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【第一話】 あめりかって何ですか?

1/3 台詞部分以外の「」を『』に統一


 それからすぐ、俺達は話に出てきた何とかって町に向かうべく二人並んで森の中を歩いていた。

 リリアーヌ・シェスティリー。

 それが少女の名前なのだそうだ。ちなみに十六歳だとか。

 お前お前と呼ばれるのが不満なのか、たった今自己紹介をされた。

「リリ、またはシェスタと呼ばれることが多いのでそうお呼びください」

 なんて笑って言える少女は肝が太いのやら脳天気なだけなのやら……。

 しかしまあ、その自己紹介が事実なら完全に日本人ではないことになる。

 見た目だけならやや童顔な顔も然り、黒髪だし目が青かったり鼻が高かったり顎が割れていたりもしないので日本人と言われてもギリギリ信じていた可能性もあっただろうに、なんだか知れば知るほど絶望感が増していくのはなぜなんだぜ。

「ちなみに、あなたの名前は?」

 色々と憂鬱になりつつある中、それでも二択のうちリリと呼ぶことに決めたと同時にそのリリが隣で俺を見上げる。

 まあ、こうなりゃ俺も名乗るのが礼儀というものか。

「俺は桜井悠希。歳は十七、普通に高校生だ」

「桜井……悠希ですか、なんだか珍しい名前ですね。というか、コーコーセーって何ですか?」

「発音がおかしいから。『方向性』みたいになってっから。そりゃここが日本じゃないなら俺の名前なんて聞き慣れなくて当然なんだろうけどさ」

「はぁ……」

 リリは心底不思議そうに首を傾げた。

 俺の言っていることが伝わっていないことは明らか過ぎて頭上に『?』が浮かんでいるのが目に見えるレベル。もうほんとどうなってんのこれ。

「高校生ってのは将来仕事に就くために勉強したり部活やったりするあれだよ、ハイスクールって言えば分かるか?」

「???」

「英語にしても伝わらねえのか……つーかリリは学校とか行ってないの? 十六歳なんだろ?」

「学校というのがまず何なのかが分かりませんけど、わたしは最初に言った通り家を出てからは一流の魔法使いになるために今はフリーの身ながら修行中という感じでして」

「出たー、いつまでも魔法使いと言い張って止まない痛い奴~」

「もう、まだ信じてないんですか~」

「そんなもん信じる方がどうかしてるだろ。マジックの一つでも見せてくれりゃ手品師見習いぐらいの自称なら信じてやるけどよ」

 どこか突き放すような口調になってしまったことに少し後ろめたさを感じるが、リリは『む~』とか言いながらぷくっと頬を膨らませるだけだ。

 拗ねたように唇を尖らせるな。普通に可愛いだろうが。

「まあ、なんだっていいけど、俺は悠希って呼んでくれりゃいい。ツレは皆そう呼ぶから。それよりも、だ。町に行けば俺は日本に帰れるってことに間違いはないんだよな?」

「はい。そういった仕事を受けてくれる魔法使いの方が町を離れていた場合は今日この後すぐにというわけにはいかないかもしれませんけど」

「多少の誤差はこの際我慢するよ。どこの国かも分からん場所に呼び出されたまま帰れないんじゃ洒落にならんからな。パスポートどころか財布も持ってないのに」

 よく考えると、目を覚ましたら見知らぬ国に居た時点で魔法云々を否定し続ける意味も無い気がしてならないし、学校や日本という言葉を知らないリリとこうして会話が出来ている時点で意味不明にも程があるわけだが……。

 案の定リリは『パスポート?』とか言ってきょとんとしてるし。

「なんていうか、ここまで話が噛み合わないとマジで不安になってくるな。日本を知らないってのがもう信じられねえよ。そっちにしても同じなんだろうけどさ」

「そうですね……わたしも悠希さんの言っていることが全然分かりませんし、そう考えるとわたしの魔法は成功したと言ってもいいのかもしれませんねっ。魔界ではなく別の新世界から悠希さんを召還したと前向きに捉えれば逆に凄いことだと思いませんか?」

「いや、前向きに捉えられても……勝手に召還された俺の身になってくれる?」

 暢気か。

 と、そろそろ言いたくなってくるが、多少冷静さを取り戻した今になって考えてみると年下の女の子相手にキツい言葉を浴びせ倒すというのも男としてどうなのかと思わないでもないのでどうにか飲み込んだ。

「あわわ、ごめんなさいです」

 と口元を抑えるリリ自身も自覚はあるようだし、もうサッサと帰してもらうことだけ考えておこう。

 そう決めて、森を出るべく二人並んで足を進めるのだった。


          ☆


「なんじゃこりゃ……」

 目の前に広がる風景に、そんな言葉しか出てこない。

 森を出た俺達はどういうわけか辺り一面何も無い荒野の様な土地をしばらく歩いた。

 反対方向に出ればすぐに小さな村があるという話だったが、今からやろうとしていることのためには例のシュヴェールとかいう大きな町に行かないと駄目なんだそうだ。

 王都? とか言っていたが、意味はよく分からん。

 そんなこんなでシュヴェールに到着したのだが、遠目に見え始めた時点で混乱の真っ直中に追いやられた俺の心は、到着した瞬間崩壊した。

 遠くに馬鹿デカイ城というか宮殿というか、もうヨーロッパとかにありそうな王宮がドカンと建っている。

 それだけでも意味不明だというのに、悲しきかなそれ以外の全ても意味不明だった。

 目の前に広がる大通りには所狭しと店が並んでいて、だけどほとんど建造物の様な物はなく、テレビで見るタイやフィリピンの市場を連想させるような感じだと言えば分かりやすいのか、木製の台の上に果物や野菜が山積みになっていたり、魚が雑に並んでいたり肉が吊されていたりとまず日本ではお目に掛かれないであろう風景がずっと向こうまで続いている。

 それだけじゃない。

 なんか馬車が走っていたり、腰に剣を携えた奴がいたり背中に斧を背負ってる奴がいたりという『法律って何ですか?』と言いたくなる道行く人々の姿が間違いなく日本ではないと告げていた。

 というか、日本じゃなかったとして斧を背負ってる人間が普通に町を歩いている国とかあんのか?

 明らかにリリと同じ様な魔法使いみたいな格好した奴や鎧を着たおっさんとかいるし……もうほんとどうなってんのこれ。という何度繰り返したかも分からない表現しか頭に浮かんでこないんですけど。

「悠希さん? どうしたんですか?」

 数メートル先で振り返るリリはきょとんとしている。

 一人唖然として立ち尽くす俺を見る不思議そうな顔から察するに、そうなる理由など一切分かっていなさそうだ。

 その問い掛けに答える余裕などなく、ただ無意識にポケットに手が伸びていた。

 部屋着代わりのスウェットのポケットからスマフォを取り出し電源を入れる。

 現在地だとか、その何とか王国のことだとか、少しでも自分の置かれている本当の状況というのを理解しなければとほとんど縋るような気持ちで覗き込んだ画面の隅っこには、確かに『圏外』の二文字が浮かんでいた。

 不具合でなければ日本国内で、しかも屋外で圏外になることなど普通はないはず。

 では仮に海外だったとして、そのまま携帯を使うと通信料が膨大になるという話を聞いたことがあるが、だからといって圏外になるということがあるだろうか。

 詳しいことなんて知らないけど、目の前の光景と合わせると少なくともここが日本じゃないことが確定しちゃってるんじゃないかこれは……。

 ここまできてようやく洒落になってない具合に頭が追い付いてきたのか、冷や汗がこめかみの辺りを伝う。

 それでも否定する材料を探そうと端末の位置情報を表示してみるが、案の定エラー通知が画面に映し出されるだけだった。

「なんですかそれ?」

 動かない俺を変に思ったのか、寄ってきたリリが手元の画面を覗き込む。

 勿論のこと俺に説明してやる余裕などない。

「……リリ」

「はい?」

「ここ……というか、この国はリーゼルハート王国って言ってたっけ?」

「そうですけど」

「それは、世界地図で言えばどの辺にあるんだ?」

「地図も何もアドリシア大陸の最北にあって、隣接している国がナルクローズとディナで、残るメスチアとは唯一国境で繋がっていなくて……」

「ひとっつも分からねえぇぇぇぇぇ!」

 アドリシア大陸って何? ユーラシア大陸じゃなくて!?

 よしんば言い間違いだったとしても三つぐらい上がった国名らしき単語からしても全く聞いたことがないんですけど!?

「頼むからそういう専門用語的なの出すのやめて? もっとこう分かりやすく、アメリカとかヨーロッパとかそういうのでいうとどの辺なんだ?」

「あめりか? って、なんですか?」

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

「いや、黙りすぎですから」

 そんなリリの冷静なツッコミを最後に、俺はとうとう直立を維持することすら出来なくなった。

 全身から力という力が抜け、崩れ落ちる様に両膝を突き、そしてそのまま両手を地面に突いた。

 orz ←もうまさにこれ状態である。

 なんだよこれ……異世界的なことなの?

 俺は一体どこに居るんだよ……結局なんでここに居るんだよ……こんなことが現実に起こるはずがねえだろ、普通に考えてさ。

「つまり……やっぱりこれは夢か?」

 そういうことなんだろ?

 きっとそうに違いない。

 それを確かめる意味も込めて、どうせ夢なんだったらというか、せっかくの夢なんだしということでここまで一緒に歩いてきた名前がリリアーヌであることが判明したばかりの少女の胸を揉もうとおもむろに手を伸ばしてみた。

 しかし、残念ながら伸ばした手は控えめな胸に触れる直前ではたき落とされてしまう。

「もうっ、どうして夢かどうかを確かめるのにわざわざわたしの胸を使おうとするんですかっ! というか控えめとか言わないでくださいっ」

「いやお前……そうは言うけどだな、もうこの目に映るものとお前の言ってることや俺の言うことに対する反応を見てたら絶望しかないぞこれ。百万歩譲って日本じゃないどこかに居るんだろうなと思うことにしてたのにそれすら打ち砕かれてるつーか、間違いなく世界中のどこを探してもこんな場所もそんな名前の国も大陸も無いもん絶対。大体、アメリカ知らねえ人間がこの世に居るわけねえだろがぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 昔、社会の授業で習った。

 世界には六つの大陸があって、それは南アメリカ大陸、北アメリカ大陸、オーストラリア大陸、アフリカ大陸、ユーラシア大陸、あと一個は……忘れた。

「お、落ち着いてくださいってば。もの凄く注目浴びてしまって恥ずかしいのでもう少し声抑えてください。ただでさえ悠希さんはおかしな格好していて目立つんですから」

「変な格好とか言うな! 日本の高校生の部屋着なんて大概スウェットやジャージーにTシャツだろ! むしろお前含めそこらに居る全員が俺にしてみりゃおかしな格好だよ!」

「またそうやってよく分からない言葉を使う……」

「お互い様だっつの、俺だってお前の言ってることなんて一切理解出来てねえからな。なんなんだよここは、どこなんだよここは、一体誰なんだよお前は!」

「わたしはリリアーヌ・シェスティリーです」

「一番どうでもいいとこだけ答えてんじゃねえ! もう頼むから俺を現実に戻してくれ、夢でも外国でも異世界でもこの際気にしないから。いやマジで」

「大丈夫ですってば、悠希さんがどういう認識をしていようと転送魔法を使えば元々居た場所に飛ぶことが出来るんですから。依頼すればそのニホン? とかいう王国に帰れますよきっと。ほら起きましょう」

「……そうだな、もうへこんでてもどうにもならねえしさっさと行こう」

 日本は王国じゃないけどな。

 という言葉はまず間違いなく理解してもらえなさそうなので口にはせず、腕を引かれるまま立ち上がると今度こそリリの言う偉い魔法使いとやらに会うべく町の中へと足を踏み入れるのだった。


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