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【第二十三話】 ああ麗しき王女様

6/12 台詞部分以外の「」を『』に統一



 レオナとの会話が一方的に打ち切られたのち、すぐに風蓮荘を出た俺はのんびり森を抜けて王都シュヴェールの町並みを横目に件の王宮を目指して歩いていた。

 王都というだけあっていつ来てもカルネッタと違って人が多いし、立ち並ぶ店やそこに居る客達も含め活気に満ちていることがはっきりと分かる。

 馬車が走っているとか、コンビニが無いとか、そういう部分は文明の違いだと割り切れるようになってきたつもりだ。

 だけどどうにも剣やら槍やらを持って歩いている人間をちょいちょい見かけることに関しては文化の違いというだけで受け入れることが難しい。

 わんさかというほど数が多いわけではないけど、それにしたって普通に物騒だってマジで。銃刀法違反ってもんを辞書で調べてこいと言いたい。

 人種で言えば国に仕えているわけではないフリーの戦士ということになるらしいのでリリやソフィーと似たようなもんなんだろうけど、厳ついオッサンと少女じゃ見た目の印象に天地の差があるというものだ。

 とまあ何度来ても物珍しさや驚きに満ちているそんな王都の町並みにあって、左右に露天が立ち並ぶ大通りを五分ほど歩いたところでようやく宮殿へと辿り着いた。

 凄まじく広くて、恐ろしく綺麗で、外から見るだけでもどこか神秘的にさえ映る大きな宮殿の敷地は鉄柵に囲まれていて、誰がどう見ても王様とかが住んでいますという感じだ。

 実際に住んでいるのだからそりゃそうだって話か。

「つーか、どこから入るんだこれ?」

 立ち止まりキョロキョロと見渡してみるも入り口らしき物はない。

 インターフォンどこだよ、と。高い柵に沿って歩いてみると、少し先の方に何やら変わった格好をした二人組が目に入った。

 警戒態勢が強いのか、王国制ならではの風習なのか、宮殿の傍にだけやけに人影が少ないため尋ねてみることも出来やしない。

「……ん?」

「む」

 あの人達に聞いてみればいいかと思って近付いていくと、向こうも俺の存在に気付きこちらに目を向ける。

 すぐ後ろには頑丈そうな鉄製の門が見えていて、聞くまでもなく目的を果たしてしまったことを把握すると同時に二人の男が門番的なものなのだと理解した。

「あの~」

 恐る恐る、声を掛けてみる。

 警戒心しかないみたいな顔をしていらっしゃるが、俺は呼ばれて来たわけだしやましいことなど何もないはずだ。

「何者だ」

「宮殿に何の用だ」

 こっちの声を遮るように言葉を返し訝しげな目を向けられたかと思うと男達は揃って腰の剣に手を添えた。

 不審者だったらこの場でぶっ殺す。みたいな気概がありありと感じられる。

「レオナに呼ばれて来たんだけど……」

 ぶっ殺されたくはないが、それ以外に説明のしようがない。

 これで駄目ならもう知らん。帰る。

 面倒事になりそうな気配もさることながら男達の持っている物騒な凶器が怖くて早くも帰りたさマックスな俺だったが、思いの外あっさりと男達から敵意剥き出しの態度や表情は消え、それどころか二人揃って慌てて敬礼のポーズを取っていた。……どういうわけなんだぜ?

「ロックシーラ副隊長殿から聞いております。ご案内しますので中へどうぞ!」

「え……中に入っていいの?」

 ビシっと姿勢を正し、はきはきとした口調に変わる豹変ぶりに逆に戸惑ってしまう。

 入っていいなら一度ぐらい直に見てみたいと思っていたので嬉しく思う気持ちはあるけど、それよりも何よりもレオナの名前出しただけでこんな風になんの? という驚愕が遙かに勝っていた。

 どちらも若い男ではあるが、それでも確実に二十は超えている。

 両肩に白い十字が描かれている上下共に黒い衣服で、腰に剣を指しているといういかにも中世の騎士みたいな姿をしているところを見るに例のパトラッシュとかいうこの王国の軍隊的なアレの一員と見ていいだろう。

 レオナよりも年上の二人が名前を聞いただけでこれだけ畏まるって、もしかするとあいつ本当に凄い奴なのか……リリが散々持ち上げていたのは確かだけど、少なからず身内贔屓も入ってると思って話半分で聞いていただけに普通にビビったわ。

「では私の後に続いてくださいますよう」

 そう言うと、片方の男が大きな門を開き俺を中へと促してくる。

 別に俺にまでそんな態度を取る必要も無いと思うのだが、それも仕事だと言われると返す言葉もないので黙って付いていくことに。

 恐る恐る足を踏み入れる宮殿内部は、それはもう綺麗なものだった。

 芸術的な石畳の道がずっと奥まで続いていて、左右には手入れされた草花に彩られていたりあちこちに噴水があったりと、ヴェルサイユ庭園さながらの風景が広がっている。

 奥にはお城の様な規模と造りの大きな建物があったり、その脇には小さな箱形の建物がいくつか建っていたりと、もうとにかく全部が凄い。

 なぜ携帯を置いてきた俺の馬鹿……もはやバッテリー残ってるのかどうかも定かじゃないけどさ。

「……ん?」

 せめて目に焼き付けておかなければと一人で感動しまくりながらキョロキョロしつつ宮殿へ続く道を歩いている。

 ふと、脇にある噴水の傍に人がいるのを見つけた。

 案内をしてくれている人と同じ格好をした兵隊さんとは何度かすれ違ったりもしているのだが、庭園に人が居るのを見たのは初めてだっただけに余計に目立っている感じだ。

 というか、目立っている理由は完全に別にあった。

 視線の先にいるのは若い女性で、一言で表現するならば【お姫様】という言葉を用いるしかないというぐらいにお姫様だ。

 桃色の煌びやかなドレスを身に纏い、宝石まみれのティアラが頭に乗っている。

 歳は俺とそう違わないぐらいか、えらく可愛らしい顔をしていて何より胸もそこそこ大きい。

「あの~……」

 あまりにも気になったので案内の人の背に声を掛ける。

「いかがなさいましたか?」

「あの女の人って、どちら様?」

「どちら様も何も……シルヴィア・アレクサンドリア王女ですが」

 俺が話し掛けただけで足を止めて振り返ってくれる案内の人だったが、表情はとてつもなく胡散臭いものを見る時の顔をしている。

 この国の王女様を知らないってどう考えてもおかしくね? と思われているに違いないと、馬鹿な俺にでも簡単に察しが付いた。

 それはある意味当然の反応というか、そりゃ怪しまれても無理ないわって感じだが、既に俺の頭はそんなことを考える余裕などない。

 あの人が王女かどうかは無関係に、これは運命の出会いに違いないと一人で勝手に確信していた。

「あ、ちょっと!」

 後ろから声がしている気がするが、全然気にならないし足も止まらない。

 そのまま求愛の舞を披露しながら王女様に寄っていくと、目の前で跪きレースの手袋みたいな物を装着している右手を取った。

「ごきげんようマドモアゼル」

「ごきげんよう。ま……まどもあぜる?」

 にこりと笑みを返してくれた王女はすぐにキョトンとした顔で首を傾げる。

 くそう……格好付けてみたのに伝わらなかったか。

 いやしかし、間近で見ると王女様っぽさがより際立つな。

 僅かにウェーブがかった茶色い髪からは甘い香りがして、全身から高貴さが漂い、見るからに育ちが良く穏やかさが伝わってくる優しそうな顔は美形の究極系とも言えるレオナとはまた違うキレ可愛いタイプで、なんかもう今すぐ結婚したい。

 目が合っただけで思わずプロポーズしてしまいそうだ。

「俺と結婚してください」

 というかもうプロポーズしていた。

 頭おかしいんじゃねえかってぐらいその場のノリと勢いによる行動だったが、そういう恋もあるさ、きっと。

 手を取った時にはやや困惑していた風だった王女は『まぁ……』と気恥ずかしそうに頬を染め、空いている左手を顔に当てる。

 あれ? これ意外といけんじゃね? 俺もしかして結婚出来ちゃうんじゃね?

 なんて童貞特有の勘違いは、直後に聞こえてきた慌ただしい足音とそれを掻き消す怒声によって軽々と吹き飛ばされた。

「何やってんのよアンタぁぁぁ!!!!」

「ぐはぁぁっ!」

 聞き覚えがあるような気がしないでもない高い声の主を確認しようと振り返った瞬間に目に入ったのはもの凄い勢いで迫り来る靴の裏だった。

 その誰かの足は的確に俺の顔面を捕え、衝撃によって吹っ飛んだ俺はワケも分からないまま芝生の上を転がる。

 誰だ急に跳び蹴りカマしてきた奴は……しかも顔面ってこれクソ痛いんですけど!

 いきなり何すんだゴルァ!

 と怒鳴り散らす気満々で激痛駆け巡る顔を押さえながら体を起こすと、なぜか目の前にはレオナがいた。それはもう夢に出てきそうなレベルの鬼の形相で。

 痛みと驚きと怖さと愛しさと切なさと心強さで言葉を失う俺をギロリと睨むとレオナは王女様へと向き直る。

 どうでもいい話だが、レオナは他の兵士と違って白い服に黒い十字架という色違いの服を着ていて、女だからか下も白いスカートに丈の長いブーツを履いている。

 色が違うのは副隊長という偉い人だからなのだろうか。初めて見る仕事着のレオナは普通に格好良かった。

「申し訳ありません姫様。ちょっとコイツ頭おかしくて」

「なんでレオナが……つーかマジいてぇんだけど」

「なんでレオナが、じゃないわよ! 早くあんたも頭下げなさい!」

「いでででで」

 首根っこを掴まれ無理矢理立ち上がらされた挙げ句、頭を力任せに押さえ付けられてお辞儀させられる。

 どこもかしこも痛いし、なんで俺がこんな目に……。

「そこの衛兵、姫様をお部屋までお連れしなさい」

 レオナは俺の頭を掴んだまま案内の兵士へと厳しい口調で告げる。

 すぐに『はっ!』とかって返事が返ったかと思うと、王女はそのまま連れて行かれてしまった。

 王女様が遠ざかっていくと、ふぅと一息吐いたところでレオナはようやく頭から手を放してくれたが、次の瞬間には無言のまま背中を押され強引に王宮へ続く道の横にある回廊に連行される。

 かと思うと、壁に背中が付いたことで動きを止めた俺の顔の横にドンと右手を付いた。今流行りの壁ドンとかいうやつである。

「な・に・を・やってんのよあんたは! 姫様に向かってふざけたこと言って、冗談じゃ済まないわよあれ。首飛ばされたいの?」

 目の前にレオナの顔がある。

 せっかく可愛いのにそんな怖い顔しないで? なんて言おうものなら本気でブン殴られそうな勢いなので口には出来なかった。

「俺……そんな悪いことした?」

 馬鹿なことを考えながらも首が飛ぶという物騒な発言を聞き逃してはいない。

「当たり前でしょ! あの方はこの国の王女なのよ? 今の出来事が陛下の耳に届いたら打ち首よあんた」

「マジで!? ごめん!」

「はぁ……あたしに謝ったってしょうがないでしょ。ほんっと馬鹿なんだから」

「んなこと言われたってさ~、俺の住んでた国には王様とかいないからお前らにとっての【普通】ってのが分からないんだって」

「それはまあ、あんたの都合を考えたら仕方がないことかもしれないけど……だからっていきなり変なこと言わないで。今回はあたしがフォローしといてあげるけど、二度目はないわよ」

「お、おう……肝に銘じておくよ」

 この世界というか、この王国では王女にプロポーズしたら死刑になる。よく覚えておこう、テスト出るからなこれ。

「レオナ」

 釘を刺す意味での鋭い目が向けられたので素直に了承し、ここに来た目的である勲章バッジを渡してやろうとポケットに手を突っ込んだ時、横からレオナを呼ぶ声がした。

 二人して視線をその方向へ向けると、えらく大人っぽい美人のお姉さんが回廊を歩いてこちらに向かってきている。

「あ、アメリア隊長!」

 レオナはすぐに壁ドンから直立へと体勢を変える。

 隊長と呼んだということは上司というか上官というか、そういう立場の人だろうか。

 確かにレオナと同じ白い制服を着ていてレオナと同じように腰には剣を指している。唯一違うのはスカートを履いていないというところぐらいだ。

「えっと、隊長ってことは偉い人?」

 アメリア、と言っていたか。

 レオナの反応もそうだし、肩や胸に星やら十字架のバッジをいくつも付けているところを見るに、偉い人というのは間違いなさそうだ。

 歳は二十歳過ぎぐらいか、黒いストレートヘアがよく似合う落ち着いた雰囲気のあるクールビューティーという感じの綺麗な女性だ。

「この人はあたしの直属の上官に当たるヴァルキリー隊のトップ、アメリア・ジャックテール隊長よ。失礼な真似したら本気でぶっ殺すからね」

 おい、王女の時より目がマジになってんぞ。

「さすがにもうしないって。にしても美人の隊長さんだなー、若いしさ」

 二十そこらで隊長で、俺と同じ歳のレオナが副隊長って役職と年齢が比例してなさすぎじゃね?

 よく分からんけど、リリの話では四つ部隊があってレオナがいるのは女性のみで構成されている多目的部隊なんだっけか。

 アメリアさんとやらは俺の言葉に対し、控えめに微笑を浮かべる。

「ふふふ、お世辞でも悪い気はしないね。ところで、君はレオナの恋人か何かかな?」

「はい」

「何の躊躇いもなく肯定してんじゃないわよ、全然違うでしょ! 隊長違いますからね、こいつはうちで使ってる召使いみたいなもので」

「えー……」

 恋人じゃないにしても、俺ってそんな扱いなのかよ。

 確かに洗濯したり掃除したり飯作ったりはしてるけど、本来それは俺がやらなきゃいけないことでもないってのにさ。

「ちょっと、話合わせてよ。変な噂が立ったら仕事に差し支えるんだから」

 げんなりしていると、なぜかレオナが顔を寄せてくる。

 かと思うと、声を潜めて耳元でそんなことを言った。

「……貸し一つな」

 至近距離に顔があるってだけで何でも許せそうな勢いだったけど、この手を逃すのは勿体ないと本能が告げる。

「~~~っ……分かったわよ」

 凄まじい葛藤の末レオナは悔しそうな顔、恨めしそうな目を向けながらもボソリとそれを認める。

 後が怖い気がしないでもないが、駄目元でも言ってみるもんだ。さっきそれで後悔したばっかだけど。

 とはいえ、そうと決まれば話は早い。

 俺はすぐに王女にやったのと同じようにシュタっという音が聞こえそうな勢いで膝を折り跪くとポケットから取り出した十字勲章を差し出した。

「お嬢様、ご命令通りこちらをお届けに参りました」

「ご苦労だったわね、あたしはこれから宮殿を離れないといけないから下がっていいわ。ちゃんと帰るまでに夕食の用意を済ませておくのよ」

「…………」

 俺の演技に乗っかってくれるところまではいいんだけど、何しれっと今日の晩飯まで作らせようとしてんだこいつ。

「……返事が無いわね」

「イエス、マイ・ロード」

 その普段と違った低い声にはレオナ様の怒りが如実に表れていた。

 調子に乗りすぎてせっかく作った貸しが無かったことになるのも勿体ないのですぐに立ち上がって敬礼のポーズを取り、そのまま来た道を戻り宮殿を後にするべく歩き出す。

 色んな意味で貴重な体験と不思議な出会いを果たした人生初宮殿だったけど、この日の出来事が更におかしな展開を呼び起こすのは数日後の話である。 




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