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【第十九話】 はじめてのくえすと

5・9 台詞部分以外の「」を『』に統一



 はじめてのおつかい みたいに言うな。

 とまあタイトルへのツッコみはさておき、そんなこんなで委員長に仕事を貰った俺とリリは王都を離れた。

 依頼主が暮らしているというヒュービー村への移動方法は驚く事なかれ、馬車である。

 日本で言うところのタクシーみたいなものなのか、運賃を払うことで目的地まで送ってもらうことが出来る。そういう商売らしい。

 日本人だから物珍しく感じるのであって今現在使われているかどうかは別としてもヨーロッパとかならもう少し馴染みもあるのだろうが、そもそも現物を目にすることすら昨日今日この世界に来て初めてだったぐらいの俺にとってはやはりカルチャーショックであるのは否めない。

 しかも大中小と様々なサイズの馬車があって人数によって使う馬車も値段も変わるというのだから凄いもんだ。

 俺達は二人なので一番小さい四人乗りの馬車に乗っている。

 というかこれ片道800ディールも取られるんだけど経費として請求出来るのだろうか。五十万も貰える仕事でそんなことを言ってしまっては胡散臭いとか思われるかな……。

「あ、見てください悠希さんっ。もの凄く大きな牛がいますよ」

「うん……そうね」

 隣に座るリリは小さなガラス窓から外を指さし、はしゃいでいる。

 無邪気というか無垢というか、良い子なのは分かるけど緊張感ねぇな~。

 別に昼間だし幽霊騒動ぐらいで気を張り詰める必要はないのだろうけどさ。

 なんて思ってしまうのは俺のテンションが下がり気味だからだ。

 そろそろカルチャーショックという言葉を使い飽きた頃ではあるのだが、その小さな窓から見える景色はそれ以外に言い表しようがない。

 だって王都を離れ街を一つ過ぎたんだけど、その間に何もないんだもん。ただ広大な荒野とか草原が広がっているだけなんだもん。

 道らしき土の部分はあっても道路もない。

 車もないからガソリンスタンドもない。

 人影もない。

 外灯もない。

 見たのは今窓の向こうにいる牛を五匹ぐらい連れたおっさん一人だけだ。

 日本ではそうお目に掛かれないテレビで見たアメリカみたいな景色にドン引きしたことは言うまでもない。

 そして日本ではないことを理解して凹み、知っている国ではないことに気付いて凹み、そして地球のどこかであるかどうかも分からない状況に凹む。

 そんなことをもう何度繰り返しただろうか。

 分かってる。

 頭では分かっているのだ。

 落ち込んだところで何も良いことなど無い、嘆いたところで何も変わらない。

 だからこそ切り替え、開き直り、気にしたってしかたねえと現実を受け入れることを決めた。

 だけどこういった光景を見る度に、凹みまではしないまでも目を逸らすことを許さないと言われているような、現実を突き付けられているような気になって少々心がざわつく。

 俺にとっての異常な環境。

 それは本質を突けば俺こそがこの世界にとって異質な存在であるということ。

 深刻なレベルでは決してないが、もう三日になるこの世界から本当に無事帰ることが出来るのだろうかと本能が不安を覚えているような、そんなざわつきだ。

 それこそ悩んで解決する問題じゃないのだろう。

 出来ることをしっかりとやる。まずはそこからだ

「ったく、遠足気分かっての」

 ふぅと一息吐いて気を取り直し、頭をわしゃわしゃしてやる。

 リリはきょとんと不思議そうに『遠足?』と首を傾げていた。

 なんだかこの遣り取りも久しぶりな気がする。

 どこか観光気分になりつつあるそんな旅路は思っていたよりも長いものだった。

 隣の町の向こうにある小さな村。そう聞いていたし、さほど時間は掛からないと思っていたのだが到着した頃には少なくとも一時間以上が過ぎていた。

 そうして辿り着いた件の村はこれまた随分と田舎っぽいところだ。

 辺りには畑がいっぱいあって、人が住んでいるのであろう家屋は間にポツポツと建っているだけ。

 その数は十四。全てが石造りでも木造でもなく、藁屋根の三角の家ばかりだ。

 村という表現がこれ以上なくしっくりくる、閑散とした集落のような土地だと一目で分かる。

 少し向こうには山が見えていたり、到着前には川に沿って進んだりと自然もとても豊かな長閑な土地だ。

 俺とリリは馬車から降りると近くで畑仕事をしていたおじさんに村長さんの家を教えてもらい、すぐに訪問することにした。

 余談ではあるが、帰るのにも馬車が必要なので送ってくれた人に待っててくれと頼んでみたところ追加で料金を取られていたりする。

 タクシーだって同じことをすりゃそうなるだろうし致し方ないのかもしれないが、俺の貴重な五百ディール(銀貨五枚)が……。

 いやいや、今はケチ臭いことを言ってる時ではない。俺達が目指しているのは五十万という大金なのだ。

「必要経費ってやつだ。きっとそうだ」

「何をブツブツ言ってるんです?」

 自分に言い聞かせていたつもりが声に出ていたらしく、リリが顔を覗き込む。

 会った時から思ってたけど、魔女コスのリリたん可愛いね。

「何でもないさ。よし、一丁気合い入れて行くぞ」

「はいっ」

 いつだって元気一杯な返事を受け、俺達は村長のお宅へと向かうことに。

 事前に連絡がいっているという話なのでその辺りはスムーズに進むだろう。

 管理人になる前にも思ったことだけど、電話もメールも無い世界でどうやって事前に連絡とかするんだ? 

 という疑問を口にしてみたところ『次元鏡を使っているんですよ』とか言われた。

 勿論そんな説明では何一つ伝わっては来なかったが、これ以上考えることを増やしたくないので詳しく聞くのは後にすると決めた次第である。

 藁屋の入り口から声を掛けると、すぐに村長さんが出てきた。

 腰の曲がった白髪で髭の長い見た目から温厚さが伝わってくる優しそうなおじいさんだ。

 あちらもすぐに俺達がどういう用件であるかを察してくれたらしく、挨拶もそこそこに家の中へと案内される。

 靴を脱ぎ、ほとんど土の地面に茣蓙のような草を編んで作った敷物があるだけの内部はこれまた驚きの光景ではあったが失礼に思われてはいけないので表情には出さず、丸太みたいな椅子へと促されるがまま腰を下ろした。

 そこからは特に雑談をするでもなくビジネスの話になったのだが、幽霊騒動と勝手に銘打ってはいたものの中々にして深刻な問題であるらしく、この時点で若干思ってたのと違ってきている感が否めない。

 要約するとこうだ。

 すぐそこにある小さな山は村人が山菜を採ったり獣を狩ったりするために頻繁に行き来する。

 そこには洞窟が一つあって、その洞窟はこの村に暮らす人々にとって色んな用途で使われている。

 曰く、山で採取した物を含む食料や農作物の保存する場所として、農作物を売って得た村の財産の保管場所として、或いは暴風暴雨に見舞われた時の避難場所として、他にも湧き水を得るために、等々。

 様々な理由で内部に出入りするその洞窟に少し前から人ならざる何かが現れるようになった。

 村人達はそれを亡霊と呼び、怖がって入りたがらなくなってしまったのだとか。

 それではいずれ生活も成り立たなくなってしまうのではないかと斡旋所に依頼をしたということらしい。

 依頼は調査し正体を暴くなり退治するなりして問題を解消して欲しいというもので、成功すれば報酬を支払う、だけど失敗しても報酬はなくなるが何か責任を負わされるようなことはない。ということを村長さんは何度も言っていた。

 何人か酷い目にもあっている村人もいるらしく『君達はまだ若いし、万が一のことがあってはならん。決して無茶はしないようにしておくれ』と念を押されたことからも肝試しして終わりとはならなそうな気配がプンプンしている。

 やがて説明が終わると村長さんの家を出て山に向かうことになったのだが、正直あんま気が進まない。

 というかリリに至っては普通に帰りたそうだった。

 不安そうな目で俺のシャツの裾を掴み『やっぱりやめときませんか?』と不安そうに見上げている。

「馬鹿を言うな、ここで帰ったら馬車賃丸損じゃねえか。村長さんも言ってたろ? 駄目そうなら逃げてもいいからって。それに、やる前から逃げてちゃいつまでたってもレベルアップしないんじゃないのか?」

「それはそうかもしれませんけど……お化け」

「俺にしてみりゃリンリンやポンの存在の方が幽霊の何倍もあり得ないんだけどなぁ……」

 あと巨人とか。

「まあいい。とにかく一回行ってみて、ヤバそうなら撤退ってことでいいだろ?」

「……はい、がんばりましゅ」

 いつもはこの手のことを言うと前向きになってくれるリリだったが今ばかりは効果がなかったらしく、上擦った声であからさまに気乗りのしない表情を浮かべている。

 頬を揉んでいないのに噛んでいるあたりがもうどうしようもない。

 とはいえ金を稼がねば色々と立ちゆかないのも事実。

 俺とて不安はあるが、それでもどこか足取りの重いリリの手を引を引きながら幽霊の潜む洞窟へと向かうのだった。


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