【第百十四話】 俺の部屋が溜まり場と化している
少しして、俺とレオナは風蓮荘に戻ってきた。
ほぼ三日分ぐらいの食材を買い込んだため二人とも両手に紙袋を抱えている。
「先に私達の予定については話しておいた方がいいわよね」
「だな。ま、晩飯の時でもいいといえばいいんだろうけど、忘れんうちに言っておくか」
マリアとか飯食ったらすぐ寝るモードに入るからな。
伝えたところで忘れる、或いはそもそも頭に届いていないパターンが懸念される。
「みんな家に居るみたいね」
「この時間に当たり前のように全員が家に居るのもどうかと思うが……」
レオナの言う通り、玄関には全員分の靴がある。
これがごく普通というのがもうなんか虚しくなってくるわ。
ま、洗濯と風呂掃除はやってくれているみたいだから今日は大目に見てやらあ。
というわけで中に入るなり全員に集合を掛けた。
一人一人の部屋に呼びに行くのは面倒なので廊下で大声を張り上げる手法である。
運良くマリアもダイニングにいたため起こしに行く手間も必要無い。
いや、運良くというか明らかに今さっき起きましたみたいな風体なんだが……この自堕落さんめ。
「え~、そんなわけで明後日から一泊で出掛けることになった。俺達が居ない間は協力して諸々の家事を溜め込まないように」
全員が集まり、席に座るとさっそく掻い摘んで事情を説明してみた。
掻い摘み過ぎて俺とレオナが諸事情で家を空けるというだけの中身だったせいか、即座にリリがジト目を向けて来る。
「出掛けるって……もしかして二人でですか?」
「いや、王様とか隊長とかその他兵隊さん達と一緒だが……」
「ああなるほど、お仕事ですか」
「とはいえですけど、どうしてまた悠ちゃんが?」
「こっちが聞きてえわ。国の行事にいちいち俺をご指名くれやがって」
前の時は後から金くれたから一応仕事の体は保っている……のか?
ボランティアだったら泣きそうになるんですけど、だからといって王様はどうでもいいとしても姫様への恩返しという意味を含ませるなら自ら対価を求めるわけにもいくまいよ。
「明日の夜に飯は二日分作り置いておくからそれでどうにかしてくれ。ちゃんとマリアにも食わせてやってな。マリア、悪いけど一日だけそれで許してくれ」
「………………………………ん」
「……だいぶ不満そうね」
つっても、こればっかりは仕方ない。
内容がどうあれ仕事だからという言い分の意味は理解してくれているらしく、我が儘を言ったりはしないだけでも助かるってもんだ。
お詫びというわけではないけど、昼飯にはパンと肉串をたっぷり……とまではいかずともそれなりの量を食わせてやった。
ごめんなマリア、町で買うと高いんだ肉。
カルネッタ村で塊の肉を買えば同じ値段でももう少し量があったと思うけど、さすがに遠回り過ぎて面倒くせえわ。
それはさておき、そんな具合で久しく全員が集まっての……といっても俺とレオナは食ってきたので茶を飲んでいただけだが、一家勢揃いの賑やかな昼食の時間も終わりを迎える。
その後は洗濯物を取り込み、それを畳んでテーブルの上に並べたところで家事ノルマも終わったため夕方まではゆっくりしようと部屋に戻った。
ちなみに乾いた衣服はそれぞれの分を積んでおけば置いておけば各々が勝手に回収していくシステムである。
これまたちなみに珍しくこの時間に家に居るレオナとリリが洗い物をやってくれたので超助かる。
そんなわけでたまには俺もニート組を見習って部屋でゴロゴロしようと自室の扉を開くと、どういうわけか先客がいた。
人様の部屋のベッドで勝手に寝息を立てているのは言わずもがなマリアだ。
散々せめて全裸はやめろと説教したからかシャツ一枚だけを着ている。
マリア的にはせめてもの譲歩のつもりなのだろうけど、あまり解決になってるとも思えないんだが……。
言ってるだろ? 目の毒だからマジで。
一回鼻血出たから。
自己処理したくて悶々と夜を過ごしたから。これは内緒な。
これが起きている状態だと暇を持て余して構ってアピールを始めるのだが、寝てるなら大人しいもんだからまあ放置でいいか。
本当は俺がベッドに寝ころびながら読書でもしたかったんだけど、きっと俺も寝ちまうだろうから今日のところは許してやるさ。
「……ん?」
ラノベ代わりに何となく時間がある時に読んでいるこの世界の書物を開いてすぐ。
コンコンと、扉がノックされる音が集中しそうになる前に意識を他所に向けた。
誰だろうかと思いつつ入っていいぞと声を掛けると、現れたのはリリだ。
手には分厚い本と紙の束、そして羽ペンが持たれている。
「どした?」
「特にどうしたというわけでもないのですけど、今日のお勉強は悠希さんの部屋でやらせていただこうかと」
「……何でここで?」
「駄目ってことはないですよね? だってマリアさんもいるじゃないですか」
「それはそうだが……間違っても俺が招いたり連れ込んでいるわけではないからな?」
「分かってますってば。だけど、だったらたまにはわたしもお邪魔していいかなぁと」
「別に嫌がる理由はないけど、何か話でもあるのか?」
「いえそういうわけでは。ただ天気も悪いですし、今日は家で魔術書で構築の理論をお勉強です」
どこか自慢げな表情を浮かべ、リリはテーブルに本やら資料やらを広げていく。
ははん、さてはこいつ一人で勉強しようとすると気付けば漫画とか読んじゃってるタイプだな。
「まあ俺も暇だから読書してるだけだし好きにすりゃいいけど……なんか受験生みたいね」
「邪剣がどうしました?」
「言ってねえ……」
不思議そうな顔をするリリへの説明を諦めたため、そんなやりとりを最後にページをめくったりカリカリとペンが走る音だけが室内に流れる静かな時間が訪れる。
時折リリに話し掛けられたり、話し掛けられたのかと思って返事をしたらただ音読しながら何かを書き写しているだけだったりすること三十分ぐらいだろうか。
ふと、しばらく保たれていた静寂を俺の名を呼ぶリリの声が破った。
「どした?」
「一泊で王様のお供って、何をしに行くんですか?」
「国境の基地に行くんだと、警備体制の見直しとかで。それについてこいって」
「レオナさんが?」
「いや王様が」
「国王陛下が!?」
「たまたま会ったんだよ、宮殿でさ」
「……それでついてこいって言われるのもおかしくないです? どういう関係なんですか一体。普通の人はそもそも宮殿に入ることも出来ないですし、出来ても許可無く近付くだけで大変なことになるのに」
「例の花の件だとか、前回の襲撃事件のこととか色々とあったから気にかけてくれてんのかもな。それに、別にそういう軍事的な仕事を手伝うって話じゃないし。単にその間の姫様の相手をしろってだけで」
「じとー……」
「何だよ」
「何でもないです~。ただ結婚が決まったことで浮かれて旅行にでも行くのかと思ってご立腹だっただけですから」
「浮かれてって……まあ多少は、ねえ。俺もモテない男だし? 初めての彼女というか奥さんというか、そんなんが出来たら浮かれもするだろ」
「わたしだって裸を見られました!」
「ば、大きな声で言うなって。あれは看病とかそういうのだろ?」
「それ以外で見せたらいいんですか?」
恨めしげな顔で頬を膨らませるリリはいきなり着ているシャツのボタンを外し始めた。
言わずもがな、慌てて手を掴み制止する。
「やめろって、勢いでそんなことしたら後悔するんだから」
「ぶー、また子供扱いです……」
「そういうのは対抗心でやるもんじゃないの。順序とか人それぞれペースってもんがあるんだから」
「じゃあその順序を教えてください」
「いや俺も未経験だから全然分からんけど」
「何ですかそれ……」
「別にレオナに張り合わなくても俺達は出て行ったりしないから。というかそうなってもお前だけは逃がさんぞ、責任持って俺を国に返せ」
「駄目だった時は責任を持って悠希さんを養います!」
「早々に諦めんな。あと家賃も払えない奴が無茶を言うな」
「大器晩成型ですもん! 魔法も体も!」
「別に今日は体のことはイジってないだろ……」
どう言えば納得してくれるのやら、何とも難しいお年頃だなあ。
しかしまあ、俺を取り合う女の子たち。何といい響きか。
何これ、噂のモテ期?
この拗ねた可愛らしい顔を見るに男として慕われているのかお兄ちゃんとして懐かれているのかは判断が難しいんだけど。
兎にも角にも焦る必要も背伸びする必要も無いとどうにか嗜め、ついでにマリアが横にいるんだぞとどうにか誤魔化し、リリの暴走を収めるとその後はそれまで通り勉強と読書の時間に戻ってくれた。
何というか、リリがこうもやきもちを焼くタイプだとは意外だ。それこそどちらの意味でなのかが大きく俺の態度を左右しそうで後々が怖いけど。
行きがけのレオナの言葉とかもあるから意識しちゃうだろ普通に。
やれやれ……難しいお年頃なのは俺もだな。思春期ってのは大変だね。
とまあ、そんな空間は俺が晩飯の用意に向かうまで続き、それからまた皆で揃って夕食を取ることになった。
晩飯は何か巨大な魚だ。
普段は人数分揃えると値段が張るので選ばないのだが、レオナが一緒だという理由で何かすげえ安くしてくれたためたまには魚も食いてえってことで重いの我慢して頑張って持って帰ってきたぜ。
タイよりも更に大きな魚を塩まぶして焼いて、皆で共有する形だ。
二匹のうちの一匹を皆で、もう一匹はマリア専用である。
ちなみにマリアは骨ごと素手で齧り、跡形も無く平らげていた。……野性が過ぎるだろお前。




