【第百十五話】 ハンティング一家
昨日とは打って変わって青い空が広がっている。
悲しい理由で通気性は悪くないボロ屋だとはいえやっぱり洗濯物は室内より外で干すのがいいよね。
なんて日々増していく母ちゃん的視点への理解はさておき、今日は朝の日課さえ終わらせてしまえば特に予定はない。
明日は朝も早いだろうし、たまにはのんびり一日を過ごすのもありだろうか。
つっても、のんびり過ごすって何すんだって話なんだよな。
娯楽がねえんだよこの世界。
ゲーセンとかネカフェとかさあ、何か作れよ魔法なんてもんがあんだから。
ファンタジー世界に当て嵌めるならカジノとかなのか?
んなもんあっても未成年じゃ意味ねえよ。
あれ? この歳でも酒は飲んでいいってことはカジノもオーケーなのか?
どこにそんな金があるんだバッキャロー。
こうなりゃ大人しく鳥や犬の散歩にでも行くしかないのか。
はっはっは、そうは問屋が卸さないんだろ?
俺だって学んだりもするさ。
経験則からいってこういう予定が無い日に限って誰かが俺を何か面倒そうなことに巻き込もうとやってくるんだきっと。
例えば仕事とか、他にも仕事とか仕事とか、あとは仕事とか色々とパターンはある。
「悠ちゃ~ん」
ほらな?
そんなことだろうと思ったさ。
「今日はお前か……」
洗濯を終え、屋内に戻るなり廊下の先から聞こえてくる甘ったるい声。
こちらに向かってソフィーはいつにも増してにこやかな気がするのは俺の先入観のせいだろうか。
といっても、俺の反応を見てすぐにトホホ顔に変わっちゃったんだけども。
「……どうしてそんなにげんなりするんです?」
「いやぁ、どうせまた何かに付き合えって話をしにきたんだろうなあと思うと、ねえ?」
「今日はそういうのじゃない……とも言い切れないんですけど~、決してお仕事とかではない……とも言い切れないんですけど~、今日は違うんです」
「どっちなんだよ」
「皆で鹿狩りへ行きましょう♪」
「鹿ぁ? なんだって急にそんなアクティブなイベントに踏み切ろうと思ったんだ……紹介所で取って来た仕事なのか?」
「いえいえ、そうではないんです。自発的な行動と言いますか、前に知り合いから聞いた生活の足しになる知恵を実行してみようかと思いまして~」
「生活の足し?」
「農業が生活の中心にある地方の村なんかはですね、代表者さんの許可を得れば付近の山林にいる鹿や猪を狩ってもいいことになっているんですよ」
「ほう、で?」
「勿論限度はあるので好き放題というわけでもないのですが、謂わば農作物に被害をもたらすような獣を間引く意味もあってそういうことになっているんですけど」
「言いたいことは分かるけど、それの何が生活の足しになるわけ? 謝礼とか貰えるの?」
「いえ、そういうのは特に。ただ毛皮は町に持って行けば買い取って貰えますので、多少のお金にもなり、解体業者さんの所に持ち込めばお肉は返していただけるので食料の足しにもなるわけです。加えて言えば、これは個人的な事情ですけどたまにはルセリアちゃんを外に出してあげたいと思いまして~」
「ルセリアちゃんか~、確かにずっと家に居るもんなぁ」
何なら家どころかソフィーの部屋からほとんど出ない。
たまにポンやリンリンの散歩について行ったりはしてるっぽいけど、それって所詮家の周辺だもんな。
「そういう理由ならまあ、肉を我が家の台所に提供してくれることも含め良いアイディアだとは思うが……何で俺が一緒に行くわけ?」
つーか最近この台詞ばっか言ってね?
俺は母ちゃんでも便利屋じゃねえっての。
「六人居た方が2チームに分けるのに丁度いいですし、当のルセリアちゃんが悠ちゃんは一緒じゃないの? って言うもんですから」
「何でそれを先に言わないんだ。行くに決まってんだろそんなん」
「私のお誘いとの差が顕著過ぎて悲しいんですけど~……」
「気にするな、これはお約束ってもんだ。実際ソフィーやリリの頼みだって最終的には断ったことないだろ?」
「それはそうですけど~、とほほ」
「で? すぐ行くのか?」
「あ、はい~。今から用意して向かうつもりですね~」
「なら俺も着替えてくるか」
「では外で集合ということで~」
「はいよ」
ってなわけで、部屋着から外行きの服に着替えることに。
俺は特に持って行く物も無いので用意は一瞬だ。
そうして外で待つこと数分、ソフィー一家が勢揃いで玄関から出て来た。
実質リーダーみたいな貫録のボンバーヘッド姉ちゃんことジュラ、予想通り迷わず俺の頭に着陸するポン、リードみたいな縄に繋がれたリンリン、そして家でもほとんど顔を合わせる機会が無く、まともに向かい合うのが久々の気すらするルセリアちゃんだ。
廊下ですれ違う時に軽く挨拶するぐらいしか接する機会も無い今日この頃ではあるが、出会った当初みたくオドオドされたり恐る恐るコミュニケーションを取っている感じは完全に見られなくなっているのでそれだけでも癒しである。
色白な肌や真っ白な髪によく似合う白いワンピースに麦わら帽子をかぶったいつもの格好。
やっぱり可愛いだけではない神秘的かつ繊細さを含む儚げな美しさを感じさせる、俺にとってはこの前のアレよりもよっぽど天使な存在だ。
「ルセリアちゃんおはよ~」
「お、おはよう……ゆうき」
たどたどしさは健在ながらもにこりと笑顔を返してくれる。
やっぱり翼なんか生えてなくてもマジ天使。
「昼にもならないうちから腑抜けた顔してんじゃないよ」
「いいじゃないの、俺だって久々のルセリアちゃんとお出掛けなんだから」
ジュラの毒舌も健在だった。
そんなこんなで出発の時を迎える。のだが、行き先は知らない。
「ちなみにどこで鹿を狩るんだ?」
「カルネッタの奥にある山ですね~」
「なら近場じゃん。歩いて行けるな」
「そうですね~。ただ帰りは成果を持ち帰らないといけないので籠は持って行かなきゃですけど。ポンちゃん、お願いね~」
『ホー』
ポンは俺の頭上から飛び立ち、屋根の上から大きなバスケットを持ってきた。
前にも使った気球の籠みたいな物で、馬車代わりに乗り込んで空を移動するための道具である。
そんな摩訶不思議現象を可能にさせるのはポンの能力があってこそだ。
ていうかあれずっと屋根に置いてたのか。雨とかで濡れてないだろうな。
「どうせ持って行くなら乗っていってもいい気がするんだが。いや、俺あれ怖いから飛んで行きたいわけじゃないんだけど、単純に効率的な理由で」
「あまり空中を移動している姿を見られるのも目立ってしまいますからねぇ」
「そらそうか、前も言ってたもんな確か」
とのことで結局徒歩でカルネッタに向かう。
買い物に出る頻度で言えば王都より利用回数は多いので今となっては新鮮さも特に感じたりはしない。
相変わらず畑が多いし、牛とかもいる田舎の村という雰囲気っぷりだ。
何でも既に許可は貰っているらしく、村長さんに一声掛けてそのまま奥に見えている山に移動することに。
この前行った何とか山脈ほど大きな山ではないが、それでも緑一色な景色がそこそこ縦にも横にも広がっていた。
山の入り口まで来たところで最初に言ってた2チーム編成が始まる。
「ルセリアちゃんは俺が守るぜ」
そのために俺を呼んでくれたんだもんねきっと。
道中これといって絡みがあるでもないし、本人的にはあんまり深い意味も無さそうだけど。
「そんな心配しなくてもアンタの十倍は強いよルセリアは」
「そうなの!? こんなにか弱いのに?」
いきなりジュラによって新事実が付き付けられる。
んなわけないよ、虫も殺さないどころかハエにだって怯えて助けを求める子なんだと勝手に思ってたのに。
「お忘れかもしれませんけど、ルセリアちゃんはエルフですからねえ」
ソフィーはそう言うが、そもそもそれが何かあんま知らん。
だって耳が長くて尖っている以外は普通じゃん。
ああ……そういえば前に亜人? とかいうのに分類されるってことだけは聞いたな。
「いや待て、性格的に向き不向きの問題はあるんだろうけどそれが事実で強いんだとしてだよ? その割には仕事に連れて行ったりしないよな?」
「あまり人前が得意ではないのはご存知の通りなんですけど、前に言ったように希少種とされている種族なので人目に晒すのも危険が無いとも限りませんからね~。そもそもスノーエルフ……というかエルフ全般が魔獣ではないので私が使役している使い魔とは扱いが違いますし、建前の上では保護しているという関係性になりますので」
「ふ~ん、難しい話はよく分からんけど。ルセリアちゃんに荒事は似合わないからそれでいいんじゃねって感想だわ」
「ゆうき、まもるから、大丈夫だよ」
クイクイと、裾を引かれたかと思うといつの間にか傍に居たルセリアちゃんの笑みが目の前にあった。
まるで安心してねと、言外に伝えてくれているみたいでマジ天使。
シャイナネに爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。
「ありがとなルセリアちゃん。でも俺も頑張るから」
サムズアップを返しつつ、図に乗ってハグしてみた。
嫌がられたら一か月は自己嫌悪とショックを引き摺るであろう危うい賭けであり、今ならイケんじゃね? 的な下心あっての行動であったが幸いにも拒絶される感じはないどころか背中をポンポンしてくれている。
これは下心とか関係無しにそれだけ受け入れてくれていることにちょっと感動した。あと良い匂い。
なんという至福の時間だろうかとほんわかしていると、途端に左耳に激痛が走る。
言わずもがなジュラだ。
「いててて、何すんだ」
「昼間っから盛るんじゃじゃないよエロガキ」
「盛ってないし! ただのスキンシップだし! なんたって俺とルセリアちゃんは仲良しなんだから。な、ルセリアちゃん」
返事は無いが、にこりと肯定(だと勝手に信じている)の笑顔が戻る。
ああ、守りたい……この笑顔。
「はぁ……本当に大丈夫かいソフィア」
「あはは~、まあ悠ちゃんは相手が嫌がることはしませんから大目に見てあげましょう。ルセリアちゃんも嫌がっている風でもありませんし」
さすがはソフィーよく分かっている。
苦笑いの奥に大なり小なりドン引きしている感が隠し切れずに覗いてはいるけど。
「さてさて~、ではさっそく二手に分かれて登って行きましょうか~。一組一頭ずつ、小鹿は避けるように、ということで……ジュラ、どう分けたらいいかしら」
「ソフィアには私とポンが付く。ルセリアはリンリンとエロ坊やだ」
「誰がエロ坊やだ。というか、そう言いつつも俺とルセリアちゃんを一緒にしてくれるんだな」
ジュラは主であるソフィーを守るために出来る限り行動を共にするようにしているのは知っている。
てっきりそこにルセリアちゃんを加えて女子三人組とかにするもんだとばかり思っていた。
「あんたはルセリアのご指名で来たんだ、そのぐらいは汲んでやるさ。あくまでルセリアのためにね。リンリン、この坊やが鼻の下伸ばしたら噛み付いてやんな」
『ガウ?』
「物騒なこと言うんじゃないよ。俺がルセリアちゃんの嫌がることをするわけないだろ、添い寝してくれればそれだけで満足なんだから」
「精々その馬鹿っぷりを披露しすぎて嫌われないようにするんだね」
「…………」
あらま、ルセリアちゃんが照れてる。
でもまあ口ではキツイことばっか言うけど、それでもこうやって預けてもいいと思ってくれているあたり多少なりとも信頼はされているのかもな。
だからこそ一個だけ言ってやりたい。
たぶんという話ではあるけど、リンリンが俺に歯向かうことはきっとない。
餌付けの効果ナメんなよってことだ。
ポンもそうだけどソフィーが傍に居なくても俺の言うことは大抵ちゃんと聞くもん。
この前だってそろそろ芸の一つでも覚えさせられないかと思って『お座り!』ってやってみたら『バウッ!!』って元気良く答えてくれたんだぜ? 立ったままだったけど。




