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【第十二話】 異世界生活二日目の朝

3・12 台詞部分以外の「」を『』に統一


「ん……んん」

 ふと、意識が蘇る。

 眠りの縁から現実へと呼び起こしたのはまぶた越しでありながらも痛烈に差し込んでくる目映い光りだ。

 朧気な意識のまま薄目を開くと、カーテンの向こうから強い日の光が室内を照らしている。

 せっかくの夏休みだというのにそんな理由で起こされてたまるかと再び目を閉じかけたものの、視線の先にある馴染みのない天井がそれをさせてはくれなかった。

 違和感を理解すると同時に急激に頭が冴えていく。

「ああ、そうか……」

 体を起こし、室内を見渡したことでここが学校の寮ではないことを再認識。

 わけのわからん世界に勝手に召還されて帰る術がない、そういう状態に俺はいるんだったっけか。

 昨日も言った台詞な気がしないでもないが、やっぱり夢オチとかはなかったらしい。

 げんなりしていても何も解決しないので一つ伸びとあくびをカマしてベッドから降りることに。

 昼寝をした時は一瞬で眠りに落ちたはずなのに、どうにも寝付きが悪かったせいで十分な睡眠時間とはいかず若干体は重いし頭も少しボーッとしていた。

 行く末が不安だらけの環境がそうさせたのか、はたまた自覚が無かっただけで枕が変わると寝れないタイプなのか。いずれにしろ俺ってば意外と繊細なのね。

 色々と考えてしまうせいか二度寝をする気も失せたため素直に部屋を出るとしよう。

 小腹も空いているし、ひとまず腹拵えだ。

 腹が減っては管理人も出来ない。

 ということで古臭い廊下を渡ってダイニングに入ると、予想に反して無人の空間が広がっている。

 物音が聞こえた気がしたんだけど気のせいだったのだろうか。

 今が何時なのかはよく分からないが、体感的にそれなりに朝も早い時間帯だろう。

 四人の住人達がどういう生活サイクルなのかなんて全く知らないけど、真っ当な生活をしていれば一人二人は起きていてもいいんじゃなかろうか。

 これで全員が余裕で惰眠を貪っている最中とかだったら引くわー。というのは絶賛夏休み中で自堕落な毎日を送っていた俺に言う資格はないので置いておくとしよう。

 閑話休題の理由が実は腹の音が鳴ったことだったことはさておき、何を食うかと悩む意味が無いことに気付いて虚しさ混じりにクールジェルとかいうバランスボール風冷蔵庫に手を突っ込もうとした時、風呂に繋がる脱衣室の扉が開いた。

 自然とその方向に視線が移る。

 扉の向こうから出てきた人物と目が合い、そしてお互いが無言のまま固まった。

「…………」

「…………」

 あちらはやや驚いた様な顔で、俺は唖然としたまま共に動きが止まる。

 目の前に立っていたのは首にタオルを掛けたレオナだ。

 朝風呂に興じていたらしく、綺麗なストレートヘアはうっすらと湿っている。

 いや、そんなことは全然まったく微塵も問題ではなく、俺をフリーズさせたのは偏にその格好だ。

 なんと、レオナは上下ともに下着しか身に着けていないのである。

 それでいて露わになっている肌を隠そうとするでもなく、怒ったり悲鳴を上げたりするでもなく、こうなって初めて俺の存在を思い出したかのような意外そうな顔をしていた。 

 視線を固定したまま立ち尽くす俺の頬を水滴が伝う。

 どうやら呆然としたまま無意識に涙を流していたらしい。

 そんな俺の姿にレオナはあからさまに引いていた。

「あんた……なんでこの状況で泣いてるわけ?」

「俺……生きてて良かったッス」

 生きてて良かったというか、もういっそ死んでも良いかとさえ思える。

 昨日も言ったことだが、綺麗な肌や芸術的な域にあるプロポーション、鎖骨やへそといった女性ならではの魅力を持つ部位、その全てが今までに見たどんなエロ本よりも遙かに蠱惑的で、今まで見たどんなモデルや女優よりも美しくて、完璧どころかもはや完全体だとか完成体と言っても過言ではない一つの光景を作り出していた。

「うん、思ってたより気持ち悪い理由だったわ。何が『ッス』よ、馬鹿じゃないの」

 冷めた声音、軽蔑的な眼差しが容赦なく向けられる。

 ドン引きを通り越して気持ち悪がられていた。

「いやいや、お前がそんな格好で目の前にいたら世の中の大半の男子はそうなるから。むしろそれが健全だから。そもそも何で下着姿でウロウロしてんだよ……」

「仕方ないでしょ、シャワー浴びた後なんだから。今まで男なんていなかったし、あんた一人増えたからって気を遣うのも面倒っていうか窮屈じゃない。家でぐらい気を張らずにいたいのよねあたし」

「是非これからもそうしてください!」

「……何を力一杯に懇願してんのよ変態」

 呆れた様に言いつつも、体を隠そうとはしない。

 裸体を見られることを気にしていないというよりは、何かもう諦めたみたいな雰囲気がありありと感じられる。

「お前の下着姿を見られるなら俺はどんな誹謗中傷にも耐えられるぜ」

「フン、良い女ってのは下着にも気を遣うのよ」

 なぜかドヤ顔のレオナである。

 確かにフリフリのついた黒いレースの下着は惜しげもないセクシー度を披露している。

 もう少し恥じらいを持ってくれた方が萌えることは確かだけど、それよりもなぜ部屋に携帯を置いてきた学習能力の無い俺の馬鹿……ここの連中が携帯の存在を知らない隙に一生のメモリーに出来たのに。

 いや、諦めるには早い。まだチャンスはあるはずだ!

「よし、他の下着も見せてみろ。俺がチェックしてやろう」

「死ね」

 一転、辛辣な一言を残してレオナはダイニングを出て行こうと俺の横を通り過ぎていく。

 変態はまだしもそこまで言われるまでのことは言っていないんじゃなかろうかと思うのだが、異国であれ異世界であれどうにも年頃の女子というのはこの手の話題を嫌うものらしい。だってクラスの女子達と完全に同じ反応だもん。

 あれ? ってことはこれ俺が悪いってことじゃね? 今までずっと男ってのはそういう生き物なんだと開き直ってたことが更なる悲劇を生んでたんじゃね?

 と、苦節数年間のモテない人生を経て初めて気付いた衝撃的な事実に思わず悔い改めそうになったかといえばそうでもなく、一瞬にして去り行くレオナの剥き出しの背中に関心の全てを奪われたので遠慮なく肩胛骨萌えに興じることにした。

 したのだが、ふとレオナが立ち止まる。

 ガン見してるのがばれたのかと思いきや、どうやらそういうわけでもないらしい。

「そうそう、あんた知らないだろうから言っとくけど洗濯よろしく」

 首から上だけをこちらに向け、そんなことを言う。

 どういう意味なのかは全然分からなかった。

「は? 洗濯? なんで俺が」

「ばあちゃんはやってくれてたもん。代わりに管理人になったんならその辺もちゃんと引き継いでよね」

 じゃ、よろしく。

 そう言い残して、ひらひらと後ろ手を振りながらもレオナは返事を待たずに出て行ってしまった。

「…………」

 名残惜しい気持ちと今の会話によって発生した疑問や不平不満をぶつける先を失ったことによってその場で立ち尽くすことしか出来ない。

 掃除や風呂の用意に加えて洗濯までしろってのか。

 もはや管理人というよりも家政婦とか寮母みたいになってね?

 絶対管理人の仕事じゃないだろそれ。

 絶対人が良いおばあさんに甘えまくってただけだろそれ。

 そんなもん俺の知ったこっちゃねえと拒否したい衝動が凄まじい。だけど下着姿を見たばっかりな手前あんま強く言えない。

「ま、何にせよまずは朝飯にすっか」

 面倒臭いことはあとで考える主義。それが俺たる所以である。

 とはいえ昨日作った炒飯は絶賛売り切れてしまったので残っていない。

 残る食材は余った少しの野菜とクールジェル下段で冷凍されている食パンっぽいけど微妙に違うような気もする薄っぺらいパンぐらいだったはず。


 炒飯が無ければパンを食べればいいのよ。


 なんて迷言を残した歴史上の人物がいたようないなかったような。

 さておき、選択肢はパンを焼いて食う以外に存在しないのでカチカチのパンを一枚取り出し、焼くことにした。

 トースター的な物はないのでまたしてもフライパンで、だ。

「お、良い物発見」

 瓶入りの水と牛乳はあったはずだと上段のゴムボールに手を突っ込んでみると、丸裸の状態のチーズが目に入る。

 今初めて気付いたというわけでもないのだが、そういや昨日からこんなんあったなという僥倖っぷりがハンパない。

 どういう原理なのかは知らないけどこのクールジェル、中に入れた食材や飲み物は無重力空間よろしく浮いている状態なので衛生面的にはそこまで問題はないのかもしれないけど、せめて何かで包むとかしろよ。なんで丸裸で入ってんだ。

 なんて呆れればいいのか驚けばいいのかも分からないまま写真や映像でしか見たことのないようなでっかい三角のチーズを引っ張り出すと誰も使わないはずなのに無駄にバリエーションに飛んだ器具の中からパン切りナイフを用意して薄く一枚だけ切り取ってパンの上に乗せてみた。

 こんな文化水準ならスライスされているチーズが売っているなんてこともないんだろうなぁ。

 携帯もない、パソコンもない、テレビもない、レンジもない、それだけのことでもどれだけ日本が恵まれている国であるかを十七歳にして痛感しちゃってるからね俺。帰ったらもう少し色んな物に感謝しよう。

 ということを考えたかどうかは置いておくとして、昨日と同じくコンロ代わりの謎プレートを使ってフライパンでチーズを乗っけたパンを焼く。

 俺にはもう一つ革命的なアイディアがあるのさ!

「名付けて自家製ピザトーストってとこか」

 昨日の夜、炒飯を作っている時に目にしたのを覚えていた一品。

 それは何種類かある調味料の中にあった瓶入りの液状のトマトである。

 言うならばケチャップとかホールトマトみたいな物だと見た目から分かるそのブツをパンに塗りたくることでピザトーストの出来上がりというわけだ。

 匂いからして美味いことが分かっちゃう程の香ばしさが広くはないダイニングに充満していく。

 平皿に移し、牛乳をマグカップに注いだところで席に着きようやく朝食の時間を迎えた。

「……マジ美味ぇ」

 一口目で自画自賛せざるを得ない。それぐらい美味い。

 まあ、ほぼ昔かーちゃんがやってたのをパクっただけだけなんだけど。

「おいおい……またか」

 ナイスなシェフっぷりに大満足な静かで優雅な朝の一時をブチ壊すのはドタドタと誰かが階段を駆け下りてくる音である。

 騒がしい揺れと音に手を止めるのはこの短い間で二回目だ。一度目はレオナが仕事に行く時だった。

 今度は誰なんだと廊下に目を向けると、ソフィーがどこか慌てた様子で通り抜けていくのが目に入る。

 一度通り過ぎたソフィーは一瞬俺と目が合ったからか、急ブレーキを掛けてダイニングを覗いた。

「悠ちゃん、おはよ~。そして行ってきます~」

 そう言ったソフィーの服装は昨日の戦士コスプレではなく私服っぽい落ち着いたものだ。

 後ろにはジュラがいるけど、何をそんなに慌てているのだろうか。

「おはよ。どっか行くのか?」

「はい~、今日はお友達と会う約束があるんです~。でもしっかり寝坊しちゃって、ということで行ってきます」

「急ぐのもいいけど、気をつけてな~」

 すでに玄関に向かっていったソフィーに向かって言うと『はい~』と急いでいながらも暢気な声だけが帰ってくるのだった。

 寝坊してもちゃんとおはようを言いに来るソフィーは良い奴だなぁ、黙って出て行ったレオナとは大違いだ。


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