【第十一話】 女子の部屋着は国宝級
3/4 台詞部分以外の「」を『』に統一
「あ~、サッパリした」
風呂から上がると、思わずそんな声が漏れる。
間違いなく俺の人生で一番大変な一日だったということもあり、知らず知らずのうちに疲労も溜まっていたらしく湯船に浸かるとそれはもう凄まじい脱力感に見舞われたものだ。
食事の時間が終わりを迎えた後、少ししてソフィーと一緒に後片付けをしている間に順々に入浴タイムに入り、順番が最後の俺はソフィーと後片付けをしたりしながらその時を待った。
一つ補足をするならば、結局レオナが三杯とマリアが十杯食べた結果炒飯は綺麗さっぱりなくなってしまっていたりする。
明日の飯代浮いてねえ~!
という心の叫びもレオナの可愛さとマリアの愛らしさに負けて口には出来ず、明日こそは心を鬼にしてエンゲル係数抑制作戦を実行すると密かに誓う俺だった。
どういう基準で決まったのかレオナ→ソフィー→リリ→マリアという順に入り、そこそこの待ち時間を経てようやく俺の番を迎える。
「あんたは新入りだから一番最後ね」
というレオナの発言からするに『一番風呂は一番偉い私のもの』的な我が儘さを発揮したんだろうな~と簡単に想像出来てしまうが、あいつは分かっていない。
美少女四人が入った後の湯船に浸かるとかそれ最高に興奮するやつだからね。むしろ積極的に一番最後にしてもらうまであるからね。
もう興奮のあまり浴槽のお湯を飲み干してしまおうかと考えたぐらいだ。さすがにそれはしなかったけど……。
唯一の難点は明日から掃除を含む風呂の準備を俺がしなければならないという点だろうか。管理人として収入を得るのだから当然かもしれないけど、面倒くせ~。
他にも数日ごとにトイレ掃除やら床掃除やら建物の周りの草むしりやらやらないといけないらしいし、意外と管理人ってのは大変な仕事のようだ。
確実に面倒くさがりの俺には向いてない。自慢じゃないが、掃除とか一番嫌いだからね俺。
「ほんと、面倒でも数日で済めばいいんだけどな」
クールジェルから瓶入りの方の水を取り出しグビっと流し込む。
三千万を溜めるという目的だけは絶対に忘れないようにしよう。
そんなことを考えつつ一人キッチンで突っ立っていると、廊下からリリが現れた。
どうやら俺に用があるらしく、目が合った瞬間『あ、よかった』みたいな顔をしている。
「どした?」
「あの、悠希さん。今お時間大丈夫ですか?」
「もう寝るぐらいしかやることねえけど」
「ではちょっと付いてきてもらえますか? レオナさんがお呼びですので」
「レオナが? 用件は聞いてないのか?」
「とにかく悠希さんと二人で来いと言われただけなのでわたしも用件までは」
「ふーん。ま、別にいいけど」
何の用だろう。
もしかして……愛の告白的なことか!?
リリと二人でって時点で違いますね、知ってたよ。
「取り敢えず行ってみっか」
何であれ行けば分かるだろう。
そう決めて、では付いてきてくださいとダイニングを出るリリの後に続いた。
どういうわけか向かった先は玄関だ。
「え? 外に行くのか?」
「はい、何でも他の方には聞かれたくない話ということみたいで、外で待ってるからと」
「それってやっぱり……愛の告白ってことでいいですか!」
「いや、どう考えても違うと思いますけど……ていうか何で急に敬語に」
ちらりと振り返り、全力で冷めた目をしているリリなどお構いなしにテンションマックスな俺だった。
そのまま二人で靴を履いてアパートを出る。
一分ぐらい薄暗い森を歩いた先に、レオナはいた。
大きな木にもたれ掛かるようにして立っていて、腕を組み、どこか不機嫌そうな表情で俺達を見ている。
その雰囲気から愛の告白という線は霧散して消えたことが分かった。というか元からそんな線はなかった。
だけどそれでも、俺のテンションはそこまで下がりはしない。
その理由はただ一つ、レオナの格好である。
水色のシュミーズというのかスリップというのか、ワンピース型の下着と部屋着の中間みたいな格好だ。
丈が膝の上ぐらいまでなのですらっとした綺麗な生足が妙にエロいし、胸元も肩口も背中もすげー露出されているというナイスセクシー具合にもう涙が出そうになる。携帯を部屋に置いてきた己に罵詈雑言を浴びせたくて仕方がない。
「レオナさん、お待たせしました」
ぽけーっと見惚れる俺に気付いていないリリはレオナに駆け寄っていく。
そこで我に返り、慌ててその背に続いた。
「悪かったわねリリ。わざわざ呼び出したりして」
「気にしないでください。それより、わたしと悠希さんに話というのは?」
「つーか、その前に同じく呼び出されてる俺には一言も無いのか?」
「それはあんたの返答次第ね」
「返答?」
「あたしの話ってのはあんた達二人がどういう関係かってこと。ご飯の時はソフィアやマリアがいたから聞き流したけど、きっちり納得がいくまで説明してもらうわよ」
ギロリと、レオナは俺を睨む。
何がそうさせるのかは一切分からない。
「お前、なんでそんな怒ってんだよ」
レオナは俺の一言を無視し、今度はリリを見る。
「リリ、約束したわよね。ここで暮らしていることを他言しない、例え知人友人であってもここに住人以外の人間を連れてこない。忘れたとは言わせないわよ」
「そ、それは……勿論です」
責めるような厳しい口調にリリはしゅんと俯いた。
俺がここに来たことが原因だと言っているのと変わらないその言葉に、慌てて割って入る。
「おい、リリを責めるなよ。ここに来たこと自体はたまたまなんだ、誓ってリリに言われたから来たわけじゃねえ」
「だから、そのたまたまも、それ以外も、全部説明しろって言ってんの」
有無を言わさぬ剣幕に俺達は顔を見合わせる。
この状況が何を意味するのかは分からないが、白状しろと言わんばかりのニュアンスを突き付けられたところで隠さなければならないことなどない。
リリも同じ考えだったらしく、俺達はここに至るまでの全てを説明することにした。
俺がこの世界に来た原因は悲劇みたいなもので、俺がこのアパートに来たのは偶然でしかないのに、どこか咎められている気にさせる態度はどうにも納得がいかないが、話の最中は特に口を挟むことなくレオナは黙って聞いていた。
少しして全ての話が終わると、そこでようやく口を開く。
「その話、他の誰かにした?」
「い、いえ……フィーナさんには元居た場所に戻して欲しいとしか伝えてませんし、ソフィアさんやマリアさんにはそもそも召還魔法の話すらしてないです」
恐る恐るではあるが、リリは事実を口にする。
そればかりは俺もずっと一緒にいたのだ。間違いないとはっきり言える。
「だったらいいけど……はぁ、召還魔法の練習ねえ。リリらしいというか、相変わらずというか。おかしな方向に魔法力が変換されちゃうのは中々改善されないのね」
先程までの怒っている雰囲気は緩まり、レオナはどこか呆れたように言う。
相変わらず、ということは普段から失敗ばかりしているのだろうか。
「やっぱそうなのか?」
「火を出そうとして杖の先から水を発射したり、岩を持ち上げようとして岩を二つに増やしたり、魔法力の変換が苦手な子なのよ。未だにまともに魔法を発動させたことがないぐらいなんだから」
「そりゃまた……とんでもねえ話だな。でもまあ、ロリ以外に個性があってよかったじゃねえか。さすがに俺を召還したことは個性で済む問題じゃないんだろうけどさ」
「はう……そんならしさや個性は欲しくなかったです」
再びしゅんとなるリリ。
その頭をレオナが撫でた。
「責めてるわけじゃないわよ、成長するペースなんて人それぞれなんだから。あんたが人一倍努力してるのは知ってる。だから焦らずに、自分の夢に向かって頑張ればいいの」
「レオナさん……」
怒られたり慰められたり励まされたり、それに一喜一憂するリリを見ると二人はなんだか姉妹とか親子みたいだ。
てっきり仲が悪いというか、リリがいびられるような関係なんじゃないかと不安になっていただけにその光景にどこか安堵する。
いや、安堵してる場合ではなく、
「それで、こっちの質問にも答えてくれるんだろうな?」
危うく完結させてしまいそうになったところで、当初より抱いていた疑問が再燃していた。
「質問って何よ」
「お前言ってたよな? ここで暮らしてることを他言しちゃいけないって。なんで人に言ったら駄目なんだ?」
「あんたは知らなくても無理はないけど、ここで暮らしていることはハッキリ言って著しくマイナスのステータスになるのよ。今でこそ存在を知ってる人間自体ほとんどいないでしょうけど、一昔前までは風前荘なんて揶揄されてたぐらいで、影では落ちるところまで落ちた人間が最後に行き着く場所だなんて言われてたりしたわけ。あり得ないぐらい安い家賃もそうだし、こんな森の中にポツンと建ってる上に見るからにボロボロの建物である以上それは仕方がないことなのかもしれないけどね」
「だからって、そりゃ酷い話だなオイ」
確かにボロいけども、そこに思い入れがある人やここを帰る場所としている人間がいるんだぞ。
「例えあたし達自身がここで暮らすことを恥ずべきだと思っていなくとも、風評っていうのはそれを忖度しない。王国に仕えるエリート戦士たるあたしがそんな場所に住んでるだなんて知られたら格好悪いでしょ?」
「結局自分の見栄のためかよ……お前見損なったぞ」
「何言ってんのよ、あたしの理由なんてついでみたいなものなんだから。副隊長という肩書きはそれなりに尊敬を集めているし、あたし個人に対する風評被害なんてものはその肩書きや積み重ねた実績なり人間関係、それにこの可愛さが守ってくれるもの」
「……可愛さってのは風評被害から守ってくれる要素に含まれるのか?」
ちょいちょい自分で自分を可愛いとか言うよねこいつ。
「あたしレベルになると含まれるのよ。問題はそこじゃなくて、あたしはそうでもリリはそうじゃないって話。ただでさえ魔法使いの横の繋がりっていうのは見えないところで深いし、フリーの戦士なんて常に競争であり競合なんだから、実力や腕前以前にそういった部分で名前が貶められれば仕事に有り付くのも簡単じゃなくなってしまうわけ」
「なるほど……」
そりゃ一理ある……のか? 魔法使いの事情なんて分からんけど。
「マリアだってそう。殺し屋を名乗る人間は山程いるけど、それだって現実として国が認可している職業であるわけもない。存在を隠すことで成り立っている裏の稼業でしかないの」
「つまり、バレると不味いってことか」
「不味いに決まってんじゃない。そしてそれが不味いのはあたしも同じ。その殺し屋と堂々と同居してるだなんて知れたらよくて降格、最悪の場合あたしも罪に問われるかもしれない。蔵匿罪なり隠避罪なりでね」
「まあ……殺し屋なんて普通はそういうもんだわな」
「そういうこと。もう一つ言えば知られちゃ不味いことがあるのはソフィアだって同じ。あんた、ルセリアには?」
「会ったよ、挨拶も自己紹介もした」
「あのスノーエルフって種族は希少種に指定されていて、大陸のどの国をとっても個人で扱うことは禁止されてる。ソフィアは普通のエルフってことにして誤魔化しているけど、それだってバレたらどっちもただでは済まないわ」
「まじでか……」
ルセリアちゃん可愛いのに。
やっぱ可愛いってのは罪なんだな。
なんて馬鹿なことを言ってる場合ではなく、ソフィーには普通にスノーエルフって紹介されたぞ? 危機感なさすぎだろ!
「あたしは確かに国に仕えているけど、友達を売ってまで出世しようだなんて思ってないし思ったこともない。何が言いたいかっていうと、ここでの暮らしはそのルールをそれぞれが守ることで成り立ってるってこと。それをあんたも理解しておきなさい。ここで暮らしていることも、この風蓮荘の存在も、住人との関係も無関係な第三者には絶対に漏らさないと今ここで誓ってもらう。あんたにそれが出来ないなら、あたしはあたしの立場を守るためにあんたを斬って捨てる」
今一度、鋭い目付きが俺を捕える。横ではリリが動揺しまくってあわあわ言っていた。
なるほど、要するにここの住人は貧乏以外にも訳ありの人間ばかりということか。
本来それを取り締まる立場であるレオナは仲間意識からそれをしないでいる。それでいて彼女達の素性が知れればそうせざるを得なくなるからこそリリやソフィーやマリアを守るために口を閉ざすことをルールとしている。そういうわけだ。
我が儘だしなんか高飛車な奴だけど、友達思いな奴だと知ってそれを拒否するほど俺とて落ちぶれちゃいない。
「分かった、約束する。肝に銘じておくよ」
言うと、ようやくレオナは堅い表情を崩す。
かと思うと、ぶっちゃけ全然考えてもいなかった驚愕の事実を口にした。
「そうしなさい。ていうか、あんたにとっても全然他人事じゃないって分かってんの?」
「ん? どういう意味だ?」
「よその国だかよその世界だか知らないけど、人間が召還されること自体あり得ないのにそんなところから来ただなんて知れたら即研究材料よあんた」
「マジでか! 全然気付いてなかったわ、怖っ! ていうか危ねっ!!」
絶対誰にも言わねえ!
そう誓って、勝手に話は終わった風に戻っていくレオナに続いて風前荘ならぬ風蓮荘に戻るのだった。