【第百十二話】 祝福のちチョークスリーパー、のち王命
やがて俺達は宮殿に辿り着いた。
例によって門番的ないつもの二人組に一応の会釈をして門を潜る。
これもいつものことだけど、レオナに対してだけビシッと姿勢を正して敬礼をするくせに俺には『またお前か』『何者なんだこの冴えない男は』とでも思っているのが丸分かりな訝し気な目を向けるのは何なの。
そろそろ慣れろよお前達も。
俺だって毎回気まずいっつーの。レオナと一緒に居るんだから何かしら関係者的な立ち位置だと認識しておいてくれ。
いや俺にまであんな風に直立不動になられても困るけども。
「どこ行くの、こっちよ」
「おっと、すまんすまん」
前回来た時には彷徨った挙句アメリアさんに遭遇し、メイドさんの詰め所みたいな部屋から宿舎のアンの部屋に向かったから無意識にその方向に足が向いてしまっていた。
そもそもこの王宮の中で知っている施設がそれ以外に無いので致し方あるまい。
レオナに呼び掛けられたところでそれを自覚するに至ったものの、なら俺達はどこに行こうとしてんだ?
「うちの部隊の官舎よ。アメリア隊長の所は最初に行かなきゃ」
「なるへそ。部隊ごとに宿舎が違うのか」
「そ、うちは特に女性限定の部隊だから他の部隊とは離れた位置にあるの」
「へぇ~。てことはアメリアさんも今日は休みなのか?」
「そんなわけないでしょ。あたしと同じ日に休んでどうすんのよ」
「そうれもそうだ」
言われなきゃ忘れそうになるけど、レオナはそんな部隊の副隊長。
それすなわち二番目に偉い人である。
そういうのってどういう道筋で出世していくんだろうな。
十代でそこまでの肩書に上り詰めるって普通ならそうはないと思うんだけど。
公務員みたいな立場だろうから試験とかあんのか?
それとも普通に強さとか功績みたいなもんだけが基準なるのか?
よく考えたらレオナの強さとか俺知らねえんだよな。
いつかの水軍基地云々の時に任務に同行したことはあるけど、実際に戦ってるのを見たことはない。
あの時は連れ去られただけだし、何ならアメリアさんやアンが敵の集団を制圧した時も煙幕のせいで近くにいたのに見れなかったしさ。
ゴリラの部下の眼鏡のお姉さん……名前は何だったっけか。
あの人も若くして副隊長だし、それ以前に年齢で言えばアメリアさんだって四つしかない部隊の一つを率いる身にしては相当若い部類だろうし、結局は実力社会だと思っていいんだろうけど。
「失礼します」
んなことを考えている間に到着したらしい。
向かった先はメイドの宿舎とは反対側の、広い敷地で言えば角に近い場所に建っている二階建ての建物。
これがレオナの部隊……しつこいようだが名前は何だったっけか。まあなんでもいいが、そこの宿舎になっていて、一階には共同スペースや仕事のための部屋や施設、設備があるらしく、黙ってついていく目の前でレオナはその一室の扉をノックした。
中から入室の許可を告げる反応が返ると、そのまま中に入っていく。
真似して『失礼します』とか言っちゃいつつそれに続くと、執務室であるらしい部屋の窓際にある机で軍服姿のアメリアさんが何らかの書類に羽ペンを走らせていた。
声で訪ねて来たのがレオナだと把握していたのか、すぐに手を止めにこやかな歓迎の笑みが向けられる。
今日も今日とて綺麗なストレートヘアがお美しい限りだ。
「やあレオナ、それに悠希君もよく来たね。少々処理しなければならない書類が溜まっているせいでお茶も用意出来ずに申し訳ない」
「いえ、こちらこそお忙しい中申し訳ありません。長くはお時間を取らせませんのでお気遣いなく」
「どもっす」
ペコリと会釈を返すと、レオナは紙袋に入った果実酒を差し出す。
酒に興味が無いので店員とのやり取りも全然覚えてないし、同じ理由で中身は知らん。
「先日はこの馬鹿がご迷惑をお掛けしました。何から何まで感謝してもしきれません、大した物じゃないですけど、お詫びとお礼を兼ねてご挨拶に」
「言い方……」
この馬鹿って。
いや間違ってないけど。
「改めて来る必要は無いと言っておいたというのに。手土産を持参なんて大袈裟過ぎやしないかい?」
「いえ、そういうわけには」
「昨日も言ったけれど、悠希君がやらなくても私かウィンスレットが動いていたさ。そういう意味では我々も彼に救われた側の人間だ、君をそちら側に含めるのだとしてもお互い様というやつだよ」
「そう言っていただけるのは私にとっても彼にとっても救いではありますが、アメリア隊長であれば貴族の邸宅に乗り込んで大立ち回りなどという無茶はなさらなかったでしょう」
「しなかった、ではなく出来なかったというのが正しい表現になるだろうけどね。上手くいくならばという前置きが付くけれど、即効性という意味ではあれが最も効率は良かった。私がやれば根回しをした上で交渉や説得を試みるという途方も無ければ確実性も薄い手段になっていただろうからね。何にせよ表立って尾を引くことなく解決出来たのならそれでいい。恩も貸し借りもない、私から言えるのは祝福の言葉だけだよ。悠希君、レオナを幸せにしてやってくれたまえ」
「が、頑張ります……」
「レオナも、しっかり幸せになるんだよ。それが私にとっても一番の朗報なのだから」
「感謝します」
仕事中ゆえ長居は無用ということなのか、改めて短く礼を述べるとレオナは続けて別れの挨拶を口にし『ほら行くわよ』と俺の手を引き部屋を出た。
マジで他の人にまで周知されてるんだなぁと実感すると、途端に何か気恥ずかしくなってくる。
お前彼女出来たんだって? 誰だよ教えろよ、写真見せてみ? みたいなイジリを同級生にされている気分だ。
勿論実際にされたことはないし、過去にされる理由が存在した期間すらないけど。
そのまま部隊の官舎を離れると今度こそ前に行ったメイドさん用の建物へと向かう。
聞けば昼過ぎのこの時間は姫様の勉強時間らしく、それに伴ってアンも昼休憩を取っているはずだとのことだ。
言われてみればこの前も似たようなタイミングだったな。確か眼鏡お姉さんに聞いたんだっけか。
直接アンの部屋に行くのか、また食堂に向かうのかを問おうとしたまさにその時。
廊下の向こうから赤毛の少女がこちらに向かって歩いて来るのが目に入った。
髪色が特徴的だし、そうでなくとも小柄な十四、五歳の少女メイドなので間違うはずもない。
ワンピース型の黒い衣服にフリフリのレースのエプロンを重ね着していて、頭にはヘッドドレス、そして同じく黒いニーハイとスカート部分の間に見えるガーターベルト……誰がどう見てもザ・メイドさんという格好をしている俺の数少ない友達、アン・何とかその人だ。
「ロックシーラ様!!」
アンは目が合うなりこちらが声を掛けるよりも先に駆け寄って来る。
すぐ傍まで距離が縮まったところでレオナが名前を呼ぶが、勢いのままレオナに飛び付くのかと思いきや寸前で俺の方に進路を変え、何故か背後を取られるなりチョークスリーパーを決められていた。
即落ちるレベルではないにしろ普通に頸動脈が締め付けられ、声を出すのも苦労する程度には本気寄りだ。
「ちょ、何!? 締まってる締まってる!!」
ギブギブ!
という意味で腕をタップするも力は一切緩まない。
それどころか耳元でやけに低音の恨めしげな声がする。
「こ・の・泥棒タヌキ!」
「タヌキ!? 何で!?」
「こらこら。アンリ、冗談にしては度が過ぎるわよ」
「冗談なんかじゃないです。こいつを絞め殺せばロックシーラ様を奪おうとする男をこの世から抹殺出来ます」
「そ、そんな理由!?」
「それが私の正義よ。アンタにロックシーラ様は渡さないんだから」
「そんなこと言われてもおおお!!」
「やめなさいってば、アンリも悠希なら仕方ないって納得してたじゃない」
「納得じゃないです。ただの消去法です、他の誰かに取られるならまだコイツの方がマシってだけで」
「あら、ならアンリは祝福してくれないのかしら?」
悪戯っぽく笑うレオナ。
そんなやりとりの前にこの腕外してくれと言いそうになったが、痛い所を突かれたのかようやく酸素不足から解放される。
「う……お祝い申し上げますけど、だからといって悠希には渡しません。ちゃんと私が取り戻してみせます」
「いやお前それどういう関係性なの……」
こいつがレオナやアメリアさん命なのは知ってたけど、だからって何故に俺が横恋慕した奴みたいになってんの。
思い返してみれば最初に会った時から敵意剥き出しというか、レオナやアメリアさんに近付く男は全部敵とか言ってたもんなぁ。
あの頃に比べると随分丸くなったもんだ。
欲を言えばもう少しデレてくれれば完璧だったんだが、この一件でまた当たりがキツくならないことを願うばかりである。
それからも少しばかりアンがどうにかマウントを取ろうとしているのか謎の自慢話みたいなのを聞かされ、本気の悪意を向けられているわけではないと分かっている俺もそれに慣れてきてからかうことで反撃したりレオナに双方が嗜められたりという時間を過ごし、最終的にそろそろ姫様の元に戻らなければいけない時間だからと『勝負はお預けよ!』などと捨て台詞を食らったところで不毛で楽しいやり取りも終わりを迎えた。
別れ際になってやっとお礼の品である酒を手渡すというグダグダぶりだけど、それもこれも最初に言っていた食事会が延期になったせいなので俺のせいじゃない。
なんでもレオナとアメリアさんが近く出張に出るらしく、予定を合わせようと思うと少し先になってしまうためお礼を後回しにするのもいかがなものかということで今日俺達はここにいるのだ。
「お世話になったわね二人ともども」
「いえ当然のことです。皆がそう思ったからこういった結果になったまでですから」
そう言って、ペコリとレオナにのみ一礼しアンは去っていく。
姫様の専属護衛であるアンが他のメイドさんとどの程度の違いがあるのかは分からんが、お城で働くというのも大変だなぁ。
「さ、目的はちゃんと果たしたし帰りましょうか。ご飯食べて帰る?」
「たまにはそれもいいなぁ。最近どういうわけか自分が作ったもんじゃない飯が美味くてねぇ」
「お母さんは大変ね」
「どう大目に見ても飯の用意までは職務内容に含まれてなかったんだけどな……」
「今になってマリアにそれ言えるの?」
「……無理だなぁ。つっても実際あいつは、あいつだけはちゃんと飯代払ってるから一番家計に貢献してるんだけどな」
「なら今日はあたしが奢るからさ。たまにはこっちが日頃の労いをしなきゃね」
「マジかよ」
なんか近頃色々あってピリピリしてる姿が目立っていたけど、普通にしているレオナはやっぱ超絶可愛い。
結婚云々が関係してるのかは分からんが、むしろ今まで以上に態度や表情が柔らかくなっている気がして超絶可愛い。
それは誰かって? 俺の嫁さ。
なんて一人で浮かれながら来た時に通った廊下を歩いていると、向こうから男女の三人組が歩いてくるのが目に入った。
その中心にいるのは輪っか状の王冠を頭に乗せていて、ついでにファーみたいなモフモフが付いた黒いマントを羽織っているオールバックに顎髭を蓄えた四十前後のダンディーなおっさん。
その名はグラント・アレクサンドリア。この国の王であるおっさんである。
すぐ後ろに控えているのはこちらも馴染のある顔、ゴリラ隊長と眼鏡副隊長だ。
高い身長にがっちりとした肩幅や胸板、見るからにゴツゴツとした筋肉至上主義と言わんばかりの風体。
そして体の大きさを除いてもトゲトゲに逆立った短髪や口の上下に蓄えた髭が男らしさ、男臭さを感じさせる、背中に見えているデカイ剣や体の大部分を覆う鎧、さらに低い声色や口調も相俟って貫禄がハンパない三十ぐらいの大男こそがゴリラ隊長。
そしてその部下である眼鏡副隊長は相変わらず魔法使いっぽい薄青色のワンピース型のローブの上に白いマントを重ねている、恐ろしいまでに眼鏡が似合う金髪の美人である。
歳は二十歳過ぎぐらいだと思われるアメリアさんよりも少し上になるだろうけど、大人っぽい顔立ちなので実際にどうなのかは知らない。
あと名前はもう覚えてない。
そんな一行はこちらがそうであるように俺達の存在に気付いたっぽい表情をしたが、挨拶ぐらいしなきゃ不味いよなと言葉を探している間にレオナがササっと壁際に移動し膝を折ったため考えていたこと全部吹っ飛んじゃった。
だっても『アンタ何やってんの、早く!』って目が言ってるんだもの。
そりゃ一国の主がお通りなのだから道を開けるのは当然の礼儀なのかもしれないけど、いつも言ってるだろ? そういうのは先に言ってくれ。
思いつつ、真似をしてレオナの横までそそくさと移動する。
それでいて跪くことはしなかったせいか、結構な威力のチョップがスネに見舞われた。
「痛ぇ……」
そんな怒ること?
相手が王様とはいえ、俺は別に雇われてるわけでも仕えているわけでもないのに?
君主制における臣民のあるべき姿だとか、持ち合わせて然るべき意識だとか、遵守すべきルールだとか、何も知らんっつーの。
「よいよい、楽にせよ」
しゃがみ込んだだけに留まらず、頭を押さえられて地面を眺めること数秒。
すぐに頭上で王様の声がした。
楽にせよってのは姿勢を戻していいって合図だ。
「感謝します」
「あ、あざっす」
立ち上がるレオナに続く。
何が悲しくて立つだけのことに礼を言わねばならんのか。
「ロックシーラ副隊長に悠希君、今日は休暇かね?」
「はい。なので改めてジャックテール隊長に此度の報告に参った次第です」
「そうであったか。私も先日の報告を聞いて喜ばしく思っておったのだ、私からも一言贈らねばともな。心から祝福しようぞ、二人が良き人生を進むことを願っておる」
「勿体なきお言葉でございます」
「あざっす……おぼっ」
テキトーに返事してたら鳩尾へのエルボーが飛んできた。
なるほど今やっと分かった、このオッサンが近くにいると俺が理不尽に痛い目に遭う。
「はっはっは、今までと変わらず仲睦まじい様子で何よりだ。悠希君、これからも娘の良き友人としてよろしく頼むよ」
「は、はぁ……」
このたぬきじじい。
やっぱり姫様とのフォーリンラブなんて最初から許す気なかったな?
「話は変わるが悠希君、明後日から二日程予定を空けておいてくれたまえ」
「はい?」




