【第百二十話】 水色の君
例によって正確な時間はさっぱり分からないが、かれこれ四時間五時間が経ってようやく国王御一行は目的地に到着した。
途中で二度ほど兵士やら馬さんやらの休憩を挟んだとはいえ、これまでの巻き込まれ事案の中では最長の移動ではなかろうか。
思わず馬車の窓から覗き込む光景はなんとも壮観だ。
前に行った水軍とかいう部隊? の施設も大概ではあったが、あれは船とか使うのが主になる組織だったため港や船着き場以外はそこまで大がかりな拠点ではなかった。
だが目の前にあるのは国境を守る、いわば国防の要とも言える基地である。
それゆえか思っていた倍ぐらいデカい目の前のそれに、今からこの中に入っていくのかと思うと驚きを禁じ得ない。
左右どちらを取っても終着点が見えないぐらいに高く長い壁が行く手の全てを覆っている。
勿論王都だって都市全体が壁というのか城壁というのかは知らんが、そういう物に囲まれてはいるけど、それにも増して仰々しいというか物騒というか、そういう印象を抱かせられるだけのザ壁感を醸し出していた。
当然ながら現在地は内側で、なのにそういうイメージが伝わってくるのだ。外側ともなればより強く『ここから先はうちの領土だから』みたいなはっきりと一線を引き内外を分離させる意味を持つ存在たる姿形をしているのだろう。
別にここがどんな意味を持っていようと、どれだけの兵力が備わっていようと言うまでもなく俺には何の関係もありゃしないんだけど、その関係無さの度合いが増せば増すほどに場違い感は上昇していくわけで。
もはや頭に浮かんでくるのは『こんな所に一体何をしに来たんだ俺は』という疑問や後悔ばかりだった。
そんなことを考えている間にも俺の帰りたさを無視して列の先頭からどんどんと巨大な門の中に進んでいく。
少しして二台の馬車も基地内部に入ると、門から続く通路の両脇には宮殿を出る直前と同じくズラリと何百か何千かという兵士が列を作り綺麗な直立で出迎え体勢を取っていた。
広い中庭の奥にある建物との中間付近でようやく停車すると、ゴリラとメガ姉さんが先んじて扉を開き、外に出て俺達が降車するのを待っている。
開いているのは俺が座っている側の扉だったため次いで外に出ると、いつしか無意識にそうするようになった姫様のお手を預かっての乗り降りに際する補助をしちゃったりしつつ辺りを見回すと、丁度隣でも王様が外に出るのが見えた。
途端に目の前に居た二人の若い女性がその眼前で跪く。
聞かずとも分かった、レオナやアメリアさんと同じどこぞの部隊の隊長と副隊長だ。
その行動自体もそうだし周りの目、雰囲気だとかという話以前に二人だけ白い制服だから誰でも分かるのだが。
「ようこそお越しくださいました陛下」
と、王様やレオナ達の方へ合流するこちらの一行を待った末に先制で口を開いたのは膝を折る二人のうちの年上の側。
イコールで肩や胸に付いている勲章みたいな物を見るに隊長に位置するであろう人物だ。
歳はアメリアさんと同じぐらいか少し上かといったところ。
整っていながらも凛々しく、精悍な顔立ちをしていて腰には二本の剣が収まっている。
レオナに聞かされた名前なんてもう覚えていないが情報の通りハキハキとした口調や声色で真っすぐな性格が見えてくるような印象だ。
染めているのか地毛なのかは分からないが薄い水色の毛髪で、右のこめかみ辺りにだけ一部を三つ編みに結った箇所がいる。
ついでに言えば胸も大きくて、引き締まった腹部が丸出しのへそが見えているインナーが何かエロい。
「うむ。ヴィルカロッサにドーラ、国の要たる其方等が元気そうで何よりだ。楽にしてくれてよい」
「は」
「勿体なきお言葉です」
王様のお許しによって立ち上がり、水色隊長に次いで感謝の弁を述べるのはもう一方の白服組。
歳は若く俺やレオナと同世代だろう。
茶色いショートカットにそういう仕様なのか、単に片方どっかに落っことしたのか左目にだけ眼鏡が付いている。
右の腰に短剣を携えてはいるものの見た感じでは他の隊長連中とは違って鍛え抜かれた肉体という感じもなく、武闘派よりも頭脳派と表現した方がしっくりくる感じだ。
「シルヴィア王女、久しゅうございます」
「ええ、お二人もお元気そうで。わたくしも嬉しく思います」
にこりと屈託のない笑顔を向ける王女に対し、改めて白服組が謝意を口にしたところで不意に二つの視線がこちらに向いた。
礼儀作法とかを何も知らない俺は空気に徹していたのだが、どう考えてもこの場における異物であることに違いはなく普通に認識されていたらしい。
隊長だと思われる水色お姉さんと目が合う中、挨拶なり自己紹介なりを勝手にしてもいいものかと迷っているとさっそく言及される。
「ところで陛下、そちらの少年は?」
「うむ、二人にも紹介しておこう。この少年は悠希君だ、社会勉強のために連れて来た」
「はあ……社会勉強でございますか」
「彼はいずれシルヴィアの付き人になるかもしれぬ男でな。見識を広める一貫と思ってくれればよい。視察や会議には関与せぬが、シルヴィアも随分とよくしてもらっているし私としてもなかなかどうして見どころのあると思っておる。二人も気に掛けてやってくれると助かる」
「「承知致しました」」
と口を揃えてはいるけど、だいぶ胡散臭そうな目で見られていることは俺にも分かった。
まあ逆の立場なら同じ感想なんだろうし無理もない。
姫様の空いた時間の話し相手、かつ王様自身が言ったようにこういう場所があってこういう人達がいることを見て知っておくのもいずれ役に立つかもしれないから、という理由でやってきているのだ。
いつどこで付き人になる可能性が生じたのかは知らんが社会勉強と言われれば確かにその通りではある。……誓って自らが望んでという話ではないけど。
何にせよ、お偉いさん方の挨拶も済んだところで王様や姫様も含めまずは部屋に案内されることに。
その後は基地内の各方面を回って兵士や従軍の職員といった人達の仕事ぶりを見て回り、その後に例の警備に関する話し合いに入るのだとか。
国王みたいな偉い人にウロウロされては働いている連中も緊張や委縮をするのではないかと心配になるが、レオナによれば王様や姫様といった国のトップが足を運んでくれるというだけで慰労や激励の意味になるらしい。
そんな理由から姫様は同行するそうだが俺は免除なので部屋で休んでいいというナイス処置をいただいた。
今となっては疑問を抱く方が不自然なのかもしれないけど、何故かレオナと同室である。
とはいえレオナとて他の隊長だの副隊長だのと一緒に王様のお供をするのでしばらくは一人の時間だ。
勿論俺は即決で昼寝をするぜ。正直言って道中ずっと死ぬほど眠いのを我慢してたんだ。
☆
「ん……」
頭上で響く甲高い声が意識を呼び起こした。
すぐに思考能力が蘇り、昼寝をしてたいことを思い出すと同時に薄目を開くとレオナが俺の名を呼びながら肩を揺すっている。
何故ここに? という疑問の答えに遅れて辿り着くも、それよりも先にレオナが俺の起床を把握していた。
「ほら、起きなさいってば」
「ああ……起きる起きる。ふわ~」
「まったく、ずっと寝てたわけ?」
「やることもないし朝も早かったし、完全に爆睡してたわ。お前のお仕事は終わったのか?」
どのぐらい寝ていたのかと窓の外に目を向けると、完全に日が暮れかかっていた。
確かに昼寝どころの話じゃねえな。
「ついさっき会議が一段落したところ。続きは明日の昼になったから」
「ほ~ん、俺にゃ関係無いから別にどうでもいいんだけど」
「一人にしちゃったのは悪いと思うけど、だからってずっと昼寝ってあんた。夜寝られなくなるわよ?」
「それはあれか、今夜は寝かせない的な」
「何を馬鹿言ってんのよ、出先でそんなことするわけないでしょ。それより早く用意して」
ほう、出先じゃなければオッケーと?
言ったな? 絶対忘れないからな?
「つーか、用意って何だ。どっか行くのか?」
「夕食よ。陛下がせっかくだから皆でって仰ってくださってるから、そこにあんたも呼べって話。あたし達が一番先に待ってなきゃいけないんだから急いだ急いだ」
「分かったって、上着を着るだけなんだからすぐ出れるよ。しかし、あの髭親父は皆で飯食うの好きなのか? 俺も前に誘われたよな最初に姫様に会った時」
「そうね、畏まった場では話せないようなことでも気軽に話せる場を設けることで隔たりを少しでも無くそうとお考えなの。だからこういうあたし達騎士団員だったり近しい貴族連中に対してはよくそういう時間を作って下さるわ。あと髭親父って言うな」
「なるほどねえ」
ま、それは良い上司の在り方なのかね。
昨今の社会人はそういうの平気で拒否するらしいけど。
そんなどうでもいいことを考えつつ、レオナに引き連れられ晩餐室だかいう長いテーブルがある部屋へと向かう。
そして言われた通り一番端っこに座って他の連中が来るのを待ち、一人入ってくる度にわざわざ立ち上がって迎え入れるという謎の儀式を繰り返しているうちにようやく全員が揃った。
上座というのだったか、一番偉い人が座る席には勿論王様が。
一番近い席には姫様と宰相のハゲが。
そこから横にゴリラ隊長と水色姉さん隊長が左右に分かれて座り、アメリアさん、メガ姉さん、半分眼鏡と続く。
一応の配慮なのか俺はレオナの横だ。
すぐに料理やらワインが並ぶと王様の労いの言葉によって晩飯の時間を迎えた。
「陛下、彼を同席させてよろしいので?」
かと思いきやハゲが俺を見てそんなことを言っていたが、『こちらが連れて来ておいてずっと一人にさせていた詫びのようなものだ。食事の席を共にするぐらいはよかろう』と王様が追い出せアピールを一蹴してくれたのでどうやら俺はここに居ていいらしい。
何ともムカつくハゲだ。別に俺だってこんな落ち着かない場所で飯食いたいわけじゃねえっつの。
日頃あり付けない豪華な食事は涙が出るほど惜しいけど。




