【第百二十四話】 母ちゃん、妹ができました
この二日とは打って変わってすっきりとした自然な目覚めを迎えた。
それも当然だ、たぶん十時間ぐらい寝ていたんだもの。
昨日、日が暮れる前に王都に辿り着いた俺は引き続き仕事をしなければならないレオナと別れその足で帰宅した。
長い馬車の移動や帰りはゴリラと同じ馬車だったこともあって無駄に疲労感満載になっていたため留守番をしていた三人と軽く挨拶を交わし、残っていた鹿肉を焼いて食わせるだけの簡単な夕食を用意してからは風呂に入ってソッコーで寝ることにした次第である。
「……お前はブレないなぁ」
体を起こす真横には未だ静かな寝息を立てているマリアがいる。
今日に限っては忍び込まれたわけではない。
だって昨日の夜からいたもの。
察するに俺が風呂に入っている間にベッドを占拠していたのだろうが、起こして部屋に返すための説得や説教にどれだけ時間を食うか分からないのでもう面倒臭くなって考えるのをやめた。
服を着てくれるだけ成長したと言いたいのは山々なれど、部屋着代わりなのか寝間着代わりなのか装備は俺のシャツ一枚だけで残りはすっぽんぽんなので結局心臓に悪いのはいつまで経っても変わらない。
何で昨日はレオナがいた俺の隣が今日はお前になってんだ。お前も俺の嫁か。
いやいや、そんなことは神様が許しても俺の母ちゃん力が決して許さん。
これじゃ嫁じゃなくニートを養うだけになるのは目に見えている。
……あれ? でも最近全く仕事とかしてないこいつがうちで一番金持ってるよね。
逆に俺がヒモだとか主夫みたいになるんじゃね?
それはそれでアリかもしれない。
「あ、悠希さん。おはようございます」
馬鹿なことを考えながら部屋を出て寝起きの水を飲んでいると、リリが現れた。
すぐに思考を切り替える。のは貧乏生活な俺には無理だった。
「おはよ」
「どうしたんですか? 何か考え込むような顔をしていましたけど」
「なあリリ、この世界ではヒモや主夫ってのはどういう風に認識されるものなんだ?」
「紐?」
「ああ要するにだな、女に養われている男って意味だが」
「うーん、別にどうということもないのでは? 騎士団にだって女性が多数いますし、下級貴族だって少しでも家柄が上の貴族の次女や三女に婿入りしたりしますし」
「なるほど……」
ならアリってことか。
いや主夫なんて進路は特に考えたこともないけど。
とはいえこのまま寮母みたいなことを続けている自然とそうなる可能性があるってのが悲しい現実である。
どうせ婿入りするなら姫様のところがいい。
馬鹿野郎、レオナという嫁がいるんだからそっちを大事にするべきだろ俺!
……そうだとしてもレオナに養われているみたいな未来が待っていそうなのが残念過ぎるぞ。
結論を言えば自分で稼ぐ能力を身に付けろってことだな。
「それはつまり、わたしに養って欲しいといことですか?」
「そういうのはまず自分を養えるようになってから言いなさい」
「身も蓋もありませんね!?」
「現実ってのはそういうもんだ。でも無理して背伸びはするなよ? 自分でも言ってたけど、リリは大器晩成型なんだから努力を続けてればきっと一人前の魔法使いになれるさ」
知らんけど。
「いつか悠希さんがわたしを侮ったことを後悔するぐらいの大魔法使いになってみせますからねっ。その時には精々ひれ伏すがいいです」
「ひれ伏すってお前……いや、そもそも別に侮ってなんかいないだろ? その晩成する時を迎えるのが数十年後になる可能性を危惧しているだけで」
「同じです! むしろより悪いです!!」
「冗談だてってば。リリが毎日欠かさず努力してるのはちゃんと見てるんだから」
努力だけは。
と言うとまた怒りそうなので敢えてカットしておいた。
「今日も行くんだろ?」
「勿論です、日々継続しなければ意味がありませんから。今日はお休みなんですよね? たまには一緒にどうですか?」
「休みっつっても家事はあるからなぁ。今から風呂掃除して洗濯して、その後は買い出しだ。米がもう残ってないから纏め買いせにゃならん、主にマリアのせいで」
「カルネッタですか? でしたら時間もそんなに掛からないのでは? お洗濯手伝いますよ?」
「気持ちだけ受け取っておくよ。ご期待に沿えなくて悪いが、今日は王都の方だ」
「ええ~、どうしてわざわざ王都に」
「代えのシャツとかも買いたいからな。それに米は王都の方が安い」
部屋着、パジャマ代わり、どちらも三着をローテーションで着まわしているわけだが、いつの間にか一枚ずつマリアが勝手に使うようになってるせいで足りねえんだ。
別に安物のシャツぐらい欲しけりゃくれてやるのはやぶさかではないんだけど、譲渡するとかじゃなく干してから畳んである俺の洗濯物から取っていくからそういう問題じゃなくなっているという謎現象。
そのせいで脳内計算でその日着るはずだった服が気付けばなかったりするから困るのだよ。
「ってことで今日はパスだ。またそのうちな」
「絶対ですよ?」
「はいはい、そっちも頑張れよ」
ということで外に出るリリを見送り、俺は適度に家事ノルマをこなすと宣言通り買い物のために王都にやってきた。
この世界では庶民向けというか主食としての扱いが米よりもパンなので、比例して米は安い。
五キロ十キロの量でもパン数個の値段で買えちゃうのだから庶民にはありがたい限りだ。
ちなみにこの米代は完全なる自腹です。
わざわざ二日も潰して公務についていったとうのに特にお礼的な……もっと言えば謝礼的なもんはなかった。
あの髭のことだからきっと【連れて行ってあげている立場】だとでも思っているのだろう。
まあ帰りも姫様と仲良く過ごしたし、水色の君とも知り合えたので割に合わないとまで言うつもりはないけど、現実問題そういったプライスレスだけ手に入れても飯は食えない。
働かざる者食うべからず。
そんな理屈は分からんでもないが、何が悲しくて管理人業務以外に人の仕事を手伝わなきゃ飯も食えんというのか。
「なんだ?」
留まることを知らない愚痴が二週目を迎えた頃。
王都の中心を貫く大通りの向こうからやけに騒がしい声が聞こえてきた。
何事かと目を細めてみると、何か大声で叫びながらこっちに向かって走って来る人影が二つ。
「待てええええ!」
続けて聞こえてくるそんな声は、理由は知らんが誰かが誰かを追い掛けている図なのだと理解するには十分だった。
いや待て、追われているのは子供か?
見たところリリと変わらない歳の若い女の子が、何か全力疾走で逃げてきてるんだが。
何なのこれ、ただならぬ事件の目撃者になろうとしてない?
誘拐とか人攫い的な何かが目の前で起ころうとしてない?
誰か警察を呼べよ。
つーかこんな昼ど真ん中に、これだけ人の往来が多い大通りで人攫いとかするもんなのか?
あんな目立つ大声を出して?
んなわけないよねぇ。
だって距離が迫っていることで分かったけど、追い掛けてる方はいつもの肉串屋のおっちゃんだもん。もろに顔見知りだもん。
あの陽気なおっちゃんが人攫いなどするわけがない。
あるとするなら肉の材料を調達しようとしているだけだ。決して犯罪ではない。
いや犯罪だしグロい想像やめろ。
んな冗談はさておき、あくまで想像というか推測ではあるが、あの少女が何かやらかしたって線の方が濃いってことだ。
だからといってここで飛び出していってタックルをカマし、少女を捕まえるような漢気は持ち合わせていないけども……。
そんなわけでしれっと脇の方へ進路を変更しつつ心の中で『おっちゃん頑張れ』と呟き、そのくせ野次馬根性だけは残して行く末を見守ろうと視線は固定してやり過ごす作戦へと移行した。
はずなのだが、事態は予想外の方向へと転ぶ。
「お兄ちゃんっ」
と、逃避行少女は何故か俺の方に突っ込んできたかと思うと、そのままタックルを敢行したのだ。
いやタックルというか飛び付いてきたのを反射的に受け止めてしまっただけなのだが、そうなる理由は一切分からん。
正直道を開けようと端にずれていく過程で思いっきり目が合ってるなぁとは思っていたけど、何故俺に飛び付いてくる?
あとお兄ちゃんって何?
「え? 何? ていうか誰!?」
「お兄ちゃん、私だよ! メリルだよ! 分かるでしょ!?」
「いや分かるも分からないも普通に初対面……」
「酷いよお兄ちゃん、小さい頃に生き別れた妹の存在を忘れちゃったの!?」
「そうなの!?」
何それ初耳なんだが。
俺に生き別れた妹がいのか。
「そうだよ! ずっと探してたんだから、ずっと会いたかったんだから」
「そうか……大きくなったなぁ」
いや初対面だけど。
一瞬騙されそうになったとはいえ普通に初対面だけど。
うん、たぶん間違いないはずだ。
だって母ちゃんにそんな話聞いたことないもん。




