【第百二十一話】 空気飯
食事の時間もどれぐらいが過ぎただろうか。
正直、無駄に話を振られたりしないように端っこで黙々と食ってるだけなので体感時間とかは分からん。
ついでに言えば普段の数倍高価なメシなんだろうが、味もあんま分からん。
そして更に言えばこんな気まずい空気の中で過ごすぐらいなら部屋でぼっち飯の方が百倍良かった気がしてならない。
当初こそ歓談を交えた和やかな雰囲気であったものの、結局お偉いさんが集まれば難しい話題になるのは必然らしく途中からは政治だの戦争だのの話になっているので尚更である。
一度巻き込まれた事実がある以上は他人事だと無関心を貫くのもどうかと思うし、そうでなくとも自分がこの世界で生活しているからには興味が無いと言うつもりもないんだけど、とはいえ知らない単語と固有名詞ばかりで途中でしっかりと聞いておく行為に飽きた。
いつしか真剣な顔が並んでいるため変に疑問を口にしたりなんかして話に参加するのも憚られるし、知らない言葉が知らない言葉のまま進んでいくのでもう理解が追い付かないっつーの。
「だがあのクレイン・キッドは対話に応じる男ではあるまい」
と、顎鬚を撫でるのは王様だ。
そのクレイン・キッドとやらが以前襲撃を仕掛けてきた何とか帝国のボスだということだけは把握したが、俺にとってはそれ以外の謎が多過ぎて取り敢えず聞いておいて損はないかってレベルでしかない。
そもそもが肩書や序列の問題なのか俺どころか副隊長組すらほとんど口を挟むことはなかったし、王族の一員とはいえ政治の話には疎いのか姫様もしっかり話を聞いています風の態度や表情でこそあれ意見を述べることも求められることもなく話が進んでいく感じだ。
ゆえに発言の中心はどうしても隊長三人とハゲになる。
「カイザー・キッド……いえ、邪帝は講和、協定になど何の関心も無いでしょう。過去に何度も見せてきた条件次第だといった態度すらも時間稼ぎでしかなかったですから」
「じゃが連中は既にこの国の領土で暴挙を働いとるんじゃ。これ以上ナメた真似させんためにも次こそは確実に奴の側近を仕留めにゃならん、そうじゃろうジャックテール」
「そうだねカルカロス。主戦力となる四人は特に動向を注意しなければならないし、あのような無法行為は絶対に許してはならない。次にこの国に現れることがあれば総力を挙げて叩く、君もより王都との連携を強化し増員される兵力を用いて国境を固めてくれヴィルカロッサ」
「言われずとも承知しているさ。メーシー、先日上がってきたばかりの情報だけど、その不届き者の素性は頭に入っているね?」
「勿論です。毒使いドロシー・バーノン、通称は毒蛾の女王。怪力無双と呼ばれる大男、血塗りの斧ことジェロ・ガストロン。妖術師ガブリエラ・ミーネ、通称はウィッチクラフト・ミニー。そして先の襲撃事件を引き起こした張本人である神撃ちシルヴァン・ロックス。以上四名がクレイン・キッドの腹心にして最大の戦力であるとの調査報告を受けております」
「新たに兵も増えるし、名前と人相書きのある者はそれも含め部隊と近辺の町村には徹底的に周知しておくように」
「承知いたしました」
「ま、ボクなら一対一でも勝てるけと思うけどね」
「…………」
……黙って聞いていたけど一言だけ言わせてほしい。
水色隊長ボクっ娘だった!
「油断大敵だよヴィルカロッサ、噂通りの実力者なら楽な相手ではない。それに、警戒すべき存在は他にもいる」
「というと?」
「昼の会議ではそこまで話が進まなかったのだけど、先日気になる情報が届いてね。陛下」
「うむ、この際だから少し話しておくべきだろう。我が国とナルクローズが共同で組織した諜報部によると深淵の谷周辺で複数の魔族が出入りしているのが確認されたとのことだ。その中には上位魔族だと思われる何者かも含まれていると聞いておる」
「それはまた剣呑なお話で。昨今はぐれ魔族の動きが活発化していることと無関係ではないのでしょうね」
「であろうな。この時代にまた徒党を組み、勢力を増すようであれば一大事だ。そうなれば我が国だけの問題でははなくなる。他国と連携し調査の継続や対策について話し合わねばなるまい」
「ナルクローズのみならずディナも含めて、ですか。しかしあの国が積極的に協力姿勢を取るとも思えませんが……」
「だからといって情報を共有せず、あらかさまに非友好的な態度を取るわけにもいくまいよ。ただでさえ【革命の灯火】の脅威も増すばかりであるというのに」
「討伐隊を組むのであれば先鋒には是非とも我が隊を。攻めてくるのを待つだけでいるのは性に合いませんし、後手に回るばかりでは敵の思う壺です。メスチアの件も含め好き勝手するならば痛い目を見るぞと示すべきかと」
「そなたの考えは大いに理解した。だが今この場で結論を出せるものでもない、いずれの問題ににおいても王都に戻り次第早急に他国へ遣いを送るとしよう」
「承知致しました」
「…………」
偉い人達は大変だなぁ。
異世界だってのに、お約束とは違って魔王が居ない状態で何だってそんな戦国時代みたいな感じになってんだ。
もっと平和に過ごしたいよ俺は。
もうあんな怖い思いはこりごりだ。
☆
いつの間にやらすっかりと夜になった。
そりゃ晩飯に呼ばれた時点で日は暮れていたので当然ではあるが、今日一日を振り返ってみると早起きして馬車に揺られ、ここに来てからは昼寝の後に晩飯食っただけってすんげえ非生産的な時間を過ごした気がしてならない。
明日は姫様も王様に付き添う必要は無いらしいので俺やアンと共に自由に過ごしていいという話になっていると解散間際にアメリアさんが教えてくれたので俺個人のお役目はそこにあるってことなのだろう。
別に今更文句を言っても仕方がないし無意味だから口には出さんけど、だったら明日呼べとちょっと思ったでござる。
そんなこんなで気まずい晩餐会から解放された俺は風呂に入ることを許されたのだが、まあ言わずもがな一人ぼっちだったさ。
王様や姫様が使う物とその他の人間が使う物が別という相変わらずの格差社会っぷりはもうどうでもいいけど、一般向けでも十分デカくて広いので個人で使うのは落ち着かないものだ。
いや、それはゴリラと一緒に入るよりはマシだと時間をずらしてもらったからなんだけどね。
だってあの人と気が合うとは思えないんだもの。会話が続く自信がないんだもの。
そもそも他の人ならどうかという話にならないのが悪い。
騎士団のトップたる隊長やら副隊長が六人もいて男がゴリラだけっておかしいだろ。
この世界の女性どんだけ強いのって感じだよ。
敢えて補足をしておくけど、一人もどうかと思ったプラス前回のアレで味を占めた俺はしれっと姫様を誘おうとしてみたんだよ?
でも言い終わる前にレオナの地獄突きとアンのボディーブローで屠られました。二度と言いません。
ってなわけでまた一人で個室に戻って寝る準備をしている。
今日は前と違って夜中の見張りとかは現地の兵士が担当してくれるため警備を担う必要はないらしく、レオナはアメリアさんと一緒に風呂に入るついでに少しの打ち合わせをすれば戻って来ると言っていた。
さっきのとは別の理由でレオナは絶えずあれこれと仕事に追われているというのに、俺ほぼ寝てただけ。
情けなさすぎる……立派な大人ってのはこういう奴のことを言うんだろうなぁ。
仮に大学出てどっかに就職してリーマンにでもなったら俺もあんな風に毎日朝から晩まで忙しくしなければならないんだろうか。
うん、全く出来る自信ない。初日の昼ぐらいに退職代行とか使っちゃいそう。
いっそこの世界で培った家事スキルを活かして家政婦にでもなっちまうぞ。男がなれるのかは不明だけども。
「つーか……何でベッド一つしかねえんだ?」
二人で使う部屋なんだぞ?
一緒に寝ろってか。おいおい、無茶を仰る。
日頃マリアで鍛えられてるとはいえ俺だって緊張もするし恥ずかしい気持ちも持ち合わせてるんだぞ。
マリア以外の女子に耐性なんかねえつーの。童貞ナメんな。
もう何だか座っていてもソワソワしちゃうし、先にベッドに入っていないと後からだと躊躇や遠慮をしちゃいそうなので寝転がることにした。
そうは言っても昼間は何も考えずにここで寝てたけんだけども。
なんて具合で平静な振りして一人寝転がること数分。
廊下の方から足音が聞こえてくると、すぐに扉が開いた。
現れたのは言わずもがな部屋着のレオナだ。
「よ、よう。おかえり」
「ええ。まだ起きてたのね」
「あんま眠たくなくてな……」
色んな意味で。
「だから言ったじゃないの」
「それよりもレオナ……」
「ちょっと待って、先に着替えるわ」
特に普段と変わりのないレオナはこちらの反応を待たずに脱衣所に消えていく。
少しして出てきたのは、ネグリジェみたいなセクシー全開の美少女だった。
シースルーな感じのやつではないので別に下着とかが透けて見えているわけではないのに、エロさ留まることを知らず露出が多過ぎてナイスセクシー過剰摂取で俺もう死にそう。
君、家ではそんな寝間着じゃなかったよね。もうちょい落ち着いた感じだよね。
最近じゃ平気で下着姿のままうろつくから慣れたつもりでいたけど、これから同衾するのかという意識のせいで刺激が強く感じちゃう。
本人はどう思っているのか、普通に俺の横に座った。
「大丈夫なのか同じベッドで……そもそも何で二人部屋に一つしかないんだ」
「来客用の部屋みたい。どうやら陛下が気を遣ったみたいでさ、後から断るわけにもいかないし仕方ないわ。夫婦なんだから当然って言われちゃったら返す言葉も無いもん」
「それはそうかもしれんけど……」
俺寝れる自信ねえよ。
「云っとくけど、指一本でも触れたら怒るからね」
「生殺し過ぎる……別に下心があったわけじゃないけどさ」
マリアなんて素っ裸で潜り込んでくるってのに、どういうわけか刺激が二百倍ぐらい違うぞ。
「言ったでしょ、そういうのは帰ったらちゃんと考えるから。外では駄目」
じゃあ寝ましょ、おやすみ。
最後にそう告げて隣に寝ころんだレオナは早々に目を閉じてしまった。
ちらりと横目でそれを確認し、天井を眺める作業に戻る俺の頭にゃ色んなことが巡っている。
寝返りを打つのにも気を遣いそうだなぁ、とか。
寝顔も可愛いなぁとか。
バレないように触っちゃいそうだなぁとかとか。
そんな様々な葛藤と自重と戦いながら静かな空間で目を閉じているわけだけど、当然の如く数時間は眠れなかったさ。
昼寝のせいかどうかは知らん。




