物である。
そこにゴンドラ持って軽々飛んでいる角の生えたフクロウことポンに俺やソフィーを加えた人間二人でオーク? だかいう鬼退治に向かおうとしている。
人間プラス蛇と狼と鳥で鬼退治ってお前これ……桃太郎か!
そう言えたらどれだけ気も紛れることか。
ソフィーがリーダーなので桃太郎役になるだろう。
犬の代わりに狼のリンリン。
キジの代わりにフクロウのポン。
猿の代わりに蛇というのは若干無理がある気もするが……だとしたら俺は何にあたるんだろう。
きび団子? いやいや、たぶんあの物語におけるきび団子より役に立たなさそうだぞ俺……。
しかしまあ、最初の説明にあった『支給される交通費もまるまる浮く』というのはこういうことだったってわけだ。
「つーか高すぎだろこれ……」
優に二十メートルはある高さに身震いしつつ、顔を引っ込める。
高所恐怖症というわけではないけど、さすがにこの高さを鳥が持っているだけのゴンドラに乗って飛んでいるというのは怖いって普通に。
その辺を飛んでる鳩みたいに軽快に飛行してるけど、ほんとに大丈夫なんだろうな……。
「相変わらず男の癖に文句や不満が多い奴だねあんたは。少しの根性はあるんだろう、仕事前に気が滅入るような情けないことを言うんじゃないよ」
案の定ジュラの叱責がこのゴンドラの如く飛ぶ。
何かにつけて男らしくしろだの、へらへら鼻の下を伸ばすなだのと日頃から口うるさいジュラの男像ってどんなんだよ。
いい加減俺にも一言もの申す権利ってもんがあるぞ。
「いいかジュラ。男の癖に、で何でも解決すると思ったら大きな間違いだからな。こんな移動方法があるなんて知らなかったし、男であろうとなかろうとこの高さなら誰でも不安や身の危険を感じるし幽霊だって怖いわ」
「幽霊? ああ、おチビちゃんと行った仕事の話かい」
「おチビちゃんて……」
リリのことなんだろうけど、もうちょい言い方あんだろ。
「そのおチビちゃんで思い出したけど、確か出発前にリリがどうこう言ってたよな? あれは結局なんだったんだ?」
ふと思い出しジュラからソフィーへと視線の向きを変えると、何やらやけににこやかな表情でこんなことを言う。
「本人には内緒ですよ~、少しばかり恥ずかしがっていましたので」
「内緒はいいけど、恥ずかしがってたって……何を?」
確かリリの推薦があったから俺を誘ったという話だったか。
そこに何を恥ずかしがることがあるんだ?
「幽霊騒動のお仕事の話を聞かせてもらいましてですね、付いてきてもらうなら悠ちゃんがいいんじゃないかってことを教えてくれたのはリリちゃんなんですよ」
「だから、それが俺を推薦したって話だろ? 正直そうされるような理由が一切思い当たらないんだけど。俺は強引に連れて行って怖い思いさせただけだし、むしろ一緒に仕事しないリストに名を連ねていいぐらいだったぞ」
リリ本人からすればむしろデスノートに名前を書かれても文句は言えないぐらいだ。
もしや……その件の仕返し的な意味で怖い思いをしそうな鬼退治という仕事に俺を連れて行かせようとしたのだろうか。
あの健気なロリっ娘がそこまで邪悪な思考回路を持ち合わせているとは思えないというか思いたくないけど……まさかだよね。違うよね。違うと言ってよリリちゃん。
どこか聞かない方が幸せだったんじゃないかという不安が気分を重くさせる。
しかし、ソフィーは暢気な口調で『いえいえ~、そんなことはありませんよ~』とか言って微笑むだけだ。
何がどう違うというのか。聞いてみると、思い掛けない事実が発覚した。
「確かに怖い思いはしたけど、無事に帰って来られたのは悠ちゃんのおかげなんですって、リリちゃん言ってました」
「そうなのか……」
「わたしだったら逃げ出すことに必死で、人のことまで考える余裕なんてなかったはずだって。腰が抜けて、動けなくなってしまって、ここで死んじゃうんだって絶望して……だけど悠希さんはわたしを見捨てたりしなかった、助けに戻って来てくれて、わたしを背負って連れ出してくれたんですって、そう言ってました。普段はエッチなことばかり考えている人ですけど、本当は優しくて頼りになる人なのかもしれないって見直していましたよ~。その話を聞いて私も付いてきてもらうなら悠ちゃんにお願いしてみようって思ったんです」
「そっか……」
やべぇ、ちょっと泣きそうになってきた。
ずっと罪悪感みたいなものが残ってて、俺のせいでって思いがあっただけに安堵と同時に救われたような気持ちにさせられる。
そんな風に思ってくれていたなんてと、感動すら覚えた。
「少しぐらいの根性を持っているならソフィーに対してもそれを発揮するんだね。ヘラヘラしているだけの男なら私はいつでも見捨てるよ」
「人がせっかく感動してるんだからちょっとは空気読めよ……」
「ジュラなりの叱咤激励なのであまり気にしないでください~。危険は無いようにしますけど、何かあった時は頼りにしてますからね~ってことです」
「まあ……見損なわれない程度には頑張るよ。どう足掻いても鬼退治の役には絶対に立てないだろうけどさ」
正直に言えば、あの場でリリを見捨てて一人で逃げるなんて選択肢があるわけもないし見直されるようなことをした自覚もないけど、日本じゃそうそうなかった経験だからか必要とされるってのは意外と悪くないのかもしれないな。
人知れずそんなことを思いつつ、しばらく続いた空の旅を謳歌するのだった。