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【第十三話】 洗濯は雑用ですか? いいえ、ご褒美です



 行ってきますの一言と共に出掛けていったソフィー、行ってきますの一言も無しに仕事に行ってしまったレオナがいなくなった風蓮荘には再び静寂が訪れていた。

 使い慣れていない椅子やテーブルなのでホッと一息という程に心が落ち着くわけでもないのだが、森の中に建っているということもあってか車の音が聞こえてくることもない日本の都会にいてはそう味わえないとても静かな朝だ。

 それだけのことで自然ってのは偉大だなぁなんて柄にもなく感じたりしつつ俺製ピザトーストを半分程食べた頃、またしても足音が聞こえてきた。

 レオナやソフィーの時みたく階段をドタドタ駆け下りてくる音ではなく、ペタペタと廊下を歩く足音だ。

 階段を使わずにこのダイニングスペースに来られるのは一階に部屋を持つ俺ともう一人しかいない。

 敢えて目を向けたというわけでもないが、単純に座っている位置の正面にあったというだけの理由で扉のない出入り口に視線をやると、すぐに姿を現したのは予想通りリリだった。

 なかなかに眠たそうな顔で片目を擦りながら入ってくるリリは膝の辺りまでの丈がある白いネグリジェを着ており、その童顔っぷりも相俟ってなんだかフランス人形みたいな可愛らしさがある。

「おはようございます~」

 えらくのんびりとした語調で言うと、リリはクールジェルの方へと歩いていく。

 かと思いきやテーブルの横を通過する最中にふとその足を止め、目をパチクリさせながら俺が手にしているトーストを見た。

「なんだかとても良い匂いがします」

「フフン、そうだろ。これぞ俺製ピザトーストだ。安上がりだし腹持ちもいいし、貧乏な俺達にはピッタリの節約メニューなんだぞ?」

「ほぇ~、悠希さんは色んなことを知っていますね」

 ドヤ顔で格好付けてみたものの、リリは普通に関心したような顔をしている。

 ツッコんでくれないと逆にこっちが反応に困るというか、むしろそこで関心しちゃうってじゃあ何のためにチーズとかケチャップとか置いてたの? ということが気になって仕方がないんだけど。

「口に合うならお前の分も作ってやるぞ?」

 言って食べかけのパンを差し出してやるとリリは何の疑いもなくそれを一口かじった。

 やってる俺が言うのもおかしな話だけど、昨日のマリアといいガードが緩すぎやしないだろうか。

 そんなに簡単に間接キス的なアレを提供しちゃったらいくら好青年の俺でも照れちゃうだろ。

「あ、すっごく美味しいです」

 そんな俺の邪心など露知らず、リリは口元を抑えながら目を輝かせている。

 純粋無垢な女の子に悪影響を与えてはならないので俺は素知らぬ顔で立ち上がるというジェントル具合を発揮することにした。

「じゃ、もう一丁焼くか」

 冷凍のパンはたくさん入っているのでこれしきなら何枚でも作ることが出来る。というか冷凍庫の方のクールジェルにはそれしか入っていない。

 その理由はおばあさんやソフィーがカルネッタのパン屋でよく余り物を貰ってくるからなのだとか。

「え、でも……いいんですか? なんだか昨日からご馳走になってばかりです……」

 というわけでもう一枚パンを取り出すと、なぜかリリは申し訳なさそうにしていた。

 大人しい性格がそうさせるんだろうけど遠慮が多い奴だ。

「ご馳走ってほど大袈裟なもんでもないだろ、パンもチーズもトマトのやつも元からここにあった物なんだから。それでも悪いと思うんならそうだな……お前、今日出掛ける予定とかあるのか?」

「へ? いえ、特に予定はありませんけど……それが今の話とどういう関係が?」

「予定がないなら洗濯を手伝え、それでチャラだ。なんかレオナが洗濯やっとけって言うんだけどさ、俺一人じゃ勝手も分かんねえんだよ」

「分かりました、そういうことなら遠慮無く手伝って遠慮無くいただきますっ」

 無理矢理貸し借りなど無いことにしようとする俺の言わんとすることを理解したのか、リリは少し考える素振りをみせたのちに満面の笑みを湛える。

 ぶっちゃけ液状トマト塗ってチーズ乗せてフライパンに放り込むだけなので大した手間でもないし、レオナの言い分じゃないけどこの程度で気を遣われていては窮屈だ。

 経緯はどうあれ俺が世話になることの方が多いだろうし、洗濯を手伝ってくれるだけでも釣りが来る。

 飯ってのは一人で食うより二人で食った方が絶対にいいんだから。


          ☆


 そんなこんなで二人で朝食を食べた俺達は外に出ると、アパートの裏手へと来ていた。

 やはり洗濯機なんてマシンは存在しないらしく、裏にある水場で金タライみたいな桶に水と洗剤をぶっ込んで手洗いをするという方法なのだそうだ。

 洗った洗濯物を干すのは地面に刺さった二本の木の棒に張られた縄に吊す感じであることもリリが教えてくれた。

 実際に来てみるとなるほど確かに木々生い茂る森の中にあって、建物の裏側であるこの場所は比較的日光が差している範囲が広いことが分かる。

 リリのおかげで手順というか、要領的なものは理解したのだが、ここで疑問が一つ。

「なぁ、もしかしてこれ全員分やれっての?」

 手には脱衣所から持ってきた大きな柳の籠が持たれている。

 目一杯に詰まった洗濯物を不審に思ってはいたのだが、いざ一枚二枚と取り出してみると明らかに複数の衣服が入っていた。というか、明らかに昨日ソフィーやマリアが着ていた服が入っていた。

 レオナの分だけついでにやっておけばいい。そういう認識が一瞬にして覆された感が凄まじい。

「それが悠希さんの仕事、と言っていいのかどうかは難しいのですけど、前の管理人さんはずっとやってくれていましたからね。みんなそれが習慣というか、当たり前になっているところがありまして……かくいうわたしもそこに入れてるんですけど」

「マジかよー、こんなの毎日やれとか母ちゃんレベルの家事スキル必要だろ」

「お掃除とお洗濯が唯一の仕事だと思って頑張りましょう」

 胸の前で両の拳を握り、無駄な前向きさで俺を励まそうとにこやかになるリリ。

 唯一とは言うが草むしりもあるし、昨日今日となんだかんだで飯も作ってるし、それだけでいいということでもない気しかしないんだけど。

 今日はリリが手伝ってくれるからまだマシかもしれないが、明日から一人ってのがもう今の段階で面倒くせぇよ。

「そういえばマリアは?」

「マリアさんは基本的に昼過ぎまでは起きてこないのでまだ部屋で寝ていらっしゃるかと」

「……ニート体質も甚だしいな」

 なぜそんな奴の洗濯まで俺がやらねばならんのだ、納得がいかん。

 そんな不満を口にしかけた時、何気なく洗濯カゴから取り出した一枚の洗濯物が全ての動きと思考を止めた。

 目の前にあるのは誰の物なのか紫色の、主に女性の胸を保護するための下着だ。分かりやすく言えばブラジャーってやつだ。

 両手が震えている。

 初めて生で目にする他人のそれに、もはや思考能力は失われつつあった。しかも装着した後のやつってこれ……。

「悠希さん、お願いですから人の下着を手に震えながら真顔で固まるのはやめてください。そういう方だということはもういい加減分かっちゃいましたけど、それは本当に怖いです」

 横から呆れたような、それでいて懇願するような声と表情が向けられる。

 そこでようやく自我を取り戻した。

「なぁリリ……」

「絶・対・に駄目です」

「こんなにあるんだから一枚ぐらい貰ってもいいかな?」

 住人は四人いて、全員が同世代の女の子である。

 つまり今ここには四人分のブラが存在するということだ。四つもあるんだから家事諸々の報酬というか、ご褒美としていただいてもいいんじゃないだろうか。

「人の話聞いてくださいっ! そう言い出すんだろうなと思って言う前に却下したのに!」

「やっぱ……駄目か?」

「その優しい人なら許してくれる場合も中にはあるのにみたいな顔はなんなんですか……いいわけないです、そんなことしてバレたらレオナさんに血祭りに上げられますよ」

「そりゃそうだよな。仕方ない、今日のところは諦める」

「今日のところはって……」

「ちなみにだけど、これって誰のなんだ?」

「大きさからしてソフィアさんの物だと思いますけど……」

「…………」

「真顔に戻らないでください、そして生唾を飲まないでください。というか女の子の前でよくもそこまで欲望に忠実でいられますね」

 心底リリは引いていた。というかもう軽蔑してます感を隠そうともしていない。

 いかんいかん、こんなことばっかやってたら俺の尊厳が失われる上にここでの生活が破綻してしまう。

 色欲に塗れた童貞だと思われてはモテなさに拍車が掛かる一方だということは十分過ぎる程に理解してきた学生生活だったし、もう少しジェントルでいることを心掛けなければ。

 今日から俺の名はジェントル悠希にしよう。

 だけど一つ言い訳をさせてもらうならば、女の子四人との生活って独り身の男子高校生には刺激が強すぎるんだもん……多少は仕方ない部分もあるよね?

「もう一個ちなみにだけど、お前のはどれなんだ?」

「どれでもいいじゃないですかっ! 今脳内で改名までして反省の弁を述べていたのは何だったんですか!?」

 呆れだとか軽蔑を通り越して普通に怒りの形相へと変わったリリは俺の手から下着を引ったくる。

 最終的に下着は全部リリにもっていかれてしまったりもしたが、それでも二人並んで朝のお勤めを終わらせるのだった。


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