【第百二十二話】 水色のボク
目が覚めるとすんごい頭が重たかった。
寝不足に似た症状なのだろう。
結局あの後何時間も寝付けなかったからな……いや別にレオナが横にいるからとかではなく、単に昼間寝すぎたというだけなんだろうけど。
とはいえ僅かにでも動く度にちょっとドキッとはしたんだけどさ。
「ふわぁ~……」
大きな欠伸を一つして体を起こすも瞼は重い。
どういうわけか、という程のことでもないのだろうが既にレオナの姿はない。
国家公務員様は今日も早くから仕事のようだ。
時間は短いながらも眠りは深かったのか、いつレオナが起きたのかも全く知らん。
気を遣って起こさないようにしてくれたんだろうけど、ちょっと寂しいじゃない?
とか思っちゃったりしたんだけど、代わりにテーブルの上に置いてあった着替えが真横に移動している。
「…………」
何ちょっと奥さんみたいなことしてくれてんだよ、照れるだろが。
思いつつ、一人寂しく着替えを済ませたはいいのだが……その後どうしたらいいんだぜ?
ここは同じ国家の保有する施設だとはいえ軍事基地なのだ。
駐在のメイドさんとかはほとんどおらず、ゆえにご飯を運んできてくれたり起こしてくれたりというサービスは備わっていない。
だからといって放置が過ぎるとは思うが……せめて明日は何時に飯だとか起きたらどこに来いだとかという説明ぐらい事前にしておけと。
一応俺ゲストよ?
もうちょっとそれなりの扱いってもんがあるだろ。
これ毎回言ってる気がするな……アメリアさん以外がそんな風に思っていないのは薄々感じているのでもう不満を抱くだけ無駄なんだろうけどさ。
あいつら俺を派遣社員ぐらいにしか考えてねえよきっと。
「お?」
こうなったら二度寝か?
またこんな時間から惰眠を貪り夜眠れなくなる悪循環を享受してしまうのか?
いやぁ……それは無理だなぁ。なんつーかよりダメ人間になっていく感じがすんごい嫌だ。
室内を右往左往しながらそんなことを考えていると、部屋の扉が叩かれる音が意識を思考の渦から引き摺り戻した。
「はい~」
あぶねえ、一人で不審者ムーブしていたのを見られでもしたら恥ずかしい思いをするところだったぜ。
慌ててソファーに腰を下ろし、何食わぬ顔で優雅な朝を過ごしていますけど何か? みたいな顔で返答をすると、失礼しますと扉の向こうから現れたのは一人の女性の姿。
薄い茶髪を後頭部で三つ編みにした、二十代半ばぐらいのメイドさんだ。
見覚えは勿論ある。
王都から一緒に来た、最近新たに姫様の世話役に加わったとかいう人だよね。
直接の会話はなかったのでどういう理由でここに来たのか。
あと一番気まずいのは名前がパッと出てこないところにある。
何だっけ、何かゴートゥースクールみたいな感じじゃなかった?
「おはようございます」
「お、おはようございます……新しいメイドさん」
苦し紛れの呼称だった。
最大限失礼の無いように、かつ名前を憶えていないことがバレないようにという悪足掻きと言ってもいい。
「おはようございます悠希様。昨日はご挨拶の機会がございませんでしたので改めまして、クラウディア・オーガストと申します。少し前から王女殿下の侍女としてお仕えしております、どうぞお見知りおきを」
「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」
丁寧に頭を下げるメイドさんに、俺も慌てて立ち上がり会釈を返す。
そうそう、オーガストさんね。
綺麗なお姉さんの名前は一度聞いたら忘れないスキルもいつの間にやら錆び付いてしまったもんだ。最初からそんなんないけど。
「それでえっと……」
「王女殿下の遣いで参りました。本日は昼過ぎは王都へ戻る予定でございますので、それまではご一緒に過ごされるとお聞きしております。それに際して朝食をご一緒しませんかとのお言伝を預かっております」
「是非行きますっ」
さすが姫様。
俺がぼっちで困っていることを察してくれたのかな。
あまりに放置プレイが心細いせいでいっそのことあのゴリラとでもいいから一緒に飯を食いたいとさえ思っていたところだ。
いや、やっぱゴリラはいいわ。
「ではさっそく参りましょう。ご案内いたしますわ」
「うっす」
そんなわけでオーガストさんに続いて部屋を出る。
客用のこの部屋からは随分と遠い位置にあるらしく、結構な距離廊下を歩いて一番奥の一番広そうな部屋でようやく足を止めるに至った。
すぐにオーガストさんが扉をノックすると、アンの声だと思われる声が入室を促してくる。
ではどうぞと、若干緊張しながら開かれた扉を潜るとそこには三つの顔があった。
アンと姫様だけではなく、どういうわけか水色の君がテーブルに座ってティーカップを手にしている。
つっても座っているのは二人だけでアンは姫様の後ろに立ってんだけど。
「悠希様っ、おはようございます。ようこそお越し下さいました」
背後でオーガストさんが扉を閉める音を捉えるなり、パッと表情を明るくしながら姫様が駆け寄ってきた。
かと思うと俺の手を取り、にこりと微笑み掛けてくれる。
まさに癒し、そして天使。
「おはようございますマドモアゼル」
対するは懲りない男、その名も俺だった。
だってこれ以外に紳士っぽい言葉知らないもん。
「うふふ、マドマーゼルです♪」
意味を理解していないながらも同じように返してくれる姫様は嬉しそうだ。
挨拶的な使い方をしているのでだいぶ間違ってはいるんだろうけど、可愛いので全てが許される。
仮にこれがハニートラップ的なアレで、結果全財産を失うことになったとしても許してしまう気がしてならない。たぶん、きっと。
というかそもそもマドモアゼルってどういう意味なんだろうね。俺も分かんねえっす。
「やあ少年、ボクもご一緒させてもらっているけど構わなかったかな?」
屈託のない笑顔の姫様に手を引かれ、空いている椅子に腰を下ろすと空気を読んでいたのか黙ったままだったもう一人が軽い感じで片手を挙げた。
水色の髪の毛を右のこめかみ辺りで一部だけ三つ編みにしているナイスバディーなお姉さん、その名も水色隊長である。
今はプライベートタイムなのか隊長の軍服は着ておらず、薄着な私服がよりその胸部を強調しておりナイスアングルですありがとうございました。
「あ、はい。俺は別に全然大丈夫っす、えーっと……ヴィルカロッサ……さん?」
「ああ、ハルク・ヴィルカロッサだ。よろしくたのむよ悠希君、だったね」
「はい、悠希桜井です。こちらこそよろしくお願いしゃす。あ、ども」
すかさずオーガストさんが俺にも紅茶をくれた。
三人で丸いテーブルに向かい合っているため必然的に三角の配置になる。
すぐ隣には姫様がいて、俺の正面にヴィルカロッサさんという位置関係だ。
ちなみに俺と姫様の間ぐらいにアンが立っている。
これまたちなみにこの世界に合わせてアメリカ人風の自己紹介をしてみたのだが、特にツッコミとかはない。
だってこの世界で俺を苗字で呼ぶ奴いないし?
「ボクは君にとても興味があってね。こうして話をする機会に恵まれたのは幸運だった、王女殿下には感謝しなければ」
「感謝だなんて、お食事を共にするのは初めてではないでしょうヴィルカロッサ隊長?」
「それも含め、でございますよ殿下。ご存知の通りボクはこんな性格なのでね、どうにも礼節に欠けるせいで王都のお偉いさま方には好かれていませんから。こうして嫌な顔一つせずにお誘いを受けてくださるお心の広さに感謝したいのです」
「誤解を受けやすいお人柄だとは聞いておりますが、少なくともわたくしには悪い人間には見えませんから」
「ありがたきお言葉です。あのハゲ宰相にも見習っていただきたいものですよ、はっはっは」
「あ、あはは……」
明確な悪口に、さすがの姫様も苦笑い。
そこで改めて水色隊長の目がこちらに向けられる。
「おっと、悪かったね。ちょっとばかり口が滑ってしまったかな」
「いえ大丈夫です。俺もあのハゲ嫌いですから」
喋ったことないけど。
「そうなのかい? 気が合うねぇ、いつか一緒にぶっ飛ばしてやろう」
「是非とも」
「悠希」
そこでアンの肘が俺の肩を突いた。
姫様も然り、水色隊長自体が国のお偉いさんということもあって、一緒になって別のお偉いさんの悪口を言うのは不味い。と言いたいのだと理解した。
「おっと、こっちも口が滑りました。すいません姫様」
「ご安心を悠希様。わたくしは何も聞いておりませんよ」
姫様も空気を読んだ。
オーガストさんも苦笑いするだけなので場合によっちゃ俺だけ犯罪者になるところだっただけに助かる。
というか、ひょっとして姫様もあのハゲ嫌いなのかな。
「それで、俺に興味があったというのは?」
本題に戻すことで無かったことにする作戦しかない。
とはいえこんな俺に興味津々というのなら是非も無し。
これはきっとお近づきになるチャンスだ。
「端的に言うならば君の異質さに、だよ悠希少年」
「異質さ?」
「普通に考えればあり得ないだろう? 王女殿下のご友人だという理由でこの場にいるなんてことは」
「まあ、そうっすね。運が良いのか偶然が重なったのか、色々と偉い人と知り合いになった結果なんだとは思いますけど」
「それは果たして本当にただの幸運なのかい? ボクが気になっているのはそこだよ。いずれ君は王女殿下の婿になったりするのかな?」
「勿論です」
「なってるたまるかぁっ!」
後頭部に衝撃が走る。
言うまでもなくアンが脳天にチョップをカマしてくれていた。グーじゃないだけよかったね。
「だとしてもいてえってばよ」
「勿論ですじゃないでしょ、馬鹿じゃないの? ナイフじゃなかっただけ感謝して欲しいぐらいよ」
「ああ……グーより上もあったんだ」
「申し訳ありませんヴィルカロッサ隊長、こいつ底抜けに馬鹿なもので常識とか分かっていないんです」
「ははは、愉快な子じゃないか。それに彼が言う程ただの偶然だとも思えないしね。陛下やアメリアは君を評価している。話は聞いているよ、あの【月光花】を陛下のために持ち帰った、と」
「まあ事実ではあるんですけど……俺は在りかを教えて貰って、自分一人じゃどうにもならないから身内に協力してもらってどうにかって感じでなんで凄いことをしたというのも語弊があるんですけどね。正直魔物とか出て、俺逃げてただけっスもん。戦う力も度胸もねえっす」
「謙遜ではなく?」
「自己評価には定評がある男ですよ俺は」
「だが先の襲撃事件の際には王女殿下を守り、連れ去られたロックシーラ君を助けたのだろう?」
「いやだからですね、俺は正直いなくても変わんなかったつーか、姫様を守らないとって無意識に体が動いていたのは事実ですけど実際に助けてくれたのはアンですし、レオナのことにしたって同じですよ。足手纏いになるのが分かってて無理矢理ついていっただけっていうか」
「だが周りはそう思っていない。王女殿下ご自身も君は頼りになる男だと仰っている、そんな君は一体どんな男なのだろうとボクは興味を抱いていたわけさ」
「そう言われましても……」
「ボクは勇敢で誠実な男が好きだ。勿論勇敢で誠実な女も好きだ」
「はあ……」
最終的に何が言いたいんだ。
あと何が勿論なのか、その補足必要だった?
「ただ強いだけの人間には何の魅力も感じないし、強く真っすぐであっても馬鹿な男もあまり好きなタイプではない。人の上に立つにはそれに足る中身が必要だと僕は思っているからね。君が名だたる人物達に認められる真なる理由が分かったなら、ボクも君のお嫁さんになるかもね」
「マジっすか!?」
「図に乗るなっつーの!」
再び振り下ろされるチョップ。
あんま加減してないから普通に痛い。
「何で俺……言い出したの水色お姉さんじゃん」
「姫様相手だろうとロックシーラ様相手だろうと他の誰かだろうとアンタが鼻の下を伸ばしたら鉄拳制裁って決まりがあんのよ」
「何それ酷い……」
「ははは、まあ食事の場を和ます戯言だと思ってくれても構わないさ。ボクもそろそろ孫の顔を見せろと親にせっつかれていてね。ただこの通りその価値の無い人間に靡くことが出来ない性格なんだ。そういう意味で君の普通とは違う何かに少しばかり期待しておくよ」
総括するとからかわれただけなのだろうけど、姫様も愉快そうに見ているのでまあ良しとしよう。
どちらかというと俺とアンの漫才に対してな気がしないでもないが、その笑顔のためならチョップの十発や二十発どうってことないさ。
いややっぱ二十は無理だな、普通に痛いもん。




