【第百二十三話】 眼鏡半分なくしちゃった副隊長
どこか賑やかな朝食の席も三十分そこらで終わりを迎えた。
賑やかになった理由は水色隊長が延々とあちこちに話を振ってくれたからなのだが、まあ直前までぼっちだった俺にとってはありがたいという他になく、姫様も楽しそうにしていたので総合すると良い時間だったと言えよう。
活発そうな印象通り笑顔の似合う溌剌お姉さんという振る舞いに終始していたあたり、あれがあの人の素の姿なのだろう。
この後は王都に帰るまでの一、二時間ほどが自由時間となるとのことで、聞けば施設内を案内してもらうように王様から指令が下っているらしい。
しかしながら水色隊長は王様たちと昨日の続きがあるとかで去っていった。
ここからはあの人の部下が引き継ぐとのことだ。
「王女殿下、ここからは私がご案内をさせていただきます」
というわけで、ほとんど入れ替わりで訪ねてきた人物が扉を開くなり跪いた。
俺と同年代でレオナと同じ白い軍服を着ている、茶色いショートカットのおよそ武芸に秀でているようには見えない頭の良さそうな女性だ。
昨日と同じくそういう仕様なのか、単に片方どっかに落っことしたのか左目にだけ眼鏡が付いている水色隊長の部隊の副隊長。
名前はまだ無い。
いや、あるんだろうが覚えていない。
確か眼鏡半分なくしちゃった副隊長とかだった気がする。そんなわけあるか。
「どうぞお立ちになってくださいドーラ副隊長。よろしくお願いしますね」
姫様が微笑み掛けると、すぐに眼鏡半分なくしちゃった副隊長は立ち上がる。
俺も実質初対面みたいなもんだし挨拶した方がいいのだろうか。
そう思い至り視線を向けてみるも、あっちは気にも留めず姫様一人に『では参りましょう』と背を向けてしまった。
「ちっ」
と、その際に目が合った一瞬で俺に舌打ちを寄越しながら。
「……え? 今あいつ舌打ちしたんだけど」
「堪えなさい。あの人はああいう人だから、気を悪くしても仕方がないわ」
クソガキを先頭に廊下を歩く中、身に覚えのない敵意に普通にイラっとしている横でアンが服を引っ張った。
馬鹿にし見下しているのが見え透いているハゲ宰相に対するムカつきとはまた違った、ストレートに喧嘩売ってくるスタイルを我慢しろと言われても無理なんだが?
「ああいう人って、どういう人なんだよ」
「自分の部下以外とは極力接点を持とうとしないし、交友関係も皆無みたいな人なのよ。ヴィルカロッサ隊長の下にいるためだけに副隊長に上り詰めたような人だから」
「それで何で俺が舌打ちされんの? 出会った当初のアンみたいなおこちゃま丸出しの拒絶感だったぞ」
「……お望みならいつでも戻ってあげるけど?」
「やめろ、ツンツンの中に愛がないアンなんて嫌だ」
「一度たりとも愛なんて込めたことないっての。じゃなくて、あんたがヴィルカロッサ隊長と食事をしたと聞いて敵視してるんじゃない?」
「それで舌打ちって相当人間性に難ありだぞ。大体俺が割り込んだんじゃなくあっちの申し出だったんだろ」
「まあ暴言を諫めたいところだけど周知の事実なのよねその辺りは。隊長のため以外には頑張らない人ってみんな知ってるもの」
「そんな奴を副隊長にするな。そもそも騎士じゃないんだろ?」
「ええ、役回りは参謀。副隊長にならずとも副官として仕えることが出来るぐらいには優秀な人ではあるわ。単に他の誰かがその座に就くのが許せなかったみたいね」
「なんじゃそりゃ……」
せっかくの自由時間。
せっかくの姫様とのデートだってのに幸先悪過ぎるだろ。
何が悲しくてこんな理不尽な思いから始まるってんだ。
後ろから膝カックンするぞこんにゃろう。
……刃物持ってるから反撃されたら終わるよね、分かります。
なんて馬鹿みたいな密かなる報復計画を練りつつ、俺達は案内されるがまま屋外に出た。
といっても基地の外に出たわけではなく、左右にどこまでも続く広く高い壁の上部である。
この基地の人達が守る景色、国の外と中の境界線を一度見ておくといい。
という王様の親心? 的な勧めがあってこうなっているわけだが、なるほど確かにこれは一度見てみるぐらいの価値がある光景だ。
高さにして二、三十メートルの壁は当然ながらここを守る兵士が行き来するためにてっぺんが通路になっている。
見下ろす景色には前にも後ろにも町や村といった物は見えず、どこまでも自然と広大な大地が広がっているだけだ。
それだけでも何だか観光名所である絶景とかを目の当たりにしている気分になっちゃう。
日本にゃ国境なんてないからな。
こんな景色を見られるのも外国か異世界ならではってわけだ。
しかし、こっから右はうちの国、左はそっちの国。なんて仕切られているというのは不思議なもんだなぁ。
国境って普通はこういうもんなの?
と、馬鹿な俺は最初に見た時から思っていたわけだが、聞けばそういうわけでもないらしい。
本当の国境はここからずっと先なんだって。
説明されてみればなるほど納得。
跨る二つの国の境目だってのにこっち側だけ壁やら基地やら作っていいわけがないもんね。
「で、向こうの国はなんていうんだっけ?」
「ディナ王国よ。どうしてそんなことも知らないのよ」
姫様は少し前で眼鏡半分なくしちゃった副隊長から基地の話やら歴史の話やらの講義を受けているため俺は傍にいるアンに尋ねてみた。
どうせなら姫様と手を繋いで歩きたいのは山々だけど、そういう話を聞くところまで王様の指示かもしれないと思うと邪魔は出来ない。
王族として理解しておくべき知識、とか言われたらぐうの音も出ないし。あと眼鏡半分なくしちゃった副隊長にまた舌打ちされるのかとか思うと割り込めないっす。
「何でったって、行ったこともない国のことなんて知らんっつーの。俺だってお勉強しようとしてんだから教えてくれてもいいじゃん?」
「はぁ……なんで私が。まあ黙って歩いているだけよりはマシだからいいけどさ。ナルクローズとは長らく友好関係を維持しているけどディナ王国はその限りではないの。言ってしまえば敵でも味方でもない国ってところね」
「それはつまり、中立主義的な?」
「そういう話でもないわね。元々あそこの王家は日和見主義というか、事無かれ主義というか、戦争であれ政治的にであれ積極的に自ら他国とは関わろうとしない質なのよ。だから得や見返りがないと思えば協力姿勢も取らないし、他所様のために軍を動かそうともしない。そもそもが王族の影響力も強いとはいえない国だから」
「王様なのに偉くないのか? なんで?」
「アグリ教の総本山があるからよ。ってそれぐらい知ってるでしょ」
「いやあ、知らんなあ……そのアグリ教? 自体が初耳だぜ」
俺にしてみりゃ当然の言い分。
だけどやっぱりこの世界の常識を知らないというのは不自然過ぎたらしい。
「前から思ってたけど……あんたの無知具合っておかしくない?」
「それについては一言で解決する。田舎者なめんな」
分かってるさ自分でも。
だからといって知らない物を知っているふりしろってのは無理あるって。
絶対ボロが出るし、知らないからこそ今知っておいた方がいいに決まってる。
「威張って言うな」
「まあまあ、平民なんてそんなもんだって。で、そのアグリ教ってのは?」
「……世界では一番教徒が多くて、火を神聖視している教団よ。王都にも教会があるでしょ」
「そういえばあったようななかったような……」
「かつてこの世界の守護神だった不死鳥への崇拝から始まって、火は神聖で世界に平和をもたらす物だと信じてとても大事にしている。ディナ王国にはその教皇がいるから発言力も実質二分してるってわけ。教団の意見を無視したら反発が凄まじいし、最悪暴動になっちゃうからね」
「ほーん……」
「……言っとくけど馬鹿なあんたのために渋々説明してあげてるのよ? 何でそんなにどうでもよさそうなわけ?」
「教えてくれることには感謝してるし質問している立場で言うのもアレだが、正直そういうのは難しくて分かんね」
「今でこそ静かで慌ただしさもないけど、明日以降は兵士も増員されてそうもいかないんだから今日のうちにここに来られたことに感謝することね」
「そうは言うが、こっちはメスチア帝国? とは接してないんだろ? そこまで警戒する必要あるのか?」
「真正面から軍隊で攻めてくるなら必要は無いでしょうけど、この前みたく刺客を放たれればどこの国経由で入って来るかも分からないでしょ。それに魔王軍の残党だって不穏な動きを見せてるって話もつい昨日あったじゃない」
「目的やら所在までは把握出来ていないにしてもさ、その魔王軍の残党ってのはどういう奴なのか目星が付いてるのか?」
「少なくとも最重要警戒対象はハッキリしてるって話ね。って、これは外部に漏らしていい話じゃないんだけど……まああんたはどういうわけか半分部外者じゃなくなってるし、どうせ興味も無いだろうからいいか」
「心配するな、他人に漏らしたりはしないしどうせ明日には聞いた話の半分は忘れてるさ」
「それもどうかと思うけど……まあいいわ、馬鹿をカバーするために少しでも知識を得ておこうって姿勢だけは馬鹿なりに評価してあげる」
「馬鹿馬鹿と失礼な……」
「かつての大戦で討伐、死亡が確認されていない幹部クラスは五人。魔王の妃である魔姫ローズに加えて死霊術師ネイト、竜人ブラン、闇魔導ダズ、ヴァンパイア・クイーンミリシアの四人ね。ま、全員が生存しているかどうかも分からないし姿形だって当時の資料に載ってはいるけどどこまで信憑性があるのかも不明なんだけど」
「何だかきな臭い話になってきたなぁ……」
この前見た巨大なサイとか、岩のバケモンとかでもクソ怖いし普通の人間が戦って勝てる気なんてしないってのにそんなボスキャラみたいなんが五人も結集する可能性あんのかよ。
しかもだぜ?
それプラス晩飯の時に王様が言ってたけど、例のフィーナさんを殺した連中もいるんだろ?
大丈夫なのかこの世界。




